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人間の国
アンディ殿下side頭の痛い出来事
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「まったく、とんでもない事をしでかしてくれたものだ…!」
私は王都警備隊の部下の騎士から報告を受けて、眉間に皺が深くなるのを感じた。最近の王都の治安は悪くなる一方だ。他国からの密入者が増えてきたのは、この国が栄えている証拠には違いないが、一方でこの手のトラブルが増える。
だからと言って、エルフの馬車に手を出すなどあり得ない事だ。
この国とエルフの国は何百年と続く破られない不可侵協定を結んで、それぞれの恩恵を受けている。特に我が国にとって、エルフの薬草無くしては病気の治癒に差し障りが出るのは必須だ。
私は音を立てて八つ当たりする様に椅子から立ち上がると、皇太子の執務室へと報告に来た部下を連れて向かった。
兄であるルキアス皇太子は今や王に代わって多くの執政を請け負っている。私が騎士の管轄や、荒っぽい部分を任されている反面、皇太子は外交や財政を執り行っている。
今回の件はどうしたってエルフ国との関係もあり、ルキアスの耳にも入れておかなければならないだろう。ルキアスの機嫌が底無しになる予想にすっかり気が重くなりながら、私は咳払いを一つすると部屋の前の護衛に声を掛けた。
護衛に案内されて部屋に通されると、皇太子の執務室にしては装飾の少ない質実剛健な部屋の真ん中で、光に透けて白っぽく見える金髪の厳しい男が窓を背にして書類を捲っていた。私の姿を見ると、片眉をあげて従者に応接の椅子に案内させた。
疲れた顔で私の前に座ると、後ろに控えて立っている今回の件の報告をあげてきた騎士をチラリと見た。
「王都警備隊か…。アンディ殿下、何か面倒な事を持ち込んだな?」
そう言いながらルキアスはテーブルの上に用意されたお茶を美味そうに飲んだ。私は兄上が人心地つくのを待ってから、この言い出しにくい件について話し始めた。
「今さっきの出来事なんだ。とは言え今日の午前中の事だけど。…エルフの馬車に手を出した輩を捕まえた。以上。」
途端に分かりやすく機嫌の悪化したルキアスが、口に運んだカップを一瞬止めて、苦いものでも飲んだように顔を顰めた。
「…エルフの馬車はどうなった。」
「目撃者の証言によるとその不埒な者達は、そこそこエルフの戦士に一部ボコボコにされた様だったが、戦士一人では抵抗も限度があるだろう?物品含め、馬車に乗っていたエルフの関係者に被害が及ぶところだったらしい。
その前に良識ある近隣の者が警備隊に通報して、そのエリアの部隊が駆けつけて輩を捕まえることが出来た。エルフ側に被害は無い。ただこちらとの協定違反にはなるだろうから、エルフ側からのペナルティは必須かもしれない。」
私がそう苦々しげに捲し立てると、ルキアスはため息をついてソファに背を預けると腕を組んだ。
「この国にエルフ側からやって来るのは決まった相手ばかりだ。薬草の商人か?」
私はルキアスの問いに、控えていた部下をチラッと見た。部下は一歩前に出て胸に片腕を交差して皇太子に敬礼すると、口を開いた。
「詳細を報告いたします。今回の馬車は例によって薬草の商人エンリケのものでした。また護衛を兼ねた従者もエンリケと常に行動を共にする戦士と判明しています。
ただ同乗していたもう一人のエルフに関してはハッキリとした事は分かっていません。…覆う様なコートを被っていたらしく、ハッキリとした姿は見えなかった様です。」
部下の言葉にルキアスは組んでいた腕を解いて口を開いた。
「もう一人?エンリケは二人行動が常なのに?王都に住まうエルフの関係者か?」
王都には数人のエルフが滞在しているが、エンリケ以外はそう行き来をしているわけでは無い。私も気になって部下の方を見えると、部下は困った様に私達を交互に見て口を開いた。
「対応した部下の騎士によると、馬車にもう一人が乗っていると気づいたのは輩を取り押さえた後だった様です。エンリケが酷く動揺した様子で馬車の中の者に話しかけていたのを見て、もう一人乗車していたと分かったくらいでしたから。
