貧乏令嬢の私、冷酷侯爵の虫除けに任命されました!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

文字の大きさ
上 下
3 / 28
選択

偽りの関係

しおりを挟む
 「ではクレア、行こうか。」

 私の目の前に立った目つきの悪い侯爵は、さっきから私の頭のてっぺんから下まで不躾な視線を送っていたけれど、満足したのか張り付いた笑顔で私に手を差し出した。

ハタから見れば見え方も違うのかもしれないけれど、私は苦々しい気持ちで、このいけすかない傲慢な男の手を取った。心なしか、ヴォクシー閣下から送られたドレス一式が酷く重く感じるわ。

載せた手を痛いほど握られて、私はハッとヴォクシー閣下のゾッとする様な微笑を浮かべた顔を見上げた。

「クレア、もう少し恋人らしい眼差しを私に向けたらどうだい?見る人が見れば分かってしまうだろう?」


 私はヴォクシー閣下の手を同じだけぎゅっと握り締めると、にっこりと微笑んだ。昨日鏡の前で作り上げた笑顔を思い出して、顔に乗せれば良いだけだもの。

少し眉を上げたヴォクシー閣下は、何も言わずに私をエスコートして歩き出した。今夜の夜会は醜聞と悲劇の続く貧乏伯爵家の令嬢である私と、難攻不落で注目の的である若き侯爵、ヴォクシー閣下の噂のカップルが参加するとあって、噂好きの貴族達がいつもより集まっている様だった。


 「今まで君に目を付けなかった貴族達の悔しがる顔が見られるだけでも、余興としては楽しめそうだ。美しい銀の髪に、空色の瞳の君がそれなりに飾り立てれば、孫にも衣装そのものだから自信を持ってもいい。」

そう口元に笑みを貼り付けながら、全然褒めていないヴォクシー閣下に私は囁いた。

「せいぜい良い虫除けになる様に振る舞いますわ、ダミアン。」

私が呼び捨てると、ピクリと頬を引き攣らせて、もう一度私の指先をぎゅっと握ってきた。

「…あまり調子に乗らない事だ。私には敬意を払った方が良いのではないかね?」


 私は唇を噛み締めながら、笑みを浮かべて囁いた。

「あら、虫除けには親密さが必要なのではありませんか?私の解釈が間違っていた様ですわね、ダミアン様。…ダミアン様、私は社交は一度だけ、しかも領地の小さな夜会に出た事しかございませんの。失敗しても責めたりなさらないで下さいね。」

口では強気な事を言いながらも、私は緊張で耳鳴りがしてきていた。ここで上手く虫除け役をこなさないと、この傲慢な男はあっさりと孤児院閉鎖の話をぶり返すに違いないわ。

  


 
 あの夜社交場に乗り込んで、ほとんど成果が得られなかったと気を落としていた二日後、屋敷の家令が慌ただしく私に招待状を差し出した。

「クレアお嬢様、…ヴォクシー侯爵家より招待状でございます。」

緊張気味の家令の気持ちが良くわかるくらい同じく動揺していた私は、その美しい銀模様の封筒を部屋に持ち帰った。家令が気にしているのは分かったものの、社交場に乗り込んだ事を薄々知っている家令の前で封を開ける気にはなれなかった。


 封を開けるとそこにはカードが一枚入っていた。日時指定で、ヴォクシー侯爵家へ招待するとの簡単なものだった。ヴォクシー閣下の署名の後に、走り書きでひと言【先日の話の続きをしよう】と、大胆な筆跡で書かれていた。

私はヴォクシー閣下が調べてくれると言っていた孤児院の話の事だと思ったものの、わざわざ呼びつけて私に話すような事なのだろうかと首を傾げた。けれども力のないエリスク伯爵家の貴族令嬢が、名家ヴォクシー侯爵家からの招待を断れる筈も無く、家令や侍女に招待のことを告げた。


 それから屋敷の者達が舞い上がったのは言うまでもなかった。私がそんな話ではないと何度言い聞かせても侍女は涙を潤ませて言った。

「お若い頃の奥様は、それはそれは貴族界で引く手数多でございました。ですから奥様そっくりのクレアお嬢様が、今までデビューどころで無く、お家の為にいわく付きの後妻に入られる覚悟だと仰ってから、私どもはどんなに胸が張り裂けそうだったかしれません。

