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接近

皇太子殿下

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 人間族の王族というものを、僕は思わぬ形で観察する事になった。エルフの王族とどう違うのか、それは何冊も資料を読んだとしても得られない情報だろう。

皇太子というのは、次の王なるものだろうから、我がカーバル兄上と何処か共通するものはあるのだろうか。そんな事を思いながらパッキア夫人と型通りの挨拶を交わす男を、まじまじと見つめていた。


 「突然訪問して、申し訳ない。先だって王宮で倒れた彼の事も気になっていたのだが、その際にある事象が起きてね。その事について彼に詳しく聞きたかったのだが、あいにく調子が悪そうだったので日を改めて聞こうと思ったのだ。

丁度近くに来ていたので寄ったのだが、彼と二人きりで話をさせてはくれないか?」

ズバリ遠慮なく用件を切り出した皇太子に、夫人が困惑した様子で僕の方を見て言った。

「マ…、リアン、皇太子がこの様に仰られてるのだけど、心当たりはあるのかしら。」

僕はこれ以上夫人が困った立場になるのは本意では無かったので、安心させる様に微笑んだ。


 「ああ、多分あの事でしょう。皇太子が納得する様な答えになると良いのですが。では、少し説明もありますから、あの薬草園の方でお話し出来ればと思います。」

そう言って僕が立ち上がると、釣られて皆が立ち上がった。ロウルまで張り切って立ち上がって可愛い。僕はロウルの頭を撫でて、後でまた遊ぼうとひと言声を掛けると、皇太子一行を引き連れて応接から出た。

 
 …えーと、何だっけ。確か何か僕に聞きたい事があるって言ってた?現象?薬草が僕に絡みついていた件かな?あの事についてはよく分からないって言った筈だけどな。

僕は皇太子を案内しながら目まぐるしく頭を働かせた。とは言うものの、限界がある。僕の正体を明かせないのだから、結局話すことなどほんの僅かだ。

皇太子の出方次第だな。


 「お前たちはここで待っていろ。ここには危ない事など何もないだろう?」

皇太子が表情を変えずにそう二人の騎士に声を掛けるのを眺めながら、僕はこの人はいつも誰かしらが側に居て、一人になる時間などないのかもしれないと思った。

一方エルフの王族は一人で行動することも出来る。それこそこうして他の国でも。

その事実は、同時に何かぼんやりしたものを浮き上がらせたけど、結局霧がかかった様に薄まって消えてしまった。


 「貴方はいつも御付きの方が居て、気が休まらないですね。ああ、すみません。礼儀が良く分からなくて。」

じっと見つめられて、礼を欠いて失敗してしまったかと慌てると、皇太子は薬草園の小道をゆっくり歩きながら呟いた。

「ルキアス。私の事はルキアスで良い。何となく、君にはそう呼んでもらいたいんだ。」

僕は堅苦しい王族の、束の間の休息なのかもしれないと思って、微笑んで了承した。

「ふふ。じゃあ二人だけの時だけお名前でお呼びしますね。流石にあの御付きの方達と一緒の時に呼び捨ててたら、バッサリ斬られそうです。」


 僕がそう言うと、ルキアスは面白そうにニヤリと口元を緩めた。それからチラッと僕を見て呟いた。

「君は私の知り合いによく似ているんだ。そんな風に軽口を叩くところも似てる。まるで本人かと思うほどにね。でも君は私の事を知らなかった。そうだろう?」

僕はルキアスが薬草の事を知りたくてここに現れたわけじゃない事に気づいた。僕と良く似た相手?

「…ルキアスのそのお知り合いは今どこにいるんですか?僕によく似てるのなら会ってみたいですね。」


 僕がそう言うと、ルキアスは黙って僕を見つめてから、目を逸らして薬草に手を触れた。

「分からないんだ。彼の事は何も。私が最後に会ったのは三年前だったし、今となっては夢の中で会っていた様な気もする。彼は黒髪で、君とはそこが違う。…でもそこだけだ。

だから私は先日酷く混乱してしまった。夢の中で会っていた相手が目の前に立っていたのだからね。」

僕はハッとして息を呑んだ。黒髪?僕は今は染めているけれど、黒髪だ。珍しい僕の色。この人間の国でも、今のところ見かけていないその色。


 「…そうなんですか。不思議なこともあるものですね。実は僕は事故によっで記憶が欠けているみたいで、あの時倒れたのもそれが原因だったんです。

思い出そうとすると頭が痛くなって。王宮ではそれが酷くて倒れてしまいました。なぜ思い出す事になったのか、僕にも分からなかったんですが。

僕ってルキアスの事を知ってるのでしょうか。一緒に来ていたアービンにもルキアスと面識があるのかと尋ねられたんですよ?」

自分の発した言葉が耳から入ってくると、それが事実の様な気がして来た。僕はルキアスに会うのが今回初めてではないのかな。でもエルフの国から出たことがない僕が、一体どうやって彼と会ったと言うのだろう。

黙って僕の話を聞いていたルキアスは、僕の手首に視線を移すと宣言する様に言った。


 「…君に良く似た人物に会っていたのは、満月の夜だけだった。現実とは思えないその時間を私は大事にしていた。触れ合うことも出来ない彼の事を、私はいつの間にか好きになっていたから余計にね。

でもある一瞬、私たちは触れる事が出来て、お互いにそこに存在する相手だって確信が出来た。

ただ私と彼はある事が原因で言い争いになって、それ以来会う事が出来なくなった。その原因が腕輪だったんだが、君の手首に嵌ったものと瓜二つだ。それって一体どう言う事なんだろう。

…リアン、彼と同じ名前の君は、どう思う?」

 

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