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運命
帰国
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「こんなに早々に帰ってくるなんて予想外だったよ、マグノリアン。」
僕はそう言いながらも嬉しげに僕を迎え入れたケル兄上に微笑みかけた。
「取り急ぎ父王に話があったんだ。…兄様、兄様って正真正銘のエルフなんだね。」
僕は久しぶりに会う、エルフの王族らしい銀色の長い髪と、抜ける様な青い瞳の兄上をまじまじと見上げて呟いた。
少し面食らった様子のケル兄上は、僕をじっと見下ろして言った。
「何だい?急に。…しかしそんなお前もここを離れた時と比べると雰囲気が随分と変わった気がするね。何がお前をそこまで変えたんだろう。…眩しいくらいだ。」
僕はクスッと笑うと、先に立って歩き出した。第二王子のアンディ殿下から受け取った銀の耳飾りは、今は僕の耳に付けられている。僕の肩までの髪は染めの効力も無くなって、今やすっかり黒髪に戻ってしまった。
あの明るいミルクティー色の髪も結構気に入っていたので、何なら兄上達に見せたかったけれど、もうひと月そのままでいる時間は無い気がした。
「それで、こんなに早く帰って来た理由は?やっぱり人間の国は野蛮で、嫌になってしまったのかい?」
こちらを窺うような兄上の視線をかわして、僕は殊更明るい声で答えた。
「父上にどうしても相談したい話があって帰国したんだ。父上はいらっしゃるかな。人間の国は中々刺激的だったよ。到着早々追い剥ぎに遭ったしね。
あ!今のは内緒ね?エルフの騎士は強かったし、直ぐに向こうの王都警備隊が征伐してくれたよ。どうも他国の侵襲者だったみたいだ。それからはエルフの馬車はいつも警護される事になったから、問題は無いよ。」
「ああ、それで。エルフの森の入り口までエンリケ達と人間の騎士達が一緒だと報告は入ってたんだ。まさかお前が一緒の時の話だったとは知らなかった。お前、エンリケに口止めしたな?
…無事だったから良かったものの、やっぱり物騒な国だな。お前はもうあの国に行っちゃダメだ。そうした方が良い。」
エルフの騎士であるケル兄上は顔を顰めた。こんな感じになるから、あの時の事は知られたくなかったんだ。まぁ口が滑ったのは僕の自業自得か。
「取り敢えず、僕着替えてくるよ。後で父上と話がしたいって伝えておいてくれる?」
僕はケル兄上の視線を感じながらも、自分の部屋へと向かった。久しぶりに過保護な兄弟の小言を浴びて、嬉しいようなウンザリする様な何とも言えない気持ちだった。
部屋で湯浴みをして旅の疲れを癒していると、ノックがして着替えを持った従者が入って来た。
「マグノリアン様、お帰りになられたのは嬉しいですが、流石にもう少し早目にご連絡頂かないと。パッキア領までエルフの馬車をお迎えにご用意いたしましたのに。」
過保護なのは何も兄上達ばかりでは無い。従者達もそうだ。
「人間に偽装した僕がエルフの国の馬車に乗ってしまったら、それこそ今までの苦労が水の泡じゃないか。ふふ、心配かけちゃったね。でもパッキア領主であるガイガーさんが、ちゃんと護衛付きで森の入り口まで送ってくれたから大丈夫だったよ。
森に入ってしまえば、結界が効いているんだから何も心配はないだろう?」
僕がそう言っても、従者は納得できない様子だった。僕が自由すぎて困ると小言が止まらない。兄上達の動向は気にしないのに、どうも僕に関しては周囲の関心が高いのは僕が末っ子のせいだろうか。
僕はクスッと笑って僕の旅の荷解きしながら小言の止まらない従者に言った。
「僕がお世話になったパッキア領に可愛い4歳の男の子が居たんだ。僕とすっかり仲良しになってね。帰る時は随分泣かれてしまって僕も釣られて胸がいっぱいになってしまったよ。
でもまた会いに行くつもりだから、今生の別れってわけじゃないのにね。あの子も末っ子だから、何となく過保護になっちゃう気持ちは僕にも分かるかもしれないな。可愛いよね。」
