貧乏令嬢の私、冷酷侯爵の虫除けに任命されました!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

文字の大きさ
上 下
4 / 28
選択

チャールズside悪友のエスコート

しおりを挟む
 幼馴染のダミアンが、いつからあんなに気難しくなったのか私には覚えがない。それは冬の氷がじわじわ厚くなって行くかの如く、気づけばそうなっていたという様なものだった。

元々ダミアンはヴォクシー侯爵家の嫡男として生まれて、そうあるべきとして育てられ、本人も周囲の期待に沿って行動していたと思う。


 公爵家の次男として生まれたひとつ年上の私が、幼少の頃からダミアンと親睦を深めていたものの、気づけばダミアンの方がいつも私よりも年上に見られる様になっていた。

まるで将来がわかっていたかの様に、王立学院を卒業する頃にはすっかり周囲よりも大人びていたダミアンは、2年前にダミアンの父であるヴォクシー侯爵が急逝キュウセイした際にも、特に問題もなく侯爵家を継いだ。


 顔には出さなかったが、ヨワイ28歳にしてヴォクシー侯爵となったダミアンは、周囲に群がる多くの老若男女の貴族達をどう感じていただろう。そつのない態度で彼らをサバいていたけれど、その頃から妙に気難しさに拍車がかかってきた気がする。

そんなダミアンを心配した私は、度々彼を息抜きに引っ張り出した。ダミアンも幼馴染の私には、苦笑しながらも諦めを滲ませてお節介を許してくれるので、私も仕事の邪魔になっても強引に遊びをネジ込んだりしたんだ。


 だからあの夜も、社交場で店の主人と押し問答している質素なドレスの若い貴族の令嬢が、ダミアンと話をしたがっている事を知り、ほんの気まぐれで彼女をダミアンに会わせた。

帽子についたレースでハッキリとは見えなかったものの、美しい銀色の長い髪にはあまり思い浮かぶ令嬢が居なかった。そして令嬢本人もダミアン本人の事をまるで知らない様で、酷く可笑しく思ったのを覚えている。

世の中の貴族令嬢全てがヴォクシー閣下を知っていて、お近づきになりたいのだと思っていたのだから。


 だから夜会にダミアンが曰く付きの令嬢を連れてくると噂になった時、エリスク伯爵令嬢と聞いてもピンと来なかったのは正直認めよう。エリスク伯爵家の後継が、享楽的で破滅的、そして男娼を囲うという見事なまでの落ちぶれた伯爵なのは有名すぎる話だった。

享楽が過ぎたのか死んでしまった後、次男である現伯爵が跡を継いで、何とか持ち直したと噂で聞いていた。現伯爵は、亡き伯爵とまるで性格が違っていて、以前勤めていた王宮での仕事振りも真面目で、真面目過ぎて融通が利かないとまで言われる様な人物だった様に思う。


 兄弟でどうしてこうも違ってしまうのかは謎だが、私もまた兄上とは性格もまるで逆なので、男兄弟は案外そう言うものなのかもしれない。

ただエリスク伯爵家が上手く行ってたのはその一時で、度重なる100年振りの水害と、奥方の病死により、伯爵が領地に引きこもってしまったと言う話は貴族の中で共有する噂だ。

令嬢がいると言うのは聞いた事がなかったが、これだけの不幸に見舞われると社交界デビューの際も喪中だったのかもしれないし、普通の貴族令嬢として生きてはいけなかったのかもしれない。


 だから余計に謎のエリスク伯爵家のご令嬢とダミアンが夜会に参加すると聞いて、私はこの退屈な日々を打ち破る見ものに大いに好奇心を掻き立てられていた。

夜会会場の入り口から、ダミアンが銀色の流れる様な美しい髪と柔らかな空色の瞳を持つ、微笑んだ美しいご令嬢をエスコートして入場して来た時には、思わず目を見張った。

そしてその髪の輝きを見て、私は彼女があの夜の社交場で、ダミアンに会いたがっていた謎の令嬢だと言う事に気がついた。


 私は大声で笑い出しそうだった。全くあり得ない話だった。ダミアンは自分のところに無理に押しかけてくる人間が、どんな相手だろうが二度目はない男だと知っていたからだ。

そのダミアンが彼女をエスコートして連れて来ているのだから、笑ってしまってもしょうがないだろう?一体彼女の何がダミアンをそうさせたのか、私は楽しい気持ちで二人のところまで近づいて行った。

  
 「ダミアン、今夜エスコートしている美しい御令嬢を紹介してくれないか。」

私がそう言って二人に声を掛けると、こちらを振り返ったご令嬢は、柔らかな空色の瞳に光を灯して私を見つめて微笑んだ。それはあの社交場での秘密を共有した者同士の、合図の様な笑みだった。

私は余計な事を言って来ない、頭の回転の速いご令嬢に密かに舌を巻いて、ダミアンに彼女を紹介されるのを待った。

「チャールズ、こちらはエリスク伯爵令嬢のクレアだ。クレア、君はもう面識があるだろう?余計なことばかりする私の幼馴染のチャールズだ。こう見えて私より一つ年上で、ガーズ公爵家の次男なのだよ。」


 「改めまして、ご挨拶しましょう。ガーズ公爵家のスペアのチャールズです。あの時貴女をダミアンに会わせたのは、私の大手柄と言うことでしょうね?」

そう言って揶揄うと、予想に反してクレアは赤くもならずに、チラリとダミアンを見て私に微笑んで囁いた。

「感謝しておりますわ、チャールズ様。今ここでこうしているのは不思議な気分ですけれど、『悲運なエリスク伯爵』の通り名をそろそろ返上しても良い頃合いでしょうから。明日からは『エリスク家の令嬢を知らないのはモグリ』とでも噂されるのでしょうね?」


 貴族令嬢らしからぬ物言いに、私は弾ける様に笑ってしまった。無作法だろうが、夜会でこんなに小気味良い令嬢に会ったのは正直初めてだった。ダミアンが彼女をエスコートして来た訳がそこら辺にある様な気がした。

ダミアンが渋い顔でクレアを睨みつけると、クレアは細い指先で口元を押さえた。それは彼女のふっくらした薔薇色の唇に注目する事に他ならなくて、本人が意識していないせいで妙に艶かしく感じるのだった。


 ダミアンも同じ事を感じたのか咳払いすると、私に合図だけして紳士の嗜みである葉巻のサロンへ行って来るとクレアに耳打ちだけすると、私と連れ立って移動した。

「良いのかい?彼女は今夜の夜会に鮮烈デビューだけど。ほら、お前が離れた途端、男達が群がっているぞ?」

そうダミアンを揶揄うと、ダミアンは肩をすくめて言った。

「ああ、今夜はそれが目的の一つでもあるからな。」

私はダミアンがそんな事を言うのを目を丸くして聞きながら、思わずクレアに人々が押し寄せるのを眺めていた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

あの……殿下。私って、確か女避けのための婚約者でしたよね?

待鳥園子
恋愛
幼馴染みで従兄弟の王太子から、女避けのための婚約者になって欲しいと頼まれていた令嬢。いよいよ自分の婚期を逃してしまうと焦り、そろそろ婚約解消したいと申し込む。 女避け要員だったはずなのにつれない王太子をずっと一途に好きな伯爵令嬢と、色々と我慢しすぎて良くわからなくなっている王太子のもだもだした恋愛事情。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうぞ、お好きに

蜜柑マル
恋愛
私は今日、この家を出る。記憶を失ったフリをして。 ※ 再掲です。ご都合主義です。許せる方だけお読みください。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

処理中です...