男装令嬢は溺愛許嫁から逃げ出したい！だって中の人は僕ですから！

与えられたチャンス

初めての友達

部屋の片付けも終わった頃、シドが顔を覗かせて僕を夕食に誘いに来た。

「アル、鍵は常にしておけって言っただろ？もうここは城じゃないんだ。もっと用心深くしないと。」

僕は相変わらずのシドの小言に肩をすくめて言った。

「分かったって。やっとマリーの小言が聞こえなくなったと思えば、シドの小言か。そんな顔するなって。ごめん。ちょっと浮かれてるんだ。シドの心配もよく分かってるからさ。」


機嫌を損ねたシドの機嫌を取ろうと、あれこれ言っていると、後ろから声が掛かった。

「君たちも食堂へ行くのか？一緒に行ってもいいかな。知り合いが居なくて。」

そう声を掛けてきたのは、丁度僕とシドの間ぐらいの、要は平均的な15歳の青年だった。濃い金髪と薄茶の瞳の、人好きする雰囲気の彼は、自分の事をジェイクだと自己紹介した。


「僕たち辺境伯領から来たんだ。シドは騎士団長の子息だよ。子爵家嫡男だ。僕は隣国伯爵家の三男アルベルト。よろしく。」

僕がそう言って手を出すと、ニコニコとシドから僕に目を移したジェイクは急に探る様に僕を見つめた。

「ジェイク？」

ジェイクはハッとした様に僕と握手して、シドにもよろしくと挨拶を交わした。食堂へと三人で向かいながら、ジェイクに週末の予定を尋ねられた。新学期は来週からなので、この週末は何もない最後の週末になる。僕はシドを見上げながら言った。


「僕は縁戚のポートリー辺境伯の屋敷に挨拶に行く予定だよ。王都での後見人なんだ。シドも一緒に行く？」

シドは頷いて、辺境伯に挨拶に行きたいと言った。そんな僕たちを見つめながら、ジェイクは微笑んで言った。

「君たちって仲良しだね。私は王都の屋敷には兄が居るから、一応顔だけ見せるつもりだよ。私はシドと違って嫡男でも無いし、地方の伯爵家の次男だろう？だからこの学院で騎士として立派に独り立ちできる様にならないと先が無いよ。結構なプレッシャーさ。」


僕はジェイクの話を聞きながら、そうなると伯爵家の三男の僕も学院では軽んじられるのかもしれないと思った。貴族社会では領地の後継ぎである嫡男と、それ以外では随分と立場が違う。そんな事を考えていると、賑やかな大きな食堂に到着した。シドが耳打ちして言った。

「何人かアルの事を知っている奴がいるはずだ。パッと見じゃ分からないけど、違和感を感じるとは思う。話しかけてきたら上手く誤魔化すぞ。」

僕は前を見ながら頷いた。僕はルチル伯爵家のアルベルトだ。少しばかりの緊張と、大きな高揚感で僕は一歩足を踏み出した。