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接近
腕輪
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…僕の手首に嵌めた腕輪を皇太子が知ってる?僕は無意識にヴァルから貰った腕輪を撫でながら呟いた。
「これは僕の知り合いから貰ったものです。彼が作ってくれたと言っていたから、ひとつとして同じものは無いはずなんですが…。ルキアスが知ってるなんて変ですね。
ルキアスは一体何処で僕に似た人物と会っていたんですか?」
僕は皇太子の言う謎めいた話が気になった。全て僕に繋がっているとしか思えないその相手はやはり僕なのだろうか。絶対に違うと言い切れないのは、僕には欠けた記憶があるせいだ。
僕の問いかけに、皇太子は一瞬迷うように眼差しを揺らした。けれど決心した様子で僕を見つめて口を開いた。
「…城の中庭にある、噴水の水面の向こうだ。君によく似た彼は、満月に夜にそこからこちらを覗き込んだ。」
僕は目をぱちくりした。えーと。水の中から僕が覗き込んでたって事?いくらエルフの国でもそんな馬鹿みたいな現象があるはずが無い。僕はやっぱりこの不思議な話には現実味がないと、何処かホッとした気持ちになって微笑んだ。
「ふふ。何だか不思議な話ですね。ルキアスの夢だとしても、僕によく似た姿で腕輪も一緒なんて、とても光栄に思います。」
僕が笑顔を残したまま皇太子を見つめると、彼は強張った顔のままさらに言い募った。
「君にそっくりな少年も、こんな事があるなんてと不思議がっていたよ。そして満月の魔法ならそれも可能かもしれないって。そして自分はリアンと名乗って、私を満月の君と呼んだ。
私を皇太子として扱わない彼に満月の度に水面越しに会う度、私は彼を好きになっていくのに気づいた。そしてある夜、水の中に手を入れて彼に触れる事ができたんだ。」
僕はぼんやりと皇太子の言うその状況を思い浮かべた。仮に僕が名前を明かすとしたら、やはり今の様にリアンと伝えるだろうって。そして満月の魔法ならそんな不思議なことも起きるかもしれないと思い始めていたんだ。
「…私はその時、彼が誕生日だと教えられて何か特別な贈り物をしたかった。だからこの国の成人の証である耳飾りを彼に水の中で渡したんだ。彼は嬉しそうにそれを受け取ったよ。耳に挟むタイプの、私の瞳色の宝石が嵌め込まれた銀製のものだ。」
僕は思わず耳に手をやった。癖の様なその仕草は僕をハッと気づかせるには十分だった。
「…僕、分からないです。もしそんな事があったとしても、今の僕の記憶には無いんです。事故で記憶が欠けていて…。」
そう呟くと、ルキアスは大きく溜息をついた。
「完全否定されなかっただけマシなのか…。私もこんな夢の様な正気で無い事は誰にも言えなかった。結局彼とは喧嘩別れしてしまったから、酷く後悔して、いっそ無かったことにして忘れる方が楽だったんだ。
けれど私の空っぽな耳を意識する度に、私はいつでもあの時の後悔に引き裂かれてしまう。…もう終わりにしたいんだ。君があの彼だと思って謝らせて欲しい。…どうだろう。」
僕は今更、三年前の相手が僕かもしれないとか、そんな事は皇太子にとっては問題では無いのだと思った。彼はただ自分の中の後悔を精算したいだけだ。
僕によく似たリアンに謝る事で。
僕の欠けた記憶の中にもしかしたら皇太子が存在するかもしれない事を、僕もまた真っ直ぐに向き合う事にならなくてホッとしたのを感じた。あの事故から三年間、僕にも積み重ねた時間があったからだ。
成人の証の様な大切なものを受け取るほど、空っぽな耳が気になる仕草が癖になるほど、僕が当時目の前の男に恋焦がれていたとしたら…。
幼馴染のヴァルと重ねた恋の時間が、まやかしだったとは思いたく無い。僕は少し強張った顔で微笑んだ。
「…ええ。勿論お安い御用です。僕がルキアスの知ってる相手にそっくりなのも何かの縁でしょうから。」
するとルキアスはチラッと薬草畑の入り口で待機している護衛の騎士たちを見ると、少し先の東屋へと先に立って歩き出した。
「邪魔が入ると面倒だ。あそこまで同行願えるか?」
僕はルキアスの後をついていきながら、彼の逞しい体格をしげしげと観察した。エルフと人間の違いが何処にあるのか、はっきりと指摘は出来ない。勿論耳が違うとか明らかなものはあるけれど。
強いて言えば身の内から放たれるエネルギーの様なものだろうか。エルフが側にいると風の様に感じるけれど、人間と一緒にいると火を感じる。そして皇太子である彼からはそれをはっきりと感じるんだ。
僕はそのエネルギーを捕まえようと、そっと手を伸ばした。その時、ルキアスが足を止めて振り返った。東屋に着いた様だ。
僕の伸ばした手に目をやると、迷いなく掴まれて東屋へと引き込まれた。
「…時間がない。」
僕は掴まれた手が妙に熱い気がして、握られた手を見つめて、それからルキアスを黙りこくって見上げた。
「リアン、君に謝りたかった。私は他の人からの贈り物に嫉妬して、酷い言葉を投げつけてしまった。君の傷ついた顔を見て、私は間違ってしまったとその時にも気づいてはいたんだ。
けれども呼び止めることも、その時の私には出来なかった。自分が裏切られたと思い込んで、自分を憐れむのに精一杯だった。今ならきっともっと言葉を尽くす事が出来るだろうし、君の話に耳を傾けることも出来るだろう。
