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人間の国
パッキア農園へ
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エンリケさんが内窓を閉めて馬車の鍵を掛けるようにと僕に言って降りて行った後、ほとんど直ぐに剣の交わる様な音がした。僕は言われた通り外から侵入出来ないようにしてから、椅子の上で身を強張らせた。
エルフの騎士は強いから大丈夫だと思っても、不安は募る。やはり人間と言うのはいきなり襲ってくるという面でも野蛮極まりない。
僕も人間族で彼らの気質があるのだろうが、何だか嫌な気持ちになってしまった。僕の記憶の中では、もっと平和主義なイメージだったからだ。この世界の人間はそうではないのだろうか。
しばらくすると、更に騒ぎが酷くなった。一気に人数が増えた様子だったし、怒号が飛び交っている。けれどエンリケさんの落ち着いた声がして、大丈夫だったのだとホッと息を吐き出した。
それから扉を決められた通りに合図して来たので、僕はフードを目深に被って扉を開けた。
目の前のエンリケさんの背後では、地面に転がされた人間の男が三人ほど縄に縛られている最中だった。縛っているのは見たことの無い人間の男達だったけれど、同じような服を着ていたのでエルフの戦士の様な仕事の者達かもしれない。
「エンリケさんも戦士も怪我などない?」
馬車から降りた僕が声を潜めて尋ねると、エンリケさんは心配そうな表情で頷いて言った。
「ええ、大丈夫です。幸いな事に警備隊の騎士達が駆けつけてくれましたから。しかしこんな事は滅多にないし、あってはならない事なのです。まさか貴方様が一緒の時にこんな事になるなんて思いませんでした。
大丈夫ですか?怖がらせましたか?」
エンリケさんが酷く過保護な様子に兄上達を思い出させられた僕は、少し笑って囁いた。
「ふふ、大丈夫。無事なら良かった。そう、滅多にないんだね?良かった。エンリケさん達がいつもこんな危険な目に遭ってるとしたら、何か対策を考えなくちゃいけないなって思ってたんだよ。」
丁度その時エンリケさんの後ろで、戦士と騎士達が話しながらこちらを気にしているのを見て、僕は邪魔しない様に馬車に戻った。一応預け先に到着するまで、僕の存在を知らさない方が良いという父上の言いつけがあったんだ。
馬車に乗り込んで内窓を開けると地面に転がされた人間達を引き立てて、一部の騎士達がこの場を立ち去ろうとしているのが見えた。一方で二人の騎士が馬の手綱を手にこちらを見ている。
僕が彼らをチラチラ見ていると、馬車に乗り込んで来たエンリケさんが困った様に言った。
「どうも彼らは今回の事を重く見ている様です。まぁエルフの馬車に人間が手を出すなど協定違反ですからね。とは言え彼らの管轄外の相手の様でしたが。
農場まで付いてくるのは困りますが、拒絶するのも変に怪しまれますからどうしようもありません。」
馬車が出発する頃には、騎士達が馬に乗って少し後方をついてくるのを僕は興味深げに見た。
彼らは騎士だけあってガタイが良い。エルフの戦士より背は低いものの、横幅はその分ガッチリしている。僕は不意に記憶を引っ掻く映像が頭に浮かんだ。
ヴァルのものではない胸の筋肉は一体誰のものだったんだろう。僕が考え込んでいるとエンリケさんが気を取り直した様子で、もうすぐ薬草農場へ着くと言った。
僕はフードから顔を出して窓の外の田園風景を眺めた。いつの間に小さいながら美しい家が並ぶ集落に入った様で、珍しげに見ていると、道を歩く人間達が馬車を指差して明るい表情で見送っている。
その時大人の人間と一緒にいた子供と目が合ったのを避けることも出来なかったけれど、子供が驚いた様に目を見開くのを見て、初めて僕は自分の姿が人間にとっても珍しい事を実感したんだ。
僕はフードを被り直して座席に深く座り込むと、何となく鬱々とした気分になっていた。人間の世界に来れば、僕は両手をあげて仲間意識を得られると単純に思い込んでいた。
けれどあの子供の表情を見るとそうではないかもしれない。僕はエンリケさんの方を向いて尋ねた。
「皆この馬車を指差して喜んでいる様子だったけど、どうしてなのかな。」
するとエンリケさんは顔を綻ばして楽しげに言った。
「この地方は薬草で有名な場所ですから、多くの者たちがそれに関係する仕事をしています。だからエルフの馬車は彼らにとって貴重な薬草を運んでくる大事なお客様という訳です。」
僕はエルフが歓迎されているこの場所を父王が僕の預け先に選んだ理由に納得しつつ、もう一度口を開いた。
「エンリケさんは僕がエルフの様な人間族に見えるって思う?やっぱり人間から見てもどこか違和感があると思う?さっき子供と目が合ったら随分驚かれてしまって、ちょっとだけ気が重くなったんだ。」
するとエンリケさんは僕をため息混じりに見つめながら言いづらそうに口を開いた。
「…マグノリアン様は人間族に見えます。が、何ていうか、人目を惹くのはしょうがないと申しますか。雰囲気や風貌がこの国の人間族とはまた違うのです。
目立ちたくないのならば、農場主に相談してみましょう。何か考えがあるかもしれませんからね。」
