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貴婦人のやっかみ
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私は相変わらず夜会に参加しているものの、自分のこれまでの社交界への不参加のお仕置きを受けているのも同然だった。と言うのも、令嬢達と面識がない事が、これ程までに身の置き所が無い事になるとは思わなかったからだ。
頼みの綱のダミアン様は、ちょこちょこと姿を消して貴族の男達のサロンへと入り浸る。私もそうしたいところだけど、女性用のサロンに行ったら、嫉妬めいた当て擦りが酷くて懲りたので、辛抱強く夜会会場で強張った微笑みを浮かべているしかないわ。
勿論声を掛けてくれる方は多いけれど殿方ばかりで、令嬢達は私をジロジロ見るだけで声など掛けて下さらない。はぁ、疲れるわ。
家のゴタゴタで、学生の途中で領地に籠ってしまったせいもあるけれど、私って友達が1人も居なかったのかしら。自分の不甲斐なさに項垂れていると、側に誰か立つのに気が付いた。
「クレア様、ご一緒しても宜しいかしら。」
目の前には少し年上の貴婦人が私を扇の向こうから見つめていた。…どなたかしら。直接名前を伺う事も失礼な気がして、私は自分から名前を名乗った。
「エリスク伯爵家長女、クレアでございます。あの…。」
目が覚める様な、まるで侯爵家に咲いていた赤い薔薇を思わせるドレスを見事に着こなした貴婦人は、大きな蠱惑的な眼差しで私をじっと見つめて言った。
「あら、ごめんなさいね。私はグレンジャー伯爵夫人ですわ。とは言っても、ここだけの話好きな様にさせて貰っていますのよ?」
そう言って意味深に周囲を見回した。好きな様に?一体どう言う事なんだろう。貴族の仄めかしなど分からない私は、戸惑いながらはっきり返事を返す事も出来ないでいた。
そんな私をじっと見つめた、20代後半に思われるグレンジャー伯爵夫人は、面白そうに囁いた。
「ダミアンが新参のご令嬢を夜会に連れ回していると聞いて、是非お会いしたいと思っていたの。…想像とは違ったわ。今まで連れて来るお相手といえば、押し付けられた何も分からない若いご令嬢か、私の様な道理の分かっている都合の良い相手でしたのに。
彼、本気になったのかしら。ふふ、それはそれで寂しいですわ。ダミアンはほら、あの通り文句のつけようもない爵位をお持ちで遊び上手な方ですもの。引くて数多でしたからね?」
これは…、私を動揺させようとしているのかしら。それとも親切心で色々教えてくれているのかしら。その前にダミアンと呼ぶくらいだから、彼とは昔馴染みなのかしら。私は一体どう立ち回って良いのか判断に迷っていた。
そんな黙りこくった私を見て気が済んだのか、グレンジャー伯爵夫人は機嫌良さげに私の前から立ち去ろうとしていた。けれど、丁度向こうからダミアンが真っ直ぐに私達の方に向かってやって来た。
「丁度ヴォクシー閣下がこちらにいらっしゃいます。是非ご紹介させて下さい。」
そう言うと、私を見て少し眉を顰めた貴婦人は、美しい微笑みを浮かべるとその顔のままダミアンに振り向いた。けれどもダミアンは貴婦人の前を素通りして、私に果実酒のグラスを渡すと、軽い音を立てて触れ合わせると美味しそうに飲み干した。
私はグレンジャー伯爵夫人の顔が歪むのを眺めながら、慌ててダミアンに声を掛けた。
「ダミアン様、こちらグレンジャー伯爵夫人ですわ。一人寂しくしていた私に声を掛けて頂き、色々教えて下さったんですの。」
するとダミアンは、ようやく辛抱強く待っていたグレンジャー伯爵夫人の方に振り向いて言った。
