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婚約
私のストーカー
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「オーナー、最近凄くマメに連絡来ますよね。恋人ですか?」
カフェのスタッフの一人、凛花ちゃんは大学生のアルバイトだ。飲食店のアルバイトは初めてではないと言う言葉通り、カフェの仕事も直ぐに慣れて即戦力になっている。
そう言われた側からスマホが振動して、私は苦笑して電源を落とした。これじゃ仕事にならない。そんな私の仕草を見ていた凛花ちゃんが、心配そうに私を見て首を傾げた。
「もしかしてストーカーですか?最近怖い話を聞きますけど、まさかオーナーに…。」
すると店長の清原君が、凛花ちゃんに声を掛けて来た。
「ほら、凛花ちゃん。あのテーブル片してきて。」
小さく舌を出して、慌ててホールへ下げに行く凛花ちゃんを店長と眺めながら、私は小さくため息をついた。
「葵さん、まさか本当にストーカーとかじゃないでしょうね?もしかしてお兄さんに報告した方が良いですか?」
店長の清原君は元々、兄である誉の弟分だから、私の行動が何気に筒抜けになりがちだ。私はジト目で見つめて首を振った。
「別にストーカーじゃないよ。婚約者だから。…ちょっと気まずいだけで。」
すると清原君はモバイルで在庫管理をしながら、眉を持ち上げた。
「へぇ。なんか葵さんがそんな風に躊躇してるの初めて見ました。いつだってさっぱりしてると言うか、あんまり動揺しないって言うか。葵さんも人間くさい一面があったんですね。
やっぱり如月さんに報告したほうがいいのかもな…。」
そうブツブツ言う清原君から逃れて、入ってきた客の対応に離れた。普段は感じないけれど、時々清原君は兄さんのスパイの様な空気を醸し出す。過保護な兄を持つと迂闊にスマホも鳴らせない。
ひとしきり混雑する時間帯が過ぎて、予定通り私は清原君に任せて退勤することにした。
「清原君、私もう上がるから後任せても良いかな?あ、そろそろ夏の特別メニュー考えても良いかもね。私も考えるけど、清原君もちょっと考えてみてくれる?」
凛花ちゃんのお疲れ様の声を背中で聞いて、笑みを浮かべながらオーナー部屋で着替えていると扉がノックされた。
「…葵さん、婚約者さんがお店で待ってますけど。こちらへ通しますか?」
清原君の声に一瞬手が止まったけれど、私は逃げ回るのも限界かと直ぐ行くから待ってて貰ってと声を張った。やっぱり返事をしないで放っておいたらこうなる事は考えれば分かる事だ。
洗面所の鏡の前で簡単に身繕いしながら、私は眼鏡をしたまま覚悟を決めて店の奥からホールへ向かった。
ああ、非現実的な存在感を漂わせて西園寺がカウンターの所に立っている。高級そうなスーツ姿なのが、このアットホームな雰囲気のカフェとそぐわなくて、私は思わず笑いを噛み殺した。
カフェの中をキョロキョロと眺めていた西園寺は、私を見ると少し緊張を滲ませた表情をして向き直った。西園寺に目を丸くした凛花ちゃんが、西園寺と私を交互に興味津々に見ているのが何だか可笑しい。
「葵さん、すみません此処まで押しかけてしまって。連絡がつかなくなったので心配になって…。」
西園寺が話し出したので、私は兄さんのスパイがいる此処で会話を聞かれるのは不味いと、西園寺の腕を掴んで言った。
「もう退勤だから出ようか。ここに西園寺さんが居ると違和感が半端ないし。じゃあ、清原君あとはよろしくね。」
清原君の探るような眼差しから逃れて、私と西園寺はカフェから出た。まだ明るい夕方4時過ぎのこの微妙な時間、私は西園寺を盗み見た。…何だか少しやつれた?
思わずもっとよく見ようと覗き込むと、西園寺が顔を背けて言った。
「…連絡はいつでも取れるようにして下さい。心配ですから。」
そう言えばと、私はポケットからスマホを取り出して電源を入れた。
「だって、西園寺さんがバカみたいにメッセージ寄越すから…。仕事中に気が散るでしょう?…でもごめんね。私も何て返事をしたら良いか分からなくて。
今までは業務連絡みたいなメッセージだったから何も考えなくて済んだのに、急にあんなメッセージ寄越されたら、ちょっと困る…。」
スマホに西園寺の会いたいメッセージが浮かび上がって来て、思わず目の前の西園寺を見上げた。どう考えても恋人へ送るような熱の籠ったメッセージは、私を戸惑わせた。
けれど、私は生身のアルファである西園寺が本気を出してきたら、どれくらい破壊力があるのかをほとんど考えていなかったのかもしれない。西園寺は私を射抜く様な眼差しで見つめて言った。
「あれから、色々考えたんです。俺があんな馬鹿みたいに振る舞ってしまった原因とか。俺を追い出した時に浮かべた葵さんの表情とか…。今もあの時と同じ顔してますよ、葵さん。
でも俺もきっと今までと違う顔をしてるかもしれない。…会いたかった。」
私は此処が道路の真ん中だろうが、西園寺に縋りつきたくなっていた。心臓がバクバクとして、目の前のアルファを手に入れたいと言う切羽詰まった欲望が渦巻いた。
落ち着きが無くなった西園寺は、周囲を見回して私の手を掴んで歩き出した。
「困るんですよ、そんな無防備な顔されたら。葵さんのそんな顔、他の誰にも見せたくないんだ、俺は。」
