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人間の国
記憶
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今思えば、やつれた表情の家族が目を見開いて涙を流す姿に、どれだけ驚かせられたかしれない。明らかに人間ではない美しい人達が僕を安堵して見つめているのだから。
その時は今よりずっと取り替えっ子前の世界の記憶が優勢だったせいで、僕は戸惑い、ぎこちない反応をしてしまった。おかげで記憶喪失扱いされて、家族をより悲しませてしまった。けれど体力の回復と共に、エルフの国で育った自分の経験や思い出があっという間に蘇って、僕は二つの記憶を持つ取り替えっ子になった。
一方で、僕はなぜエルフの森の結界付近で倒れていたのかまるで記憶が無かった。思い出そうとすると霧がかかった様になって、頭が痛くなる。薬師が無理に思い出さない方が良いと言うので、家族も僕もその事にはあえて触れない様になっていた。
僕はあの時何かが起きたのは間違いないと思っていた。以前聞いた話では、結界が障壁の様に変化していたと言う話だし、それは前例のない変化だった様だ。
しかも僕は頭に怪我をしていたものの、身体には傷一つ無かった様だった。
『お前が発見された時、まるで繭のように結界の結晶に守られていたのだよ。多分頭に怪我をしたせいで緑の子の血が地面に落ちて、お前を守ろうとエルフの森が繭を形成したのだろう。
調べたら稀に緑の手の力の強い者は、命の瀬戸際で守りが発生すると言い伝えがあった。そうでなくてはお前はあの場で命を落としていたであろうからな。
とは言え、結界が緩んでそうなったのは間違いないのだ。そしてその緩みを作ったのも、マグノリアンとしか思えない。他の兄弟も結界を緩める事は出来るが、かなり時間が掛かる。それこそ、緑の手を持つお前の何倍もな。
だが、お前が思い出せない以上、真相は闇の中だ。…先ずは養生して早く元気になりなさい。私達にとっては、何が起きたのかと言う事より、お前が助かったことの方が重要だ。』
起き上がれる様になった頃に、そう複雑な表情をした父上に言われて、僕はこうやってベッドに寝込んでいる理由を知ったのだった。何かが起きて、僕は急死に一生を得た。
目の前の貫禄のある美中年が、確かに自分の父親であるエルフ王なのは蘇ってきたし、僕自身がまるでエルフ族とは見た目も違う、しかも今や余計な記憶まで蘇った本当の意味での取り替えっ子になってしまった事も分かった。
ああ、それにしてもエルフの国は何とも御伽の国の様相だ。しかし一方で、想像以上に文化も違うのだから、僕は少し前の記憶を辿って一人ベッドで恥ずかしさに身悶えする羽目になったんだ。
見舞いに来た心配そうな顔をした若いエルフの男を、どこかで見たことのある相手だと思いながら首を傾げてじっと見つめていると、その男がベッドに腰掛けて、突然僕をぎゅっと抱き寄せてキスしてきたのには驚いてしまった。
まだ色々記憶がハッキリしていなかったせいで、かなりギョッとした。すると腕の中の僕が身体を強張らせたのに気づいたのか、金髪の美しい男は、緑色の瞳を細めて悲しげに呟いた。
『私の事を憶えていないのかい?ヴァルだ。マグノリアンの幼馴染で特別な相手だよ?』
ヴァルの名前を耳にした途端、色々な映像が頭の中を飛び交って、僕は一瞬で顔を熱くして狼狽える羽目になった。そんな僕を見つめてうっそりと微笑んだヴァルは、もう一度僕の顎を掴んでゆっくりと刻みつける様に唇を押し当てて囁いた。
『私はヴァル。思い出した?マグノリアンの情人だよ。』
僕はその時情人について誰かに聞いたりするべきだったのかもしれない。けれども色々な記憶が入り乱れている僕にそんな余裕は無かった。
だから元気に動き回れる様になってから、僕はまるで憶えたての雛よろしく、ヴァルは僕の情人なのだと周囲に言ってしまっていたのだし、それがどう影響するのかまるで分かっていなかった。
けれど、実際それからヴァルは随分と僕の記憶の融合の助けになった。一方で満月の夜以外でも、情人とはいつでも恋の時間を持てるのだとヴァルに囁かれて、そうなのかと妙な納得感で僕らはエルフの森のあちこちで甘い時間を持った。
満月の魔法の及ばない時に、そんな事をするのは何だか恥ずかしさも増していたけれど、それでもヴァルの献身的な愛撫に僕はすっかり骨抜きにされて、しまいには自分から強請る始末だった。
それを待っていたかのように、ヴァルはしばらく経ったある満月の日に、僕をついにその猛々しい持ち物で串刺しにしたんだ。その時僕は月の魔法で軽い酩酊状態であったけれど、確実にそれを自分で願っていたことも良く分かっていた。
少なくとも僕らは若く、血気盛んだった。そして今考えるとやはりヴァルの独占的な執着の元、僕はすっかりヴァルの情人として躾けられていた。
『マグノリアン、この時をどれほど夢見ていたか分かるかい?君がエルフの森で見つかった時、捜索に参加していた私もそこに居たんだ。その時の絶望を思い出すと、いまだに胸が苦しくなる。
私を憐れむのなら、もう一度マグノリアンを味合わせてくれる?』