「…グレンジャー伯爵夫人。ご機嫌はいかがですかな。最近伯爵とはお会いしてませんが…。」
すると伯爵夫人はダミアンのグラスを持った腕に、しなやかな仕草で真っ赤な手袋に包まれた指先を掛けると、甘えるように囁いた。
「伯爵は相変わらず領地で狩りに勤しんでますわ。私は生臭いのは好きじゃありませんの。ですからお友達とこうして気晴らしに勤しんでいると言うところですわ。
ダミアン様も私の気晴らしに是非付き合って頂きたいわ。お誘いしても宜しいかしら。ね、クレア様。」
事情の分からない私には何も言えることは無かったけれど、ダミアンの纏う空気がひんやりと感じられる気がして、私は出番かも知れないと覚悟を決めた。
「ダミアン様、こんなお美しい貴婦人とご一緒されたら、…私妬けてしまいますわ。」
そう緊張で強張った声で言うと、ダミアンは私ににっこり笑いかけて、グラスを受け取って近くのテーブルに置くと、私の手を腕に掛けてグレンジャー伯爵夫人に言った。
「私のクレアが妬きますからね、残念ですが他を当たって下さい。クレア彼方に紹介したい人が居るんだ。」
強張った顔のグレンジャー伯爵夫人を置き去りに、私達はゆっくりと歩き出した。
「…あれで良かったのかしら。」
私がダミアンの顔を見上げると、ダミアンはすっかり機嫌を直して私の耳元で囁いた。
「ああ、助かった。あの夫人は若い頃の記憶に囚われている様子だったな。グレンジャー伯爵もお可哀想に。」
私はダミアンの言葉を聞きながら、この目の前の華やかな夜会の中で一体どれだけの人が本当の幸せを感じているのだろうと思ってしまった。でもそれは結局自分自身にも降りかかって来る質問だわ。
「正解だった様で嬉しいですわ。でも私、声を掛けられて正直嬉しかったんですの。家のゴタゴタで、私は友人の一人も作ることなく大人になってしまったのだと気づいてしまったのですから。
普段は感じませんけど、こう言う時にその事が身に沁みますわ。」
するとダミアンが私の腰に手を回して、真珠色の手袋の先に唇を寄せて言った。
「君に丁度良いお相手を紹介しようと思っていたんだ。」
そうして連れてこられて引き会わされたのは、小さい頃にお会いしたことのあるグラント伯爵夫妻だった。
「クレア、エリスク伯爵とは仲の良いグラント伯爵だが、覚えているかい?グラント伯爵夫妻、こちらはエリスク伯爵の愛娘のクレアですよ。」
私は思わず綻ぶ笑顔で頷いて、優しく微笑むグラント伯爵夫妻に礼をとった。
「ええ、まだ小さな少女の頃に何度かご一緒した事がありますもの。グラント伯爵、伯爵夫人、お久しぶりでございます。その節は大変お世話になりました。父もお元気そうなお二人にお会いしたと聞けば、とても喜ぶと思いますわ。」
そう言うと、グラント伯爵夫人は私の手を両手で握って声を詰まらせて言った。
「ええ、貴方のお母様譲りの美しいお顔を見られて、嬉しさに本当に息が止まるかと思いましたわ。お母様は本当に残念な事でしたけど、こうして貴女が立派な淑女になられたのですもの、エリスク伯爵もどんなにお喜びでしょう。
今度是非我が家のサロンに遊びに来て下さいな。貴女のためになる貴婦人方をご紹介いたしますわ。」
まるで亡きお母様の様な温かな対応を夫人にされて、私もまたさっきまでの心細さからの反動でお礼の言葉も声が震えてしまった。嬉しさと動揺してしまった恥ずかしさに、私の側で腰に手を回したダミアンを見上げて震える声で囁いた。
「…いやだわ、私ったら。少女の様に泣いたりして。」
