25 / 49
人間の国
誰が来る?
しおりを挟む
朝目覚めて、僕は鏡の中の見慣れない自分の髪を撫でた。何だか自分じゃないみたいで笑いが込み上げて来る。結局夫人の手配で髪を染めた僕は、ミルクティー色の明るい髪色を手に入れた。
とんでもない色にならなくて良かったと、夫人や侍女達と顔を見合わせたのも楽しかった。けれどエンリケさんが手に入れてくれた手持ちの服を見た夫人が、首を振って言った。
「申し訳ないですけど、マグノリアン様にはこちらは似合いませんわ。もう少し品のあるものじゃないと…。」
僕は預かり先である夫人の機嫌を損ねたくはなかったので、言われるがまま用意してくれた服を着ることになった。母上の用意してくれた衣装よりは人間っぽいけれど、そこら辺を歩くには華美な気がする。
慣れてくれば夫人も見逃してくれるだろうと、僕は素直に服を受け取って今着ている。
エルフの国の服より少し首が詰まっていて堅苦しい衣装だけど、柔らかなクリーム色のシャツと仕立ての良いカッチリとした濃灰色の短か丈のズボンを身につけると、案外大人びて見えた。
編み上げの黒い革のブーツを履くと、更に引き締まって背も高く見えるので思わずニンマリした。悪くない。悪くないどころか、かなり良い感じだ。
黒い瞳は誤魔化しようがないけれど、髪色が明るいせいで黒髪よりは目立たないだろう。僕は左手首の緑色の革の腕輪をそっと撫でた。
記憶はないけれど、15歳の誕生日にヴァルに贈られたらしいこの腕輪は三年着けているせいで付け無いと何だか物足りない。特にこんな新しい経験が満載の時は心の拠り所になる。
とは言え三年経つので、編み込んである部分が弱くなっているから切れるかもしれないとヴァルが気にしていたっけ。新しいものを贈りたがったヴァルに、そうして欲しいと言えなかった僕は、自分でも理由は分からないんだ。
僕は無意識に耳たぶに手を触れて、ここにも本当は何かあったのでは無いのかなと鏡の中の自分に問いかけた。けれどその答えはいつも返ってこない。
兄上達から耳飾りを贈ろうかと問われる度に、なぜかいつも首を振ってしまうのは自分でも無意識だった。僕自身の事なのに、別の自分が返事をしている様で、僕は失くした記憶を取り戻すべきなのでは無いかと時々考えてしまっていた。
不意に部屋の扉をノックされて、物思いから引き戻された僕は扉へと歩み寄った。
「まぐろりあんさま、きてくだしゃ…!」
アービンと一緒にロウルが僕を迎えに来てくれた様だった。僕が扉を開けると目を丸くした二人が僕をじっと見つめた。
「マグノリアン様!一体その髪はどうしたんですか!」
そう言えば髪色を変えてから彼らには会っていなかったと思い出して、僕はにっこり笑って指先で髪を耳に掛けて言った。
「ちょっと遊んでみたんだ。どうかな、おかしくない?」
二人はおかしく無いと言ってくれたけど、ちょっとびっくりしちゃったみたいだ。二人と朝食に向かいながら、僕は屋敷の中が妙に慌ただしいと言うか、殺気立っているのを感じた。
「…何かあるのかな。何か聞いてる?」
僕がそう尋ねると、ロウルが張り切って答えた。
「ぼく、ちらないよ!」
僕はロウルの自信満々な答えにクスクス笑ってアービンを見た。
「俺も聞いてないんです。ただ、執事がかなり神経質になっているので大事なお客様がいらっしゃるのではないかと。マグノリアン様がいらっしゃる前もこんな感じでしたから。
両親にはまだ今朝会ってないので分からないんです。」
丁度その時食堂にパッキア夫妻が現れた。二人とも何か真剣に話しをしている。僕らが揃っているのを見ると、ハッとした様に顔を見合わせて席についた。
食事が運ばれて来ると、ガイガーさんが僕に何か言いたげな視線をよこした。けれども食べ終わるまでは言うつもりがない様で、僕らは妙な緊張感の中急いで食事を終えたんだ。
「マグノリアン様、お話があるので一緒に書斎へ同行願えますかな?エンリケさん達は早朝から農園へ向かってしまったので、後で結果を伝える予定です。ロウルとアービンは母上から話を聞きなさい。」
それだけ言うと、先に立って歩き出した。僕は何か問題が起きたのだと理解して、ドキドキしながらガイガーさんの書斎へと一緒に入った。後からついてきた執事も昨日と打って変わって緊張感を増していたので、どんな事を言われるのかとますます鼓動を速くした。