従者は片付けていた手を止めて、僕の方をじっと見た。
「…またあの国に行かれるのですか?予定より早く戻られたので、てっきりもう行かれないのだと思っておりました。」
僕は父上との話がこれからどうなるのかハッキリしなかったので、誤魔化す様に微笑んで従者の揃えてくれた衣装を身につけた。久しぶりに身につけるエルフ式の纏う様な衣装は、何処かホッとして安らいだ。
やっぱり僕の故郷はこのエルフの国なのだと、僕は改めて感じていた。
夕食前に父上の書斎を出た僕は、これからどう物事が進んでいくのかと、ちょっとした興奮を感じていた。父上は僕の話に多少は驚きを見せたものの、僕の失った記憶の話をすると大きくため息をついた。
それから強い酒をグラスに注ぐと、ひと思いに飲み干して少し咳き込んだ。そんな父王の様子を見つめながら、僕は少し緊張感を増していた。
その酒の勢いがなければ話せない事を、僕に伝えようととしているのだろうか。
「…今だから言うが、私がお前をあの国へと送り出すと決めたのは、私だけの考えでは無かったのだ。それは御神木のお告げもまた後押しになった。
お前は森の結界に閉じ込めらた後、中々目を覚まさなかった。私は御神木にお前を救ってくれる様に願いを掛けた。その際に御神木から御神託を受け取ったんだ。成長した取り替えっ子を人間の国へと送る様にと。
その時はお前が少なくとも無事に目を覚ますのだと確信出来た。お前さえ生きていれば、このエルフの国でなくても私には十分だと思ったのだよ。
…だが、今は少し考えも変わった。私の手元から離すには、お前はこのエルフの国でなくてはならない国民に愛されし王子だからな。だが、私はお前の願いを聞くほかないだろうな。お前の願いは御神木の導きでもあるのだから。」
そう寂しげに僕に話す父王に、僕は席を立って首にそっと抱きついて囁いた。
「いつも僕の事を考えてくれてありがとう、父上。僕はどこに居ようと父上の息子です。…ひとつだけ父上にお願いがあるんです。髪を元の長さにしてもらえますか?」
父上は僕の髪を撫でて言った。
「ああ、お前の際立って美しい髪はもっと長い方が良いからな。そうしよう。…さぁ、もう行きなさい。私はもう一杯飲んでから行くよ。」
僕はそう言いながらも嬉しげに僕を迎え入れたケル兄上に微笑みかけた。
「取り急ぎ父王に話があったんだ。…兄様、兄様って正真正銘のエルフなんだね。」
僕は久しぶりに会う、エルフの王族らしい銀色の長い髪と、抜ける様な青い瞳の兄上をまじまじと見上げて呟いた。
少し面食らった様子のケル兄上は、僕をじっと見下ろして言った。
「何だい?急に。…しかしそんなお前もここを離れた時と比べると雰囲気が随分と変わった気がするね。何がお前をそこまで変えたんだろう。…眩しいくらいだ。」
僕はクスッと笑うと、先に立って歩き出した。第二王子のアンディ殿下から受け取った銀の耳飾りは、今は僕の耳に付けられている。僕の肩までの髪は染めの効力も無くなって、今やすっかり黒髪に戻ってしまった。
あの明るいミルクティー色の髪も結構気に入っていたので、何なら兄上達に見せたかったけれど、もうひと月そのままでいる時間は無い気がした。
「それで、こんなに早く帰って来た理由は?やっぱり人間の国は野蛮で、嫌になってしまったのかい?」
こちらを窺うような兄上の視線をかわして、僕は殊更明るい声で答えた。
「父上にどうしても相談したい話があって帰国したんだ。父上はいらっしゃるかな。人間の国は中々刺激的だったよ。到着早々追い剥ぎに遭ったしね。
あ!今のは内緒ね?エルフの騎士は強かったし、直ぐに向こうの王都警備隊が征伐してくれたよ。どうも他国の侵襲者だったみたいだ。それからはエルフの馬車はいつも警護される事になったから、問題は無いよ。」
「ああ、それで。エルフの森の入り口までエンリケ達と人間の騎士達が一緒だと報告は入ってたんだ。まさかお前が一緒の時の話だったとは知らなかった。お前、エンリケに口止めしたな?
