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接近
頭の痛いこと
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「…マグノリアン様、こちらにお手紙が届いています。」
そうパッキアの城の執事に美しい封筒を差し出されて、僕は眉を顰めた。一体どう言う事だろう。こうして僕宛に届く手紙は三通目になる。
「これ、受け取らないわけにいかないですよね?」
僕がそう尋ねると、執事も困った様な顔をして頷いた。
「そうですね。流石に皇太子からの手紙ですので、無視するのは無理かと。」
僕はため息をつくと、銀のトレーから封書を受け取った。この手紙は困りものだ。皇太子がここを訪れたあの日以降、しばらくしてからこうして皇太子から手紙を貰う様になった。
その間には、第二王子のアンディ殿下もここに顔を見せたのだから、最近パッキア領は王族の臭いがプンプンだ。もっともアンディ殿下は今後のエルフ国との商売に際しての警備計画を説明しにきたのだから公用ではある。
それでも僕が王族と顔を合わせない様に畑の東屋に隠れていると、アンディ殿下は屈託のない顔をしてひょっこり姿を現した。
「やぁ、私に会いにきてくれないなんて随分と冷たいんだね。でもそんな所も私には新鮮だ。」
そう揶揄う様に言いながらドッカリと東屋に腰を落ち着けてしまったのだから、従者が慌ててお茶の用意に走ったくらいだ。
「…すみません。僕には関係がない話だと思ったので、部外者は邪魔をしてはいけないと席を外してました。」
するとアンディ殿下は、少し黙ってから僕に言った。
「皇太子も君に会いにきたらしいね。…何か言われたかい?」
僕は避けたいと思えば思うほど王族と関わりが深くなる気がして、苦笑して答えた。
「そうですね。でも秘密にするべきことの様な気がするので殿下にもお話はできません。でも少しお役に立てたみたいです。」
すると、アンディ殿下は大きくため息をついて僕から視線を逸らすと、東屋のアーチ状の入り口から広がる目に染みる様な緑色の畑を眺めて呟いた。
「そうか。皇太子は秘密主義だからね。私もとっておきの秘密を持っていたけれど、それを明らかにする必要はもう無いのかもしれない。私がそうする前に、動き出してしまっただろう?」
僕は殿下が何を言いたいのか見当もつかなかったので、余計なことは言うまいと黙って届いたお茶を飲んだ。僕が静かにしていると、アンディ殿下は大きな身体をぐるりと回して、ひと息でお茶を飲み干して言った。
「私の話に反応なしか。全く君は何とも掴みどころが無い。普通ならこんなに匂わせたら、気になってしょうがないはずだ。」
僕は殿下のかまってちゃんに少し呆れて、クスクス笑って言った。
「王族は、僕に謎かけをして揶揄うくらいお暇の様ですね。皇太子も何度か手紙を下さいましたが、何をしたいのかさっぱりです。
最近パッキア領は王族の残り香で他の領から睨まれそうだとガイガー様がぼやく程ですよ。それに僕も暇じゃ無いんですけどね。あ、不敬でしたか?」
僕の話を聞いていたアンディ殿下は、急に弾ける様に笑った。
「まったく、ここに部下がいなくて良かった。私達をそんな風にこき下ろすのを知られたら、君の命は危ういぞ?しかし皇太子が手紙を?ちょっと信じられないな…。
確かに君の前は王族がひしめいているみたいだね。あまり有り難みがない様だから、何かやり方を変えた方が良さそうだ。では臭いが酷くなる前に去ることにしよう。
君の匂いは良い香りだから、去るのが辛いけどね。」
全く口から生まれた様な調子の良さに少し呆れながら、それでもこの人は役割としてもこうして周囲を明るくしていくのだろうと感じた。そして一方で、皇太子は出来る男なのかもしれないけれど、こうした点では不器用なのかもしれない。
僕も王族だけど、やはり彼らよりはずっと自由にして来れたのだから、それだけ分かっただけでもここ人間の国に来れて良かったと思った。
「殿下はそうして明るい光を国民に振り撒いているのですね。皇太子と共に、光の種類に違いはあれど、この国には必要なものでしょうね。」
僕が何気なくそう言うと、アンディ殿下は少し目を見開いて一瞬動揺した様に見えた。けれども直ぐにその気配は消えて苦笑すると、おもむろに立ち上がって僕を見下ろして言った。
「君は思いがけない事を言うね。まぁ、良い。さあ、追い出すにせよ、見送りぐらいはしてくれるんだろう?臭っても王族だからね、私は。」
随分臭うと言われたのを根に持った様子の殿下に、僕はクスッと笑うと一緒に立ち上がって東屋を出た。門の所で皆で見送る際は、殿下は僕の方に取り立てて注意を払わなかった気がして、正直少しホッとした。
これ以上王族と関わりになるのは本当に困るんだ。まだここで色々やりたい事があるし、エルフの国に逃げ帰る羽目になりたくなかった。
そう思っていたのに、こうして皇太子からの手紙を手にしている。僕は小さくため息をつくと手紙を手にテラスへと向かった。心配そうな執事の眼差しも感じるけれど、もう直ぐロウルがお昼寝から目が覚めるから、その前に読み終わらなくちゃいけなかった。
封を切ると香木の良い香りを感じて、僕は思わず微笑んだ。僕は香りに煩いけれど、前回の手紙の返事にそれっぽい事を書いたから気を使ったのかもしれない。
