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第1章 僕から高島さんへ1回目の告白

第11話 雑誌の企画<2219.08.03>

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 僕らの住む南青ヶ島県のすぐ北側に隣接する西青ヶ島県の観光名所をめぐるドライブに、僕と高島さんと上床氏(僕より1歳年上の男性)で出かけることになった。

 雑誌にあった企画で西青ヶ島県の観光名所めぐって、クイズに答えてその正答率で順位を決めるというもの。

 その日は厚い雲が空を覆っていて、終日太陽を見ることがなかった。雨は小雨が降ったりやんだりという1日だった。

 遠方に出かけるうえ、日帰りでのドライブになるので、朝7時に植木代表宅を出発することになっていた。

 上床氏は運転が好きなうえに上手だったことからドライバーで、僕は助手席で雑誌の企画に合わせた順路案内や記録を担当することになった。

 この日の高島さんは、先日の紙芝居の日と打って変わって沈んだ雰囲気になっていた。それだけではない、これまでと違い、髪は寝起きのままで、服装も地味になっていた。

 朝7時に出発。

 高島さんが自宅を出たのはどんなに遅く出ても朝4時に家を出てきたことになる。実家からだと6時前に出れば間に合うので、昨夜のうちに実家に泊まったのだと思う。

 高島さんは僕の座っている助手席の後ろにいる。

 この日僕は大きな過ちを犯してしまった。自慢の一眼レフカメラを持参してきてしまったのだ。そして、一眼レフカメラの存在がこの後僕を少しずつ苦しめていくことになる。

 最初の指定ポイントまではおそらく車で3時間程度。天気が悪いといっても、雨は降ったとしても小雨だったので、天気はそこまで気にならなかった。

 1ヶ所目、2ヶ所目、3ヶ所目と順調に順路を巡っていった。

(何かおかしくないか?この状況………)

 移動中の車中では順路を確認し、指定ポイントに到着したら必要な記録して、持参したカメラで高島さんと上床氏のツーショットを撮影しつつ、ついでに景色も撮影する。

 車に戻るとまた順路を確認して、次の指定ポイントで記録をとって、カメラで高島さんと上床氏のツーショットを撮影しつつ、ついでに景色も撮影する。

 また車に戻ると順路を確認して………って、オイ、完全におかしい。

(これじゃまるで添乗員じゃないか、とてつもなく面白くない。どう考えても面白くない。何が一番面白くないって高島さんと上床氏のツーショットを何で僕が撮影しないといけないんだ)

 急速に面白くなくなってきた僕は一計を案じた。

 最大の問題はひとつ。

 写真撮影だ。

 高島さんと上床氏の写真を撮らないだけでもこの状況は大きく変わる。順路の案内や記録はやらないと仕方がないけど、写真撮影は義務じゃない。

 一緒に行動したのではわざわざ記念撮影をしなくてはならないから、指定ポイントに到着したらまず二人とは距離をとる。

 次に、一緒に行動しないことが不自然にならないように、さして興味のない案内の看板を必死に読み込んで、時には2度読んでみたり、3度読んでみたり、いっそ暗記してみたり。

 もはや観光とか雑誌の企画とか、そこらへんはどうでもよくなってきていた。

 これならゴールまでなんとかやりすごせるかと思った矢先、指定ポイントではないところで、上床氏が急に車を止めた。

「ここは有名な撮影スポットなんだよ」
「(知るかぁ~!)そうなんですね」

 さわやかに返した。

 止めた車から外に出た。

 カメラを持っているのは僕。

「じゃ、じゃぁー僕が写真撮りますので、お2人はそこに立ってください…………はい、チーズ」

 いや、ホントこれは流石に辛かった。いい大人だけど涙が出そうだった。心なしか手が震えていたと思う。

(帰りたい。無理だと分かっているけど、このまま帰りたい。歩いてでも帰りたい)

 この日は厚い雲が空を覆っている中で、標高の高いところからの記念撮影だったので、そこが本当に有名な撮影スポットなのかわからなかった。

(さっ、次行きましょうよ)