そう慰められて、僕は小さくため息をついて馬車が農場主の予想より大きな屋敷に続く一本道へゴトゴトと入っていくのを眺めた。一体父王の友達である農場主はどんな人間なんだろうか。
それは緊張と期待の入り混じる、経験のない感情だった。
エルフの騎士は強いから大丈夫だと思っても、不安は募る。やはり人間と言うのはいきなり襲ってくるという面でも野蛮極まりない。
僕も人間族で彼らの気質があるのだろうが、何だか嫌な気持ちになってしまった。僕の記憶の中では、もっと平和主義なイメージだったからだ。この世界の人間はそうではないのだろうか。
しばらくすると、更に騒ぎが酷くなった。一気に人数が増えた様子だったし、怒号が飛び交っている。けれどエンリケさんの落ち着いた声がして、大丈夫だったのだとホッと息を吐き出した。
それから扉を決められた通りに合図して来たので、僕はフードを目深に被って扉を開けた。
目の前のエンリケさんの背後では、地面に転がされた人間の男が三人ほど縄に縛られている最中だった。縛っているのは見たことの無い人間の男達だったけれど、同じような服を着ていたのでエルフの戦士の様な仕事の者達かもしれない。
「エンリケさんも戦士も怪我などない?」
馬車から降りた僕が声を潜めて尋ねると、エンリケさんは心配そうな表情で頷いて言った。
「ええ、大丈夫です。幸いな事に警備隊の騎士達が駆けつけてくれましたから。しかしこんな事は滅多にないし、あってはならない事なのです。まさか貴方様が一緒の時にこんな事になるなんて思いませんでした。
大丈夫ですか?怖がらせましたか?」
エンリケさんが酷く過保護な様子に兄上達を思い出させられた僕は、少し笑って囁いた。
「ふふ、大丈夫。無事なら良かった。そう、滅多にないんだね?良かった。エンリケさん達がいつもこんな危険な目に遭ってるとしたら、何か対策を考えなくちゃいけないなって思ってたんだよ。」
丁度その時エンリケさんの後ろで、戦士と騎士達が話しながらこちらを気にしているのを見て、僕は邪魔しない様に馬車に戻った。一応預け先に到着するまで、僕の存在を知らさない方が良いという父上の言いつけがあったんだ。
馬車に乗り込んで内窓を開けると地面に転がされた人間達を引き立てて、一部の騎士達がこの場を立ち去ろうとしているのが見えた。一方で二人の騎士が馬の手綱を手にこちらを見ている。
僕が彼らをチラチラ見ていると、馬車に乗り込んで来たエンリケさんが困った様に言った。
「どうも彼らは今回の事を重く見ている様です。まぁエルフの馬車に人間が手を出すなど協定違反ですからね。とは言え彼らの管轄外の相手の様でしたが。
農場まで付いてくるのは困りますが、拒絶するのも変に怪しまれますからどうしようもありません。」
馬車が出発する頃には、騎士達が馬に乗って少し後方をついてくるのを僕は興味深げに見た。
彼らは騎士だけあってガタイが良い。エルフの戦士より背は低いものの、横幅はその分ガッチリしている。僕は不意に記憶を引っ掻く映像が頭に浮かんだ。
ヴァルのものではない胸の筋肉は一体誰のものだったんだろう。僕が考え込んでいるとエンリケさんが気を取り直した様子で、もうすぐ薬草農場へ着くと言った。
僕はフードから顔を出して窓の外の田園風景を眺めた。いつの間に小さいながら美しい家が並ぶ集落に入った様で、珍しげに見ていると、道を歩く人間達が馬車を指差して明るい表情で見送っている。
その時大人の人間と一緒にいた子供と目が合ったのを避けることも出来なかったけれど、子供が驚いた様に目を見開くのを見て、初めて僕は自分の姿が人間にとっても珍しい事を実感したんだ。
僕はフードを被り直して座席に深く座り込むと、何となく鬱々とした気分になっていた。人間の世界に来れば、僕は両手をあげて仲間意識を得られると単純に思い込んでいた。
けれどあの子供の表情を見るとそうではないかもしれない。僕はエンリケさんの方を向いて尋ねた。
「皆この馬車を指差して喜んでいる様子だったけど、どうしてなのかな。」
するとエンリケさんは顔を綻ばして楽しげに言った。
「この地方は薬草で有名な場所ですから、多くの者たちがそれに関係する仕事をしています。だからエルフの馬車は彼らにとって貴重な薬草を運んでくる大事なお客様という訳です。」
僕はエルフが歓迎されているこの場所を父王が僕の預け先に選んだ理由に納得しつつ、もう一度口を開いた。
「エンリケさんは僕がエルフの様な人間族に見えるって思う?やっぱり人間から見てもどこか違和感があると思う?さっき子供と目が合ったら随分驚かれてしまって、ちょっとだけ気が重くなったんだ。」
するとエンリケさんは僕をため息混じりに見つめながら言いづらそうに口を開いた。
「…マグノリアン様は人間族に見えます。が、何ていうか、人目を惹くのはしょうがないと申しますか。雰囲気や風貌がこの国の人間族とはまた違うのです。
目立ちたくないのならば、農場主に相談してみましょう。何か考えがあるかもしれませんからね。」
そう慰められて、僕は小さくため息をついて馬車が農場主の予想より大きな屋敷に続く一本道へゴトゴトと入っていくのを眺めた。一体父王の友達である農場主はどんな人間なんだろうか。
それは緊張と期待の入り混じる、経験のない感情だった。
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