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婚約
挑発されて
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私はカフェの仕事を終えて自宅のマンションの扉を開けた。歩いても20分程度の距離なのでいつもなら歩いて帰るのだけど、今日は何だかそんな気になれなくてタクシーを拾って帰って来たところだった。
今日来ていた客が、まるで私に見てくれと言わんばかりに差し出したスマホの画像には、正直驚かされた。
目の前に立った小綺麗な男性のお客さんは、私より多分若い。ネックガードを付けていたからΩかもしれないが、最近はファッションでネックガードを付ける事も多いので正直判断は難しい。
ベッドでの睦み合いの事後に自撮りされた雰囲気の画像には、うつ伏せてこちらを細目で見つめる政宗が彼と一緒に写っていた。…彼は政宗の愛人かもしれない。
そもそも私達は政略結婚だから、政宗に愛人が居てもおかしくない。…それは私も同じなんだろうか。
私に愛人がいると言ったら、相変わらず気のない雰囲気でそうかと頷くだろうか。けれど、先日のあの三好との食事を邪魔しに来た政宗の剣幕を考えると、案外別の反応が来そうな気もする。
はっきり愛人の扱いについて話し合っていないせいで、フェアでないのは気に入らない。私は今のところ他でつまみ食いしている訳じゃないのだから、政宗にもそうしてもらわないとスッキリしない。
もしかして私も愛人を作っても良いって言われるのだろうか。それはそれで面倒だ。西園寺ほど身体の相性の良い相手を探すのは骨が折れそうだし、以前の様な怖い思いはしたくない。
私は月を眺めながら睦み合ったあの夜の事を思い出していた。いつになくスローペースで交わった私達は、まるで恋に浮かれる恋人達の様にお互いを高め合った。
私の手に余る政宗の逞しさは、今でも口の中で味わった感触と共に思い出せる。絶頂に飛ばされてぼんやりした私に、口移しで飲まされた冷たい水が美味しくて、私は何度も強請って飲ませてもらったっけ。
案外マメなその手の仕草に、私は政宗の別の顔を見た気がしたけれど、結局あれも愛人にしているのだと思うとどこかしら白けてくる。自分が政宗に絆され始めているのも感じられて、思わずため息をついてひとりごちた。
「これしきのことで動揺していたら、アルファと結婚なんて無理じゃないの?」
自分はあまり感情的になる方ではないと思っていたけれど、これ見よがしの政宗の愛人からの挑発にまんまと乗ってしまって、そんな自分が馬鹿みたいでため息しか出なかった。
私はスマホをスクロールして、政宗にメッセージを送った。
こんな風に色々考え続けるのは性に合わなかった。愛人の条件を決めるにしろ、お互いにフェアである方が大事な気がしていた。私はこの時自分が何かに追い立てられている気がしていた。
だけど経験のないその感情を無視して、ただフェアにしようという言い訳に縋って政宗に本当の所を聞こうと決意していた。
落ち着かない気持ちで冷たい水を飲んでいると、スマホが点滅して微かに震えつづけていた。私は殊更ゆっくりと歩き寄ってテーブルの上のスマホを見下ろした。
政宗からの電話を受けると、いつもの低い声が耳元で響いた。
「今近くにいるんです。寄っても良いですか。」
ちょっとした間の後、諦めにも似た気持ちで部屋番号を言うと通話を切った。何度もマンションの前に送ってもらったのに、初めて部屋に入る理由がこんな話のためだなんて、やはり私の婚約者はロマンチックが足りない。
部屋を見回して少し乱れたクッションを叩いて戻すと、私はワインを用意した。シラフで話すにはちょっとヘビーな話になりそうだと苦笑して。
さぁ、政宗はどう出るだろう。愛人許容?それとも排除?そして私は、それに賛同できるだろうか?