 二人に背中を向けてひとり先に車に乗り込もうとした。

「撮るよ」

 上床氏からそう言われたものの、少しも……嬉しくなくはないけど、嬉しくない。ひとつも嬉しくない。

 この時の写真は今でもある。

 高島さんと上床氏の写真で、高島さんの表情は真顔。

 僕と高島さんとの写真で、高島さんの表情は満面の笑み。

 でもそれは帰って写真を見てからわかったことで、この場ではわからなかった。この写真で僕も一応笑っているけど、ぎこちない。

 結局何ヶ所の観光地をまわったのかわからない。

 この日は観光地ばかりをめぐったと記憶していたのだけど、写真を見ると何やら施設にも行っているみただった。でもそこがどんな施設なのか写真だけではわからなかったし、もう知りたいと思えなかった。

 謎の”有名な撮影スポット”を後にしてからも、何ヶ所かの観光スポットを巡った。もちろん案内看板を熟読するなどの“業務”はきちんとこなして。

 そうやって、ようやくやってきたゴールになる観光スポット。

 結構な高さの橋の上に登ることになった。

 ゴールだと思ってほっとしたのか、自分に課していた案内看板熟読業務のことをすっかり忘れてしまって、3人で橋の上まで来てしまった。

 橋の上からの眺めは……無駄にいい。ここからの眺望は曇っていることがかえって絵になっているように感じられた。

 来てしまった以上仕方がない。お2人の写真を撮影して、ここでもひとり先に帰ろうとした僕に、撮影を代わると上床氏から。

 最後の指定ポイントだと思ってよろこんでいたものの、この時点でもう完全に感情が振り切ってしまった。

(無理)

 上床氏からカメラを渡されて、そのままその場を後にして、車を停めてある駐車場にひとり先を急いだ。

 あるきはじめて、すぐに気づいたことがあった。

(車の鍵がない)

 僕が運転してきたわけではないので、鍵は持っていない。

(どうしよう。先走って歩き始めたのはよかったけど…………)

 歩きながら周囲の状況を観察して、解決策を模索しはじめた。

(あっ)

 案内看板があった。それもひときわ大きな看板が。神様に見えた。

 早速近寄って、涙目で読んでみた。見えない。看板の大きさに合わせて文字も大きくなっているのに文字が見えない。

(もういいや、文字なんていいや、読んでいるふりでいいや、読んだことにしよう、それでいい)

 しばらくすると、背後から高島さんと上床氏が近づいてくるのがわかった。

 ひときわ大きな看板。

 近づいてくる2人。

 背後の2人が見ている僕が看板を読んでる感じを演出するために、無駄に頭を動かしたり、右から左に小刻みに移動してみたり。

 泣いている僕。

 それでも冷静になにごともなかったかのように演技をしていた。

 傍まで来た2人を振り返って「この橋は…………」と大声であたかも看板を全部読んだかのように、ほんの少しだけ説明してみた。

 僕の心の中は豪雨のように泣いていました。

 子供の頃からポーカーフェイスと言われていた僕の渾身の演技で何事もなかったかのように振る舞いながら車に乗り込んだ。

 帰路についた。

 帰路についてしばらくは3人で何か話していたように思う。でもどこからか、会話もなくなり、静かになった。僕は助手席だから、助手席の後ろに座っている高島さんの様子はわからない。でも上床氏にはわかっているのだろうと思う。

 その当時はわからなかったのだけど、今にして思えば高島さんはこの時寝ていたのだと思う。そうしないと、この後の僕と上床氏との会話が理解できない。

 静かな時間がしばらく続いた後、上床氏が静かに会話を切り出した。

「不施君は高島さんと付き合っているの?」
「いいえ、付き合ってないですよ。どうしてですか?」
「さっき高島さんに来週あるライブの話をしたら高島さんも行くというから、僕もそのライブに行くからどこかで待ち合わせして一緒に行こうと言ったのだけど、返ってきた言葉が「不施さんに手紙書く」って言われたんだよね」

(あれっ、僕の日本語処理能力がおかしくなったのだろうか?会話がかみ合っていないような気がするのだけど)

 上床氏とは会話をこの後も続けたように思うのだけど、「不施さんに手紙書く」で頭がいっぱいになってしまった。

(不施さんに手紙書く、不施さんに手紙書く、不施さんに手紙書く、不施さんに手紙書く、…………)

 そのまま車は順調に走り続けてだいぶくらくなってから、植木代表宅に到着した。

 結局、高島さんから手紙は来ることはなかった。
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