僕が獣人？いいえ、人間です。内緒ですけど。

さよならの準備

今を生きる

「風間、その調子でいこう。」

そう言って部長が僕に声を掛けて来た。僕は片足でステップを踏んで耳元の雫を払うと、マネージャーの手元の記録を覗き込んだ。確かに最近のタイムは悪くない。

少しづつだけど良くなっていた。流石に水泳部に入って一ヶ月になるから、僕はすっかり昔の勘を取り戻していた。僕は自分がこんなに泳ぐ事が好きだったなんて気づかなかった。


それとも、こんなプールで泳ぐ事が後、あとどれくらい出来るか分からないせいかもしれない。

「…風間君て、ちょっと他の男子とは雰囲気違うよね。」

マネージャーの佐々木先輩が、僕の記録を書きながら呟いた。僕はキョトンとして佐々木先輩の顔を見つめた。部活の作法を丁寧に教えてくれた佐々木先輩は、さっぱりした性格のひとつ上の女子だ。

僕はニヤッと笑って尋ねた。


「何ですか、急に。」

すると先輩は僕の腕をボールペンでペシペシ叩いて言った。

「ほら、そう言う所。何か女子に対して余裕あるって言うか。距離が近くても風間君だと全然嫌な感じがしないっていうか。」

僕は笑って、先輩に畳み掛けた。

「それって、僕が男じゃないって事ですか？まぁ、僕は家で三姉妹に虐げられてますから、先輩も女子扱い出来ないからかもしれませんね。」


僕は怒ったふりをして追いかけてくる先輩から逃れて、部長の背中側に隠れた。部長は僕と佐々木先輩を交互に見て、呆れた様に言った。

「おい、ふざけ過ぎ。佐々木、一年虐めるなよ。」

僕はクスクス笑って、部長の後ろから佐々木先輩を伺い見た。

「ほら！そう言う所だってば、まったく。しかも風間君にこうやって甘いの、部長だけじゃないんだから困るのよ。」


腰に手を当てて怒ったふりをする佐々木先輩に、僕はニンマリ笑って側に立つと、甘える様に言った。

「マネージャーもですよね？僕を甘やかしてくれるのって。」

佐々木先輩はニヤッと笑うと、僕の濡れた頭をガシガシ撫で？て言った。

「そーよ？だって風間君、カワイイからね？」


そう言う佐々木先輩と僕がケラケラと笑っていると、三谷がやって来て声を掛けて来た。

「守、クールダウンした？俺もこれからだから行こう。」

そう言って僕の腕を掴んでクールダウンのレーンに連れて行かれた。最後にゆっくり一往復して身体を解すのが部活の決まりだった。

そんな僕たちの姿を、部長とマネージャーが眺めている事には全然気づかなかった。