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運命
内密の話
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僕は一通のカードを手に考え込んでいた。パッキアの城に王宮から届いたのは第二王子アンディ殿下からのものだった。王族から距離を置こうと思っていたのに、すっかり足を踏み入れてしまった。
心配そうな表情をしたガイガーさんが、何か言いたげに僕を見つめている。
「アンディ殿下が内密に話をしたいと言って来たんです。僕が無くした記憶の一部を教えてくれると言うんですけど、どうしたものかと思って。…今は二人きりで会うべきじゃない気がして。」
そう戸惑いながら言うと、パッキア領主のガイガーさんは考え込みながら言った。
「流石に殿下といえども心配する様な無体な事はしない筈です。もしあれならここで会うのはどうですか?王宮へ出向くよりは目立たないでしょうから。」
僕はガイガーさんの申し出に感謝して、早速その様に返事をした。ガイガーさん達にも協力してもらう事になるので気が咎めたが、快く対応してくれてありがたく思った。
数日後、外回りのついでに殿下がパッキア領へ足を運んで来た。
「やあ、元気そうだね。色々考えてやっぱり君に返したほうが良いと思ってね。ああ、ごめん先走った。まずは話しからだ。」
明るい表情でいつも通りの気さくな素ぶりを見せるアンディ殿下は、そう言うと執事に従って温室のテラス席へと案内された。護衛の騎士達は別室で休憩している。
流石に僕が何か害を成す事が出来るとは思わないだろうし、殿下がついてこない様に指示したのかもしれない。
「ここが有名なパッキアの温室か。確かに話題になる様な見事さだ。」
そう言ってドーム型の美しい温室を見回した。
確かにここはいつも温度が一定で居心地が良い。まるでエルフの国の様だ。ガイガーさん曰く、エルフに協力して貰って作ったと言う話だった。何処かにドワーフの魔法が使われているのかもしれないな。彼らの技術は目を見張るものがあるから。
木の皮で編んだ美しいソファに座ると、アンディ殿下は従者が運んで来たお茶をゴクゴクと飲み干した。
僕が合図をすると、執事と従者は温室から静かに出て行った。ここには誰もいなくてもガラス張りだから、遠目には誰かしらの姿がぼんやりと見える。
「今日は何か僕にお話しがあると言うことでしたが…。」
僕がそう口火を切ると、殿下はチラリと紺色の瞳を煌めかせた。ルキアスと瞳の色が違っても、何処か似ているのは異母兄弟だからだろうか。
「…敗因は君に出会った順番だったのかな。それが運命であるかの様にね。だから私はその運命に逆らわない事にしたよ。それともこれから変化は起きるのかな?」
そう意味深な事を呟くと、アンディ殿下は胸元から美しい細工の小箱を取り出した。
僕に受け取れとばかりに差し出すので、僕は思わず受け取って蓋を開いた。中には凝った銀細工の耳飾りが入っていた。
「君、先日王宮で皇太子と過ごしたんだろう?あの兄上が周囲を顧みずに、昼間っから情熱のままに過ごすなんて正直驚いたよ。いや、批難している訳じゃない。
あー、もっと言い方があったかも。君がそんな風に赤くなるとこっちも落ち着かない。ははは。」
僕はすっかり居た堪れなくなって、誤魔化す様に箱の中の耳飾りを見つめた。見た事は無いけれど、美しい。
アンディ殿下はそんな僕をじっと見つめて言った。
「それはね、私が君にそっくりな嘆きのマダーに会った時に彼が落としたものだよ。実際は嘆きのマダーではなかったかもしれない。ただ場所がエルフの国との境界線だったせいもあって、そう感じたんだ。
見たことも無い黒い色を持つ、エルフでも無い存在がそんな場所に居たら、若い私にはそうとしか思えなかったんだ。
彼はそれを拾った私に返す様に迫った。よっぽど大事なものだったんだろう。その時だった。私のせいで結界が緩んだのか彼の上に森が降って来てあっという間に姿を隠してしまった。
私は彼に突き飛ばされたおかげでほとんど無傷だったが、彼は怪我をしたかもしれない。森は閉ざされてしまったんだ。私の手の中にこの耳飾りを残してね。」
僕が記憶を失くす様な怪我をしたのはまさに結界だった筈だ。アンディ殿下の会った嘆きのマダーは僕だったんだろうか。
アンディ殿下は強張った表情で言った。
「今リアンが黒髪でないのは理由があるんだろう?君と話すとあの時の彼を思い出すくらい、君が嘆きのマダーにしか思えないんだ。兄上と君の惹かれ合いを見ていると、兄上が大事な耳飾りを嘆きのマダーに渡した事にも頷けるんだ。
ああ、それは兄上の成人の耳飾りだ。とてもじゃないが他人に渡す様なものじゃない。今も兄上の耳にそれは無いよ。失くしたからと言って作り直す事はしないからね。だから持ち主に返そうと思って。」
僕はハッとして顔を上げた。この大事なものをルキアスが僕に渡していた?僕がそれを大事にしていたのはアンディ殿下の話を聞けば分かる。ああ、やっぱり僕はルキアスの事を知っていたし、大事に思っていたのかもしれない。
そんな僕にアンディ殿下はため息をつくと、少し寂しそうに言った。
