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変化
気づき
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「なんか今日機嫌がいいな、長谷部。いつも俺のこと迷惑そうに見るのに、今日は温情を感じる。」
そう言ってさっきから僕の机の前の椅子に座り込んだ三澤が、突っ伏した顔を斜めにして言った。そりゃそうでしょ。ついに僕は君の尊敬する温水先輩と結ばれちゃったんだから。
「…そうかもね。まぁ、良いことがあれば、機嫌も良くなるでしょ?」
三澤はガバリと起き上がると、顎の下に肘をついてじっと僕を見て言った。
「あー、そっち?長谷部って、モテんのに全然その手の話聞かないと思ってたけど。そっか、水面下ではお盛んなんだ。でも全然相手が想像できない。マジで。」
そう言いながら、でもあまり深追いしてこない三澤は、その手の話に慣れているのかもしれない。場の空気をちゃんと判断出来る男なんだろう。伊達に人気者な訳じゃない。
もう一度突っ伏した三澤は小さな声で呟いた。
「長谷部って男が好きだろ?…俺去年、五十嵐先輩と長谷部が一緒に居るの街中で見たんだ。何かその時分かっちゃったんだ。長谷部って言うより、五十嵐先輩のあの目。バレバレだよね。五十嵐先輩とまだ続いてるの?」
そう尋ねられて、三澤は随分と周囲を見ているんだと思った。一方でそんな事を察知できるのは、大抵自己紹介なのだと知っていた。
「…三澤は男の方が好きなの?」
すると三澤は僕の方をチラっと見て苦笑した。
「…ノーコメント。自分でも良くわかんないから。女の子は可愛いと思うし。でも、男も気になる。あ、長谷部は別に狙ってないけどね。はは。こんな話他のやつとはできないけど、お前は余計な事言わないだろう?
俺、そんな所は妙に信頼しているんだお前のこと。あ、やば、部活始まっちゃう。もうすぐ部活も終わって、受験勉強とかマジないわ。じゃあな。」
そう自分の言いたい事だけ言うと慌しく教室を出て行った。今日は再登校の日だったけれど、部活のある生徒は届け出さえすれば教室に残っていても良かったんだ。僕ものそりと立ち上がると部活へ行こうと教室の扉へと足を向けた。
ガランとした教室は部活に急ぐ生徒達が騒ぎ立てる賑やかな廊下やホールとは対照的で、僕はそのコントラストに一瞬立ち止まった。それは僕に妙な切なさを感じさせた。
ほんの半年しか経って居ないのに、僕と翔ちゃんの時間は重なって動き出した。それって凄い不思議だ。僕自身は望んでいた事だったけれど、だからってこの前みたいにあんなに身も心もとろける様な状況を想像した訳じゃない。
けれどこの部活で騒めく空気の中で存在する自分もリアルだし、大好きな翔ちゃんと両思いになった自分もまた現実だった。僕はこの時、一歩大人へと足を踏み出したのかも知れなかった。
時間は止まらないし、どんどん進む。自分の望む方向へ、あるいは望まない方向にも。
それに気づいてしまったら、僕は自分の望む未来へと真っ直ぐに歩き出す以外の選択肢はなかった。それはいつも適当で、なる様になると斜に構えていた僕にとっては、まるで別人の様な感覚なんだ。
僕は弓道場の的を見つめながら、今腕で引き絞っているこの一本も、過去にも未来にもない現実なのだと静かに息をした。空気を切り裂いて飛んでいった矢は真っ直ぐに中心へ刺さった。
周囲の仲間が声を掛けてくれたけれど、気づいたのは暫く経ってからだった。それくらい集中した経験は無くて、僕は少し呆然としながら後ろに退いた。