僕は段々皇太子にも絆されつつあるなと思いながら、手紙を読み始めた。
そうパッキアの城の執事に美しい封筒を差し出されて、僕は眉を顰めた。一体どう言う事だろう。こうして僕宛に届く手紙は三通目になる。
「これ、受け取らないわけにいかないですよね?」
僕がそう尋ねると、執事も困った様な顔をして頷いた。
「そうですね。流石に皇太子からの手紙ですので、無視するのは無理かと。」
僕はため息をつくと、銀のトレーから封書を受け取った。この手紙は困りものだ。皇太子がここを訪れたあの日以降、しばらくしてからこうして皇太子から手紙を貰う様になった。
その間には、第二王子のアンディ殿下もここに顔を見せたのだから、最近パッキア領は王族の臭いがプンプンだ。もっともアンディ殿下は今後のエルフ国との商売に際しての警備計画を説明しにきたのだから公用ではある。
それでも僕が王族と顔を合わせない様に畑の東屋に隠れていると、アンディ殿下は屈託のない顔をしてひょっこり姿を現した。
「やぁ、私に会いにきてくれないなんて随分と冷たいんだね。でもそんな所も私には新鮮だ。」
そう揶揄う様に言いながらドッカリと東屋に腰を落ち着けてしまったのだから、従者が慌ててお茶の用意に走ったくらいだ。
「…すみません。僕には関係がない話だと思ったので、部外者は邪魔をしてはいけないと席を外してました。」
するとアンディ殿下は、少し黙ってから僕に言った。
「皇太子も君に会いにきたらしいね。…何か言われたかい?」
僕は避けたいと思えば思うほど王族と関わりが深くなる気がして、苦笑して答えた。
「そうですね。でも秘密にするべきことの様な気がするので殿下にもお話はできません。でも少しお役に立てたみたいです。」
すると、アンディ殿下は大きくため息をついて僕から視線を逸らすと、東屋のアーチ状の入り口から広がる目に染みる様な緑色の畑を眺めて呟いた。
「そうか。皇太子は秘密主義だからね。私もとっておきの秘密を持っていたけれど、それを明らかにする必要はもう無いのかもしれない。私がそうする前に、動き出してしまっただろう?」
僕は殿下が何を言いたいのか見当もつかなかったので、余計なことは言うまいと黙って届いたお茶を飲んだ。僕が静かにしていると、アンディ殿下は大きな身体をぐるりと回して、ひと息でお茶を飲み干して言った。
「私の話に反応なしか。全く君は何とも掴みどころが無い。普通ならこんなに匂わせたら、気になってしょうがないはずだ。」
僕は殿下のかまってちゃんに少し呆れて、クスクス笑って言った。
「王族は、僕に謎かけをして揶揄うくらいお暇の様ですね。皇太子も何度か手紙を下さいましたが、何をしたいのかさっぱりです。
最近パッキア領は王族の残り香で他の領から睨まれそうだとガイガー様がぼやく程ですよ。それに僕も暇じゃ無いんですけどね。あ、不敬でしたか?」
僕の話を聞いていたアンディ殿下は、急に弾ける様に笑った。
「まったく、ここに部下がいなくて良かった。私達をそんな風にこき下ろすのを知られたら、君の命は危ういぞ?しかし皇太子が手紙を?ちょっと信じられないな…。
確かに君の前は王族がひしめいているみたいだね。あまり有り難みがない様だから、何かやり方を変えた方が良さそうだ。では臭いが酷くなる前に去ることにしよう。
君の匂いは良い香りだから、去るのが辛いけどね。」
全く口から生まれた様な調子の良さに少し呆れながら、それでもこの人は役割としてもこうして周囲を明るくしていくのだろうと感じた。そして一方で、皇太子は出来る男なのかもしれないけれど、こうした点では不器用なのかもしれない。
僕も王族だけど、やはり彼らよりはずっと自由にして来れたのだから、それだけ分かっただけでもここ人間の国に来れて良かったと思った。
「殿下はそうして明るい光を国民に振り撒いているのですね。皇太子と共に、光の種類に違いはあれど、この国には必要なものでしょうね。」
僕が何気なくそう言うと、アンディ殿下は少し目を見開いて一瞬動揺した様に見えた。けれども直ぐにその気配は消えて苦笑すると、おもむろに立ち上がって僕を見下ろして言った。
「君は思いがけない事を言うね。まぁ、良い。さあ、追い出すにせよ、見送りぐらいはしてくれるんだろう?臭っても王族だからね、私は。」
随分臭うと言われたのを根に持った様子の殿下に、僕はクスッと笑うと一緒に立ち上がって東屋を出た。門の所で皆で見送る際は、殿下は僕の方に取り立てて注意を払わなかった気がして、正直少しホッとした。
これ以上王族と関わりになるのは本当に困るんだ。まだここで色々やりたい事があるし、エルフの国に逃げ帰る羽目になりたくなかった。
そう思っていたのに、こうして皇太子からの手紙を手にしている。僕は小さくため息をつくと手紙を手にテラスへと向かった。心配そうな執事の眼差しも感じるけれど、もう直ぐロウルがお昼寝から目が覚めるから、その前に読み終わらなくちゃいけなかった。
封を切ると香木の良い香りを感じて、僕は思わず微笑んだ。僕は香りに煩いけれど、前回の手紙の返事にそれっぽい事を書いたから気を使ったのかもしれない。
僕は段々皇太子にも絆されつつあるなと思いながら、手紙を読み始めた。
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