エルフの国の取り替えっ子は、運命に気づかない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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運命

ルキアスside縁談相手

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 昨日は酔えない酒を飲み過ぎたせいで、少し身体が重い。だが、もう直ぐ到着するという相手方の馬車をこうして待っていると、こっそりもう一杯飲んでおけばよかったと思ってしまう。

 しかし相手の到着をこうして王を始めとして皆で出迎えるのは珍しい事だ。他国の王族だとて私達は兎も角、王が顔を合わせるのは応接の間だというのに。私は念入りに従者に着付させられた王族用の真っ白な騎士服の襟首を指でなぞった。

 いつもは気にならないのに、今日はまるで首に嵌められた枷の様にきつく感じてしまう。


 そんな私の思いとは裏腹に、相手方の馬車が出迎えの玄関目指してゆっくりやって来来るのが見えて、思わず私は眉を顰めた。王以外のその場にいた者達のほとんどが顔を見合わせて騒ついている。

 私もアンディと顔こそ見合わせなかったものの、前方を向いたまま小声で呟きあっていた。

「…兄上、縁談のお相手はまさかエルフなのではないですか?あの馬車は明らかにエルフ国のものです。」

 私は強張った顔を取り繕う事も忘れて、アンディの言葉に頷きながらこれは難しい事になったと思った。


 まさか縁談の相手がエルフだとは…!これは王があの様に機嫌良く、私を果報者だと言った言葉の意味が良く分かるというものだ。この国にとって、いや、どの国においてもエルフの国と縁が結べるのを手放しで喜ばない国はないだろう。

 それほどエルフは魅力的な国で有りながら、エルフ以外の余所者と縁を結ぶなどと言う話は聞いた事がなかった。

 とは言え、たとえ得難い縁だとしても私にはリアン以外の者を娶るつもりは毛頭なかった。


 数台の馬車が到着後、従者と思われるエルフが馬車の扉を開けると、中からから銀色の長い髪と抜ける様な青い瞳、そして特徴的な尖った耳のエルフ王と王妃が降りたって、私たちはその圧倒的な存在感に目を奪われていた。

 公式に会ったことが無い訳ではないけれど、それでもその異質さは私達に畏敬の念を思わせる。彼らは私たちとは違う。しかしなら尚のこと今回の縁談には疑問が生じる。



 私は縁談のお相手がまだ馬車から降りていない事に気づいていた。到着した三台目の馬車に王と王妃が視線を向けるのを、私たちも釣られる様に注目していた。

 馬車から従者に手を取られて降りて来たのは、明るい若草色のドレープを効かせた美しいエルフの衣装を身に纏った若い青年だった。腰までの長い黒髪をサラリと揺らして馬車から降り立った若者の、黒い瞳が私を見つけて悪戯っぽく煌めくのを見て、私は只々呆然としてしまっていた。


 「エルフ王、エルフの妃よ、ようこそおいで下さいました。今回の素晴らしい話に私も興奮を隠しきれません。是非あのお方をご紹介ください。我が皇太子も待ちきれない様ですからね。ははは。」

 父上の言葉に、私はハッとして無意識に数歩前に出ていた事に気づいて慌てて後ずさった。礼儀を欠いたけれど、それどころでは無かった。エルフ王の隣に並んだ美しい若者はリアンではないのか?髪色が違うだけで、それ以外はリアンその人だ。


 …そして彼は満月にしか会えなかったあの子だ。


 エルフ王は優美に隣に立つ黒髪の若者の肩を抱いて言った。

「第三王子のマグノリアンです。今回の縁談はマグノリアンたっての願いでしたから、私も可愛い末っ子の願いを無碍に出来なかったのですよ。」

 エルフの国の第三王子…。…マグノリアン。名前が違うけれど、彼はリアンだ。間違うはずもない。

 私は混乱しながらじっとリアンを見つめていると、マグノリアンは一歩前に出て王と妃達に礼を取ると言った。

「エルフの国、第三王子のマグノ…リアンです。お見知りおき下さい。」


 それからリアンは私の方を見つめると、悪戯っぽく微笑んで言った。

「ルキアス殿下、二週間とは書きましたが、もう少し早く戻って来れました。早い分には文句はありませんよね?」

 ああ、やっぱりリアンだ。リアンは本当はマグノリアンと言うのか。

 私は思わずリアンの前に進み出ると、彼の柔らかな手を取って指先に唇を押し当てると、喜びに胸がいっぱいになりながら声を掠れさせた。


 「…まだ混乱している。リアン、いや、マグノリアン、君は私を何度も驚かせないと満足できないのかい?」

私がそう言うと、今やエルフの国の第三王子と正体を明らかにしたマグノリアンは、クスクスと楽しそうに可愛い顔を綻ばせてウインクして言った。

「僕は昔から悪戯好きなんだ。でも満月の君のルキアスの事を忘れてしまったのは本当だよ。お陰でここまで来るのに随分時間が掛かってしまったみたい。

でも運命からは僕もルキアスも逃れる事は出来なかったみたいだよね?」


 私が満面の笑みでマグノリアンを抱き締めようと繋いだ手を引き寄せようとした時、父上の咳払いが聞こえて、私達はビクリと飛び上がった。今は出迎えの時だった事を、二人ともすっかり失念してしまっていた。

「皇太子がこんなに情熱を見せるのは、我が子ながら見慣れないので戸惑いますなぁ。ルキアス、時間はたっぷりあるのだから、ここで皆さんを足止めするのはどうかと思うぞ?

さぁ、旅の疲れを癒して下さい。こちらへどうぞ。」


 私はエルフの王や妃に礼を取ったけれど、薄く微笑まれてどう思われたのかは良くわからなかった。嬉しそうに私の方をチラチラ振り返って見ながら、エルフの妃と話をするマグノリアンをぼんやり見つめながら私達も少し後ろをついて行った。

隣を歩くアンディが大きく息を吐き出して、独り言の様に呟いた。

「…そう言うことか。まだ聞きたい事はあるけど、色々疑問が解けたよ。そうだ兄上、まだ私に縁談相手を譲る気はあるかい?喜んで受けるけど?」

私はニンマリしたアンディの腕を肘で軽く突くと、釣られる様にニヤリと笑って言った。

「昨日の話は無しだ。聞かなかった事にしてくれ。」

アンディの忍び笑いを聞きながら、私は浮き立つ気持ちでマグノリアンの後ろ姿をじっと見つめていた。

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