イバラの鎖

コプラ

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辺境の地で

気づいた時には終わっている

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 「おはようございます。アンドレ様、朝食の用意が出来ております。」

 ぼんやりと昨夜の指南の事を思い出していると、部屋の外からそうバトラに声を掛けられた。僕は慌てて直ぐに行くと声を張り上げて返事をすると、昨日の記憶を頭から振り払った。朝からそんな事を思い出したせいで、すっかり身体が目覚めている。

 とは言え、昨日散々痴態を繰り広げたせいで、持ち上がった股間に触れると痛む気がする。僕は湯浴みをしながら身体が鎮まるのを待った。しかし朝食の場にアランが来ていたら、僕は一体どんな顔をすればいいのか分からない。

 そんな気持ちのまま、僕はノロノロと家族用の食堂に顔を出した。


 そこには誰もいなくて、僕はホッとしてバトラが目の前に朝食を並べるのをボンヤリ見ていた。

「辺境伯夫妻は昨夜は夜会でしたので、今朝はお部屋で朝食をお摂りになります。アラン様も今朝は鍛錬に向かいましたので、アンドレ様お一人になります。ゆっくりお寛ぎください。」

 …何だか皆が僕に気を遣っている様に思えるのは気のせいだろうか。思い返してみればマリーの指南の翌朝も一人で朝食を摂ることが多かった気がする。

「…ありがとう。」


 色々な感謝を込めて僕の従者にそう言うと、バトラは優しく微笑んで部屋から出て行った。

 こんな時に、普段何かと義理の息子であると考えがちな自分の器の狭さを思い知るんだ。周囲に気遣われて、大事にされているのが明らかなのに…。

 とは言え、指に刺さって抜けない棘の様にシモン兄上の事だけが時折僕を苦しめる。僕にはもうどうすることも出来ないこの棘を、ずっと抱えて生きていくのだろうか。


 ああ、僕は兄上に執着しているのかな。目の前に常に兄上が居て、優しく微笑み掛けられるのを渇望して、けれど自分から手を伸ばすことが出来なかったせいで。

 もう直ぐ僕も王都へ行くのだから、子供っぽいそのわだかまりを捨てなくては。兄上が王都でデミオとよろしくやっている様に、僕もアランからの指南を役立てて新しい恋をしよう。

 …恋。そうか、僕は兄上に恋していたのかな。無意識に義兄弟だからそんな感情を持ってはいけないと思って、僕は自分の心もわからなかったんだ。


 僕の初恋は自覚した時にはもう終わっていたのだと何だか笑えてきて、僕は食事を済ませると中庭へと向かった。

 本来、辺境伯らしい緩みのないシンメトリーの生垣を主としたこの庭園は、僕らが来てから優しい花々が多く植えられるようになったのだと、庭師が幼い僕に話してくれた事があった。

『辺境伯は奥様やアンドレ様をことの他大事にされています。王都からいらっしゃったお二人が寂しくならない様にと、王都から美しい花の種や苗をわざわざ取り寄せさせているのですよ。お二人にはこの様な可憐な花が良くお似合いですからね。』


 その話を聞いてから、僕は不安を感じると中庭をぐるっと歩き回るのが癖になっていた。幼い頃は兄上と手を繋いで一生懸命歩いても果てがない様に感じられた中庭も、今では考え事をするのに丁度いい広さだ。

 僕はもう物の道理がよく分かる年頃になったのだと、中庭に残留するかつての自分の幻影を振り払った。それは大人になったと言う事だったし、もう過去に縛られて生きるのはやめると決意した瞬間だった。



 馬場競技に集まった仲間達とふざけた話をしながら、僕は彼らに何気ない風を装って尋ねてみた。

「もう指南は終わった?ひとつ聞きたいんだけど、…その、指南てどこまで?最後まで?」

 あまりこんな事を自分から言うタチでは無かったせいで、僕の言葉に仲間達が妙な盛り上がりを見せたけれど、騒ぎ立てる彼らの言う事を分析すれば、やはり最後までするのが指南の仕上げであると言う事だった。

 ただそれは令息の話で、令嬢達には当てはまらないと意味ありげに語られたのは、やはり処女性を重んじる貴族だからなのだろう。では男同士ならば?


 馬を預けて解散した後、普段特に親しく話をする程では無い令息が一人、僕の側に近寄って来た。

「アンドレ、さっき聞きたかったのは男同士の指南の話じゃないの?僕と君は多分一緒だと思うんだけど。…違ったらごめんね?参考までに告白すれば、僕は最後まで指南してもらったよ。

 王都に行く前にちゃんと経験しておいたほうが良いと思ってね?大人の指南役の方がどう考えても上手だろう?ふふ、これは僕の独り言だと思って聞き流して貰っても構わないよ。じゃあ、またね。」


 そう言って秘密めいた笑みを浮かべると、迎えの馬車へと立ち去ってしまった。僕は遠ざかる彼の細身の後ろ姿を見つめながら考え込んでいた。僕も最後まで経験するべきかもしれないと。

 ああ、でもアランのアレはどう考えても僕には負担じゃないのかな。そう考えると決心は鈍る。アランはまだ指南は終わらないと言っていた。僕が望めばきっと最後までする事になるだろう。


 こんな場所でもそんな事ばかり考えている自分に、さすがに呆れてきた。僕はその年頃の令息達の思考が皆似たり寄ったりだと知らなかったせいで、自分一人が爛れている気がして自己嫌悪に陥っていた。

 そんな僕の元にローレンスから一通の手紙が届いて、僕はまたこの事について悩ましい思いをする事になってしまった。

 受け取った手紙には、ローレンスが帰省した際には、一緒にボードゲームを最後までしようと書いてあった。その文章の意味する事はそう言う事なのだと今の僕なら理解出来る。

 ローレンスが帰省するまであと一ヶ月、僕はどうすべきなんだろう。









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