「実は昨夜速馬が来て、今日の昼に特別な来訪者が来る事が伝えられました。昨日、貴方の馬車が無法者に襲われた事を重視した王宮が、その件についてお見舞いをしたいと言ってきたのです。
確かにエルフの国とこの国が特別な協定を結んでいる中で、昨日の様な事はあってはならない事ですが、私にはそれ以上の何か意図がある気がするんです。
なぜなら第二王子が直接お見舞いにいらっしゃるとの事なのです。王族自ら足を運ぶなど少し考えられません。まさかマグノリアン様の事が洩れたとは考えられませんが…。」
僕は思わずギョッとしてしまった。エルフの王族である僕がここにいる事は内緒にしなければならない筈だ。僕はまだ外交に顔を出した事が無いので、彼らは僕とは面識はないけれど、下手に王子に知られたら領主であるガイガーさんの立場は悪くなるのではないかな。
僕は眉を顰めて言った。
「僕の事は内緒にしましょう。これは王家同士の話とは無関係の話ですから。僕の見かけならなおのこと秘密にできるでしょう?幸いエルフの国の第三王子の僕の事は外交上、何も情報が出てない筈ですから。
僕は基本姿を見せないつもりですが、もし見られたらガイガーさんの縁戚から預かった事にしてはどうでしょう。」
困り顔のガイガーさんは渋々頷いたけど、そんな事で誤魔化せるかどうか怪しんでいるみたいだった。僕は今こそ前世らしい記憶を頼りに人間の演技力が試されるって、ちょっとワクワクしちゃったけどね?
とんでもない色にならなくて良かったと、夫人や侍女達と顔を見合わせたのも楽しかった。けれどエンリケさんが手に入れてくれた手持ちの服を見た夫人が、首を振って言った。
「申し訳ないですけど、マグノリアン様にはこちらは似合いませんわ。もう少し品のあるものじゃないと…。」
僕は預かり先である夫人の機嫌を損ねたくはなかったので、言われるがまま用意してくれた服を着ることになった。母上の用意してくれた衣装よりは人間っぽいけれど、そこら辺を歩くには華美な気がする。
慣れてくれば夫人も見逃してくれるだろうと、僕は素直に服を受け取って今着ている。
エルフの国の服より少し首が詰まっていて堅苦しい衣装だけど、柔らかなクリーム色のシャツと仕立ての良いカッチリとした濃灰色の短か丈のズボンを身につけると、案外大人びて見えた。
編み上げの黒い革のブーツを履くと、更に引き締まって背も高く見えるので思わずニンマリした。悪くない。悪くないどころか、かなり良い感じだ。
黒い瞳は誤魔化しようがないけれど、髪色が明るいせいで黒髪よりは目立たないだろう。僕は左手首の緑色の革の腕輪をそっと撫でた。
記憶はないけれど、15歳の誕生日にヴァルに贈られたらしいこの腕輪は三年着けているせいで付け無いと何だか物足りない。特にこんな新しい経験が満載の時は心の拠り所になる。
とは言え三年経つので、編み込んである部分が弱くなっているから切れるかもしれないとヴァルが気にしていたっけ。新しいものを贈りたがったヴァルに、そうして欲しいと言えなかった僕は、自分でも理由は分からないんだ。
僕は無意識に耳たぶに手を触れて、ここにも本当は何かあったのでは無いのかなと鏡の中の自分に問いかけた。けれどその答えはいつも返ってこない。
兄上達から耳飾りを贈ろうかと問われる度に、なぜかいつも首を振ってしまうのは自分でも無意識だった。僕自身の事なのに、別の自分が返事をしている様で、僕は失くした記憶を取り戻すべきなのでは無いかと時々考えてしまっていた。
不意に部屋の扉をノックされて、物思いから引き戻された僕は扉へと歩み寄った。
「まぐろりあんさま、きてくだしゃ…!」
アービンと一緒にロウルが僕を迎えに来てくれた様だった。僕が扉を開けると目を丸くした二人が僕をじっと見つめた。
「マグノリアン様!一体その髪はどうしたんですか!」
そう言えば髪色を変えてから彼らには会っていなかったと思い出して、僕はにっこり笑って指先で髪を耳に掛けて言った。
「ちょっと遊んでみたんだ。どうかな、おかしくない?」
二人はおかしく無いと言ってくれたけど、ちょっとびっくりしちゃったみたいだ。二人と朝食に向かいながら、僕は屋敷の中が妙に慌ただしいと言うか、殺気立っているのを感じた。