そう真剣に囁く幼馴染のヴァルに、僕も唇を合わせて答えた。僕はエルフの国の取り替えっ子。それが僕の生きる道だと思っていたのだから。
その時は今よりずっと取り替えっ子前の世界の記憶が優勢だったせいで、僕は戸惑い、ぎこちない反応をしてしまった。おかげで記憶喪失扱いされて、家族をより悲しませてしまった。けれど体力の回復と共に、エルフの国で育った自分の経験や思い出があっという間に蘇って、僕は二つの記憶を持つ取り替えっ子になった。
一方で、僕はなぜエルフの森の結界付近で倒れていたのかまるで記憶が無かった。思い出そうとすると霧がかかった様になって、頭が痛くなる。薬師が無理に思い出さない方が良いと言うので、家族も僕もその事にはあえて触れない様になっていた。
僕はあの時何かが起きたのは間違いないと思っていた。以前聞いた話では、結界が障壁の様に変化していたと言う話だし、それは前例のない変化だった様だ。
しかも僕は頭に怪我をしていたものの、身体には傷一つ無かった様だった。
『お前が発見された時、まるで繭のように結界の結晶に守られていたのだよ。多分頭に怪我をしたせいで緑の子の血が地面に落ちて、お前を守ろうとエルフの森が繭を形成したのだろう。
調べたら稀に緑の手の力の強い者は、命の瀬戸際で守りが発生すると言い伝えがあった。そうでなくてはお前はあの場で命を落としていたであろうからな。
とは言え、結界が緩んでそうなったのは間違いないのだ。そしてその緩みを作ったのも、マグノリアンとしか思えない。他の兄弟も結界を緩める事は出来るが、かなり時間が掛かる。それこそ、緑の手を持つお前の何倍もな。
だが、お前が思い出せない以上、真相は闇の中だ。…先ずは養生して早く元気になりなさい。私達にとっては、何が起きたのかと言う事より、お前が助かったことの方が重要だ。』
起き上がれる様になった頃に、そう複雑な表情をした父上に言われて、僕はこうやってベッドに寝込んでいる理由を知ったのだった。何かが起きて、僕は急死に一生を得た。
目の前の貫禄のある美中年が、確かに自分の父親であるエルフ王なのは蘇ってきたし、僕自身がまるでエルフ族とは見た目も違う、しかも今や余計な記憶まで蘇った本当の意味での取り替えっ子になってしまった事も分かった。
ああ、それにしてもエルフの国は何とも御伽の国の様相だ。しかし一方で、想像以上に文化も違うのだから、僕は少し前の記憶を辿って一人ベッドで恥ずかしさに身悶えする羽目になったんだ。
見舞いに来た心配そうな顔をした若いエルフの男を、どこかで見たことのある相手だと思いながら首を傾げてじっと見つめていると、その男がベッドに腰掛けて、突然僕をぎゅっと抱き寄せてキスしてきたのには驚いてしまった。
まだ色々記憶がハッキリしていなかったせいで、かなりギョッとした。すると腕の中の僕が身体を強張らせたのに気づいたのか、金髪の美しい男は、緑色の瞳を細めて悲しげに呟いた。
『私の事を憶えていないのかい?ヴァルだ。マグノリアンの幼馴染で特別な相手だよ?』
ヴァルの名前を耳にした途端、色々な映像が頭の中を飛び交って、僕は一瞬で顔を熱くして狼狽える羽目になった。そんな僕を見つめてうっそりと微笑んだヴァルは、もう一度僕の顎を掴んでゆっくりと刻みつける様に唇を押し当てて囁いた。
『私はヴァル。思い出した?マグノリアンの情人だよ。』
僕はその時情人について誰かに聞いたりするべきだったのかもしれない。けれども色々な記憶が入り乱れている僕にそんな余裕は無かった。
だから元気に動き回れる様になってから、僕はまるで憶えたての雛よろしく、ヴァルは僕の情人なのだと周囲に言ってしまっていたのだし、それがどう影響するのかまるで分かっていなかった。
けれど、実際それからヴァルは随分と僕の記憶の融合の助けになった。一方で満月の夜以外でも、情人とはいつでも恋の時間を持てるのだとヴァルに囁かれて、そうなのかと妙な納得感で僕らはエルフの森のあちこちで甘い時間を持った。
満月の魔法の及ばない時に、そんな事をするのは何だか恥ずかしさも増していたけれど、それでもヴァルの献身的な愛撫に僕はすっかり骨抜きにされて、しまいには自分から強請る始末だった。
それを待っていたかのように、ヴァルはしばらく経ったある満月の日に、僕をついにその猛々しい持ち物で串刺しにしたんだ。その時僕は月の魔法で軽い酩酊状態であったけれど、確実にそれを自分で願っていたことも良く分かっていた。
少なくとも僕らは若く、血気盛んだった。そして今考えるとやはりヴァルの独占的な執着の元、僕はすっかりヴァルの情人として躾けられていた。
『マグノリアン、この時をどれほど夢見ていたか分かるかい?君がエルフの森で見つかった時、捜索に参加していた私もそこに居たんだ。その時の絶望を思い出すと、いまだに胸が苦しくなる。
私を憐れむのなら、もう一度マグノリアンを味合わせてくれる?』
そう真剣に囁く幼馴染のヴァルに、僕も唇を合わせて答えた。僕はエルフの国の取り替えっ子。それが僕の生きる道だと思っていたのだから。
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