イバラの鎖

コプラ

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人気者

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 「アンドレ、一緒にお昼食べに行こう。」

 教室の外から顔を覗かせたローレンスが、笑顔でそう声を掛けてきた。僕は周囲の同級生の誘いを慌てて断ると、逃げる様に廊下へ向かった。

 入学以来、人見知りの僕に同級生達が声を掛けてくれるのは有り難いのだけど、つい気心の知れたローレンスに逃げがちになるのはやめにしたいのに止められない。

「相変わらず人気だね、アンドレ。まぁそれも当たり前だけど。でも困ってる君が私に慌てて駆け寄るのは自尊心がくすぐられるね。」


 そう悪戯っぽく笑うローレンスに僕は自分の狡さを自覚してしまう。結局僕はローレンスの優しさにつけ込んで利用しているのかもしれない。

「ごめんね。みんながグイグイくるからどうして良いか分からなくなっちゃって。逃げてばかりじゃダメだって分かってるんだけど。」

 するとローレンスは僕をじっと見て言った。

「…他人を惹きつけすぎるのも大変だよね。その点あいつはしっかり捌き切ってるのが凄いけど。アンドレもあいつみたいになれれば問題ないのかもね?」

 誰のことを言っているのかとローレンスの視線を追うと、食堂の入り口にジェラルドが取り巻きと立っていた。相変わらず求心力が凄い。


 僕らが近づいていくと、ジェラルドが周囲に何か言って僕らに声を掛けて来た。

「よお、お二人さん。一緒に食べようぜ。」

 気づけばジェラルドの取り巻きは散り散りになって、僕はジェラルドのひと言で問題なくそうなった事に感嘆さえした。彼らはジェラルドの機嫌を損ねる事を恐れて従ってしまうのかも知れない。このオーラ満載の令息の側に居るためには仕方がないのかな。

 ローレンスは顔を顰めてジェラルドに言った。


 「君が勝手に私たちと食事をするのを決めつけるのは気に入らないし、そのせいでやっかみを受けたくはないな。」

 ローレンスはジェラルドと仲が良いのか悪いのか、案外ハッキリ言うので僕は少しハラハラしてしまう。

「ハハ、相変わらずローレンスはキツイな。でも俺の気にいる様な事しか言わない、しないあいつらと一緒にいても面白くないからな。それにアンドレとももっと話してみたかったのもある。アンドレもある意味注目を浴びて大変だろう?」


 中庭の見える奥まったテーブルは運良く空いていたのか、それとも爵位の高い者のために空いていたのか分からなかったけれど、結局貴族社会は学園にもその影響は及んでいるものだ。

 当然の様にそこへ座ったジェラルドは、僕にニンマリ笑って言った。

「それにしても君の兄上とは違った方向で、アンドレも注目の的だな。俺はシモン様を参考にしてから、随分学園生活が楽になったんだ。あの方はカリスマ性が凄かったから、俺なんて足元にも及ばないけどね。」


 ローレンスは僕をチラッと見てから、ジェラルドに言った。

「確かにシモン様のあの雰囲気は並じゃなかった。近寄り難いって言葉だけじゃ足りないよ。アンドレはシモン様と一緒に暮らしているのだから、振る舞いを学べるんじゃないか?

 とは言えジェラルド、さっきみたいに人気者が上手く立ち回る方法を教えてやってくれ。」

 ローレンスの言葉に、ジェラルドが片眉を上げて答えた。


 「まったく、お前だってそこそこ取り巻きぐらい居るだろうに。まぁそうだな。周囲の勝手な期待には乗らない事だ。自分自身がしっかりしていれば、余計な期待を抱かれずに済む。とは言え、俺とアンドレとでは色々条件が違うから上手くいくかは分からんな。」

 結局僕の自尊心の無さが、つけ込まれる隙を作っているのだろう。自分が望んでいなくても相手に良い顔をしようとしてしまうのは結局自分の首を絞める事になる。

 僕は自分が断れないのを分かっているから、最初から距離を取ってしまうのかもしれない。逃げてばかりの僕は、ちゃんとした人間関係を築くことが出来ないのだろうか。


 そんな事を考え込んでいると運ばれて来た食事を前にジェラルドが言った。

 「まぁ、あまり難しく考えるな。最初から上手くは行かないさ。それより食事だ。腹が減っては何も上手く行かないさ。」

 ジェラルドの言葉はいつも明瞭だ。結局僕はクヨクヨ考え過ぎるのかもしれない。僕はジェラルドとローレンスの会話を聞きながら食事を進めた。

 兄上の振る舞いを見習うと言っても、僕の前の兄上は予想もつかない態度だ。昨夜だって、一体どうしてあんな事になってしまったのか分からない。


 不意に僕は兄上の圧倒する様な口づけとその先の信じられない出来事を思い出して、動揺してスプーンを手から落とした。カチャンという金属音が響いて、ハッとして皿から拾うと、二人の視線が集まっている。

「…アンドレ、あまり考え過ぎなくて良いんだよ。ジェラルドの様に信奉者を集めなくたって良いんだから。アンドレは高嶺の花で居ればいいのさ。

 ローレンスの優しい言葉に僕は苦笑してマナー違反を謝った。学園生活の悩みより兄上との関係の方が僕には切羽詰まった問題だった。食後のお茶を飲むそんな僕の目に、あの彼が食堂を歩く姿が飛び込んできて、僕は思わずマジマジと見つめてしまった。


 以前より短めに巻毛を顎で切り揃えているデミオは、僕の視線を感じたのかこちらを向くと目を合わした。そして一緒のテーブルに誰が座っているのかを確認すると少し目を見開いて、それから気を取り直した様子でこちらへ歩き進んで来た。

 あの時より一段と大人びたデミオは、僕と同じ新入生なんだろうか。僕はまた一方的に言葉の刃で切り付けられるのではと緊張を滲ませて彼が近づいて来るのを待った。

 彼はまだ兄上と関係を持っているのだろうか。兄上は結局デミオとの関係について僕に何も言ってくれなかった…。





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