弓道部部長が僕にニヤリと笑って言った。
「長谷部が絶好調とか怖ぇな。普段サバサバしてる奴が本気になると手が付けられないんじゃないの?引退試合、この調子で頑張ろうぜ。」
僕は黙って頷くと、あと少しで目まぐるしく変化していく中学三年という特別な学年を、どう過ごすのか考え始めていた。また僕が変わった事で、周囲も変化させる事があると気づくのはまだ先の話だったけれど。
相変わらず忙しい翔ちゃんに文句ばかりいうのは辞めた。僕自身も自分次第では忙しい身だったからだ。そんな僕を眩しそうに見つめて、時々翔ちゃんは僕に文句を言う様になった。
「なんか侑が俺に会えなくても生き生きしてる感じなのが、嬉しいけど悲しい。」
そんな事を言って口を尖らせる年上の幼馴染は、可愛いとしか言いようが無い。カッコいいのに可愛くて、僕はドキドキマックスだ。
僕はぎゅっと抱きつくと、翔ちゃんの首の窪みに頭を乗せて囁いた。
「僕、気づいちゃったんだ。今って人生の分かれ道なんだって。だから僕は翔ちゃんとずっと一緒にいられる様に、最善を尽くしてるだけだよ。親にも、誰にも文句を言われない様に、翔ちゃんとの事反対されない様に頑張ってるの。僕、偉いでしょ?」
僕がそう言って翔ちゃんを仰ぎ見ると、翔ちゃんはぼんやりと僕を見下ろした。僕の顔にポツリと水っぽいものが落ちてきて、気が付けば翔ちゃんの目が潤んでいる。
「侑、男前過ぎるよ。俺年上なのに、当然起こる問題を先送りしてた。そうだよな。誰にも文句を言われない様に生きてたら、自分の選択は自由になる。そんな当たり前のことをどうして気づかなかったんだろう。
俺、侑とずっと一緒に居たいから、今より結果出せる様にするよ。スカウトは来てるけど、ちょっと不安もあったんだ。でも自分に出来る事、精一杯頑張るよ。…それで侑は、高校何処に行こうって思ってるんだ?」
僕は翔ちゃんに微笑んで言った。
「清光学園。難しいかもしれないけど、誰にも文句を言わせないなら清光ぐらいじゃ無いと。学園祭も楽しかったし。」
翔ちゃんが目を丸くするのが可笑しくて、僕はまた笑った。まぁ確かに難関が過ぎるよね?
そう言ってさっきから僕の机の前の椅子に座り込んだ三澤が、突っ伏した顔を斜めにして言った。そりゃそうでしょ。ついに僕は君の尊敬する温水先輩と結ばれちゃったんだから。
「…そうかもね。まぁ、良いことがあれば、機嫌も良くなるでしょ?」
三澤はガバリと起き上がると、顎の下に肘をついてじっと僕を見て言った。
「あー、そっち?長谷部って、モテんのに全然その手の話聞かないと思ってたけど。そっか、水面下ではお盛んなんだ。でも全然相手が想像できない。マジで。」
そう言いながら、でもあまり深追いしてこない三澤は、その手の話に慣れているのかもしれない。場の空気をちゃんと判断出来る男なんだろう。伊達に人気者な訳じゃない。
もう一度突っ伏した三澤は小さな声で呟いた。
「長谷部って男が好きだろ?…俺去年、五十嵐先輩と長谷部が一緒に居るの街中で見たんだ。何かその時分かっちゃったんだ。長谷部って言うより、五十嵐先輩のあの目。バレバレだよね。五十嵐先輩とまだ続いてるの?」
そう尋ねられて、三澤は随分と周囲を見ているんだと思った。一方でそんな事を察知できるのは、大抵自己紹介なのだと知っていた。
「…三澤は男の方が好きなの?」
すると三澤は僕の方をチラっと見て苦笑した。
「…ノーコメント。自分でも良くわかんないから。女の子は可愛いと思うし。でも、男も気になる。あ、長谷部は別に狙ってないけどね。はは。こんな話他のやつとはできないけど、お前は余計な事言わないだろう?
