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侯爵家
真夜中の口づけ
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晩餐に顔を揃えた侯爵家の面々は、アルバートの後ろをついて来た少年から目が離せなかった。侯爵は咳払いを一つすると、アルバートに尋ねた。
「…もう、魔物は元気を取り戻したのか。朝見た時よりも顔色は良い様だが。」
絵都は侯爵の見たことも無い深緑色の髪から目を離せなかったが、自分に話しかけられていないのをいい事にこの侯爵家の面々を眺め回した。心配顔の美しい貴婦人は多分アルバートの母親だろう。髪色が同じ金髪だ。
目の前に座って凝視してくるのは、今の自分より幼い少年だ。好奇心を抑えられない眼差しと目が合うとハッとして視線を逸らす。…家族のテーブルについているのだからアルバートの弟だろうか。
「魔物の名前はエドと言う様です。自分が魔物であると言う自覚があまり無く、戸惑っている様子ですが…。」
アルバートにそう紹介されて、絵都は覚めない夢の中ならば、彼らの期待通り魔物らしく振る舞うのが親切かもしれないと思い始めていた。特別な魔物だと期待している彼らは、僕が普通の人間の様にオドオドした様子など見たくはないだろう。
絵都はまるで新しい親戚の家に迎えられた初日の様に、他人を魅了する自覚のある笑顔を浮かべて口を開いた。
「僕はエドです。僕はアルバートの魔物の様ですね?僕に何を期待されているのか分からないのですが、貴方方に危害を加える気は少しも有りません。もちろん皆さんも僕にそうして下さると嬉しいです。」
絵都の言葉が期待通りだったのか、意外だったのか、彼らは呆然と絵都を見つめていた。失敗したか?もっと魔物らしく偉そうにするべきだったか?すると侯爵が咳払いして絵都に声を掛けてきた。
「…私はアルバートの父親であるロブリアス侯爵だ。こちらは侯爵夫人、そしてアルバートの弟のサミュエルだ。友好的な姿勢を有難く思う。特別な魔物というべきなのか、エドの魔力は朝感じたものと比べると雲泥の差と言えるくらい大きくなっているようだ。
その魔力を我々に分けて貰えると助かる。」
侯爵のその言葉に絵都はどう答えていいか判断がつかなかった。魔物というくらいだからもしかしたら今の自分に何か力があるのかもしれないけれど、それを具体的にどうこうする事は出来そうになかった。
だから絵都は返事をせずに曖昧に微笑むだけに済ませた。そうしている間に、目の前に次々と食事が運ばれてきた。見た事のない料理ではあったけれど良い匂いがした。
バイト仲間の散らかった部屋で、コンビニで買った焼きそばを味わいもせずに食べていた絵都にしてみれば、両親が亡くなる前の穏やかな家庭の食卓を思い出させた。
隣に座ったアルバートの真似をしながら味わう食事は、緊張を感じていた割にゆったりと味わって食べる事が出来た。絵都の食事の進み具合を観察していたアルバートは絵都に尋ねた。
「料理は口に合ったか?エド。それとも魔物は魔素の多い食事の方が良いのだろうか?」
アルバートの質問を頭の中でこねくり回した絵都は、にっこり微笑んで答えた。
「…十分美味しく頂きました。」
魔素?まるでゲームの中の単語みたいだと思いつつ、絵都は余計な事を言わなかった。
「エド?エドはどこから来たの?昨日まで小さかったでしょ?でも今より大人みたいに見えたけど、本当はどっちなの?」
さっきからウズウズしていた目の前のサミュエルが、我慢しきれないとばかりに絵都に畳み掛けてきた。絵都はサミュエルの言葉から、やはり年齢がどこかの時点で遡った様だと予想した。
どう答えるか迷いつつ、絵都は目の前の可愛らしい少年に微笑んだ。
