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乗り越える壁

翔太side胸が騒ぐ

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目指していたインハイに敗れると、俺は緊張から解き放たれてすっかりぼんやりしてしまった。流石に今日は現地解散だったので、俺たちは行き先が同じ方向同士で、悔しさと、やり切った感の気怠さを感じながら電車に乗り込んだ。

方向の同じ圭が俺に言った。

「まぁ決勝トーナメント二回戦行けただけで凄いでしょ。俺たちは来年もあるし、リベンジしようぜ。お前が予選前に調子崩した時はどうなるかと思ったけど、すっかり元通りで助かったよ。あれか?あの綺麗な幼馴染に良い顔したかったか?」

そう言って俺を揶揄う圭に、側にいた補欠の同期の青山が俺に聞いてきた。


「あ、もしかして予選の時に弟くんと一緒に来てた子?あの子何か雰囲気あるよね。え?中二なの?弟くんも中一に見えないけど、そっか幼馴染なんだ。今度さ、練習試合とかにまた来ないかな。」

圭がふざけて青山に幼馴染くんは男だぞと言うと、分かってるけどと笑いながら少し真顔で言った。

「なんて言うか、ひと目を引くじゃん?一回話してみたいなって。中二の女子じゃやばいけど、男子なら一緒に遊ぶのもありじゃないかなって。俺も可愛い弟分が欲しいよ!」


そう言ってふざける青山から顔を逸らしながら、俺は侑を試合に誘ったのはやっぱり失敗だった気がしてきた。侑はこうやって男も女もなく他人を惹きつけてしまう。あの何とも言えない空気感がそうするのかもしれない。俺の心配は募るばかりだ。

まだ試合後の興奮冷めやらぬ身体で家に帰ると、まだ慶太が帰っていなかった。応援しに行った方が遅いとか、どう言うことなんだ。先にシャワーと食事を済ませてリビングでのんびりしていると、ようやく慶太が帰って来た。


「え?兄貴の方が早かったの?まじで。俺、侑とご飯軽く食べちゃったからな。兄貴後で侑のとこ行く?いつも兄貴に会えないってブツブツ言ってるからきっと喜ぶし。」

そう言いながらバスルームに消えた騒がしい慶太を横目で見ながら、俺は侑の顔が見たくて堪らなくなった。インハイ前にアイスクリームを食べた侑との二人の時間が思い起こされた。


少し照れたように俺に笑う侑はいつの間にか子供っぽさが抜けて来て、確かに青山の言うように何とも言えない雰囲気を醸し出していた。俺はそんな侑が美味しそうに好物の苺味のアイスクリームを食べる姿を見るともなしに眺めていた。

そこで感じた感覚は俺をすっかり戸惑わせた。かと言って侑から目を引き剥がすことも出来ずに、俺は侑の目に魅入られるように見つめてしまっていた。


「兄貴行く?」

そう慶太に声を掛けられて、物思いから引き剥がされて立ち上がると、慶太が侑が声が枯れるくらい頑張って応援していたと教えてくれた。そんな可愛い幼馴染にお礼を言うのは当たり前だと妙な言い訳をしながら、俺は慶太に言われるがまま玄関の扉の死角に隠れた。

けれども、目の前に出て来たのは腰にタオルを巻いだけの侑だった。相変わらず骨細のうっすらと筋肉の乗った未熟な身体は妙に色白で、俺は油断してたせいかびっくりしてドキドキしてしまった。


慶太に怒られながらも侑は俺を見上げて、とまどいながら喜びで顔を綻ばせて上がってくれと誘ってくれた。慌ただしく俺たちに背を向けてあれこれ用意してくれる侑の背中に、俺は目が留まってしまった。

首筋の少し下の場所にうっすらと赤いアザが浮き出ていた。それはキスマークなど知らなくてもそれに見えた。動揺する俺に、慶太もそのアザに目を留めて一瞬嫌な顔をした。慶太はそれが誰からつけられたものか知っているのだろうか。


着替えてくると階段を軽やかに登っていく侑を感じながら、誰に言うともなしに慶太は呟いた。

「まじかよ…。あいつ、やっぱり先輩と付き合ってんのかな。」

俺は緊張で心臓をドキドキさせながら何気ない風を装って尋ねた。

「…先輩って?前言ってた?…それって男だよな?」

そんな俺にしまったと言う顔をして、慶太は何でもないと目の前のスナックを食べ始めた。これ以上は聞き出せそうも無かったけれど、俺のモヤモヤは降りて来た侑と話をしている間も解消する事がなかった。

慶太が以前口を滑らせた弓道部元部長が先輩だとすると、侑の首の後ろにキスマークをつけたのはそいつなのか。それは俺にとって二度目の天地がひっくり返る衝撃だった。






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