そんな私をダミアンはじっと見下ろすと、グラント伯爵夫妻にひと言断って、人混みの中を掻き分けて私をどこかへ連れ出した。ガーデンテラスに出ると、沢山のランタンに照らされて幻想的な光景が広がっていた。
「…ここなら好きなだけ泣けるだろう?」
そう言われてしまえば私の感情は決壊して、私の頬を止めどなく涙がこぼれ落ちた。
頼みの綱のダミアン様は、ちょこちょこと姿を消して貴族の男達のサロンへと入り浸る。私もそうしたいところだけど、女性用のサロンに行ったら、嫉妬めいた当て擦りが酷くて懲りたので、辛抱強く夜会会場で強張った微笑みを浮かべているしかないわ。
勿論声を掛けてくれる方は多いけれど殿方ばかりで、令嬢達は私をジロジロ見るだけで声など掛けて下さらない。はぁ、疲れるわ。
家のゴタゴタで、学生の途中で領地に籠ってしまったせいもあるけれど、私って友達が1人も居なかったのかしら。自分の不甲斐なさに項垂れていると、側に誰か立つのに気が付いた。
「クレア様、ご一緒しても宜しいかしら。」
目の前には少し年上の貴婦人が私を扇の向こうから見つめていた。…どなたかしら。直接名前を伺う事も失礼な気がして、私は自分から名前を名乗った。
「エリスク伯爵家長女、クレアでございます。あの…。」
目が覚める様な、まるで侯爵家に咲いていた赤い薔薇を思わせるドレスを見事に着こなした貴婦人は、大きな蠱惑的な眼差しで私をじっと見つめて言った。
「あら、ごめんなさいね。私はグレンジャー伯爵夫人ですわ。とは言っても、ここだけの話好きな様にさせて貰っていますのよ?」
そう言って意味深に周囲を見回した。好きな様に?一体どう言う事なんだろう。貴族の仄めかしなど分からない私は、戸惑いながらはっきり返事を返す事も出来ないでいた。
そんな私をじっと見つめた、20代後半に思われるグレンジャー伯爵夫人は、面白そうに囁いた。
「ダミアンが新参のご令嬢を夜会に連れ回していると聞いて、是非お会いしたいと思っていたの。…想像とは違ったわ。今まで連れて来るお相手といえば、押し付けられた何も分からない若いご令嬢か、私の様な道理の分かっている都合の良い相手でしたのに。
彼、本気になったのかしら。ふふ、それはそれで寂しいですわ。ダミアンはほら、あの通り文句のつけようもない爵位をお持ちで遊び上手な方ですもの。引くて数多でしたからね?」
これは…、私を動揺させようとしているのかしら。それとも親切心で色々教えてくれているのかしら。その前にダミアンと呼ぶくらいだから、彼とは昔馴染みなのかしら。私は一体どう立ち回って良いのか判断に迷っていた。
そんな黙りこくった私を見て気が済んだのか、グレンジャー伯爵夫人は機嫌良さげに私の前から立ち去ろうとしていた。けれど、丁度向こうからダミアンが真っ直ぐに私達の方に向かってやって来た。
「丁度ヴォクシー閣下がこちらにいらっしゃいます。是非ご紹介させて下さい。」
そう言うと、私を見て少し眉を顰めた貴婦人は、美しい微笑みを浮かべるとその顔のままダミアンに振り向いた。けれどもダミアンは貴婦人の前を素通りして、私に果実酒のグラスを渡すと、軽い音を立てて触れ合わせると美味しそうに飲み干した。
私はグレンジャー伯爵夫人の顔が歪むのを眺めながら、慌ててダミアンに声を掛けた。
「ダミアン様、こちらグレンジャー伯爵夫人ですわ。一人寂しくしていた私に声を掛けて頂き、色々教えて下さったんですの。」
するとダミアンは、ようやく辛抱強く待っていたグレンジャー伯爵夫人の方に振り向いて言った。
「…グレンジャー伯爵夫人。ご機嫌はいかがですかな。最近伯爵とはお会いしてませんが…。」
すると伯爵夫人はダミアンのグラスを持った腕に、しなやかな仕草で真っ赤な手袋に包まれた指先を掛けると、甘えるように囁いた。
