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接近

王宮薬草園

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 「マグノリアン様、本当に王宮へ行かれるのですか?」

そう心配そうにガイガーさんが僕に尋ねた。僕もあえて人間の王族と仲良くなる気は無いけれど、どうしても王宮薬草園を覗き見ることが出来るチャンスは逃せない。

「王宮薬草園にしかない珍しい薬草があるって、ガイガーさんも言ってたじゃないですか。エルフの国の薬草と同じものがあるかもしれないし、緑の手を持つ僕としては、やっぱりこの機会は活かしたいですから。

だめですか?自分でも人間らしい振る舞いが出来る自信はあるんですけど。」


 僕がそう言って首を傾げると、ガイガーさんは困った様にエンリケさんと顔を見合わせた。エンリケさんが困った様にガイガーさんに言った。

「私が一緒に行けたら良いのですが、エルフの私がマグノリアン様と行動を共にしたら、却って悪目立ちするでしょう。かと言ってお一人で行かせるのは心配です。縁戚という建前上、ガイガーさんが保護者の様に着いて回るのは、またこれも目立つ事になりそうですね…。」

僕は困り顔の二人を見つめて、チラッとアービンの顔を見て呟いた。


 「だったら、アービンを連れて行こうかな。僕の助手って事で。いずれここパッキア領の後を継ぐのだから、薬草の事を知っておいた方が良いでしょう?王宮もパッキア領の意向は汲んでくれるでしょう。」

途端にアービンは興奮と不安の入り混じった表情を交互に浮かべてガイガーさんを見つめた。

「父上、俺が一緒に行きます。ちょっとマグノリアン様と一緒だと何が起きるか分からなくて心配な気もしますけど。一人で行かせるよりはマシじゃないですか?」

皆がため息をつきながら僕を見るけど、話はそれで決まった様だね。

 


 「はぁ、凄い!ここの薬草園は管理が完璧だ!」

アービンが感嘆した様子で、網の目の様に多種類の薬草が植えられている薬草園を眺めた。

僕らは興味深げに薬草の間の小道を歩き始めた。第二王子から話はついていたのか、王宮の門で受付を済ませて待っていると年配の薬草担当者が僕らを迎えに来てくれた。

想像通りパッキア領の影響力はある様で、最近王都で流通の増えた薬草について増産できないかと話を振られた。流石に僕は返事ができなかったけれど、アービンが父親に伝えておきますと一言言うと、途端に担当者は僕よりアービンに注意を移した様だった。


 「この特別な薬草は息苦しい時によく効くのですが、どうにも生育が難しいのです。」

担当が他のエリアよりも生育不良な薬草を見つめながら、僕らに説明した。僕は薬草の匂いを嗅いで呟いた。

「ああ、これは岩場の様な場所の方がよく育つ薬草ですね。この肥沃な土では育ちが悪くなるんでしょう。」

僕がそう言うと、担当者は目を見開いた。

「そう言われてみると、この薬草が持ち込まれたのは山岳エリアからでした。なるほど、試してみる価値はありそうです。では、こちらの薬草はどう思いますか?」


 それから僕らは薬草担当者と、楽しい時間を過ごした。詳しい専門の相手と意見交換するのはとても楽しかった。見たことの無い薬草もあって、興味深かった。エルフの国特有の薬草はあまり見られなかったので、僕は担当者に尋ねた。

「エルフの国から薬草は届いていないのですか?交易があるなら、苗や種子も届いているのでは?」

すると年嵩の担当者は、残念そうな表情で僕に答えた。

「それがこちらに植えても上手く育った試しがないのです。風土が違い過ぎるのでしょう。」


 アービンの不安そうな表情を目の端に映しながら、僕は瞼を閉じてこの場所の気配を読んだ。確かにここから感じる地面の力は栄養こそありそうだけど、何かが足りない。僕は目を開けて空を見上げて呟いた。

「…空気が重いのかもしれませんね。あ、今のそれっぽかったですか?ふふ、冗談です。」

アービンが担当者の後ろで慌てて手を振り回してるのを見て、僕は慌てて誤魔化した。エルフの国の話を振ったのはまずったかもしれない。

 
 僕の冗談に戸惑っていた担当者が、薬草園の入り口に顔を見せた人物を見てハッとした様子を見て、僕は第二王子が顔を見せたのかと思って、お礼ぐらいは言っておいた方がいいだろうと振り返った。

けれどもそこに居たのは第二王子では無かった。担当者が慌ててその人物の方へ向かうのを眺めていると、いつの間にか側に寄って来ていたアービンが僕に耳打ちしてきた。

  
 「マ、…リアン、皇太子だ。どうしてあの方がここに居るんだろう。第二王子が来るなら分かるんだけど。」

動揺しつつも、アービンが緊張した表情で担当者と話をしている『皇太子』御一行を見つめた。僕は顔を上げた若い青年が、強張った顔で僕をまじまじと見つめるのを、何とも言えない気持ちで受け止めた。

ザワザワする。何だろう、僕もしかして彼を知ってる?いや、この国の皇太子と面識は無いはずだ。でも彼の明るい灰色の眼差しは僕に食い込む様だった。


 僕は全身がドクドクと鼓動し始めたのを感じて、頭まで痛くなってきた。ああ、彼は誰?皇太子?そうじゃなくて…。そうじゃない。彼は…。

あの眼差しを僕は知ってる。

僕は目の前がクラクラしてきて、僕に慌てた様に呼びかけるアービンに立っていられないと伝える前に、目の前が真っ暗になって、それから何も分からなくなった。





 



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