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人間の国
第二王子の動揺
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殿下が僕を死霊の嘆きのマダーだなんて言うから、応接の空気がなんとも言えないものになってしまった。眉を顰めるエンリケさん達や、驚いた表情のガイガーさん達。そして動揺を隠せない殿下のお付きの騎士達。
そんな空気を破ったのは僕に抱っこされてるロウルだった。
「りあん、なげちのま、まだぁって、なに?」
そんなロウルの言葉にハッと我に返った殿下が、周囲を見回して咳払いすると言い訳めいた事を言いながら椅子に座り直した。
「おほん、…すまない。妙な事を言ってしまったね。ちょっと知り合いに似てたものだから、驚いてしまった。」
部屋の空気がまた微妙なものになってしまった。殿下が死霊のマダーと知り合いだとか、どう考えたらいいんだろう。僕は笑いを堪えながら顰めっ面をしてるお付きの騎士を見つめた。
困った様子の年嵩の騎士が何やら殿下に耳打ちすると、殿下はもう一度ハッとした様にガイガーさん達の方を向いて言葉を濁した。
「いや、以前見かけた相手によく似てる気がしたんだ。すまない、忘れてくれ。」
暗に以前死霊のマダーに会ったと言う、驚く様な発言を繰り返す殿下を見つめていると、僕をじっと見つめ返して来る殿下の眼差しの強さに僕は首を傾げた。
僕と殿下が会ったことがあるってこと?僕に覚えなどない。記憶のうちには。
色々考える間もなく、執事に耳打ちされて咳払いしたガイガーさんが殿下に僕を紹介した。
「アンディ殿下、こちらは私の縁戚のリアン…です。薬草の研究のためにしばらく滞在する予定です。ロウル、…リアンと遊んで貰ったのか?アービン、ロウルをあちらに連れて行ってやりなさい。」
この場から追い出される事に一瞬不満げな表情を浮かべたアービンは、それでも父親の視線に抗えずに渋々立ち上がると、僕に手を振るロウルを連れて部屋から出て行った。
僕も何気なく一緒に出てしまおうとしたところで背中に声が掛かった。
「君、リアンだったかな。是非君の話も聞きたいね。」
アンディ殿下の引き留める言葉に無視する事も出来ずに、僕はのろのろと執事に示されたアービンの座っていた場所へと腰を掛けた。すかさず新しいお茶が目の前に差し出されて、僕は喉が渇いていたのを自覚してひと口飲んだ。
ひと心地ついて微笑むと、部屋の空気がおかしい。僕が戸惑って周囲を見回すと、どうしていいか判らない表情を浮かべたエンリケさんと目が合った。エンリケさんが視線を殿下の方に向けたので、さっきから見られてるのが気のせいでは無かったとため息をつきながら、もう一度カップに目を落とした。
「リアン?君は薬草の研究をするとの事だが、それにしては随分と若く見えるね。」
いきなり殿下に話しかけられて、僕はしぶしぶ顔を上げて温かみのある暗い海色の瞳を見つめた。
「僕は18歳なので、研究のために一人で家元を離れてこちらにお世話になってます。エルフ族のエンリケさんは薬草に詳しいので、載せてもらった馬車で色々話が聞けて有意義でした。」
どうせ僕が馬車に乗った事も把握されているのだろうと、僕は先手を打つ事にした。殿下は隣に座った年嵩の騎士とヒソヒソと話をすると、ガイガーさんに顔を向けて言った。
「先日のエルフの馬車の襲撃の際、同乗者の報告があがったのは彼だったのか。…しかし随分若く見える。いやすまない。馬鹿にして言っているわけでは無いのだ。18歳やそこらでエルフのエンリケ殿と話をするほどに薬草の研究をしているとは、さぞかし優秀なのだね?
