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接近

皇太子ルキアスside報告

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 「そう言えば、アンディからエルフの馬車の件の報告が上がって来ないが、まだ謝罪に行ってないのか?」

筆頭従者のベルンムドに今日最後の書類を渡しながら尋ねると、ベルンムドは一瞬の間の後、書類箱にそれを入れながら答えた。

「いえ、確か数日前に行った筈です。そう言えばまだ詳細の報告が有りませんね。アンディ殿下の従者に確認してみましょう。」

私はエルフ達との関係が拗れてないと良いがと思いつつ、彼らは穏やかな一方でかたくなで排他的な一面がある事も十分承知していた。

このメッツァ王国が一番の友好的な隣国にも関わらず、限定された数えるほどのエルフの者達しか関わっていない事からもそれは察せられる。こちらとしてはもう少し交流を深めたいと、父王から働き掛けているものの今ひとつ進捗は無い。


 「まぁ、アンディも国内のあちこちの警備隊へ顔をまめに出している様子だからな。忙しいのだろう。だがこの件に関しては直接話が聞きたいから、その旨伝えておいてくれ。」

私が書類仕事で凝った身体を伸ばして大きく息を吐き出すと、ベルンムドが私をチラッと見て言った。

「これからお時間を取って有りますから、馬場で身体を解されてはいかがですか?座ってばかりでは効率も落ちますから。」

提案の様な言い方をしながらベルンムドは私がそうするまで煩く言うのを予想して、私は片眉を上げて立ち上がった。

「…そうしよう。剣の鍛錬は早朝出来ても、ここの所忙しくて確かに馬にも乗れていない。馬場に行くぞ。」


 騎士服に身支度を整えて馬場へと従者や護衛を従えて向かうと、先客がいた。

「アンディ、なんだ王宮に居たのか。」

アンディ達が丁度馬丁と話をしていた。アンディは私を見ると馬を預けて、笑顔を見せながらこちらにやって来た。

「皇太子!馬場でお会いするとは珍しいですね。仕事が一区切りついたのですか。」

私は顔を顰めて肩をすくめた。

「一区切りつくのを待ってたら、ここになど来れやしないがな。たまには愛馬に乗らないと忘れられてしまう。」


 馬丁が私の方に向かって美しい黒い馬を引いてくるのを眺めながら、そう言って革の手袋をはめた。

それから、愛馬の顔を撫でながらアンディに尋ねた。

「そう言えばエルフの馬車の件の報告はまだか?謝罪に行ってくれたんだろう?同乗者の件も気になるし、後で話を聞かせてくれ。」

馬丁が押さえている間に愛馬に乗り込むと、いつもなら報告が遅れた時に言い訳をするアンディが、何も言わずに考え込んでいるのを見下ろして妙な違和感を持った。

何だ?アンディがあんな反応をするのは珍しい。


 「皇太子、夕食後お時間を頂けますか?その際にエルフの件をご報告いたしますから。」

私はアンディに了解して従者に頷くと、手綱を取って愛馬と馬場の外へと向かわせた。後ろからアンディの視線を感じながら、今夜の報告が一体どう言うものになるのだろうかと思いを巡らせた。

後ろから着いてくる護衛らの馬の蹄の音を耳にして意識を戻すと、馬上で余計な事を考えたら危険だと、愛馬の首を手のひらで叩いて胴に軽く合図した。


 段々とスピードを上げていく愛馬の、地面に吸い込まれる蹄の音に、私は胸の鼓動を共鳴させた。人馬一体になるこの瞬間はいつも興奮と心地良い癒しを感じる。

暫く無心で駆け抜けていた私は、スピードを緩めて敷地の小川へと足を向けた。この穏やかな緑が目に優しい場所は私のお気に入りだった。馬から降りて水を飲む様子を岩に腰掛けて眺めながら、私はぼんやりと空っぽな気持ちでその空気を楽しんだ。

皇太子という立場は常に期待や関心の眼差しに纏わりつかれる。数年前よりはほとんど気にならない言えばそうだが、こんな場所に来るとそれでも普段は気を張っているのを自覚する。


 私が皇太子と言う重責に心が不安定になって、ささくれ立つ気持ちが鎮まらなかった当時、私を癒してくれたのは間違いなく満月の幻だった。私は自重気味に口元を歪めた。あの時は本物だと思っていたが、今となっては自分の生み出した幻想だと考えていた。

それだけ私は追い詰められていたのだろう。だから、二度と幻想が見れなくなったのも当然と言えばそうだったのだ。

それをまだ子供だった私は幻に対して恨んだり、悲しんだり、一人遊びという様な情緒不安定な状況に陥った。けれどもあのやるせない怒りが、私を成長させたのは確かだった。

 
 とは言えそれ以来どんな相手と睦み合おうが、表面上取り繕うことはできても、まるで心を動かされないのは我ながら終わっている。いや、皇太子としては相応しい心持ちなのかもしれない。

いずれ国のためになる政略的婚姻を結ぶのに、心など無い方が良いのだから。

騎士達の馬も水分補給が終わったのを見て、私は立ち上がると護衛の騎士に合図して言った。

「さぁ、戻ろう。束の間の休息は終了だ。」




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