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接近
アンディside報告
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久しびりに二人で盃を交わして座り心地の良い椅子にもたれ掛かった。先日の報告なので、本来は酒など飲まずにしっかりやるべきなのだろうが、珍しくルキアスが団欒室へと私を連れて行った。
私の部下は帰らせたので、飲みながら報告を聞きたいのかもしれない。
「はぁ、疲れたな。最近妙に忙しくて困る。父王があれもこれも仕事を押し付けてくるが、まだあの方も引退するのには若過ぎないか?
…アンディ、ここは私室の様なものだから、畏まらなくて良いぞ。堅苦しい会話では酒が不味くなる。」
そう言ってルキアスは従者に二人分の酒を用意させたので、私達は盃を掲げた。兄上と飲むのは久しぶりだ。
自分の父上なのに、ルキアスが妙に冷めた言い方をするのは昔からだ。私には逃れられない皇太子としての、ささやかな抵抗の様に見える。
私はどこまでルキアスに話をするべきか考えていたせいで、すっかり日数が経ってしまった事を言い訳出来ずに、咳払いひとつで誤魔化すことにした。
「早速だけど、エルフの馬車を襲撃した件についてはしっかり謝罪しておいたよ。いくらこの国の人間では無いとしても、起きた事は言い訳のしようがないからね。
エルフの戦士がかなりの手練だったおかげで、損害や怪我など無かったけれど、商人のエンリケだけだったら大変なことになっていたはずだ。これからは、同じ事が起きない様に何か対策を考えないといけないかもしれない。」
ルキアスは額に指先を押し当てて考え込んでいたが、不意に顔を上げて私を見つめた。
「その捉えた者達は一体どこの出身だったのだ?いくら余所者と言えども、エルフの戦士が御している、見るからにエルフの乗った馬車をわざわざ襲ったりするものだろうか。何か別の意図があったとかそう言うことだったのではないのか?」
さすがに兄ながら皇太子は鋭い。目端が効くと言うのはこう言う事を言うのだろう。
「我々もその点については疑問に思った。捉えた三人はエルフの戦士には打ち負かされたが、単なる盗賊の様な輩という感じでも無かったんだ。今どこの国の出身か調べている最中だ。
エルフだと知って襲撃したとすれば、何が目的だろう。エルフの国がこの国以外とは協定を結んでいないと言うのは関係があると思うか?」
私がそう尋ねると、ルキアスは盃を煽って顔を顰めた。
「確かに近隣の国は、我が国がエルフの国との利益を独占している様に思っている。実際その様に仄めかされる事もあるからな。だが、それはエルフとの関係を作れないあちら側の話で、我が国の問題ではないだろうに。
我が国も長い時間をかけてエルフとの友好な関係を築いて来たんだ。彼らの寿命は我々の二倍、いや、三倍ほどだ。この寿命の差は、友好関係を続けるのを難しくする。だから今の状況は代々の王家の努力の賜物なのだ。
しかも人間の国同士なら婚姻などで友好関係を結ぶのは簡単だが、エルフと人間はその方法が使えないだろう?」
最後の言葉は冗談だったのか、ルキアスはニヤリと笑って機嫌良く盃を傾けた。私は釣られて笑いながら、同時にエルフと婚姻が出来ないのは何故だろうと思った。
するとルキアスが私の心を読んだ様に、話を続けた。
「彼らは排他的だ。人間とは最低限しか交流しようとしない。今のところその考えを変える気配はないな。我々の事を完全には信用していないのだろう。…今回の様な事が起きたら、ますますそうだろう。
襲撃者と我々は違う国民だが、彼等にとっては同じ人間だからな。」
私達は黙って盃を見つめた。まったく今までの努力を泡にする様な事を奴らはしでかしてくれたのだ。やはり今後はエルフの馬車には護衛の騎士をつける必要があるのかもしれない。