そう待つこともなくオートロックの電子音が響いた。マンションの広いホールの広域カメラに映り込むのはスーツ姿の政宗だ。まだ明るいこの時間、もしかして仕事をほっぽり出して来たのかな…。私はロック解除して、部屋のインターホンが鳴るのを待った。
呼び出しのチャイムに手元のボタンで玄関の鍵を解除して、私はインターホン越しに呼び掛けた。
「今手が離せないから、自分で入って来てくれる?」
何となく出迎える気になれなくて、私はキッチンに立ってワイングラスを二人分出した。
静かに歩いて来る足音も兄さんとは違うのだなと変な事に感心しながら、私は廊下からリビングに姿を現した政宗に声を掛けた。
「どうぞ、そこのソファに座って。」
いつもの様にさっさと座ると予想した政宗は、今回はキッチンに立つ私の方を向いて何か聞きたげに立っている。私を見つめる彫りの深い二重の目から無意識に視線を逸らして、ワイングラスを手に彼の側をすり抜けた。
「少し飲みたい気分なんだ。西園寺さん、付き合ってくれない?」
そう何でもない様に言いながら、テーブルに用意したワインクーラーから丁度飲み頃のボトルを持ち上げると、二つのワイングラスに半分ほど注いだ。
「白ワインだけど、ちょっと甘いかも。私の好みなんだ。西園寺さんて、ワインはいけるほう?」
西園寺は私からグラスを受け取ると、探る様な眼差しで私を見つめて言った。
「あのメッセージはどう言う意味なんですか?愛人の所有について話し合いたいってありましたけど。」
私は香りの良い甘口のワインを少し喉に流し込んでから、ほうっと息を吐いて答えた。
「…それは西園寺さんの希望じゃない?どちらかと言うと、私は愛人を作るほどマメじゃないから。でも希望があるなら決めておいた方が良いかなって。」
私の言葉に眉間の皺を深くして、西園寺は微笑む私から目を逸らさずにグラスを傾けた。そして一気にゴクゴクと飲み干すと、少し咽込んだ。それからグラスをテーブルに置いて、大きく深呼吸してから組んだ両手を膝に置いて呟いた。
「…一体、何があったんです?話が見えない。」
今日来ていた客が、まるで私に見てくれと言わんばかりに差し出したスマホの画像には、正直驚かされた。
目の前に立った小綺麗な男性のお客さんは、私より多分若い。ネックガードを付けていたからΩかもしれないが、最近はファッションでネックガードを付ける事も多いので正直判断は難しい。
ベッドでの睦み合いの事後に自撮りされた雰囲気の画像には、うつ伏せてこちらを細目で見つめる政宗が彼と一緒に写っていた。…彼は政宗の愛人かもしれない。
そもそも私達は政略結婚だから、政宗に愛人が居てもおかしくない。…それは私も同じなんだろうか。
私に愛人がいると言ったら、相変わらず気のない雰囲気でそうかと頷くだろうか。けれど、先日のあの三好との食事を邪魔しに来た政宗の剣幕を考えると、案外別の反応が来そうな気もする。
はっきり愛人の扱いについて話し合っていないせいで、フェアでないのは気に入らない。私は今のところ他でつまみ食いしている訳じゃないのだから、政宗にもそうしてもらわないとスッキリしない。
もしかして私も愛人を作っても良いって言われるのだろうか。それはそれで面倒だ。西園寺ほど身体の相性の良い相手を探すのは骨が折れそうだし、以前の様な怖い思いはしたくない。
私は月を眺めながら睦み合ったあの夜の事を思い出していた。いつになくスローペースで交わった私達は、まるで恋に浮かれる恋人達の様にお互いを高め合った。
私の手に余る政宗の逞しさは、今でも口の中で味わった感触と共に思い出せる。絶頂に飛ばされてぼんやりした私に、口移しで飲まされた冷たい水が美味しくて、私は何度も強請って飲ませてもらったっけ。