「…何かあるのかな。何か聞いてる?」
僕がそう尋ねると、ロウルが張り切って答えた。
「ぼく、ちらないよ!」
僕はロウルの自信満々な答えにクスクス笑ってアービンを見た。
「俺も聞いてないんです。ただ、執事がかなり神経質になっているので大事なお客様がいらっしゃるのではないかと。マグノリアン様がいらっしゃる前もこんな感じでしたから。
両親にはまだ今朝会ってないので分からないんです。」
丁度その時食堂にパッキア夫妻が現れた。二人とも何か真剣に話しをしている。僕らが揃っているのを見ると、ハッとした様に顔を見合わせて席についた。
食事が運ばれて来ると、ガイガーさんが僕に何か言いたげな視線をよこした。けれども食べ終わるまでは言うつもりがない様で、僕らは妙な緊張感の中急いで食事を終えたんだ。
「マグノリアン様、お話があるので一緒に書斎へ同行願えますかな?エンリケさん達は早朝から農園へ向かってしまったので、後で結果を伝える予定です。ロウルとアービンは母上から話を聞きなさい。」
それだけ言うと、先に立って歩き出した。僕は何か問題が起きたのだと理解して、ドキドキしながらガイガーさんの書斎へと一緒に入った。後からついてきた執事も昨日と打って変わって緊張感を増していたので、どんな事を言われるのかとますます鼓動を速くした。
「実は昨夜速馬が来て、今日の昼に特別な来訪者が来る事が伝えられました。昨日、貴方の馬車が無法者に襲われた事を重視した王宮が、その件についてお見舞いをしたいと言ってきたのです。
確かにエルフの国とこの国が特別な協定を結んでいる中で、昨日の様な事はあってはならない事ですが、私にはそれ以上の何か意図がある気がするんです。
なぜなら第二王子が直接お見舞いにいらっしゃるとの事なのです。王族自ら足を運ぶなど少し考えられません。まさかマグノリアン様の事が洩れたとは考えられませんが…。」
僕は思わずギョッとしてしまった。エルフの王族である僕がここにいる事は内緒にしなければならない筈だ。僕はまだ外交に顔を出した事が無いので、彼らは僕とは面識はないけれど、下手に王子に知られたら領主であるガイガーさんの立場は悪くなるのではないかな。
僕は眉を顰めて言った。
「僕の事は内緒にしましょう。これは王家同士の話とは無関係の話ですから。僕の見かけならなおのこと秘密にできるでしょう?幸いエルフの国の第三王子の僕の事は外交上、何も情報が出てない筈ですから。
僕は基本姿を見せないつもりですが、もし見られたらガイガーさんの縁戚から預かった事にしてはどうでしょう。」
困り顔のガイガーさんは渋々頷いたけど、そんな事で誤魔化せるかどうか怪しんでいるみたいだった。僕は今こそ前世らしい記憶を頼りに人間の演技力が試されるって、ちょっとワクワクしちゃったけどね?
34
お気に入りに追加
309
あなたにおすすめの小説
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】乙女ゲーの悪役モブに転生しました〜処刑は嫌なので真面目に生きてたら何故か公爵令息様に溺愛されてます〜
百日紅
BL
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でしたーー。
最後は処刑される運命の悪役モブ“サミール”に転生した主人公。
死亡ルートを回避するため学園の隅で日陰者ライフを送っていたのに、何故か攻略キャラの一人“ギルバート”に好意を寄せられる。
※毎日18:30投稿予定
元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。
くまだった
BL
新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。
金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。
貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け
ムーンさんで先行投稿してます。
感想頂けたら嬉しいです!
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる