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人間の国
誰が来る?
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朝目覚めて、僕は鏡の中の見慣れない自分の髪を撫でた。何だか自分じゃないみたいで笑いが込み上げて来る。結局夫人の手配で髪を染めた僕は、ミルクティー色の明るい髪色を手に入れた。
とんでもない色にならなくて良かったと、夫人や侍女達と顔を見合わせたのも楽しかった。けれどエンリケさんが手に入れてくれた手持ちの服を見た夫人が、首を振って言った。
「申し訳ないですけど、マグノリアン様にはこちらは似合いませんわ。もう少し品のあるものじゃないと…。」
僕は預かり先である夫人の機嫌を損ねたくはなかったので、言われるがまま用意してくれた服を着ることになった。母上の用意してくれた衣装よりは人間っぽいけれど、そこら辺を歩くには華美な気がする。
慣れてくれば夫人も見逃してくれるだろうと、僕は素直に服を受け取って今着ている。
エルフの国の服より少し首が詰まっていて堅苦しい衣装だけど、柔らかなクリーム色のシャツと仕立ての良いカッチリとした濃灰色の短か丈のズボンを身につけると、案外大人びて見えた。
編み上げの黒い革のブーツを履くと、更に引き締まって背も高く見えるので思わずニンマリした。悪くない。悪くないどころか、かなり良い感じだ。
黒い瞳は誤魔化しようがないけれど、髪色が明るいせいで黒髪よりは目立たないだろう。僕は左手首の緑色の革の腕輪をそっと撫でた。
記憶はないけれど、15歳の誕生日にヴァルに贈られたらしいこの腕輪は三年着けているせいで付け無いと何だか物足りない。特にこんな新しい経験が満載の時は心の拠り所になる。
とは言え三年経つので、編み込んである部分が弱くなっているから切れるかもしれないとヴァルが気にしていたっけ。新しいものを贈りたがったヴァルに、そうして欲しいと言えなかった僕は、自分でも理由は分からないんだ。
僕は無意識に耳たぶに手を触れて、ここにも本当は何かあったのでは無いのかなと鏡の中の自分に問いかけた。けれどその答えはいつも返ってこない。
兄上達から耳飾りを贈ろうかと問われる度に、なぜかいつも首を振ってしまうのは自分でも無意識だった。僕自身の事なのに、別の自分が返事をしている様で、僕は失くした記憶を取り戻すべきなのでは無いかと時々考えてしまっていた。
不意に部屋の扉をノックされて、物思いから引き戻された僕は扉へと歩み寄った。
「まぐろりあんさま、きてくだしゃ…!」
アービンと一緒にロウルが僕を迎えに来てくれた様だった。僕が扉を開けると目を丸くした二人が僕をじっと見つめた。
「マグノリアン様!一体その髪はどうしたんですか!」
そう言えば髪色を変えてから彼らには会っていなかったと思い出して、僕はにっこり笑って指先で髪を耳に掛けて言った。
「ちょっと遊んでみたんだ。どうかな、おかしくない?」
二人はおかしく無いと言ってくれたけど、ちょっとびっくりしちゃったみたいだ。二人と朝食に向かいながら、僕は屋敷の中が妙に慌ただしいと言うか、殺気立っているのを感じた。
「…何かあるのかな。何か聞いてる?」
僕がそう尋ねると、ロウルが張り切って答えた。
「ぼく、ちらないよ!」
僕はロウルの自信満々な答えにクスクス笑ってアービンを見た。
「俺も聞いてないんです。ただ、執事がかなり神経質になっているので大事なお客様がいらっしゃるのではないかと。マグノリアン様がいらっしゃる前もこんな感じでしたから。
両親にはまだ今朝会ってないので分からないんです。」
丁度その時食堂にパッキア夫妻が現れた。二人とも何か真剣に話しをしている。僕らが揃っているのを見ると、ハッとした様に顔を見合わせて席についた。
