エルフの国の取り替えっ子は、運命に気づかない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

文字の大きさ
上 下
28 / 49
接近

皇太子ルキアスside報告

しおりを挟む
 「そう言えば、アンディからエルフの馬車の件の報告が上がって来ないが、まだ謝罪に行ってないのか?」

筆頭従者のベルンムドに今日最後の書類を渡しながら尋ねると、ベルンムドは一瞬の間の後、書類箱にそれを入れながら答えた。

「いえ、確か数日前に行った筈です。そう言えばまだ詳細の報告が有りませんね。アンディ殿下の従者に確認してみましょう。」

私はエルフ達との関係が拗れてないと良いがと思いつつ、彼らは穏やかな一方でかたくなで排他的な一面がある事も十分承知していた。

このメッツァ王国が一番の友好的な隣国にも関わらず、限定された数えるほどのエルフの者達しか関わっていない事からもそれは察せられる。こちらとしてはもう少し交流を深めたいと、父王から働き掛けているものの今ひとつ進捗は無い。


 「まぁ、アンディも国内のあちこちの警備隊へ顔をまめに出している様子だからな。忙しいのだろう。だがこの件に関しては直接話が聞きたいから、その旨伝えておいてくれ。」

私が書類仕事で凝った身体を伸ばして大きく息を吐き出すと、ベルンムドが私をチラッと見て言った。

「これからお時間を取って有りますから、馬場で身体を解されてはいかがですか?座ってばかりでは効率も落ちますから。」

提案の様な言い方をしながらベルンムドは私がそうするまで煩く言うのを予想して、私は片眉を上げて立ち上がった。

「…そうしよう。剣の鍛錬は早朝出来ても、ここの所忙しくて確かに馬にも乗れていない。馬場に行くぞ。」


 騎士服に身支度を整えて馬場へと従者や護衛を従えて向かうと、先客がいた。

「アンディ、なんだ王宮に居たのか。」

アンディ達が丁度馬丁と話をしていた。アンディは私を見ると馬を預けて、笑顔を見せながらこちらにやって来た。

「皇太子!馬場でお会いするとは珍しいですね。仕事が一区切りついたのですか。」

私は顔を顰めて肩をすくめた。

「一区切りつくのを待ってたら、ここになど来れやしないがな。たまには愛馬に乗らないと忘れられてしまう。」


 馬丁が私の方に向かって美しい黒い馬を引いてくるのを眺めながら、そう言って革の手袋をはめた。

それから、愛馬の顔を撫でながらアンディに尋ねた。

「そう言えばエルフの馬車の件の報告はまだか?謝罪に行ってくれたんだろう?同乗者の件も気になるし、後で話を聞かせてくれ。」

馬丁が押さえている間に愛馬に乗り込むと、いつもなら報告が遅れた時に言い訳をするアンディが、何も言わずに考え込んでいるのを見下ろして妙な違和感を持った。

何だ?アンディがあんな反応をするのは珍しい。


 「皇太子、夕食後お時間を頂けますか?その際にエルフの件をご報告いたしますから。」

私はアンディに了解して従者に頷くと、手綱を取って愛馬と馬場の外へと向かわせた。後ろからアンディの視線を感じながら、今夜の報告が一体どう言うものになるのだろうかと思いを巡らせた。

後ろから着いてくる護衛らの馬の蹄の音を耳にして意識を戻すと、馬上で余計な事を考えたら危険だと、愛馬の首を手のひらで叩いて胴に軽く合図した。


 段々とスピードを上げていく愛馬の、地面に吸い込まれる蹄の音に、私は胸の鼓動を共鳴させた。人馬一体になるこの瞬間はいつも興奮と心地良い癒しを感じる。

暫く無心で駆け抜けていた私は、スピードを緩めて敷地の小川へと足を向けた。この穏やかな緑が目に優しい場所は私のお気に入りだった。馬から降りて水を飲む様子を岩に腰掛けて眺めながら、私はぼんやりと空っぽな気持ちでその空気を楽しんだ。

皇太子という立場は常に期待や関心の眼差しに纏わりつかれる。数年前よりはほとんど気にならない言えばそうだが、こんな場所に来るとそれでも普段は気を張っているのを自覚する。


 私が皇太子と言う重責に心が不安定になって、ささくれ立つ気持ちが鎮まらなかった当時、私を癒してくれたのは間違いなく満月の幻だった。私は自重気味に口元を歪めた。あの時は本物だと思っていたが、今となっては自分の生み出した幻想だと考えていた。

それだけ私は追い詰められていたのだろう。だから、二度と幻想が見れなくなったのも当然と言えばそうだったのだ。

それをまだ子供だった私は幻に対して恨んだり、悲しんだり、一人遊びという様な情緒不安定な状況に陥った。けれどもあのやるせない怒りが、私を成長させたのは確かだった。

 
 とは言えそれ以来どんな相手と睦み合おうが、表面上取り繕うことはできても、まるで心を動かされないのは我ながら終わっている。いや、皇太子としては相応しい心持ちなのかもしれない。

いずれ国のためになる政略的婚姻を結ぶのに、心など無い方が良いのだから。

騎士達の馬も水分補給が終わったのを見て、私は立ち上がると護衛の騎士に合図して言った。

「さぁ、戻ろう。束の間の休息は終了だ。」




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...