僕が獣人？いいえ、人間です。内緒ですけど。

僕を取り巻く世界

気まずいのは誰？

今朝は正門に憲吾が待っていなかった。昨日あんなキスをしたから、顔を合わせづらいのだろうか。どっちかというと、僕の方がそっちの立場なんだけどね。

後ろから走ってくる足音が聞こえて、僕の直ぐ後ろで止まった。僕は待ってみたけれど、それ以上近づいてこない。僕はため息をついて後ろを振り返って言った。


「何でそこなの？憲吾いつも僕にべったりなのに。」

僕がそう言って揶揄うと、憲吾はあっという間に真っ赤になってモゴモゴしながら隣に来た。

「守ってさ、昨日も思ったけど妙に小慣れてるよね。俺そんなに恋愛経験少なくないのに、マモルには振り回されてばっかりなんだけど。

…昨日の、その、アレもさ、凄かったし…。」


僕は思わず苦笑いして、前を向いて言った。

「僕はさ、なんて言っていいか分からないけど、憲吾を期待させたくないんだ。何も約束出来ないから…。だから昨日のアレはちょっとやり過ぎちゃった。ごめんね。」

しばらく黙っていた憲吾は、俺の肩を掴むと耳元に顔を近づけて、ボソボソと呟いてから走って行ってしまった。

『…約束しなくていいから、デートして。また連絡する。』


僕は耳元が熱くなった気がして、手のひらで擦りながら唖然として憲吾が走って行った方を見つめた。今、キスした？気のせいかな？

僕は昨日向こうの世界を覗き見て、伯爵のやつれ具合を見てしまったせいで朝から気持ちが落ちてしまっていた。だから今の出来事で少しだけその心配ごとを考えずに済んで、少しホッとしたんだ。

自分の力じゃどうにもならない今の状況じゃ、僕は自分の機嫌を立て直すのも難しい。


「何あれ。」

うわ、びっくりした！三谷って気づけばすぐ側にいる事が多くて、ちょっと驚かせられるんだ。

「今、なんかキスしたみたいに見えた。」

僕は一瞬間が空いちゃったけど、気を取り直して言った。

「え？何が？ああ、憲吾？今日コロンつけてきたからその匂い嗅いだだけだよ。三谷も嗅ぎたい？」


僕は流石に昨日のキスの話をしてたとは言えずに、苦し紛れの言い訳を繰り出した。人間追い詰められると出てくるものだな。すると三谷はチラッと僕を見て口を尖らせて今はいいって言った。

今はいいって何だ。僕は三谷が何を考えてるのか分からないなと思いながら、部活の話をした。僕はこの時の事は直ぐに忘れてしまったけれど、後でじっくり思い出させられるなんて、微塵も思わなかったよ。