食事が運ばれて来ると、ガイガーさんが僕に何か言いたげな視線をよこした。けれども食べ終わるまでは言うつもりがない様で、僕らは妙な緊張感の中急いで食事を終えたんだ。
「マグノリアン様、お話があるので一緒に書斎へ同行願えますかな?エンリケさん達は早朝から農園へ向かってしまったので、後で結果を伝える予定です。ロウルとアービンは母上から話を聞きなさい。」
それだけ言うと、先に立って歩き出した。僕は何か問題が起きたのだと理解して、ドキドキしながらガイガーさんの書斎へと一緒に入った。後からついてきた執事も昨日と打って変わって緊張感を増していたので、どんな事を言われるのかとますます鼓動を速くした。
「実は昨夜速馬が来て、今日の昼に特別な来訪者が来る事が伝えられました。昨日、貴方の馬車が無法者に襲われた事を重視した王宮が、その件についてお見舞いをしたいと言ってきたのです。
確かにエルフの国とこの国が特別な協定を結んでいる中で、昨日の様な事はあってはならない事ですが、私にはそれ以上の何か意図がある気がするんです。
なぜなら第二王子が直接お見舞いにいらっしゃるとの事なのです。王族自ら足を運ぶなど少し考えられません。まさかマグノリアン様の事が洩れたとは考えられませんが…。」
僕は思わずギョッとしてしまった。エルフの王族である僕がここにいる事は内緒にしなければならない筈だ。僕はまだ外交に顔を出した事が無いので、彼らは僕とは面識はないけれど、下手に王子に知られたら領主であるガイガーさんの立場は悪くなるのではないかな。
僕は眉を顰めて言った。
「僕の事は内緒にしましょう。これは王家同士の話とは無関係の話ですから。僕の見かけならなおのこと秘密にできるでしょう?幸いエルフの国の第三王子の僕の事は外交上、何も情報が出てない筈ですから。
僕は基本姿を見せないつもりですが、もし見られたらガイガーさんの縁戚から預かった事にしてはどうでしょう。」
困り顔のガイガーさんは渋々頷いたけど、そんな事で誤魔化せるかどうか怪しんでいるみたいだった。僕は今こそ前世らしい記憶を頼りに人間の演技力が試されるって、ちょっとワクワクしちゃったけどね?
とんでもない色にならなくて良かったと、夫人や侍女達と顔を見合わせたのも楽しかった。けれどエンリケさんが手に入れてくれた手持ちの服を見た夫人が、首を振って言った。
「申し訳ないですけど、マグノリアン様にはこちらは似合いませんわ。もう少し品のあるものじゃないと…。」
僕は預かり先である夫人の機嫌を損ねたくはなかったので、言われるがまま用意してくれた服を着ることになった。母上の用意してくれた衣装よりは人間っぽいけれど、そこら辺を歩くには華美な気がする。
慣れてくれば夫人も見逃してくれるだろうと、僕は素直に服を受け取って今着ている。
エルフの国の服より少し首が詰まっていて堅苦しい衣装だけど、柔らかなクリーム色のシャツと仕立ての良いカッチリとした濃灰色の短か丈のズボンを身につけると、案外大人びて見えた。
編み上げの黒い革のブーツを履くと、更に引き締まって背も高く見えるので思わずニンマリした。悪くない。悪くないどころか、かなり良い感じだ。
黒い瞳は誤魔化しようがないけれど、髪色が明るいせいで黒髪よりは目立たないだろう。僕は左手首の緑色の革の腕輪をそっと撫でた。
記憶はないけれど、15歳の誕生日にヴァルに贈られたらしいこの腕輪は三年着けているせいで付け無いと何だか物足りない。特にこんな新しい経験が満載の時は心の拠り所になる。
とは言え三年経つので、編み込んである部分が弱くなっているから切れるかもしれないとヴァルが気にしていたっけ。新しいものを贈りたがったヴァルに、そうして欲しいと言えなかった僕は、自分でも理由は分からないんだ。
僕は無意識に耳たぶに手を触れて、ここにも本当は何かあったのでは無いのかなと鏡の中の自分に問いかけた。けれどその答えはいつも返ってこない。