俺、そんな所は妙に信頼しているんだお前のこと。あ、やば、部活始まっちゃう。もうすぐ部活も終わって、受験勉強とかマジないわ。じゃあな。」
そう自分の言いたい事だけ言うと慌しく教室を出て行った。今日は再登校の日だったけれど、部活のある生徒は届け出さえすれば教室に残っていても良かったんだ。僕ものそりと立ち上がると部活へ行こうと教室の扉へと足を向けた。
ガランとした教室は部活に急ぐ生徒達が騒ぎ立てる賑やかな廊下やホールとは対照的で、僕はそのコントラストに一瞬立ち止まった。それは僕に妙な切なさを感じさせた。
ほんの半年しか経って居ないのに、僕と翔ちゃんの時間は重なって動き出した。それって凄い不思議だ。僕自身は望んでいた事だったけれど、だからってこの前みたいにあんなに身も心もとろける様な状況を想像した訳じゃない。
けれどこの部活で騒めく空気の中で存在する自分もリアルだし、大好きな翔ちゃんと両思いになった自分もまた現実だった。僕はこの時、一歩大人へと足を踏み出したのかも知れなかった。
時間は止まらないし、どんどん進む。自分の望む方向へ、あるいは望まない方向にも。
それに気づいてしまったら、僕は自分の望む未来へと真っ直ぐに歩き出す以外の選択肢はなかった。それはいつも適当で、なる様になると斜に構えていた僕にとっては、まるで別人の様な感覚なんだ。
僕は弓道場の的を見つめながら、今腕で引き絞っているこの一本も、過去にも未来にもない現実なのだと静かに息をした。空気を切り裂いて飛んでいった矢は真っ直ぐに中心へ刺さった。
周囲の仲間が声を掛けてくれたけれど、気づいたのは暫く経ってからだった。それくらい集中した経験は無くて、僕は少し呆然としながら後ろに退いた。
弓道部部長が僕にニヤリと笑って言った。
「長谷部が絶好調とか怖ぇな。普段サバサバしてる奴が本気になると手が付けられないんじゃないの?引退試合、この調子で頑張ろうぜ。」
僕は黙って頷くと、あと少しで目まぐるしく変化していく中学三年という特別な学年を、どう過ごすのか考え始めていた。また僕が変わった事で、周囲も変化させる事があると気づくのはまだ先の話だったけれど。
相変わらず忙しい翔ちゃんに文句ばかりいうのは辞めた。僕自身も自分次第では忙しい身だったからだ。そんな僕を眩しそうに見つめて、時々翔ちゃんは僕に文句を言う様になった。
「なんか侑が俺に会えなくても生き生きしてる感じなのが、嬉しいけど悲しい。」
そんな事を言って口を尖らせる年上の幼馴染は、可愛いとしか言いようが無い。カッコいいのに可愛くて、僕はドキドキマックスだ。
僕はぎゅっと抱きつくと、翔ちゃんの首の窪みに頭を乗せて囁いた。
「僕、気づいちゃったんだ。今って人生の分かれ道なんだって。だから僕は翔ちゃんとずっと一緒にいられる様に、最善を尽くしてるだけだよ。親にも、誰にも文句を言われない様に、翔ちゃんとの事反対されない様に頑張ってるの。僕、偉いでしょ?」
僕がそう言って翔ちゃんを仰ぎ見ると、翔ちゃんはぼんやりと僕を見下ろした。僕の顔にポツリと水っぽいものが落ちてきて、気が付けば翔ちゃんの目が潤んでいる。
「侑、男前過ぎるよ。俺年上なのに、当然起こる問題を先送りしてた。そうだよな。誰にも文句を言われない様に生きてたら、自分の選択は自由になる。そんな当たり前のことをどうして気づかなかったんだろう。
俺、侑とずっと一緒に居たいから、今より結果出せる様にするよ。スカウトは来てるけど、ちょっと不安もあったんだ。でも自分に出来る事、精一杯頑張るよ。…それで侑は、高校何処に行こうって思ってるんだ?」
僕は翔ちゃんに微笑んで言った。
「清光学園。難しいかもしれないけど、誰にも文句を言わせないなら清光ぐらいじゃ無いと。学園祭も楽しかったし。」
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