私がそんな風に考えていると、ルキアスが顔を上げて私に言った。
「そう言えば謎の同乗者は何者だったのか分かったか?」
私はドキリとして、ルキアスの顔を見た。あれから私は数年前にエルフの森の結界で会った嘆きのマダーに似た、パッキア卿の縁戚の青年の事を考えていた。
どう考えてもマダーでは無い事は確かだし、あの青年も雰囲気が似てるだけで、髪色も黒ではなくて柔らかなミルクティー色だ。生きている人間には間違いない。
ただ気になるとすれば印象的な黒い瞳は珍しい。
「…馬車に同乗していたのは、パッキア卿の縁戚の青年だったよ。なんでも薬草の研究をしているらしくて、パッキア卿の所に滞在しているらしい。確か、リアンとか言う名前だったかな。
ちょっと他では見ない華奢な雰囲気の青年だった。18歳だと言っていたが、もっと若く見えた。」
ルキアスが盃を一気に傾けるのを眺めながら、私はあまり彼のことをルキアスに話したくないと感じていた。けれどももしかしたら王宮薬草園に顔を出すかもしれない。
やはりその旨は言っておくべきだそうか。
「私はエルフ達と親しく交流する青年に、王宮薬草園へ遊びに来てはどうかと言ったら随分喜んでいたよ。実際その時は思いつきだったが、今考えると彼を介してエルフ達ともっと近づけるかもしれないから、良い提案だっただろう?」
ルキアスは口元を手の甲で拭いながら、ぼんやりした表情で呟いた。
「リアンか…。分かった。お前に任せるよ。時間をとらせて悪かったな。…私はもう休む。」
そう言うとソファから立ち上がって、団欒室から出て行った。
私はまだ残っている手元の盃をゆっくり喉に流し込みながら、リアンが王宮の薬草園に来る日には是非案内しようと思っていた。私の失言を面白がって可愛いらしくクスクス笑う彼に、単純にもう一度会いたかった。
それに縁戚と言えども、パッキア卿が随分気にかけていたから、随分可愛がられているのだろう。
この国の大事な薬草を一手に生産、流通させている卿の機嫌を損ねない様にしなければなと思いながら、私は口元に笑みが浮かぶのを自覚していた。
楽しみだ。本当に。
私の部下は帰らせたので、飲みながら報告を聞きたいのかもしれない。
「はぁ、疲れたな。最近妙に忙しくて困る。父王があれもこれも仕事を押し付けてくるが、まだあの方も引退するのには若過ぎないか?
…アンディ、ここは私室の様なものだから、畏まらなくて良いぞ。堅苦しい会話では酒が不味くなる。」
そう言ってルキアスは従者に二人分の酒を用意させたので、私達は盃を掲げた。兄上と飲むのは久しぶりだ。
自分の父上なのに、ルキアスが妙に冷めた言い方をするのは昔からだ。私には逃れられない皇太子としての、ささやかな抵抗の様に見える。
私はどこまでルキアスに話をするべきか考えていたせいで、すっかり日数が経ってしまった事を言い訳出来ずに、咳払いひとつで誤魔化すことにした。
「早速だけど、エルフの馬車を襲撃した件についてはしっかり謝罪しておいたよ。いくらこの国の人間では無いとしても、起きた事は言い訳のしようがないからね。
エルフの戦士がかなりの手練だったおかげで、損害や怪我など無かったけれど、商人のエンリケだけだったら大変なことになっていたはずだ。これからは、同じ事が起きない様に何か対策を考えないといけないかもしれない。」
ルキアスは額に指先を押し当てて考え込んでいたが、不意に顔を上げて私を見つめた。
「その捉えた者達は一体どこの出身だったのだ?いくら余所者と言えども、エルフの戦士が御している、見るからにエルフの乗った馬車をわざわざ襲ったりするものだろうか。何か別の意図があったとかそう言うことだったのではないのか?」
さすがに兄ながら皇太子は鋭い。目端が効くと言うのはこう言う事を言うのだろう。
「我々もその点については疑問に思った。捉えた三人はエルフの戦士には打ち負かされたが、単なる盗賊の様な輩という感じでも無かったんだ。今どこの国の出身か調べている最中だ。