…無事だったから良かったものの、やっぱり物騒な国だな。お前はもうあの国に行っちゃダメだ。そうした方が良い。」
エルフの騎士であるケル兄上は顔を顰めた。こんな感じになるから、あの時の事は知られたくなかったんだ。まぁ口が滑ったのは僕の自業自得か。
「取り敢えず、僕着替えてくるよ。後で父上と話がしたいって伝えておいてくれる?」
僕はケル兄上の視線を感じながらも、自分の部屋へと向かった。久しぶりに過保護な兄弟の小言を浴びて、嬉しいようなウンザリする様な何とも言えない気持ちだった。
部屋で湯浴みをして旅の疲れを癒していると、ノックがして着替えを持った従者が入って来た。
「マグノリアン様、お帰りになられたのは嬉しいですが、流石にもう少し早目にご連絡頂かないと。パッキア領までエルフの馬車をお迎えにご用意いたしましたのに。」
過保護なのは何も兄上達ばかりでは無い。従者達もそうだ。
「人間に偽装した僕がエルフの国の馬車に乗ってしまったら、それこそ今までの苦労が水の泡じゃないか。ふふ、心配かけちゃったね。でもパッキア領主であるガイガーさんが、ちゃんと護衛付きで森の入り口まで送ってくれたから大丈夫だったよ。
森に入ってしまえば、結界が効いているんだから何も心配はないだろう?」
僕がそう言っても、従者は納得できない様子だった。僕が自由すぎて困ると小言が止まらない。兄上達の動向は気にしないのに、どうも僕に関しては周囲の関心が高いのは僕が末っ子のせいだろうか。
僕はクスッと笑って僕の旅の荷解きしながら小言の止まらない従者に言った。
「僕がお世話になったパッキア領に可愛い4歳の男の子が居たんだ。僕とすっかり仲良しになってね。帰る時は随分泣かれてしまって僕も釣られて胸がいっぱいになってしまったよ。
でもまた会いに行くつもりだから、今生の別れってわけじゃないのにね。あの子も末っ子だから、何となく過保護になっちゃう気持ちは僕にも分かるかもしれないな。可愛いよね。」
従者は片付けていた手を止めて、僕の方をじっと見た。
「…またあの国に行かれるのですか?予定より早く戻られたので、てっきりもう行かれないのだと思っておりました。」
僕は父上との話がこれからどうなるのかハッキリしなかったので、誤魔化す様に微笑んで従者の揃えてくれた衣装を身につけた。久しぶりに身につけるエルフ式の纏う様な衣装は、何処かホッとして安らいだ。
やっぱり僕の故郷はこのエルフの国なのだと、僕は改めて感じていた。
夕食前に父上の書斎を出た僕は、これからどう物事が進んでいくのかと、ちょっとした興奮を感じていた。父上は僕の話に多少は驚きを見せたものの、僕の失った記憶の話をすると大きくため息をついた。
それから強い酒をグラスに注ぐと、ひと思いに飲み干して少し咳き込んだ。そんな父王の様子を見つめながら、僕は少し緊張感を増していた。
その酒の勢いがなければ話せない事を、僕に伝えようととしているのだろうか。
「…今だから言うが、私がお前をあの国へと送り出すと決めたのは、私だけの考えでは無かったのだ。それは御神木のお告げもまた後押しになった。
お前は森の結界に閉じ込めらた後、中々目を覚まさなかった。私は御神木にお前を救ってくれる様に願いを掛けた。その際に御神木から御神託を受け取ったんだ。成長した取り替えっ子を人間の国へと送る様にと。
その時はお前が少なくとも無事に目を覚ますのだと確信出来た。お前さえ生きていれば、このエルフの国でなくても私には十分だと思ったのだよ。
…だが、今は少し考えも変わった。私の手元から離すには、お前はこのエルフの国でなくてはならない国民に愛されし王子だからな。だが、私はお前の願いを聞くほかないだろうな。お前の願いは御神木の導きでもあるのだから。」
そう寂しげに僕に話す父王に、僕は席を立って首にそっと抱きついて囁いた。
「いつも僕の事を考えてくれてありがとう、父上。僕はどこに居ようと父上の息子です。…ひとつだけ父上にお願いがあるんです。髪を元の長さにしてもらえますか?」
父上は僕の髪を撫でて言った。
「ああ、お前の際立って美しい髪はもっと長い方が良いからな。そうしよう。…さぁ、もう行きなさい。私はもう一杯飲んでから行くよ。」
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