「こことはまるで違う世界から。…僕はこの世界も悪くないと思いますよ。」
部屋に戻ると、少し雰囲気が変わっているのに気づいた。何だか家具が増えている。元々十分に広い部屋だったけれど、見慣れない二人掛けのソファが増えていた。
「今夜からエドは私と共に生活する。父上とも話し合ったのだが、はっきりした事が分かるまで私と共に居るように。」
なるほど監視されるわけかと絵都は内心ため息をついた。とは言え相手の立場になってみればせっかく手に入れた僕に逃げ出されたくはないのだろう。ふとイタズラ心が浮かんで、絵都はアルバートに尋ねた。
「貴方は怖くないのですか?僕が眠っている貴方に何かするとか考えない?」
絵都の顔をじっと見つめたアルバートは少し考えた様子だったけれど、片眉を少し上げて答えた。
「魔物は主に手を出せないと聞いているし、エドは気性の荒い様には見えないからな。それとも私の寝首を掻くのか?」
絵都は自分よりひと回り以上大きな恵まれた体格のアルバートを見返して、肩をすくめた。
「いいえ。おっしゃる通り、僕はそんな粗野な魔物ではないし、十分な睡眠が取れれば文句もありません。」
アルバートは絵都の言葉になぜか少し笑って、従者を呼んで絵都に寝支度をさせた。
アルバートと同じベッドに横になりながら、絵都はこの夢の世界でも雑魚寝なのかと何とも言えない気持ちになった。とは言え十分に広いベッドと申し分のない寝心地に、こんな雑魚寝なら文句も言えないなとこっそり微笑んだ。
しかし夜中に身の内が暴れ回る苦しさで目覚めた時、絵都のせいで起こされたアルバートの口元が淡く光っているのを見て、絵都は何も考えずにその光を自分に取り込んだ。
されるがままのアルバートの口の中を舌でなぞって舐め啜ると、さっきまでの苦しさはじわじわと消えていって、ついには感じなくなった。
ホッとして顔を引き剥がすと、アルバートは手元のランプをつけて眩しさに顔を顰める絵都を驚きと共に見つめた。
「…エド。お前、元に戻ったのか?」
「…もう、魔物は元気を取り戻したのか。朝見た時よりも顔色は良い様だが。」
絵都は侯爵の見たことも無い深緑色の髪から目を離せなかったが、自分に話しかけられていないのをいい事にこの侯爵家の面々を眺め回した。心配顔の美しい貴婦人は多分アルバートの母親だろう。髪色が同じ金髪だ。
目の前に座って凝視してくるのは、今の自分より幼い少年だ。好奇心を抑えられない眼差しと目が合うとハッとして視線を逸らす。…家族のテーブルについているのだからアルバートの弟だろうか。
「魔物の名前はエドと言う様です。自分が魔物であると言う自覚があまり無く、戸惑っている様子ですが…。」
アルバートにそう紹介されて、絵都は覚めない夢の中ならば、彼らの期待通り魔物らしく振る舞うのが親切かもしれないと思い始めていた。特別な魔物だと期待している彼らは、僕が普通の人間の様にオドオドした様子など見たくはないだろう。
絵都はまるで新しい親戚の家に迎えられた初日の様に、他人を魅了する自覚のある笑顔を浮かべて口を開いた。
「僕はエドです。僕はアルバートの魔物の様ですね?僕に何を期待されているのか分からないのですが、貴方方に危害を加える気は少しも有りません。もちろん皆さんも僕にそうして下さると嬉しいです。」
絵都の言葉が期待通りだったのか、意外だったのか、彼らは呆然と絵都を見つめていた。失敗したか?もっと魔物らしく偉そうにするべきだったか?すると侯爵が咳払いして絵都に声を掛けてきた。
「…私はアルバートの父親であるロブリアス侯爵だ。こちらは侯爵夫人、そしてアルバートの弟のサミュエルだ。友好的な姿勢を有難く思う。特別な魔物というべきなのか、エドの魔力は朝感じたものと比べると雲泥の差と言えるくらい大きくなっているようだ。