その者は地面に押さえつけられた輩を見て、驚いていたものの怖がっていた様子は無かったらしいですが、体格から女性だったのでは無いかと。コートでほとんど顔は見えなかった様です。」
私たちは顔を見合わせた。女性のエルフが国を出るのは珍しい。外交で王族の姫が出るのは何度かあるが、一般のエルフが出る事はほとんど無いと言って良い。
「彼らは今何処だ?」
ルキアスがそう尋ねるので、私は部下を下がらせて少しぬるくなったお茶で唇を濡らして答えた。
「今回はこちらの謝罪も必要だと踏んで、エンリケに何処に滞在するのか尋ねた様だが、ハッキリと答えなかった様だ。それで今回はこちらの不始末もあって深追いするのも何だったので、部下が護衛を兼ねて後をついて行った。
パッキアにある薬草の農場主の敷地に入って行った所までは確認がついている。元々そこはエンリケも行き来しているから、不思議はないが…。」
ルキアスは私の顔をじっと見つめて言った。
「パッキアの農場主の所なら、なぜそうはっきり明言しなかったのか気になるな。今回のエンリケの様子からしても馬車の謎の人物に関して調査は必要か?アンディ、お前はどう思う?」
私はニヤリと口を緩めて言った。
「エルフの関係者であるという意味では調査は必要あるとは言えないが、滅多に現れない女性のエルフかもしれないと言う意味では、何が起きているのかその理由が知りたいね。」
私はルキアスから謎の人物について探る様に命じられるのを、少し楽しい気持ちで待った。
「どのみち謝罪は必要だろう。お前が行くのは大袈裟だが、薬草供給にペナルティが科せられても困る。悪いが一度謝罪に行っておいてくれないか?そこでやんわり謎の人物について尋ねてみてくれ。
任せても良いな?」
私は立ち上がると、皇太子であるルキアスに礼を取って部屋から出た。窓ぎわで考え込む様に立ったルキアスの姿を目の端に映して、部下に言った。
「皇太子もお望みだ。明日パッキアの農場主に会いに行く。事前に面会の予告をしておいてくれ。」
それにしても謎の人物が気になる。エルフの国からやって来たのは一体どの様な者なのだろうな?
私は王都警備隊の部下の騎士から報告を受けて、眉間に皺が深くなるのを感じた。最近の王都の治安は悪くなる一方だ。他国からの密入者が増えてきたのは、この国が栄えている証拠には違いないが、一方でこの手のトラブルが増える。
だからと言って、エルフの馬車に手を出すなどあり得ない事だ。
この国とエルフの国は何百年と続く破られない不可侵協定を結んで、それぞれの恩恵を受けている。特に我が国にとって、エルフの薬草無くしては病気の治癒に差し障りが出るのは必須だ。
私は音を立てて八つ当たりする様に椅子から立ち上がると、皇太子の執務室へと報告に来た部下を連れて向かった。
兄であるルキアス皇太子は今や王に代わって多くの執政を請け負っている。私が騎士の管轄や、荒っぽい部分を任されている反面、皇太子は外交や財政を執り行っている。
今回の件はどうしたってエルフ国との関係もあり、ルキアスの耳にも入れておかなければならないだろう。ルキアスの機嫌が底無しになる予想にすっかり気が重くなりながら、私は咳払いを一つすると部屋の前の護衛に声を掛けた。
護衛に案内されて部屋に通されると、皇太子の執務室にしては装飾の少ない質実剛健な部屋の真ん中で、光に透けて白っぽく見える金髪の厳しい男が窓を背にして書類を捲っていた。私の姿を見ると、片眉をあげて従者に応接の椅子に案内させた。
疲れた顔で私の前に座ると、後ろに控えて立っている今回の件の報告をあげてきた騎士をチラリと見た。
「王都警備隊か…。アンディ殿下、何か面倒な事を持ち込んだな?」
そう言いながらルキアスはテーブルの上に用意されたお茶を美味そうに飲んだ。私は兄上が人心地つくのを待ってから、この言い出しにくい件について話し始めた。
「今さっきの出来事なんだ。とは言え今日の午前中の事だけど。…エルフの馬車に手を出した輩を捕まえた。以上。」
