僕が獣人？いいえ、人間です。内緒ですけど。

リットン領への旅路

リットン領へ

「伯爵、そろそろ休憩しましょう。」

先頭を率いていた護衛長のボブスが、僕たちを振り返って言った。伯爵は頷くと僕の方を見て微笑んだ。

「そうだな。マモルもトカゲに騎乗するのに慣れてきたとは言え、そろそろ休憩が必要だろう。」

そう言ってボブスと何か話をすると、駐車場ならぬ、トカゲ預かり所へ向かった。ウェリントン領でもそうだったんだけど、街の中心地の入り口に、必ずトカゲ専用の牧場？的な場所があって、遠出してきた獣人はそこにトカゲ達を預けるんだ。


流石に馬ほどの縦も横も大きなトカゲを街中へ連れて行くのは難しい。それが出来るのは緊急事態の時と、領主様くらいだ。僕は自分の可愛いトカゲ、ピッピの手綱を牧夫に預けて頼んだ。

「すみません、この子にたっぷり水を飲ませてやってください。ずっと朝から走ってきたので、喉が渇いてると思うんです。ピッピ、ちょっとだけここでお利口に待っててくれる？なるべく早く戻ってくるからね。」

僕の言葉が分かるのか、ピッピは瞼を閉じたり、開けたりしながらその縦割りの黒い瞳孔が走る、美しい緑色の丸い目をパチパチさせた。


首筋をパンパンと叩きながら、僕はどうして最初ピッピを怖いなどと思ったんだろうと不思議に思った。僕の指をチロチロと長い先割れの舌で舐めるピッピにクスクス笑ってお別れをすると、僕はぼんやりこちらを眺める牧夫や他の見知らぬ獣人達に、愛想笑いをしながら伯爵達の元へ駆け寄った。

「…伯爵、これは不味いのではありませんか？」

ボブスが尖った耳を揺らめかせながら伯爵に話しかけていた。僕はついついケモ耳を見てしまう。この世界でひと月ほど過ごしたとは言え、まだ頭の上で揺らめく耳は、無意識に目で追ってしまうんだ。


ボブスは出立の二日前に、リットン領から伯爵を迎えに来てくれた護衛兵士長で、僕はまだ馴染みがない。護衛兵士にありがちな、非常にイカつい風貌でやっぱりマッチョ兄貴なんだけど、尖った耳は犬科なのか、どうなのか。

警備など必要な時以外に、何の種族かと他人に不躾に聞くのはマナー違反らしい。僕もウェリントン領で領民に、『何の種族？ねぇ？何の種族なの～⁉︎ 』と心の叫びが聞こえる様な眼差しをどれだけ向けられたか分からない。


とはいえ、パンダ族の少年を領主が預かっているという噂は、あっという間に領地を駆け回ったみたいだ。今度はそれはそれで、パンダ族の僕見たさにまた視線が突き刺さったけれども…。はぁ、檻の中のパンダの気持ちが分かるようだったよ…。

僕はリットン伯爵と護衛達が僕をじっと見つめているのに気づいて、にっこり微笑んで言った。

「伯爵、僕お腹が空きました。ここはパイ包みシチューが名物なんでしょう？」