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人間の国
幼馴染を説得
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僕らは手を繋いで歩いていた。ヴァルはいつもよりずっと険しい顔で黙りこくっている。取り憑くしまもないみたいだ。
「ね、ヴァル。もう歩くの疲れちゃった。どこかに座らない?」
そんな僕をチラッと見下ろすと、ヴァルは少し先の大岩を指差して不機嫌さを隠そうともせずに言った。
「…あそこで休憩しよう。」
ヴァルが不機嫌なのは、多分僕が人間の国へ単独で行くからなんだろうけど。そうは言っても父上が護衛は要らないって言うんだから、誰にもその決定は覆せないよね?それに僕自身もそう不安も無いし。
僕らは小川の側の大岩に腰掛けて足をぶらつかせながら、歌う様に流れる美しい水場を眺めた。
「私は心配なんだ。いくら王が大丈夫だと言っても、野蛮な人間の世界でマグノリアンが太刀打ち出来るとは思えない。もし拐かされたらどうするんだ。」
ヴァルが眉を顰めて、その美しい横顔を強張らせている。僕はヴァルの手をそっと握って微笑みかけた。
「僕がお世話になるのは人が多い場所じゃ無いみたいだし、こことそう変わらないんじゃないのかな。人間の国の薬草の研究も出来そうで、僕はそれについては結構楽しみなんだ。
新しい発見があったら、エルフの国にもメリットになるでしょう?末っ子と言えども、僕も王族の一人としてこの国の役に立ちたいのさ。」
ヴァルは黙って僕を見つめていたけれど、顔を寄せて額を合わせて囁いた。
「…マグノリアンは私と離れ離れになっても全然平気なんだね?」
あ、これは失敗。僕は空いた手のひらでヴァルの頬を包んで言った。
「寂しいよ、もちろん。でもそんなに長い事ではない筈だし、ヴァルが遊びに来てくれても良いんだよ?確か服を用意してくれた商人は頻繁に行き来してる筈だし、一緒に来てよ。ね?」
するとヴァルは僕を引き剥がして背中を向けて黙りこくった。
「…ヴァル?」
ヴァルはさっきと同じ様に水場に目を向けながら言った。
「マグノリアンは覚えているかい?初めての満月の夜歩きの日。マグノリアンは庭の方から泣き顔でやって来た。あの時の事が私はずっと気になってた。
あんな風に泣いたことなんて一度もなかっただろう?あの時何があったんだい?」
僕はヴァルに言われて初めての夜歩きの満月の夜の事をぼんやり思い起こした。確かに悲しい気持ちだったかもしれない。けれどもなぜそんな気持ちになったんだろう。
「誰か…。誰かと喧嘩したのかも。そうだ。でも誰だったかな。ああ、駄目だ、全然思い出せない。僕、例のあの事故で記憶が飛んでるんだ。ヴァルに色々教えて貰わなかったら、結構不味かったよ。」
僕は敢えて結界の事故の事を話してみた。城では皆がその事に触れない様にしているせいで、僕はほとんど忘れてしまいそうだった。けれども実際はあの事故がきっかけで、僕は人間の記憶が少しだけ蘇ったのだし、それが今回の事に繋がっているのは間違いない。
「すまない。事故の事を思い出すと頭が痛くなるんだろう?でも誰かと喧嘩したなんて初耳だ。あの時のマグノリアンは誰かと会う様な状況には無いと思うよ?実際城の敷地には誰も入れないだろう?何か勘違いしてるんじゃないかな。」
ヴァルにそう言われて、僕は肩をすくめて耳を指で擦った。
「マグノリアンはいつからそうやって耳に指を触れる癖がついたんだろうね。考え事をする時はいつもそうしてる気がするよ。…ああ、私がイライラした所で、マグノリアンが行かない事になる訳では無いって分かってるんだ。
ただ、マグノリアンも私と同じだけ気持ちを向けて欲しかっただけだ。」
僕はクスッと笑うと、ヴァルに抱きついて言った。
「ヴァル、兄上が僕は酷く鈍感だって言うんだ。きっとそれは本当なんだろうね。だから、ヴァルも僕に望む事があるならハッキリ言った方が良いよ。ヴァルはどうしたいの?」
ヴァルはため息をついて僕を抱き抱えると、僕の唇に口づけて言った。
「マグノリアンを味わわせてくれる?しばらく会えなくなるなら、どうしようもない事をつべこべ言うより、恋の時間を味わった方がマシだ。」
僕はニンマリ笑うと、ヴァルの手を引き立てて言った。
「まぁ、ヴァルは僕が居なくても全然困らないでしょ?結構僕にやっかみを言うエルフが居るんだよ。まるで僕がヴァルを独占してるみたいな事。僕たち最近は情人はやめたのにね?皆知らないみたい。僕も聞かれないから言わないだけだけど。」
出国が決定してから、僕はヴァルとの情人関係を解消した。僕が居ないのにヴァルを縛り付けるのは良くないからだ。幼馴染のヴァルはエルフの戦士の中でも優秀だから、皆が恋の時間をヴァルと一緒に楽しみたがっているのはよく分かっていた。
「…私は解消に賛成した訳じゃない。マグノリアンが一方的に決めただけだ。」
僕はなんだか妙に泣きたい気持ちになって歩き出した。
「そうかもしれないけど、でもそれが一番良い方法なんだよ。僕たちは変わっていくんだから。未来の事など何も分からないんだから、今を僕は生きたい。今はヴァルと楽しみたい。それじゃ駄目?」
そう言って振り返ると、ヴァルもまたどこか痛そうな表情で僕を見つめながら呟いた。