案外マメなその手の仕草に、私は政宗の別の顔を見た気がしたけれど、結局あれも愛人にしているのだと思うとどこかしら白けてくる。自分が政宗に絆され始めているのも感じられて、思わずため息をついてひとりごちた。
「これしきのことで動揺していたら、アルファと結婚なんて無理じゃないの?」
自分はあまり感情的になる方ではないと思っていたけれど、これ見よがしの政宗の愛人からの挑発にまんまと乗ってしまって、そんな自分が馬鹿みたいでため息しか出なかった。
私はスマホをスクロールして、政宗にメッセージを送った。
こんな風に色々考え続けるのは性に合わなかった。愛人の条件を決めるにしろ、お互いにフェアである方が大事な気がしていた。私はこの時自分が何かに追い立てられている気がしていた。
だけど経験のないその感情を無視して、ただフェアにしようという言い訳に縋って政宗に本当の所を聞こうと決意していた。
落ち着かない気持ちで冷たい水を飲んでいると、スマホが点滅して微かに震えつづけていた。私は殊更ゆっくりと歩き寄ってテーブルの上のスマホを見下ろした。
政宗からの電話を受けると、いつもの低い声が耳元で響いた。
「今近くにいるんです。寄っても良いですか。」
ちょっとした間の後、諦めにも似た気持ちで部屋番号を言うと通話を切った。何度もマンションの前に送ってもらったのに、初めて部屋に入る理由がこんな話のためだなんて、やはり私の婚約者はロマンチックが足りない。
部屋を見回して少し乱れたクッションを叩いて戻すと、私はワインを用意した。シラフで話すにはちょっとヘビーな話になりそうだと苦笑して。
さぁ、政宗はどう出るだろう。愛人許容?それとも排除?そして私は、それに賛同できるだろうか?
そう待つこともなくオートロックの電子音が響いた。マンションの広いホールの広域カメラに映り込むのはスーツ姿の政宗だ。まだ明るいこの時間、もしかして仕事をほっぽり出して来たのかな…。私はロック解除して、部屋のインターホンが鳴るのを待った。
呼び出しのチャイムに手元のボタンで玄関の鍵を解除して、私はインターホン越しに呼び掛けた。
「今手が離せないから、自分で入って来てくれる?」
何となく出迎える気になれなくて、私はキッチンに立ってワイングラスを二人分出した。
静かに歩いて来る足音も兄さんとは違うのだなと変な事に感心しながら、私は廊下からリビングに姿を現した政宗に声を掛けた。
「どうぞ、そこのソファに座って。」
いつもの様にさっさと座ると予想した政宗は、今回はキッチンに立つ私の方を向いて何か聞きたげに立っている。私を見つめる彫りの深い二重の目から無意識に視線を逸らして、ワイングラスを手に彼の側をすり抜けた。
「少し飲みたい気分なんだ。西園寺さん、付き合ってくれない?」
そう何でもない様に言いながら、テーブルに用意したワインクーラーから丁度飲み頃のボトルを持ち上げると、二つのワイングラスに半分ほど注いだ。
「白ワインだけど、ちょっと甘いかも。私の好みなんだ。西園寺さんて、ワインはいけるほう?」
西園寺は私からグラスを受け取ると、探る様な眼差しで私を見つめて言った。
「あのメッセージはどう言う意味なんですか?愛人の所有について話し合いたいってありましたけど。」
私は香りの良い甘口のワインを少し喉に流し込んでから、ほうっと息を吐いて答えた。
「…それは西園寺さんの希望じゃない?どちらかと言うと、私は愛人を作るほどマメじゃないから。でも希望があるなら決めておいた方が良いかなって。」
私の言葉に眉間の皺を深くして、西園寺は微笑む私から目を逸らさずにグラスを傾けた。そして一気にゴクゴクと飲み干すと、少し咽込んだ。それからグラスをテーブルに置いて、大きく深呼吸してから組んだ両手を膝に置いて呟いた。
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