途端に分かりやすく機嫌の悪化したルキアスが、口に運んだカップを一瞬止めて、苦いものでも飲んだように顔を顰めた。
「…エルフの馬車はどうなった。」
「目撃者の証言によるとその不埒な者達は、そこそこエルフの戦士に一部ボコボコにされた様だったが、戦士一人では抵抗も限度があるだろう?物品含め、馬車に乗っていたエルフの関係者に被害が及ぶところだったらしい。
その前に良識ある近隣の者が警備隊に通報して、そのエリアの部隊が駆けつけて輩を捕まえることが出来た。エルフ側に被害は無い。ただこちらとの協定違反にはなるだろうから、エルフ側からのペナルティは必須かもしれない。」
私がそう苦々しげに捲し立てると、ルキアスはため息をついてソファに背を預けると腕を組んだ。
「この国にエルフ側からやって来るのは決まった相手ばかりだ。薬草の商人か?」
私はルキアスの問いに、控えていた部下をチラッと見た。部下は一歩前に出て胸に片腕を交差して皇太子に敬礼すると、口を開いた。
「詳細を報告いたします。今回の馬車は例によって薬草の商人エンリケのものでした。また護衛を兼ねた従者もエンリケと常に行動を共にする戦士と判明しています。
ただ同乗していたもう一人のエルフに関してはハッキリとした事は分かっていません。…覆う様なコートを被っていたらしく、ハッキリとした姿は見えなかった様です。」
部下の言葉にルキアスは組んでいた腕を解いて口を開いた。
「もう一人?エンリケは二人行動が常なのに?王都に住まうエルフの関係者か?」
王都には数人のエルフが滞在しているが、エンリケ以外はそう行き来をしているわけでは無い。私も気になって部下の方を見えると、部下は困った様に私達を交互に見て口を開いた。
「対応した部下の騎士によると、馬車にもう一人が乗っていると気づいたのは輩を取り押さえた後だった様です。エンリケが酷く動揺した様子で馬車の中の者に話しかけていたのを見て、もう一人乗車していたと分かったくらいでしたから。
その者は地面に押さえつけられた輩を見て、驚いていたものの怖がっていた様子は無かったらしいですが、体格から女性だったのでは無いかと。コートでほとんど顔は見えなかった様です。」
私たちは顔を見合わせた。女性のエルフが国を出るのは珍しい。外交で王族の姫が出るのは何度かあるが、一般のエルフが出る事はほとんど無いと言って良い。
「彼らは今何処だ?」
ルキアスがそう尋ねるので、私は部下を下がらせて少しぬるくなったお茶で唇を濡らして答えた。
「今回はこちらの謝罪も必要だと踏んで、エンリケに何処に滞在するのか尋ねた様だが、ハッキリと答えなかった様だ。それで今回はこちらの不始末もあって深追いするのも何だったので、部下が護衛を兼ねて後をついて行った。
パッキアにある薬草の農場主の敷地に入って行った所までは確認がついている。元々そこはエンリケも行き来しているから、不思議はないが…。」
ルキアスは私の顔をじっと見つめて言った。
「パッキアの農場主の所なら、なぜそうはっきり明言しなかったのか気になるな。今回のエンリケの様子からしても馬車の謎の人物に関して調査は必要か?アンディ、お前はどう思う?」
私はニヤリと口を緩めて言った。
「エルフの関係者であるという意味では調査は必要あるとは言えないが、滅多に現れない女性のエルフかもしれないと言う意味では、何が起きているのかその理由が知りたいね。」
私はルキアスから謎の人物について探る様に命じられるのを、少し楽しい気持ちで待った。
「どのみち謝罪は必要だろう。お前が行くのは大袈裟だが、薬草供給にペナルティが科せられても困る。悪いが一度謝罪に行っておいてくれないか?そこでやんわり謎の人物について尋ねてみてくれ。
任せても良いな?」
私は立ち上がると、皇太子であるルキアスに礼を取って部屋から出た。窓ぎわで考え込む様に立ったルキアスの姿を目の端に映して、部下に言った。
「皇太子もお望みだ。明日パッキアの農場主に会いに行く。事前に面会の予告をしておいてくれ。」
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