お家の事情でクレアお嬢様は社交界にもほとんど顔を見せておりません。お嬢様の言う様に、この招待に事情があったとしても、私たちは出来るだけのことをさせて頂きます。」

その言葉通り、彼女らは、夜なべでお母様の美しいロイヤルブルーのドレスを今風に仕立て直してくれた。あまり着飾って行くのは躊躇われたものの、侍女曰くは今時は街歩きをするのでさえ、これくらいのドレスを着るのだと怒られてしまった。



 自意識過剰気味の私がヴォクシー閣下の前に通されると、ヴォクシー閣下はチラリと目をやるくらいで何の言葉も無かった。やっぱり侍女達の欲目なのだと、張り切って来た自分が馬鹿みたいに思えてしまった。

けれども、ヴォクシー閣下から告げられたのは予想も出来ない事だった。孤児院を閉鎖しない代わりに、私にヴォクシー閣下の虫除けになるべく夜会のパートナーを引き受ける条件を差し出されたのだから。


 「社交に疎いクレアは私の事を知らなかった様だが、私には払っても纏わりつく美しい蝶達が居るのだよ。いい加減ウンザリだが、立場的に社交に出ないわけにもいかなくてね。そこで君の願いを叶える条件として、君にもひと汗かいてもらおうと思ったのだ。

もちろん私の虫除け期間はお礼として、伯爵家へこれだけの援助を送ろう。君にとっても悪い話ではないと思うが。

三年後の命が危うい後妻に入るより、誰か若くて金のある良心的な貴族の坊ちゃんに見染められたほうが良いのではないかね?期間は、そう長いことではない。どうだ、やる気はあるか?」


 私に断る理由など無かった。孤児院が存続できるだけありがたいのに、伯爵家へ援助までしてくれると言う。虫除けが仕事だと思えば容易タヤスい事だわ。

私が頷くと、部屋に居た従者がテーブルに契約書を広げた。今言った様な事がきっちりと書かれている。家族にも誰にも他言無用と書かれているのを見て、私は顔を上げた。

「…家族にも秘密にするのですか?」


 ヴォクシー閣下は手元の書類から顔を上げて、まるで私を馬鹿にしたような眼差しで見つめた。この人は私と話も終わっていないのに、仕事を始めている。私を尊重する気もない様だけど、そんな文句は言える立場じゃないわ。

私はため息をつくと、家族にも誰にも秘密にしますと一言言って、契約書にサインをした。もう、後戻りは出来ないわ。

















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

あの……殿下。私って、確か女避けのための婚約者でしたよね?

待鳥園子
恋愛
幼馴染みで従兄弟の王太子から、女避けのための婚約者になって欲しいと頼まれていた令嬢。いよいよ自分の婚期を逃してしまうと焦り、そろそろ婚約解消したいと申し込む。 女避け要員だったはずなのにつれない王太子をずっと一途に好きな伯爵令嬢と、色々と我慢しすぎて良くわからなくなっている王太子のもだもだした恋愛事情。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

ワケあってこっそり歩いていた王宮で愛妾にされました。

しゃーりん
恋愛
ルーチェは夫を亡くして実家に戻り、気持ち的に肩身の狭い思いをしていた。 そこに、王宮から仕事を依頼したいと言われ、実家から出られるのであればと安易に引き受けてしまった。 王宮を訪れたルーチェに指示された仕事とは、第二王子殿下の閨教育だった。 断りきれず、ルーチェは一度限りという条件で了承することになった。 閨教育の夜、第二王子殿下のもとへ向かう途中のルーチェを連れ去ったのは王太子殿下で…… ルーチェを逃がさないように愛妾にした王太子殿下のお話です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

騎士団長の幼なじみ

入海月子
恋愛
マールは伯爵令嬢。幼なじみの騎士団長のラディアンのことが好き。10歳上の彼はマールのことをかわいがってはくれるけど、異性とは考えてないようで、マールはいつまでも子ども扱い。 あれこれ誘惑してみるものの、笑ってかわされる。 ある日、マールに縁談が来て……。 歳の差、体格差、身分差を書いてみたかったのです。王道のつもりです。

処理中です...