兄上達から耳飾りを贈ろうかと問われる度に、なぜかいつも首を振ってしまうのは自分でも無意識だった。僕自身の事なのに、別の自分が返事をしている様で、僕は失くした記憶を取り戻すべきなのでは無いかと時々考えてしまっていた。
不意に部屋の扉をノックされて、物思いから引き戻された僕は扉へと歩み寄った。
「まぐろりあんさま、きてくだしゃ…!」
アービンと一緒にロウルが僕を迎えに来てくれた様だった。僕が扉を開けると目を丸くした二人が僕をじっと見つめた。
「マグノリアン様!一体その髪はどうしたんですか!」
そう言えば髪色を変えてから彼らには会っていなかったと思い出して、僕はにっこり笑って指先で髪を耳に掛けて言った。
「ちょっと遊んでみたんだ。どうかな、おかしくない?」
二人はおかしく無いと言ってくれたけど、ちょっとびっくりしちゃったみたいだ。二人と朝食に向かいながら、僕は屋敷の中が妙に慌ただしいと言うか、殺気立っているのを感じた。
「…何かあるのかな。何か聞いてる?」
僕がそう尋ねると、ロウルが張り切って答えた。
「ぼく、ちらないよ!」
僕はロウルの自信満々な答えにクスクス笑ってアービンを見た。
「俺も聞いてないんです。ただ、執事がかなり神経質になっているので大事なお客様がいらっしゃるのではないかと。マグノリアン様がいらっしゃる前もこんな感じでしたから。
両親にはまだ今朝会ってないので分からないんです。」
丁度その時食堂にパッキア夫妻が現れた。二人とも何か真剣に話しをしている。僕らが揃っているのを見ると、ハッとした様に顔を見合わせて席についた。
食事が運ばれて来ると、ガイガーさんが僕に何か言いたげな視線をよこした。けれども食べ終わるまでは言うつもりがない様で、僕らは妙な緊張感の中急いで食事を終えたんだ。
「マグノリアン様、お話があるので一緒に書斎へ同行願えますかな?エンリケさん達は早朝から農園へ向かってしまったので、後で結果を伝える予定です。ロウルとアービンは母上から話を聞きなさい。」
それだけ言うと、先に立って歩き出した。僕は何か問題が起きたのだと理解して、ドキドキしながらガイガーさんの書斎へと一緒に入った。後からついてきた執事も昨日と打って変わって緊張感を増していたので、どんな事を言われるのかとますます鼓動を速くした。
「実は昨夜速馬が来て、今日の昼に特別な来訪者が来る事が伝えられました。昨日、貴方の馬車が無法者に襲われた事を重視した王宮が、その件についてお見舞いをしたいと言ってきたのです。
確かにエルフの国とこの国が特別な協定を結んでいる中で、昨日の様な事はあってはならない事ですが、私にはそれ以上の何か意図がある気がするんです。
なぜなら第二王子が直接お見舞いにいらっしゃるとの事なのです。王族自ら足を運ぶなど少し考えられません。まさかマグノリアン様の事が洩れたとは考えられませんが…。」
僕は思わずギョッとしてしまった。エルフの王族である僕がここにいる事は内緒にしなければならない筈だ。僕はまだ外交に顔を出した事が無いので、彼らは僕とは面識はないけれど、下手に王子に知られたら領主であるガイガーさんの立場は悪くなるのではないかな。
僕は眉を顰めて言った。
「僕の事は内緒にしましょう。これは王家同士の話とは無関係の話ですから。僕の見かけならなおのこと秘密にできるでしょう?幸いエルフの国の第三王子の僕の事は外交上、何も情報が出てない筈ですから。
僕は基本姿を見せないつもりですが、もし見られたらガイガーさんの縁戚から預かった事にしてはどうでしょう。」
困り顔のガイガーさんは渋々頷いたけど、そんな事で誤魔化せるかどうか怪しんでいるみたいだった。僕は今こそ前世らしい記憶を頼りに人間の演技力が試されるって、ちょっとワクワクしちゃったけどね?
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