でもその当時は無理だったんだ。君を傷つけたことを謝りたい。許してくれるか?」
「これは僕の知り合いから貰ったものです。彼が作ってくれたと言っていたから、ひとつとして同じものは無いはずなんですが…。ルキアスが知ってるなんて変ですね。
ルキアスは一体何処で僕に似た人物と会っていたんですか?」
僕は皇太子の言う謎めいた話が気になった。全て僕に繋がっているとしか思えないその相手はやはり僕なのだろうか。絶対に違うと言い切れないのは、僕には欠けた記憶があるせいだ。
僕の問いかけに、皇太子は一瞬迷うように眼差しを揺らした。けれど決心した様子で僕を見つめて口を開いた。
「…城の中庭にある、噴水の水面の向こうだ。君によく似た彼は、満月に夜にそこからこちらを覗き込んだ。」
僕は目をぱちくりした。えーと。水の中から僕が覗き込んでたって事?いくらエルフの国でもそんな馬鹿みたいな現象があるはずが無い。僕はやっぱりこの不思議な話には現実味がないと、何処かホッとした気持ちになって微笑んだ。
「ふふ。何だか不思議な話ですね。ルキアスの夢だとしても、僕によく似た姿で腕輪も一緒なんて、とても光栄に思います。」
僕が笑顔を残したまま皇太子を見つめると、彼は強張った顔のままさらに言い募った。
「君にそっくりな少年も、こんな事があるなんてと不思議がっていたよ。そして満月の魔法ならそれも可能かもしれないって。そして自分はリアンと名乗って、私を満月の君と呼んだ。
私を皇太子として扱わない彼に満月の度に水面越しに会う度、私は彼を好きになっていくのに気づいた。そしてある夜、水の中に手を入れて彼に触れる事ができたんだ。」
僕はぼんやりと皇太子の言うその状況を思い浮かべた。仮に僕が名前を明かすとしたら、やはり今の様にリアンと伝えるだろうって。そして満月の魔法ならそんな不思議なことも起きるかもしれないと思い始めていたんだ。
「…私はその時、彼が誕生日だと教えられて何か特別な贈り物をしたかった。だからこの国の成人の証である耳飾りを彼に水の中で渡したんだ。彼は嬉しそうにそれを受け取ったよ。耳に挟むタイプの、私の瞳色の宝石が嵌め込まれた銀製のものだ。」
僕は思わず耳に手をやった。癖の様なその仕草は僕をハッと気づかせるには十分だった。
「…僕、分からないです。もしそんな事があったとしても、今の僕の記憶には無いんです。事故で記憶が欠けていて…。」
そう呟くと、ルキアスは大きく溜息をついた。
「完全否定されなかっただけマシなのか…。私もこんな夢の様な正気で無い事は誰にも言えなかった。結局彼とは喧嘩別れしてしまったから、酷く後悔して、いっそ無かったことにして忘れる方が楽だったんだ。
けれど私の空っぽな耳を意識する度に、私はいつでもあの時の後悔に引き裂かれてしまう。…もう終わりにしたいんだ。君があの彼だと思って謝らせて欲しい。…どうだろう。」
僕は今更、三年前の相手が僕かもしれないとか、そんな事は皇太子にとっては問題では無いのだと思った。彼はただ自分の中の後悔を精算したいだけだ。
僕によく似たリアンに謝る事で。
僕の欠けた記憶の中にもしかしたら皇太子が存在するかもしれない事を、僕もまた真っ直ぐに向き合う事にならなくてホッとしたのを感じた。あの事故から三年間、僕にも積み重ねた時間があったからだ。
成人の証の様な大切なものを受け取るほど、空っぽな耳が気になる仕草が癖になるほど、僕が当時目の前の男に恋焦がれていたとしたら…。
幼馴染のヴァルと重ねた恋の時間が、まやかしだったとは思いたく無い。僕は少し強張った顔で微笑んだ。
「…ええ。勿論お安い御用です。僕がルキアスの知ってる相手にそっくりなのも何かの縁でしょうから。」
するとルキアスはチラッと薬草畑の入り口で待機している護衛の騎士たちを見ると、少し先の東屋へと先に立って歩き出した。
「邪魔が入ると面倒だ。あそこまで同行願えるか?」
僕はルキアスの後をついていきながら、彼の逞しい体格をしげしげと観察した。エルフと人間の違いが何処にあるのか、はっきりと指摘は出来ない。勿論耳が違うとか明らかなものはあるけれど。
強いて言えば身の内から放たれるエネルギーの様なものだろうか。エルフが側にいると風の様に感じるけれど、人間と一緒にいると火を感じる。そして皇太子である彼からはそれをはっきりと感じるんだ。
僕はそのエネルギーを捕まえようと、そっと手を伸ばした。その時、ルキアスが足を止めて振り返った。東屋に着いた様だ。
僕の伸ばした手に目をやると、迷いなく掴まれて東屋へと引き込まれた。
「…時間がない。」
僕は掴まれた手が妙に熱い気がして、握られた手を見つめて、それからルキアスを黙りこくって見上げた。
「リアン、君に謝りたかった。私は他の人からの贈り物に嫉妬して、酷い言葉を投げつけてしまった。君の傷ついた顔を見て、私は間違ってしまったとその時にも気づいてはいたんだ。
けれども呼び止めることも、その時の私には出来なかった。自分が裏切られたと思い込んで、自分を憐れむのに精一杯だった。今ならきっともっと言葉を尽くす事が出来るだろうし、君の話に耳を傾けることも出来るだろう。
でもその当時は無理だったんだ。君を傷つけたことを謝りたい。許してくれるか?」
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