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人間の国
お世話になります!
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城の様な大きな屋敷に到着して馬車から降りると、パッキア農場主の一家が勢揃いして僕らを迎えてくれていた。中央に厳しい表情で立っているガタイの良い貫禄のある人間が、この家の主人である農場主だろう。
僕はエンリケさんに伴われて彼らの前に立つと、少し緊張した表情の他の家族を見回した。明るい赤毛と緑色の瞳はこの家族の共通の特徴の様だ。
僕は陽に焼けた眼光鋭い農場主に目を戻すと、いつもより大袈裟なくらいに微笑んで口を開いた。エルフの国が喜怒哀楽が薄い文化なのは自覚していたからだ。
「初めまして。エルフ国の第三王子のマグノリアンです。色々とわからない事だらけですが、よろしくお願いします。」
僕がそう言うと、農場主は少し口元を緩めて返事を返した。
「ようこそおいで下さいました。エルフの王には若き頃から交流をさせていただいてます、領主のガイガー パッキアです。内密にこの様な重要な役目を担うことが出来て光栄です。
この国拠り所として、ここでゆっくり人間の国を楽しんで下さい。」
なるほど。この町はいわば薬草を特産とした、この目の前の厳しい男の治める領地なのか。僕は微笑んで頷くと側に居る彼の家族に目を向けた。
「お食事の用意をさせてますので、皆様こちらへいらっしゃって下さい。」
一人だけ輝く様な茶色の髪の美しいご婦人が、僕に微笑みかけた。領主夫人だろうか。僕らは奥行きのある屋敷の中へと足を踏み入れた。
周囲の自然との境目が曖昧なエルフの城とはまるで雰囲気が違うのは、玄関を入った途端、外界とは一切遮断される造りのせいだろうか。僕が興味深げに周囲をキョロキョロ見回していると、僕の側に小さな男の子がそっと近寄って来た。
それから緑色の瞳で僕をじっと見上げると、無言で僕に手を差し出した。それがあまりにも可愛らしかったので、僕はにっこり笑ってその小さな手を繋いだ。何歳だろう、5歳ぐらい?小さな子供の年齢はよく分からない。
手を繋いで歩いていると、ご機嫌なその子が可愛らしい鼻歌混じりに歩き出したので、皆がクスクスと笑った。
「マグノリアン様はこちらの末っ子にすっかり気に入られてしまった様ですね。」
そう、エンリケさんに揶揄われて、僕はやっぱりクスクス笑って自分の歌に夢中になっている男の子を見下ろして答えた。
「きっと末っ子同士何か感じるものがあるんじゃないかな。こんなに可愛い子に選ばれて光栄だよ。」
遅い昼食を広い食堂で頂きながら、僕はこれからお世話になる一家を眺めた。この家には五人もの子供が居るらしかったが、上三人はもうそれぞれ学業や仕事で家から出ており、今家に居るのは14歳の三男と歳の離れた末っ子の4歳の四男だけらしい。
14歳のアービンは挨拶が終わるとチラチラとこちらを見るものの、僕と目が合うと途端に視線を逸らしてしまう。まぁちょうどそんなお年頃かと僕は苦笑した。
でも彼とは早く仲良くなって、色々話が出来るといいな。
一方ですっかり僕に懐いた末っ子のロウルは、僕から離れようとしなかった。二人とも父親譲りのオレンジ色めいた赤い髪と緑色の瞳で、僕は使用人達にも僕の様な黒い印の者が見当たらないのに気づいていた。
それに顔つきも明らかに違う。エルフ程ではないものの、彫の深い皆の顔つきは僕をすっかり心細くした。エンリケさんの言った通り、人間族だとしても僕は悪目立ちしそうだ。
「しかし、エルフの馬車を襲うとは、この国の者でない事は明白ですな。直ぐに警備隊が来てくれて本当に良かった。戦士どのの腕が立つのは我々も良く存じている所だが、敵は三人居たとお聞きした。
本当に無事で良かった。今回はマグノリアン様が同乗なさっていたのだから、その時のエンリケさんの心境を思うと何とも言い難いですな。」
そうガイガーさんが苦々しい表情で言うと、エンリケさんは少し言いにくそうに言った。
「実はその事なんですが、騎士達にこちらまで送っていただいたのです。ですから、マグノリアン様の正体は分からないものの、第三の人物が乗車していた事は警備隊の方には明らかになってしまいました。
それがどう言う結果になるのか読めないので、私としても気がかりと言えばそうなのです。この通りマグノリアン様は何処にいてもひと目を惹きます。
それはマグノリアン様の望むところではありませんからね。」
僕は話の成り行きに止めていた手を伸ばして、グラスの果実酒を喉に少し流してからガイガーさんを見つめて言った。
「僕がここにいる事でこちらにご迷惑を掛けたくはないのです。それも目立ちたくない理由の一つです。けれどもこの黒い印はどうしたって目立ってしまいますね。」
するとガイガーさんと目を合わせた夫人が、僕に声を掛けた。
「私どもの持っている薬草に髪の色を変えるものがあります。王家にのみ卸している品ですが、それを使用してはどうでしょう。ひと月ほどでしたら、何色になるかは分かりませんが他の色に染める事は出来ますわ。ただ、使用してみないとどんな色になるかは分かりませんのよ?