パッキア卿は能力の無い者に厳しいと有名だからね。縁戚と言えどもそれは同様だろう。」
ん?何だか状況がおかしい。尋問の様な様相を見せ始めた殿下の怒涛の追撃に、僕は助けを求めてガイガーさんを見つめた。ガイガーさんは殿下の方を何を考えているのか判らない表情で見つめて穏やかに言った。
「そうですね。さしずめ私の縁戚ならではの優秀さでしょう。ですがリアンはここに来たばかりで、これからの人物です。…アンディ殿下にその様に畳み掛けられては恐縮してしまいますね。」
ガイガーさんが暗に僕に構うなと殿下にメッセージを送ってくれたので、僕はこれでお終いかと気を抜いた。するとそんな空気を察してなのかどうなのか、殿下が僕に作り笑いを浮かべて言った。
「…それほど優秀なら、一度王宮の薬草園の方にも顔をだしてみるかい?あそこにしか無い特別な薬草があるけれど、興味はあるかな。」
殿下にそんな甘い飴を差し出されて、飛びつかない僕では無かった。僕は目を見開いてめちゃくちゃ笑顔で『お願いします』と返事をしてしまっていたのだから。
エンリケさんやガイガーさん達の強張った顔を見て失敗したと思ったのも束の間で、アンディ殿下はやおら立ち上がると、釣られて立ち上がった僕らを見回して言った。
「今回の件は今後二度と無い様に私の方でも対策を考えよう。エルフの国の方々には迷惑を掛けて申し訳なかった。…それでは有意義な時間は過ぎるのも早いようだ。私は王宮に帰らねばならないからね。案外忙しい身なのだよ。
…リアン、では近いうちに遣いをよこすから、是非王宮の薬草園の感想を聞かせて貰えると嬉しい。
騒がせたね。では私はこれで。」
そう言うと踵を返して執事の案内で応接を出て行った。もちろん僕らもゾロゾロと見送りのために後に続いた。そして馬に乗り込んだ殿下が馬上から僕らに手を挙げるとさっさと行ってしまった。
僕は丁度足元に来たロウルを抱き上げていたので気づかなかったが、後からエンリケさんに殿下に目をつけられた様ですと忠告を受けてしまった。
でも僕に逃れる手なんて無かったよね?人間の国の王宮の薬草園に行かないなんてあり得ないでしょ?
そんな空気を破ったのは僕に抱っこされてるロウルだった。
「りあん、なげちのま、まだぁって、なに?」
そんなロウルの言葉にハッと我に返った殿下が、周囲を見回して咳払いすると言い訳めいた事を言いながら椅子に座り直した。
「おほん、…すまない。妙な事を言ってしまったね。ちょっと知り合いに似てたものだから、驚いてしまった。」
部屋の空気がまた微妙なものになってしまった。殿下が死霊のマダーと知り合いだとか、どう考えたらいいんだろう。僕は笑いを堪えながら顰めっ面をしてるお付きの騎士を見つめた。
困った様子の年嵩の騎士が何やら殿下に耳打ちすると、殿下はもう一度ハッとした様にガイガーさん達の方を向いて言葉を濁した。
「いや、以前見かけた相手によく似てる気がしたんだ。すまない、忘れてくれ。」
暗に以前死霊のマダーに会ったと言う、驚く様な発言を繰り返す殿下を見つめていると、僕をじっと見つめ返して来る殿下の眼差しの強さに僕は首を傾げた。
僕と殿下が会ったことがあるってこと?僕に覚えなどない。記憶のうちには。
色々考える間もなく、執事に耳打ちされて咳払いしたガイガーさんが殿下に僕を紹介した。
「アンディ殿下、こちらは私の縁戚のリアン…です。薬草の研究のためにしばらく滞在する予定です。ロウル、…リアンと遊んで貰ったのか?アービン、ロウルをあちらに連れて行ってやりなさい。」
この場から追い出される事に一瞬不満げな表情を浮かべたアービンは、それでも父親の視線に抗えずに渋々立ち上がると、僕に手を振るロウルを連れて部屋から出て行った。
僕も何気なく一緒に出てしまおうとしたところで背中に声が掛かった。