「伯爵は相変わらず領地で狩りに勤しんでますわ。私は生臭いのは好きじゃありませんの。ですからお友達とこうして気晴らしに勤しんでいると言うところですわ。
ダミアン様も私の気晴らしに是非付き合って頂きたいわ。お誘いしても宜しいかしら。ね、クレア様。」
事情の分からない私には何も言えることは無かったけれど、ダミアンの纏う空気がひんやりと感じられる気がして、私は出番かも知れないと覚悟を決めた。
「ダミアン様、こんなお美しい貴婦人とご一緒されたら、…私妬けてしまいますわ。」
そう緊張で強張った声で言うと、ダミアンは私ににっこり笑いかけて、グラスを受け取って近くのテーブルに置くと、私の手を腕に掛けてグレンジャー伯爵夫人に言った。
「私のクレアが妬きますからね、残念ですが他を当たって下さい。クレア彼方に紹介したい人が居るんだ。」
強張った顔のグレンジャー伯爵夫人を置き去りに、私達はゆっくりと歩き出した。
「…あれで良かったのかしら。」
私がダミアンの顔を見上げると、ダミアンはすっかり機嫌を直して私の耳元で囁いた。
「ああ、助かった。あの夫人は若い頃の記憶に囚われている様子だったな。グレンジャー伯爵もお可哀想に。」
私はダミアンの言葉を聞きながら、この目の前の華やかな夜会の中で一体どれだけの人が本当の幸せを感じているのだろうと思ってしまった。でもそれは結局自分自身にも降りかかって来る質問だわ。
「正解だった様で嬉しいですわ。でも私、声を掛けられて正直嬉しかったんですの。家のゴタゴタで、私は友人の一人も作ることなく大人になってしまったのだと気づいてしまったのですから。
普段は感じませんけど、こう言う時にその事が身に沁みますわ。」
するとダミアンが私の腰に手を回して、真珠色の手袋の先に唇を寄せて言った。
「君に丁度良いお相手を紹介しようと思っていたんだ。」
そうして連れてこられて引き会わされたのは、小さい頃にお会いしたことのあるグラント伯爵夫妻だった。
「クレア、エリスク伯爵とは仲の良いグラント伯爵だが、覚えているかい?グラント伯爵夫妻、こちらはエリスク伯爵の愛娘のクレアですよ。」
私は思わず綻ぶ笑顔で頷いて、優しく微笑むグラント伯爵夫妻に礼をとった。
「ええ、まだ小さな少女の頃に何度かご一緒した事がありますもの。グラント伯爵、伯爵夫人、お久しぶりでございます。その節は大変お世話になりました。父もお元気そうなお二人にお会いしたと聞けば、とても喜ぶと思いますわ。」
そう言うと、グラント伯爵夫人は私の手を両手で握って声を詰まらせて言った。
「ええ、貴方のお母様譲りの美しいお顔を見られて、嬉しさに本当に息が止まるかと思いましたわ。お母様は本当に残念な事でしたけど、こうして貴女が立派な淑女になられたのですもの、エリスク伯爵もどんなにお喜びでしょう。
今度是非我が家のサロンに遊びに来て下さいな。貴女のためになる貴婦人方をご紹介いたしますわ。」
まるで亡きお母様の様な温かな対応を夫人にされて、私もまたさっきまでの心細さからの反動でお礼の言葉も声が震えてしまった。嬉しさと動揺してしまった恥ずかしさに、私の側で腰に手を回したダミアンを見上げて震える声で囁いた。
「…いやだわ、私ったら。少女の様に泣いたりして。」
そんな私をダミアンはじっと見下ろすと、グラント伯爵夫妻にひと言断って、人混みの中を掻き分けて私をどこかへ連れ出した。ガーデンテラスに出ると、沢山のランタンに照らされて幻想的な光景が広がっていた。
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