その美しい黒曜石の様な瞳は変えられませんが、髪の色を変えるだけで随分と目立たなくなるのではないでしょうか。もっとも私はその美しい艶の黒い髪を染めてしまうのは勿体無い気がしますけど、マグノリアン様の希望でしたら早速後で染めてみましょうか。」
僕はありがたい話に思わず微笑んで頷いた。目立たないのはとてもありがたいし、どんな髪色になるのか分からないなんて面白そうだな。
僕はエンリケさんに伴われて彼らの前に立つと、少し緊張した表情の他の家族を見回した。明るい赤毛と緑色の瞳はこの家族の共通の特徴の様だ。
僕は陽に焼けた眼光鋭い農場主に目を戻すと、いつもより大袈裟なくらいに微笑んで口を開いた。エルフの国が喜怒哀楽が薄い文化なのは自覚していたからだ。
「初めまして。エルフ国の第三王子のマグノリアンです。色々とわからない事だらけですが、よろしくお願いします。」
僕がそう言うと、農場主は少し口元を緩めて返事を返した。
「ようこそおいで下さいました。エルフの王には若き頃から交流をさせていただいてます、領主のガイガー パッキアです。内密にこの様な重要な役目を担うことが出来て光栄です。
この国拠り所として、ここでゆっくり人間の国を楽しんで下さい。」
なるほど。この町はいわば薬草を特産とした、この目の前の厳しい男の治める領地なのか。僕は微笑んで頷くと側に居る彼の家族に目を向けた。
「お食事の用意をさせてますので、皆様こちらへいらっしゃって下さい。」
一人だけ輝く様な茶色の髪の美しいご婦人が、僕に微笑みかけた。領主夫人だろうか。僕らは奥行きのある屋敷の中へと足を踏み入れた。
周囲の自然との境目が曖昧なエルフの城とはまるで雰囲気が違うのは、玄関を入った途端、外界とは一切遮断される造りのせいだろうか。僕が興味深げに周囲をキョロキョロ見回していると、僕の側に小さな男の子がそっと近寄って来た。
それから緑色の瞳で僕をじっと見上げると、無言で僕に手を差し出した。それがあまりにも可愛らしかったので、僕はにっこり笑ってその小さな手を繋いだ。何歳だろう、5歳ぐらい?小さな子供の年齢はよく分からない。
手を繋いで歩いていると、ご機嫌なその子が可愛らしい鼻歌混じりに歩き出したので、皆がクスクスと笑った。
「マグノリアン様はこちらの末っ子にすっかり気に入られてしまった様ですね。」
そう、エンリケさんに揶揄われて、僕はやっぱりクスクス笑って自分の歌に夢中になっている男の子を見下ろして答えた。
「きっと末っ子同士何か感じるものがあるんじゃないかな。こんなに可愛い子に選ばれて光栄だよ。」
遅い昼食を広い食堂で頂きながら、僕はこれからお世話になる一家を眺めた。この家には五人もの子供が居るらしかったが、上三人はもうそれぞれ学業や仕事で家から出ており、今家に居るのは14歳の三男と歳の離れた末っ子の4歳の四男だけらしい。
14歳のアービンは挨拶が終わるとチラチラとこちらを見るものの、僕と目が合うと途端に視線を逸らしてしまう。まぁちょうどそんなお年頃かと僕は苦笑した。
でも彼とは早く仲良くなって、色々話が出来るといいな。
一方ですっかり僕に懐いた末っ子のロウルは、僕から離れようとしなかった。二人とも父親譲りのオレンジ色めいた赤い髪と緑色の瞳で、僕は使用人達にも僕の様な黒い印の者が見当たらないのに気づいていた。
それに顔つきも明らかに違う。エルフ程ではないものの、彫の深い皆の顔つきは僕をすっかり心細くした。エンリケさんの言った通り、人間族だとしても僕は悪目立ちしそうだ。
「しかし、エルフの馬車を襲うとは、この国の者でない事は明白ですな。直ぐに警備隊が来てくれて本当に良かった。戦士どのの腕が立つのは我々も良く存じている所だが、敵は三人居たとお聞きした。
本当に無事で良かった。今回はマグノリアン様が同乗なさっていたのだから、その時のエンリケさんの心境を思うと何とも言い難いですな。」
そうガイガーさんが苦々しい表情で言うと、エンリケさんは少し言いにくそうに言った。
「実はその事なんですが、騎士達にこちらまで送っていただいたのです。ですから、マグノリアン様の正体は分からないものの、第三の人物が乗車していた事は警備隊の方には明らかになってしまいました。
それがどう言う結果になるのか読めないので、私としても気がかりと言えばそうなのです。この通りマグノリアン様は何処にいてもひと目を惹きます。
それはマグノリアン様の望むところではありませんからね。」
僕は話の成り行きに止めていた手を伸ばして、グラスの果実酒を喉に少し流してからガイガーさんを見つめて言った。
「僕がここにいる事でこちらにご迷惑を掛けたくはないのです。それも目立ちたくない理由の一つです。けれどもこの黒い印はどうしたって目立ってしまいますね。」
するとガイガーさんと目を合わせた夫人が、僕に声を掛けた。
「私どもの持っている薬草に髪の色を変えるものがあります。王家にのみ卸している品ですが、それを使用してはどうでしょう。ひと月ほどでしたら、何色になるかは分かりませんが他の色に染める事は出来ますわ。ただ、使用してみないとどんな色になるかは分かりませんのよ?
その美しい黒曜石の様な瞳は変えられませんが、髪の色を変えるだけで随分と目立たなくなるのではないでしょうか。もっとも私はその美しい艶の黒い髪を染めてしまうのは勿体無い気がしますけど、マグノリアン様の希望でしたら早速後で染めてみましょうか。」
僕はありがたい話に思わず微笑んで頷いた。目立たないのはとてもありがたいし、どんな髪色になるのか分からないなんて面白そうだな。
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