私の顔?どんな顔をしてると言うんだろう。ただ、私を掴む西園寺の手のひらの熱さに、すっかり逃げようもなく囚われたことに、どこか安堵した気持ちになったのはどうしてなんだろう。
カフェのスタッフの一人、凛花ちゃんは大学生のアルバイトだ。飲食店のアルバイトは初めてではないと言う言葉通り、カフェの仕事も直ぐに慣れて即戦力になっている。
そう言われた側からスマホが振動して、私は苦笑して電源を落とした。これじゃ仕事にならない。そんな私の仕草を見ていた凛花ちゃんが、心配そうに私を見て首を傾げた。
「もしかしてストーカーですか?最近怖い話を聞きますけど、まさかオーナーに…。」
すると店長の清原君が、凛花ちゃんに声を掛けて来た。
「ほら、凛花ちゃん。あのテーブル片してきて。」
小さく舌を出して、慌ててホールへ下げに行く凛花ちゃんを店長と眺めながら、私は小さくため息をついた。
「葵さん、まさか本当にストーカーとかじゃないでしょうね?もしかしてお兄さんに報告した方が良いですか?」
店長の清原君は元々、兄である誉の弟分だから、私の行動が何気に筒抜けになりがちだ。私はジト目で見つめて首を振った。
「別にストーカーじゃないよ。婚約者だから。…ちょっと気まずいだけで。」
すると清原君はモバイルで在庫管理をしながら、眉を持ち上げた。
「へぇ。なんか葵さんがそんな風に躊躇してるの初めて見ました。いつだってさっぱりしてると言うか、あんまり動揺しないって言うか。葵さんも人間くさい一面があったんですね。
やっぱり如月さんに報告したほうがいいのかもな…。」
そうブツブツ言う清原君から逃れて、入ってきた客の対応に離れた。普段は感じないけれど、時々清原君は兄さんのスパイの様な空気を醸し出す。過保護な兄を持つと迂闊にスマホも鳴らせない。
ひとしきり混雑する時間帯が過ぎて、予定通り私は清原君に任せて退勤することにした。
「清原君、私もう上がるから後任せても良いかな?あ、そろそろ夏の特別メニュー考えても良いかもね。私も考えるけど、清原君もちょっと考えてみてくれる?」
凛花ちゃんのお疲れ様の声を背中で聞いて、笑みを浮かべながらオーナー部屋で着替えていると扉がノックされた。
「…葵さん、婚約者さんがお店で待ってますけど。こちらへ通しますか?」
清原君の声に一瞬手が止まったけれど、私は逃げ回るのも限界かと直ぐ行くから待ってて貰ってと声を張った。やっぱり返事をしないで放っておいたらこうなる事は考えれば分かる事だ。
洗面所の鏡の前で簡単に身繕いしながら、私は眼鏡をしたまま覚悟を決めて店の奥からホールへ向かった。
ああ、非現実的な存在感を漂わせて西園寺がカウンターの所に立っている。高級そうなスーツ姿なのが、このアットホームな雰囲気のカフェとそぐわなくて、私は思わず笑いを噛み殺した。
カフェの中をキョロキョロと眺めていた西園寺は、私を見ると少し緊張を滲ませた表情をして向き直った。西園寺に目を丸くした凛花ちゃんが、西園寺と私を交互に興味津々に見ているのが何だか可笑しい。
「葵さん、すみません此処まで押しかけてしまって。連絡がつかなくなったので心配になって…。」
西園寺が話し出したので、私は兄さんのスパイがいる此処で会話を聞かれるのは不味いと、西園寺の腕を掴んで言った。
「もう退勤だから出ようか。ここに西園寺さんが居ると違和感が半端ないし。じゃあ、清原君あとはよろしくね。」
清原君の探るような眼差しから逃れて、私と西園寺はカフェから出た。まだ明るい夕方4時過ぎのこの微妙な時間、私は西園寺を盗み見た。…何だか少しやつれた?
思わずもっとよく見ようと覗き込むと、西園寺が顔を背けて言った。
「…連絡はいつでも取れるようにして下さい。心配ですから。」
そう言えばと、私はポケットからスマホを取り出して電源を入れた。
「だって、西園寺さんがバカみたいにメッセージ寄越すから…。仕事中に気が散るでしょう?…でもごめんね。私も何て返事をしたら良いか分からなくて。
今までは業務連絡みたいなメッセージだったから何も考えなくて済んだのに、急にあんなメッセージ寄越されたら、ちょっと困る…。」
スマホに西園寺の会いたいメッセージが浮かび上がって来て、思わず目の前の西園寺を見上げた。どう考えても恋人へ送るような熱の籠ったメッセージは、私を戸惑わせた。
けれど、私は生身のアルファである西園寺が本気を出してきたら、どれくらい破壊力があるのかをほとんど考えていなかったのかもしれない。西園寺は私を射抜く様な眼差しで見つめて言った。
「あれから、色々考えたんです。俺があんな馬鹿みたいに振る舞ってしまった原因とか。俺を追い出した時に浮かべた葵さんの表情とか…。今もあの時と同じ顔してますよ、葵さん。
でも俺もきっと今までと違う顔をしてるかもしれない。…会いたかった。」
私は此処が道路の真ん中だろうが、西園寺に縋りつきたくなっていた。心臓がバクバクとして、目の前のアルファを手に入れたいと言う切羽詰まった欲望が渦巻いた。
落ち着きが無くなった西園寺は、周囲を見回して私の手を掴んで歩き出した。
「困るんですよ、そんな無防備な顔されたら。葵さんのそんな顔、他の誰にも見せたくないんだ、俺は。」
私の顔?どんな顔をしてると言うんだろう。ただ、私を掴む西園寺の手のひらの熱さに、すっかり逃げようもなく囚われたことに、どこか安堵した気持ちになったのはどうしてなんだろう。
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