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接近

来訪者再び

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 「ロウル、どこぉ?」

僕は畑の中に突っ立って周囲を見回した。あの太陽に似たふわふわの赤い髪が、時々薬草から見え隠れしながら移動しているのが見える。僕は笑いを堪えて時々新芽を摘みながら、もう一度声を張り上げた。

「ロウル?」

すると我慢しきれなくなったのか、もう隠れる気が無くなったのか、凄い勢いで薬草を掻き分けて僕の方へ真っ直ぐ赤い頭が向かってきた。


 僕が笑いながらあぜ道へ出ると、追いかける様にズボっと薬草からロウルが飛び出て僕に体当たりして来た。

「りあん、見つからなかっちゃ?ろうる、かくれんぼちゅごい?」

僕は手に持った籠を地面に下ろすと、汗ばんで頬を赤くしたロウルを勢いよく抱き上げた。お日様の匂いのロウルは本当に可愛い。僕は兄弟で一番下だから、こんな風にお兄さん風を吹かすのは何とも胸がくすぐったくなる。

「うん、ロウル全然見えなくて、心配になっちゃったよ。消えちゃったかと思った!」

するとロウルは足をパタパタさせて喜ぶと、何かに気づいた様に畑の東屋を指さした。


 僕が釣られてそちらを見ると、エンリケさんが侍女と一緒に東屋に向かって来たのが見えた。こんな時間にエンリケさんが屋敷に居るのは珍しい。

僕はロウルを下ろすと籠を持ち上げて、跳ねる様に歩くロウルと一緒に東屋へ向かった。

「エンリケさん!こんな時間に珍しいですね。」

東屋のテーブルには、繊細な細い蔦で編んだ美しい籠に綺麗な青い布を敷いた上に、果実のジャムを乗せた焼き菓子が幾つも並んでいた。侍女がお茶をカップに淹れてくれるのを眺めながら、ロウルが椅子に座るのを手伝った。


 「すっかり御兄弟の様に仲良しですね、マグノリアン様。新芽の出来はどうでしたか?昨日見た感じでは今年は良い感じに思えましたが。」

エンリケさんがロウルの前の皿に、大きめの焼き菓子を載せてあげるのを横目で見ながら、僕は手元の籠に摘んだ新芽を手のひらに掬って見せた。

「良い感じです。僕が力を発揮する必要のないくらいここは地力がありますからね。さすがこの国の有名な薬草地ですね。それよりエンリケさんがこんな時間にのんびりしているのは珍しいですね?」


 僕がそう言って薬草を籠に戻して、目の前に並べられたお茶に手を伸ばすと、エンリケさんは少し言いにくそうに口を開いた。

「取り敢えず、今回の商用は全部済みました。午後にはエルフの国に帰ろうと思いまして、マグノリアン様にご挨拶をしに来たんです。」

僕はハッとしてエンリケさんを見つめた。そうだった。エンリケさんは商用のついでに僕に付き添ってくれただけで、ずっとここに一緒にいてくれる訳じゃない。分かってた事なのに、実際そうなってみると急に心細い気持ちが湧き上がってくる。

いい年して、僕も随分みっともないな。


 「そうですか。色々ありがとうございました。僕の事は心配しないで下さい。こうしてロウルともすっかり仲良しですし、ね?」

焼き菓子に夢中になっていたロウルが、僕が声をかけると顔を上げてベタベタの顔でニカっと笑った。気が散ったせいか手元のミルクを服に溢してしまって、慌てた侍女に手を引かれて屋敷の方へと連れて行かれてしまった。

僕らはロウル達の後ろ姿を眺めながら、しばらく静けさを楽しんだ。

「…マグノリアン様、王宮で倒れた件ですが、やはりエルフ王にお伝えした方が良いのではないですか?」

不意にエンリケさんにそう言われて、僕はやっぱり首を振った。


 「あれは本当によくあると言えばそうなんです。エンリケさんはご存知ですか?僕が三年前に結界の付近で発見された時のことを。あの事故のしばらく前の期間の記憶が虫食い状態ではっきりと思い出せないんです。

王宮で突然王族と顔を合わせる事になってしまって、緊張しすぎたんでしょう。ほら、僕自身の身分は秘密ですから。

もうあそこには行くつもりはありませんし、エンリケさんが心配する様な事はもう起きませんよ。」



 結局エンリケさんに口止めした僕は、エルフの国に帰っていく彼らの馬車を見送った。今回は連絡がいってたのか屋敷の前に待っていた警備隊の騎士の一団が、馬車を護衛してくれる様だった。

警備の担当だと言っていた第二王子の明るい眼差しを思い出しながら、同時に僕は皇太子の鋭い灰色の瞳を思い出していた。

結局僕が薬草に纏わりつかれていた件も有耶無耶にしてしまったし、逃げるように王宮から帰ってしまった事もあって、彼には会っていない。それは何処かホッとする様一方で、彼が僕の記憶を引き出しかけた気もして、もう一度会ったらどうなるのだろうかと妙なざわつきを感じていた。


 だから次の日、皇太子が馬に乗って二人の護衛と屋敷を訪れた時には、動揺しなかったと言えば嘘になる。約束もなく現れたせいで、領主であるガイガーさんも留守だった。

屋敷にいたのはそれこそ夫人と、ロウルと僕くらいで、夫人の動揺は見ていても同情する程だった。

「困ったわ。あの人は遠方に行ってて、帰るのは夕方ですもの。でも一体どんな用件でこちらに顔を出されたのかしら。マグノリアン様は何か約束などなさっていた訳ではないのでしょう?」


 僕は夫人を元気づける様に、空気を読んで大人しくしているロウルと手を繋ぎながら言った。

「取り敢えず僕も同席しましょう。前回ご迷惑をかけたお礼もしなくてはなりませんから。多分僕は約束めいたことなど何もしていないはずですよ?」

多分ね…。あの時は動揺していて実際どうだったかははっきりしない。全部見聞きしていたアービンがいてくれたら良かったが、学校に行っていてまだ帰るには時間があった。


 皇太子が通された応接室へ三人で入室しながら、僕は皇太子がわざと僕の方を見つめない様にしているのを感じた。前回は馬鹿みたいに僕を見ていたくせに…。

















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