「君、リアンだったかな。是非君の話も聞きたいね。」
アンディ殿下の引き留める言葉に無視する事も出来ずに、僕はのろのろと執事に示されたアービンの座っていた場所へと腰を掛けた。すかさず新しいお茶が目の前に差し出されて、僕は喉が渇いていたのを自覚してひと口飲んだ。
ひと心地ついて微笑むと、部屋の空気がおかしい。僕が戸惑って周囲を見回すと、どうしていいか判らない表情を浮かべたエンリケさんと目が合った。エンリケさんが視線を殿下の方に向けたので、さっきから見られてるのが気のせいでは無かったとため息をつきながら、もう一度カップに目を落とした。
「リアン?君は薬草の研究をするとの事だが、それにしては随分と若く見えるね。」
いきなり殿下に話しかけられて、僕はしぶしぶ顔を上げて温かみのある暗い海色の瞳を見つめた。
「僕は18歳なので、研究のために一人で家元を離れてこちらにお世話になってます。エルフ族のエンリケさんは薬草に詳しいので、載せてもらった馬車で色々話が聞けて有意義でした。」
どうせ僕が馬車に乗った事も把握されているのだろうと、僕は先手を打つ事にした。殿下は隣に座った年嵩の騎士とヒソヒソと話をすると、ガイガーさんに顔を向けて言った。
「先日のエルフの馬車の襲撃の際、同乗者の報告があがったのは彼だったのか。…しかし随分若く見える。いやすまない。馬鹿にして言っているわけでは無いのだ。18歳やそこらでエルフのエンリケ殿と話をするほどに薬草の研究をしているとは、さぞかし優秀なのだね?
パッキア卿は能力の無い者に厳しいと有名だからね。縁戚と言えどもそれは同様だろう。」
ん?何だか状況がおかしい。尋問の様な様相を見せ始めた殿下の怒涛の追撃に、僕は助けを求めてガイガーさんを見つめた。ガイガーさんは殿下の方を何を考えているのか判らない表情で見つめて穏やかに言った。
「そうですね。さしずめ私の縁戚ならではの優秀さでしょう。ですがリアンはここに来たばかりで、これからの人物です。…アンディ殿下にその様に畳み掛けられては恐縮してしまいますね。」
ガイガーさんが暗に僕に構うなと殿下にメッセージを送ってくれたので、僕はこれでお終いかと気を抜いた。するとそんな空気を察してなのかどうなのか、殿下が僕に作り笑いを浮かべて言った。
「…それほど優秀なら、一度王宮の薬草園の方にも顔をだしてみるかい?あそこにしか無い特別な薬草があるけれど、興味はあるかな。」
殿下にそんな甘い飴を差し出されて、飛びつかない僕では無かった。僕は目を見開いてめちゃくちゃ笑顔で『お願いします』と返事をしてしまっていたのだから。
エンリケさんやガイガーさん達の強張った顔を見て失敗したと思ったのも束の間で、アンディ殿下はやおら立ち上がると、釣られて立ち上がった僕らを見回して言った。
「今回の件は今後二度と無い様に私の方でも対策を考えよう。エルフの国の方々には迷惑を掛けて申し訳なかった。…それでは有意義な時間は過ぎるのも早いようだ。私は王宮に帰らねばならないからね。案外忙しい身なのだよ。
…リアン、では近いうちに遣いをよこすから、是非王宮の薬草園の感想を聞かせて貰えると嬉しい。
騒がせたね。では私はこれで。」
そう言うと踵を返して執事の案内で応接を出て行った。もちろん僕らもゾロゾロと見送りのために後に続いた。そして馬に乗り込んだ殿下が馬上から僕らに手を挙げるとさっさと行ってしまった。
僕は丁度足元に来たロウルを抱き上げていたので気づかなかったが、後からエンリケさんに殿下に目をつけられた様ですと忠告を受けてしまった。
でも僕に逃れる手なんて無かったよね?人間の国の王宮の薬草園に行かないなんてあり得ないでしょ?
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