「…マグノリアンがそれで楽になるなら、私はもう何も言わないよ。マグノリアンがもっと私を信じてくれたら良いとは思うけどね。」
「ね、ヴァル。もう歩くの疲れちゃった。どこかに座らない?」
そんな僕をチラッと見下ろすと、ヴァルは少し先の大岩を指差して不機嫌さを隠そうともせずに言った。
「…あそこで休憩しよう。」
ヴァルが不機嫌なのは、多分僕が人間の国へ単独で行くからなんだろうけど。そうは言っても父上が護衛は要らないって言うんだから、誰にもその決定は覆せないよね?それに僕自身もそう不安も無いし。
僕らは小川の側の大岩に腰掛けて足をぶらつかせながら、歌う様に流れる美しい水場を眺めた。
「私は心配なんだ。いくら王が大丈夫だと言っても、野蛮な人間の世界でマグノリアンが太刀打ち出来るとは思えない。もし拐かされたらどうするんだ。」
ヴァルが眉を顰めて、その美しい横顔を強張らせている。僕はヴァルの手をそっと握って微笑みかけた。
「僕がお世話になるのは人が多い場所じゃ無いみたいだし、こことそう変わらないんじゃないのかな。人間の国の薬草の研究も出来そうで、僕はそれについては結構楽しみなんだ。
新しい発見があったら、エルフの国にもメリットになるでしょう?末っ子と言えども、僕も王族の一人としてこの国の役に立ちたいのさ。」
ヴァルは黙って僕を見つめていたけれど、顔を寄せて額を合わせて囁いた。
「…マグノリアンは私と離れ離れになっても全然平気なんだね?」
あ、これは失敗。僕は空いた手のひらでヴァルの頬を包んで言った。
「寂しいよ、もちろん。でもそんなに長い事ではない筈だし、ヴァルが遊びに来てくれても良いんだよ?確か服を用意してくれた商人は頻繁に行き来してる筈だし、一緒に来てよ。ね?」
するとヴァルは僕を引き剥がして背中を向けて黙りこくった。
「…ヴァル?」
ヴァルはさっきと同じ様に水場に目を向けながら言った。
「マグノリアンは覚えているかい?初めての満月の夜歩きの日。マグノリアンは庭の方から泣き顔でやって来た。あの時の事が私はずっと気になってた。
あんな風に泣いたことなんて一度もなかっただろう?あの時何があったんだい?」
僕はヴァルに言われて初めての夜歩きの満月の夜の事をぼんやり思い起こした。確かに悲しい気持ちだったかもしれない。けれどもなぜそんな気持ちになったんだろう。
「誰か…。誰かと喧嘩したのかも。そうだ。でも誰だったかな。ああ、駄目だ、全然思い出せない。僕、例のあの事故で記憶が飛んでるんだ。ヴァルに色々教えて貰わなかったら、結構不味かったよ。」
僕は敢えて結界の事故の事を話してみた。城では皆がその事に触れない様にしているせいで、僕はほとんど忘れてしまいそうだった。けれども実際はあの事故がきっかけで、僕は人間の記憶が少しだけ蘇ったのだし、それが今回の事に繋がっているのは間違いない。
「すまない。事故の事を思い出すと頭が痛くなるんだろう?でも誰かと喧嘩したなんて初耳だ。あの時のマグノリアンは誰かと会う様な状況には無いと思うよ?実際城の敷地には誰も入れないだろう?何か勘違いしてるんじゃないかな。」
ヴァルにそう言われて、僕は肩をすくめて耳を指で擦った。
「マグノリアンはいつからそうやって耳に指を触れる癖がついたんだろうね。考え事をする時はいつもそうしてる気がするよ。…ああ、私がイライラした所で、マグノリアンが行かない事になる訳では無いって分かってるんだ。
ただ、マグノリアンも私と同じだけ気持ちを向けて欲しかっただけだ。」
僕はクスッと笑うと、ヴァルに抱きついて言った。
「ヴァル、兄上が僕は酷く鈍感だって言うんだ。きっとそれは本当なんだろうね。だから、ヴァルも僕に望む事があるならハッキリ言った方が良いよ。ヴァルはどうしたいの?」
ヴァルはため息をついて僕を抱き抱えると、僕の唇に口づけて言った。
「マグノリアンを味わわせてくれる?しばらく会えなくなるなら、どうしようもない事をつべこべ言うより、恋の時間を味わった方がマシだ。」
僕はニンマリ笑うと、ヴァルの手を引き立てて言った。
「まぁ、ヴァルは僕が居なくても全然困らないでしょ?結構僕にやっかみを言うエルフが居るんだよ。まるで僕がヴァルを独占してるみたいな事。僕たち最近は情人はやめたのにね?皆知らないみたい。僕も聞かれないから言わないだけだけど。」
出国が決定してから、僕はヴァルとの情人関係を解消した。僕が居ないのにヴァルを縛り付けるのは良くないからだ。幼馴染のヴァルはエルフの戦士の中でも優秀だから、皆が恋の時間をヴァルと一緒に楽しみたがっているのはよく分かっていた。
「…私は解消に賛成した訳じゃない。マグノリアンが一方的に決めただけだ。」
僕はなんだか妙に泣きたい気持ちになって歩き出した。
「そうかもしれないけど、でもそれが一番良い方法なんだよ。僕たちは変わっていくんだから。未来の事など何も分からないんだから、今を僕は生きたい。今はヴァルと楽しみたい。それじゃ駄目?」
そう言って振り返ると、ヴァルもまたどこか痛そうな表情で僕を見つめながら呟いた。
「…マグノリアンがそれで楽になるなら、私はもう何も言わないよ。マグノリアンがもっと私を信じてくれたら良いとは思うけどね。」
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