33 / 49
接近
来訪者再び
しおりを挟む
「ロウル、どこぉ?」
僕は畑の中に突っ立って周囲を見回した。あの太陽に似たふわふわの赤い髪が、時々薬草から見え隠れしながら移動しているのが見える。僕は笑いを堪えて時々新芽を摘みながら、もう一度声を張り上げた。
「ロウル?」
すると我慢しきれなくなったのか、もう隠れる気が無くなったのか、凄い勢いで薬草を掻き分けて僕の方へ真っ直ぐ赤い頭が向かってきた。
僕が笑いながらあぜ道へ出ると、追いかける様にズボっと薬草からロウルが飛び出て僕に体当たりして来た。
「りあん、見つからなかっちゃ?ろうる、かくれんぼちゅごい?」
僕は手に持った籠を地面に下ろすと、汗ばんで頬を赤くしたロウルを勢いよく抱き上げた。お日様の匂いのロウルは本当に可愛い。僕は兄弟で一番下だから、こんな風にお兄さん風を吹かすのは何とも胸がくすぐったくなる。
「うん、ロウル全然見えなくて、心配になっちゃったよ。消えちゃったかと思った!」
するとロウルは足をパタパタさせて喜ぶと、何かに気づいた様に畑の東屋を指さした。
僕が釣られてそちらを見ると、エンリケさんが侍女と一緒に東屋に向かって来たのが見えた。こんな時間にエンリケさんが屋敷に居るのは珍しい。
僕はロウルを下ろすと籠を持ち上げて、跳ねる様に歩くロウルと一緒に東屋へ向かった。
「エンリケさん!こんな時間に珍しいですね。」
東屋のテーブルには、繊細な細い蔦で編んだ美しい籠に綺麗な青い布を敷いた上に、果実のジャムを乗せた焼き菓子が幾つも並んでいた。侍女がお茶をカップに淹れてくれるのを眺めながら、ロウルが椅子に座るのを手伝った。
「すっかり御兄弟の様に仲良しですね、マグノリアン様。新芽の出来はどうでしたか?昨日見た感じでは今年は良い感じに思えましたが。」
エンリケさんがロウルの前の皿に、大きめの焼き菓子を載せてあげるのを横目で見ながら、僕は手元の籠に摘んだ新芽を手のひらに掬って見せた。
「良い感じです。僕が力を発揮する必要のないくらいここは地力がありますからね。さすがこの国の有名な薬草地ですね。それよりエンリケさんがこんな時間にのんびりしているのは珍しいですね?」
僕がそう言って薬草を籠に戻して、目の前に並べられたお茶に手を伸ばすと、エンリケさんは少し言いにくそうに口を開いた。
「取り敢えず、今回の商用は全部済みました。午後にはエルフの国に帰ろうと思いまして、マグノリアン様にご挨拶をしに来たんです。」
僕はハッとしてエンリケさんを見つめた。そうだった。エンリケさんは商用のついでに僕に付き添ってくれただけで、ずっとここに一緒にいてくれる訳じゃない。分かってた事なのに、実際そうなってみると急に心細い気持ちが湧き上がってくる。
いい年して、僕も随分みっともないな。
「そうですか。色々ありがとうございました。僕の事は心配しないで下さい。こうしてロウルともすっかり仲良しですし、ね?」
焼き菓子に夢中になっていたロウルが、僕が声をかけると顔を上げてベタベタの顔でニカっと笑った。気が散ったせいか手元のミルクを服に溢してしまって、慌てた侍女に手を引かれて屋敷の方へと連れて行かれてしまった。
僕らはロウル達の後ろ姿を眺めながら、しばらく静けさを楽しんだ。
「…マグノリアン様、王宮で倒れた件ですが、やはりエルフ王にお伝えした方が良いのではないですか?」
不意にエンリケさんにそう言われて、僕はやっぱり首を振った。
「あれは本当によくあると言えばそうなんです。エンリケさんはご存知ですか?僕が三年前に結界の付近で発見された時のことを。あの事故のしばらく前の期間の記憶が虫食い状態ではっきりと思い出せないんです。
王宮で突然王族と顔を合わせる事になってしまって、緊張しすぎたんでしょう。ほら、僕自身の身分は秘密ですから。