その魔力を我々に分けて貰えると助かる。」
侯爵のその言葉に絵都はどう答えていいか判断がつかなかった。魔物というくらいだからもしかしたら今の自分に何か力があるのかもしれないけれど、それを具体的にどうこうする事は出来そうになかった。
だから絵都は返事をせずに曖昧に微笑むだけに済ませた。そうしている間に、目の前に次々と食事が運ばれてきた。見た事のない料理ではあったけれど良い匂いがした。
バイト仲間の散らかった部屋で、コンビニで買った焼きそばを味わいもせずに食べていた絵都にしてみれば、両親が亡くなる前の穏やかな家庭の食卓を思い出させた。
隣に座ったアルバートの真似をしながら味わう食事は、緊張を感じていた割にゆったりと味わって食べる事が出来た。絵都の食事の進み具合を観察していたアルバートは絵都に尋ねた。
「料理は口に合ったか?エド。それとも魔物は魔素の多い食事の方が良いのだろうか?」
アルバートの質問を頭の中でこねくり回した絵都は、にっこり微笑んで答えた。
「…十分美味しく頂きました。」
魔素?まるでゲームの中の単語みたいだと思いつつ、絵都は余計な事を言わなかった。
「エド?エドはどこから来たの?昨日まで小さかったでしょ?でも今より大人みたいに見えたけど、本当はどっちなの?」
さっきからウズウズしていた目の前のサミュエルが、我慢しきれないとばかりに絵都に畳み掛けてきた。絵都はサミュエルの言葉から、やはり年齢がどこかの時点で遡った様だと予想した。
どう答えるか迷いつつ、絵都は目の前の可愛らしい少年に微笑んだ。
「こことはまるで違う世界から。…僕はこの世界も悪くないと思いますよ。」
部屋に戻ると、少し雰囲気が変わっているのに気づいた。何だか家具が増えている。元々十分に広い部屋だったけれど、見慣れない二人掛けのソファが増えていた。
「今夜からエドは私と共に生活する。父上とも話し合ったのだが、はっきりした事が分かるまで私と共に居るように。」
なるほど監視されるわけかと絵都は内心ため息をついた。とは言え相手の立場になってみればせっかく手に入れた僕に逃げ出されたくはないのだろう。ふとイタズラ心が浮かんで、絵都はアルバートに尋ねた。
「貴方は怖くないのですか?僕が眠っている貴方に何かするとか考えない?」
絵都の顔をじっと見つめたアルバートは少し考えた様子だったけれど、片眉を少し上げて答えた。
「魔物は主に手を出せないと聞いているし、エドは気性の荒い様には見えないからな。それとも私の寝首を掻くのか?」
絵都は自分よりひと回り以上大きな恵まれた体格のアルバートを見返して、肩をすくめた。
「いいえ。おっしゃる通り、僕はそんな粗野な魔物ではないし、十分な睡眠が取れれば文句もありません。」
アルバートは絵都の言葉になぜか少し笑って、従者を呼んで絵都に寝支度をさせた。
アルバートと同じベッドに横になりながら、絵都はこの夢の世界でも雑魚寝なのかと何とも言えない気持ちになった。とは言え十分に広いベッドと申し分のない寝心地に、こんな雑魚寝なら文句も言えないなとこっそり微笑んだ。
しかし夜中に身の内が暴れ回る苦しさで目覚めた時、絵都のせいで起こされたアルバートの口元が淡く光っているのを見て、絵都は何も考えずにその光を自分に取り込んだ。
されるがままのアルバートの口の中を舌でなぞって舐め啜ると、さっきまでの苦しさはじわじわと消えていって、ついには感じなくなった。
ホッとして顔を引き剥がすと、アルバートは手元のランプをつけて眩しさに顔を顰める絵都を驚きと共に見つめた。
「…エド。お前、元に戻ったのか?」
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