エルフだと知って襲撃したとすれば、何が目的だろう。エルフの国がこの国以外とは協定を結んでいないと言うのは関係があると思うか?」
私がそう尋ねると、ルキアスは盃を煽って顔を顰めた。
「確かに近隣の国は、我が国がエルフの国との利益を独占している様に思っている。実際その様に仄めかされる事もあるからな。だが、それはエルフとの関係を作れないあちら側の話で、我が国の問題ではないだろうに。
我が国も長い時間をかけてエルフとの友好な関係を築いて来たんだ。彼らの寿命は我々の二倍、いや、三倍ほどだ。この寿命の差は、友好関係を続けるのを難しくする。だから今の状況は代々の王家の努力の賜物なのだ。
しかも人間の国同士なら婚姻などで友好関係を結ぶのは簡単だが、エルフと人間はその方法が使えないだろう?」
最後の言葉は冗談だったのか、ルキアスはニヤリと笑って機嫌良く盃を傾けた。私は釣られて笑いながら、同時にエルフと婚姻が出来ないのは何故だろうと思った。
するとルキアスが私の心を読んだ様に、話を続けた。
「彼らは排他的だ。人間とは最低限しか交流しようとしない。今のところその考えを変える気配はないな。我々の事を完全には信用していないのだろう。…今回の様な事が起きたら、ますますそうだろう。
襲撃者と我々は違う国民だが、彼等にとっては同じ人間だからな。」
私達は黙って盃を見つめた。まったく今までの努力を泡にする様な事を奴らはしでかしてくれたのだ。やはり今後はエルフの馬車には護衛の騎士をつける必要があるのかもしれない。
私がそんな風に考えていると、ルキアスが顔を上げて私に言った。
「そう言えば謎の同乗者は何者だったのか分かったか?」
私はドキリとして、ルキアスの顔を見た。あれから私は数年前にエルフの森の結界で会った嘆きのマダーに似た、パッキア卿の縁戚の青年の事を考えていた。
どう考えてもマダーでは無い事は確かだし、あの青年も雰囲気が似てるだけで、髪色も黒ではなくて柔らかなミルクティー色だ。生きている人間には間違いない。
ただ気になるとすれば印象的な黒い瞳は珍しい。
「…馬車に同乗していたのは、パッキア卿の縁戚の青年だったよ。なんでも薬草の研究をしているらしくて、パッキア卿の所に滞在しているらしい。確か、リアンとか言う名前だったかな。
ちょっと他では見ない華奢な雰囲気の青年だった。18歳だと言っていたが、もっと若く見えた。」
ルキアスが盃を一気に傾けるのを眺めながら、私はあまり彼のことをルキアスに話したくないと感じていた。けれどももしかしたら王宮薬草園に顔を出すかもしれない。
やはりその旨は言っておくべきだそうか。
「私はエルフ達と親しく交流する青年に、王宮薬草園へ遊びに来てはどうかと言ったら随分喜んでいたよ。実際その時は思いつきだったが、今考えると彼を介してエルフ達ともっと近づけるかもしれないから、良い提案だっただろう?」
ルキアスは口元を手の甲で拭いながら、ぼんやりした表情で呟いた。
「リアンか…。分かった。お前に任せるよ。時間をとらせて悪かったな。…私はもう休む。」
そう言うとソファから立ち上がって、団欒室から出て行った。
私はまだ残っている手元の盃をゆっくり喉に流し込みながら、リアンが王宮の薬草園に来る日には是非案内しようと思っていた。私の失言を面白がって可愛いらしくクスクス笑う彼に、単純にもう一度会いたかった。
それに縁戚と言えども、パッキア卿が随分気にかけていたから、随分可愛がられているのだろう。
この国の大事な薬草を一手に生産、流通させている卿の機嫌を損ねない様にしなければなと思いながら、私は口元に笑みが浮かぶのを自覚していた。
楽しみだ。本当に。
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