もうあそこには行くつもりはありませんし、エンリケさんが心配する様な事はもう起きませんよ。」
結局エンリケさんに口止めした僕は、エルフの国に帰っていく彼らの馬車を見送った。今回は連絡がいってたのか屋敷の前に待っていた警備隊の騎士の一団が、馬車を護衛してくれる様だった。
警備の担当だと言っていた第二王子の明るい眼差しを思い出しながら、同時に僕は皇太子の鋭い灰色の瞳を思い出していた。
結局僕が薬草に纏わりつかれていた件も有耶無耶にしてしまったし、逃げるように王宮から帰ってしまった事もあって、彼には会っていない。それは何処かホッとする様一方で、彼が僕の記憶を引き出しかけた気もして、もう一度会ったらどうなるのだろうかと妙なざわつきを感じていた。
だから次の日、皇太子が馬に乗って二人の護衛と屋敷を訪れた時には、動揺しなかったと言えば嘘になる。約束もなく現れたせいで、領主であるガイガーさんも留守だった。
屋敷にいたのはそれこそ夫人と、ロウルと僕くらいで、夫人の動揺は見ていても同情する程だった。
「困ったわ。あの人は遠方に行ってて、帰るのは夕方ですもの。でも一体どんな用件でこちらに顔を出されたのかしら。マグノリアン様は何か約束などなさっていた訳ではないのでしょう?」
僕は夫人を元気づける様に、空気を読んで大人しくしているロウルと手を繋ぎながら言った。
「取り敢えず僕も同席しましょう。前回ご迷惑をかけたお礼もしなくてはなりませんから。多分僕は約束めいたことなど何もしていないはずですよ?」
多分ね…。あの時は動揺していて実際どうだったかははっきりしない。全部見聞きしていたアービンがいてくれたら良かったが、学校に行っていてまだ帰るには時間があった。
皇太子が通された応接室へ三人で入室しながら、僕は皇太子がわざと僕の方を見つめない様にしているのを感じた。前回は馬鹿みたいに僕を見ていたくせに…。
僕は畑の中に突っ立って周囲を見回した。あの太陽に似たふわふわの赤い髪が、時々薬草から見え隠れしながら移動しているのが見える。僕は笑いを堪えて時々新芽を摘みながら、もう一度声を張り上げた。
「ロウル?」
すると我慢しきれなくなったのか、もう隠れる気が無くなったのか、凄い勢いで薬草を掻き分けて僕の方へ真っ直ぐ赤い頭が向かってきた。
僕が笑いながらあぜ道へ出ると、追いかける様にズボっと薬草からロウルが飛び出て僕に体当たりして来た。
「りあん、見つからなかっちゃ?ろうる、かくれんぼちゅごい?」
僕は手に持った籠を地面に下ろすと、汗ばんで頬を赤くしたロウルを勢いよく抱き上げた。お日様の匂いのロウルは本当に可愛い。僕は兄弟で一番下だから、こんな風にお兄さん風を吹かすのは何とも胸がくすぐったくなる。
「うん、ロウル全然見えなくて、心配になっちゃったよ。消えちゃったかと思った!」
するとロウルは足をパタパタさせて喜ぶと、何かに気づいた様に畑の東屋を指さした。
僕が釣られてそちらを見ると、エンリケさんが侍女と一緒に東屋に向かって来たのが見えた。こんな時間にエンリケさんが屋敷に居るのは珍しい。
僕はロウルを下ろすと籠を持ち上げて、跳ねる様に歩くロウルと一緒に東屋へ向かった。
「エンリケさん!こんな時間に珍しいですね。」
東屋のテーブルには、繊細な細い蔦で編んだ美しい籠に綺麗な青い布を敷いた上に、果実のジャムを乗せた焼き菓子が幾つも並んでいた。侍女がお茶をカップに淹れてくれるのを眺めながら、ロウルが椅子に座るのを手伝った。
「すっかり御兄弟の様に仲良しですね、マグノリアン様。新芽の出来はどうでしたか?昨日見た感じでは今年は良い感じに思えましたが。」
エンリケさんがロウルの前の皿に、大きめの焼き菓子を載せてあげるのを横目で見ながら、僕は手元の籠に摘んだ新芽を手のひらに掬って見せた。