「…これで私の肩の荷が降りたよ。君が何者かは分からないけれど、落とし物を返す事が出来て良かった。この事は兄上にも言う事が出来なくてずっと内緒にしてたからね。色々気まずかったんだ。
…後は君次第だ。そうだろう?」
心配そうな表情をしたガイガーさんが、何か言いたげに僕を見つめている。
「アンディ殿下が内密に話をしたいと言って来たんです。僕が無くした記憶の一部を教えてくれると言うんですけど、どうしたものかと思って。…今は二人きりで会うべきじゃない気がして。」
そう戸惑いながら言うと、パッキア領主のガイガーさんは考え込みながら言った。
「流石に殿下といえども心配する様な無体な事はしない筈です。もしあれならここで会うのはどうですか?王宮へ出向くよりは目立たないでしょうから。」
僕はガイガーさんの申し出に感謝して、早速その様に返事をした。ガイガーさん達にも協力してもらう事になるので気が咎めたが、快く対応してくれてありがたく思った。
数日後、外回りのついでに殿下がパッキア領へ足を運んで来た。
「やあ、元気そうだね。色々考えてやっぱり君に返したほうが良いと思ってね。ああ、ごめん先走った。まずは話しからだ。」
明るい表情でいつも通りの気さくな素ぶりを見せるアンディ殿下は、そう言うと執事に従って温室のテラス席へと案内された。護衛の騎士達は別室で休憩している。
流石に僕が何か害を成す事が出来るとは思わないだろうし、殿下がついてこない様に指示したのかもしれない。
「ここが有名なパッキアの温室か。確かに話題になる様な見事さだ。」
そう言ってドーム型の美しい温室を見回した。
確かにここはいつも温度が一定で居心地が良い。まるでエルフの国の様だ。ガイガーさん曰く、エルフに協力して貰って作ったと言う話だった。何処かにドワーフの魔法が使われているのかもしれないな。彼らの技術は目を見張るものがあるから。
木の皮で編んだ美しいソファに座ると、アンディ殿下は従者が運んで来たお茶をゴクゴクと飲み干した。
僕が合図をすると、執事と従者は温室から静かに出て行った。ここには誰もいなくてもガラス張りだから、遠目には誰かしらの姿がぼんやりと見える。
「今日は何か僕にお話しがあると言うことでしたが…。」
僕がそう口火を切ると、殿下はチラリと紺色の瞳を煌めかせた。ルキアスと瞳の色が違っても、何処か似ているのは異母兄弟だからだろうか。
「…敗因は君に出会った順番だったのかな。それが運命であるかの様にね。だから私はその運命に逆らわない事にしたよ。それともこれから変化は起きるのかな?」
そう意味深な事を呟くと、アンディ殿下は胸元から美しい細工の小箱を取り出した。
僕に受け取れとばかりに差し出すので、僕は思わず受け取って蓋を開いた。中には凝った銀細工の耳飾りが入っていた。
「君、先日王宮で皇太子と過ごしたんだろう?あの兄上が周囲を顧みずに、昼間っから情熱のままに過ごすなんて正直驚いたよ。いや、批難している訳じゃない。
あー、もっと言い方があったかも。君がそんな風に赤くなるとこっちも落ち着かない。ははは。」
僕はすっかり居た堪れなくなって、誤魔化す様に箱の中の耳飾りを見つめた。見た事は無いけれど、美しい。
アンディ殿下はそんな僕をじっと見つめて言った。
「それはね、私が君にそっくりな嘆きのマダーに会った時に彼が落としたものだよ。実際は嘆きのマダーではなかったかもしれない。ただ場所がエルフの国との境界線だったせいもあって、そう感じたんだ。
見たことも無い黒い色を持つ、エルフでも無い存在がそんな場所に居たら、若い私にはそうとしか思えなかったんだ。
彼はそれを拾った私に返す様に迫った。よっぽど大事なものだったんだろう。その時だった。私のせいで結界が緩んだのか彼の上に森が降って来てあっという間に姿を隠してしまった。
私は彼に突き飛ばされたおかげでほとんど無傷だったが、彼は怪我をしたかもしれない。森は閉ざされてしまったんだ。私の手の中にこの耳飾りを残してね。」
僕が記憶を失くす様な怪我をしたのはまさに結界だった筈だ。アンディ殿下の会った嘆きのマダーは僕だったんだろうか。
アンディ殿下は強張った表情で言った。
「今リアンが黒髪でないのは理由があるんだろう?君と話すとあの時の彼を思い出すくらい、君が嘆きのマダーにしか思えないんだ。兄上と君の惹かれ合いを見ていると、兄上が大事な耳飾りを嘆きのマダーに渡した事にも頷けるんだ。
ああ、それは兄上の成人の耳飾りだ。とてもじゃないが他人に渡す様なものじゃない。今も兄上の耳にそれは無いよ。失くしたからと言って作り直す事はしないからね。だから持ち主に返そうと思って。」
僕はハッとして顔を上げた。この大事なものをルキアスが僕に渡していた?僕がそれを大事にしていたのはアンディ殿下の話を聞けば分かる。ああ、やっぱり僕はルキアスの事を知っていたし、大事に思っていたのかもしれない。
そんな僕にアンディ殿下はため息をつくと、少し寂しそうに言った。
「…これで私の肩の荷が降りたよ。君が何者かは分からないけれど、落とし物を返す事が出来て良かった。この事は兄上にも言う事が出来なくてずっと内緒にしてたからね。色々気まずかったんだ。
…後は君次第だ。そうだろう?」
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