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人間の国

出立

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 商人が調達してきた人間の国の馬車に乗り込みながら、僕は見送りの皆の顔をもう一度振り返った。僕が人間の国へ滞在する事は一部のエルフにしか知らされていない。けれども何処かで聞きつけたのか、僕の友人たちが動揺した顔を見せながらも見送りに来てくれた。

きっとあとでヴァルが友人らから尋問を受けるのかもしれないと思いながら、僕は皆に手を振った。

家族はこの数ヶ月、ゆっくり覚悟を決めてくれたので、エルフの感情を見せない気質もあって普段通りだった。…母上の目尻に光っていたのは涙だったのかもしれないけれど。


 僕は3日前のヴァルとのさよならの時間ですっかりタガを外してしまって、あちこちが筋肉痛でどうなる事かと思ったけれど、今日はもう響いてなくてホッとした。

馬車に乗る前に、ヴァルが耳元で身体は大丈夫かと真顔で聞いてくるから、何て返事をして良いか困ったくらいだ。周囲もなんだか僕らの動向を気にしてるのが地味に辛かった。

はぁ、別れたカップルなのかな、僕らって。



 「マグノリアン様、今日は直接農場主の所へ向かいますね。本当は王都見物でも出来れば良いのでしょうが、その、マグノリアン様は見た目がメッツァ王国でもかなり人目を惹きそうですのでね。

農場主の良い知恵を借りた方が良いかと思うのです。その件に関してはエルフの王が事前に相談されていた様なのでご心配には及びませんよ。」

不意に馬車の中でエルフの商人に話しかけられて、僕は現実に立ち戻ってきた。


 「エンリケさん、どうもありがとう。貴方はすっかり僕のお世話係になってしまいましたね。貴方にも自分の仕事があると言うのに、何だか申し訳ない様です。」

僕がそう言うと、薬草の商売をしている中年のエンリケさんは優しく微笑んだ。

「私は王家に忠誠を誓うエルフです。マグノリアン様のお役に立てるのはこの上ない喜びなのですよ。もっともエルフの国では皆がそうでしょうけれどね。マグノリアン様は私たちの大事な宝なのです。

心配こそすれ、マグノリアン様がご自分の幸せを見つけていただく事が一番と考えていますよ。」


 僕は改めてエルフの国の有り様を感じた。エルフは個々の存在は時としてひとつと感じる事がある。思考や願いは各々にある様でいて、全ては繋がっていると言う感じなんだ。

僕は異端ではあったけれど、その不思議な「ひとつ」という感覚は感じていた。そのせいでエルフがあまり外の世界に出たがらないという事も分かる気がしたんだ。


 「エンリケさんはどうしてエルフの国の外にこうして出て行こうって思う様になったのですか?そうでないエルフの方が多いでしょう?」

僕がそう尋ねるとエンリケさんは楽しそうに笑って話し始めた。

「そうですね。私の友人らも私が年の半分ほどしか国にいない事を呆れた様に見てますね。実は子供の頃、エルフの国に迷い込んで来た、気の良い人間の子供と友人になったんです。

最近は結界を強くしてますが、私の若い頃は、場所によっては抜けて来れたりしたんですよ。」


 僕は結界が強まったキッカケがあるのかなとぼんやり考えながら、エンリケさんの話の続きを待った。

「その子はメッツァ国の田舎の人間の子供でした。親が病気で、必死になって薬草を探しているうちにエルフの国に迷い込んだんです。子供だったせいで、結界を抜けることが簡単だったんだと誰かが言ってました。

エルフの結界は邪気のないものにはそう悪さはしませんからね。ともかく私はその人間と一緒に薬草を摘んで結界の外へ送り出してやったんです。

目に涙を浮かべて喜んでいるその子供と会って、私はエルフも人間もそう違いはないのではないかって感じたんです。だから大人になって人間の事をもっとよく知りたいと思って、こんな仕事を選んだのかもしれません。」


 僕は自分の前世らしき記憶を思い出しながら呟いた。

「善良な者も、そうでない者も居るだろうけれど、それが人間らしいと言えばそうなのかもしれないね。エルフはまぁ、純粋培養種族という感じだから、人間の泥臭い部分に驚いてしまうのでしょ?あ、色々僕も勉強したんだ。それの受け売りだよ。」

エンリケさんの驚いた顔を見て、僕は慌てて誤魔化した。

「マグノリアン様は随分とお勉強なさったんですね。そう、色々な考えの者が居るので、マグノリアン様がそう考えて下さると私も安心です。人間と触れ合って、少し野蛮すぎるというか、そんな部分に触れてビックリされるかもしれませんから。

でも、農場主は良い人間の部類ですからね。まぁそうで無くては王も大事なご子息を送り出しはしなかったでしょう。」


 エンリケさんは薬草の農場主を随分と買っている様だった。僕はそう心配する事もなさそうだと、結界を抜けて人間の国の地を馬車で進みながら、そうエルフの国と変わらない光景を眺めていた。

時々エンリケさんから人間の国の話を興味深く聞きながら馬車の振動に身を預けていると、不意に馬のいななきと共に馬車がガタリと停車した。僕はエンリケさんの窓の外を覗き見て、すぐに緊張した表情を見つめながら何か予期せぬ事が起きたのを感じた。

 
 「マグノリアン様、この中でじっとしていて下さいね。大丈夫、稀にある事ですから。私の相棒の御者のケルは戦士の経歴もある男ですから心配はいりませんよ。ちょっと話をつけてきますから、窓からくれぐれも顔を覗かせない様にお願いしますね。」

そう、声を顰めて僕に注意すると、エンリケさんは馬車の扉からスルリと降りて行ってしまった。

外で数人の声がするのを感じながら、この突発的な出来事の動向を胸をドキドキさせながら探っていた。ああ、人間の国ってスリル満点!








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