「良い感じです。僕が力を発揮する必要のないくらいここは地力がありますからね。さすがこの国の有名な薬草地ですね。それよりエンリケさんがこんな時間にのんびりしているのは珍しいですね?」
僕がそう言って薬草を籠に戻して、目の前に並べられたお茶に手を伸ばすと、エンリケさんは少し言いにくそうに口を開いた。
「取り敢えず、今回の商用は全部済みました。午後にはエルフの国に帰ろうと思いまして、マグノリアン様にご挨拶をしに来たんです。」
僕はハッとしてエンリケさんを見つめた。そうだった。エンリケさんは商用のついでに僕に付き添ってくれただけで、ずっとここに一緒にいてくれる訳じゃない。分かってた事なのに、実際そうなってみると急に心細い気持ちが湧き上がってくる。
いい年して、僕も随分みっともないな。
「そうですか。色々ありがとうございました。僕の事は心配しないで下さい。こうしてロウルともすっかり仲良しですし、ね?」
焼き菓子に夢中になっていたロウルが、僕が声をかけると顔を上げてベタベタの顔でニカっと笑った。気が散ったせいか手元のミルクを服に溢してしまって、慌てた侍女に手を引かれて屋敷の方へと連れて行かれてしまった。
僕らはロウル達の後ろ姿を眺めながら、しばらく静けさを楽しんだ。
「…マグノリアン様、王宮で倒れた件ですが、やはりエルフ王にお伝えした方が良いのではないですか?」
不意にエンリケさんにそう言われて、僕はやっぱり首を振った。
「あれは本当によくあると言えばそうなんです。エンリケさんはご存知ですか?僕が三年前に結界の付近で発見された時のことを。あの事故のしばらく前の期間の記憶が虫食い状態ではっきりと思い出せないんです。
王宮で突然王族と顔を合わせる事になってしまって、緊張しすぎたんでしょう。ほら、僕自身の身分は秘密ですから。
もうあそこには行くつもりはありませんし、エンリケさんが心配する様な事はもう起きませんよ。」
結局エンリケさんに口止めした僕は、エルフの国に帰っていく彼らの馬車を見送った。今回は連絡がいってたのか屋敷の前に待っていた警備隊の騎士の一団が、馬車を護衛してくれる様だった。
警備の担当だと言っていた第二王子の明るい眼差しを思い出しながら、同時に僕は皇太子の鋭い灰色の瞳を思い出していた。
結局僕が薬草に纏わりつかれていた件も有耶無耶にしてしまったし、逃げるように王宮から帰ってしまった事もあって、彼には会っていない。それは何処かホッとする様一方で、彼が僕の記憶を引き出しかけた気もして、もう一度会ったらどうなるのだろうかと妙なざわつきを感じていた。
だから次の日、皇太子が馬に乗って二人の護衛と屋敷を訪れた時には、動揺しなかったと言えば嘘になる。約束もなく現れたせいで、領主であるガイガーさんも留守だった。
屋敷にいたのはそれこそ夫人と、ロウルと僕くらいで、夫人の動揺は見ていても同情する程だった。
「困ったわ。あの人は遠方に行ってて、帰るのは夕方ですもの。でも一体どんな用件でこちらに顔を出されたのかしら。マグノリアン様は何か約束などなさっていた訳ではないのでしょう?」
僕は夫人を元気づける様に、空気を読んで大人しくしているロウルと手を繋ぎながら言った。
「取り敢えず僕も同席しましょう。前回ご迷惑をかけたお礼もしなくてはなりませんから。多分僕は約束めいたことなど何もしていないはずですよ?」
多分ね…。あの時は動揺していて実際どうだったかははっきりしない。全部見聞きしていたアービンがいてくれたら良かったが、学校に行っていてまだ帰るには時間があった。
皇太子が通された応接室へ三人で入室しながら、僕は皇太子がわざと僕の方を見つめない様にしているのを感じた。前回は馬鹿みたいに僕を見ていたくせに…。
50
お気に入りに追加
315
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる