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エルフの国

アンディside恐ろしい出来事

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 ルキアスの耳飾りをマダーが持っていた理由の答えは、マダーがルキアスの話していた喧嘩したという相手なのではないか?15歳の誕生日の印として贈られた耳飾りを渡すほどの相手だ。…特別な相手が死霊のマダー?馬鹿な…。

私に絡まる蔦を解いて結界を緩めることが出来る目の前の相手は、確かに人間では無いだろう。結界の向こうにいるのだからエルフなのか?

けれども黒い印のエルフなど聞いた事もない。我が国にもエルフやドワーフは数少ないが時折訪れる。少数だが定住している者も居る。けれども彼らは決して人間と無闇に関わらない。それとも私たちが黒い印のエルフを知らないだけなのか?


 結界から乱暴に放り出されたせいで、尻を強かに打ちつけた事もすっかり頭から何処かへ行ってしまっていた。私は混乱して、結果として耳飾りを返す代わりに、顔の前に垂れ下がった流れる様な黒髪を除けて、マダーの顔を見せる様に交換条件を出したんだ。

目の前に現れたのは、見たことのない風貌の黒い瞳の美しい青年だった。何を考えているのか分からないながら、吸い込まれそうな眼差しが魅力的だった。そして腰に届くまでのサラリとした黒髪は、まるでエルフの様な立ち姿だが…。


 顔を見せる時に髪を掻き上げた際に見えた耳は、エルフの様な尖ったものではなかった。まるで人間と同じ様な耳…。ああ、一体マダーは何者なんだ?

もはや死霊などという禍々しいものとは思えない目の前のマダーは、焦った様子で私に耳飾りを返す様に急かした。約束したのだから私も渋々この耳飾りを返すしかなかった。

本当にルキアスが彼にこれをあげたとするならばだけれど。


 そんな迷いを感じたのか、黒髪のマダーは我慢できない様子でこちらへと手を伸ばしてきた。そのすんなりした柔らかそうな細い指先は、私のものとはまるで違っていた。

重いものや剣など持った事がない様な指先は、彼が女性だと言われても信じられた。けれども私は彼が紛れもなく伸びやかな青年、いや少年だと感じられたし、この世界のことわりに習えば、どちらの性別だとしてもルキアスの相手だとして特に問題は無かった。


 しかしそのタイミングで耳に響いてきた破滅の音は、私とマダーをぎこちなく見上げさせた。一瞬マダーの方が早く動いたと思った瞬間、私は思いがけない強さで突き飛ばされて地面に文字通り吹っ飛ばされた。

そして体勢を持ち直して顔をあげた時には、彼の姿は大きな衝撃音と共に木々や細かな煌めく結界の破片によって隠されてしまった。

私は慌てて飛び起きて彼のいた場所に近づこうとしたものの、気づけば元の場所に戻るといった具合で近づけず、何かしらの魔法が発生している様だった。これは先程の結界とはまた違うものだった。


 その時後ろから数人の騒めく声が聞こえてきて、私は泣きそうな顔で振り向いた。実際黒髪のマダーの彼の命が目の前で消えた気がしていたからだ。分からないが、普通では助からない状況だ。

「アンディ殿下!良かった、見失ってしまってどうしたのもかと随分心配したんですよ!?」

仲間の一人が私にそう声をかけてきたけれど、私の顔を見るなりギョッとした様子で慌てて駆け寄ってきた。

「どうかしましたか?お怪我でもしたのでは…?」


 数人の気兼ねない仲間に囲まれて、私はホッとしたのと同時に、目の前の出来事を受け止めることが出来ないでいた。マダーは実在したのかどうかさえ、今となっては確信もない。

実在しなかったとすれば、手の中に握られたルキアスの耳飾りの説明も出来ないのだ。私はどうしたらいいのか分からずに、唇を噛み締めながらズボンのポケットにそれを押し込んだ。

マダーはエルフの結界を操る者だ。障壁の後ろに隠れてしまっただけなのかもしれない。そう考える事で私はこの出来事を乗り越えるしかなかった。あまりにも非現実的で、もしなどと恐ろしい事を考えるには16歳の私には荷が重過ぎて受け止めきれなかったのだ。


 結局ルキアスにもマダーが持っていた耳飾りを返すことも出来なかった。一体どう説明するんだ。

兄上の贈り物を持っていた怪しい者が結界の障壁に閉ざされて、もしかしたらこの世から消えてしまったかもしれないなどと、どうしたって説明などできる訳がなかった。

私はその後ろめたさで、無意識にルキアスと距離を取る様になってしまった。そして数ヶ月後気づいた時には、ルキアスはかつてないほど気難しく、ほとんど笑うことなどなくなっていた。


 私は恐る恐る一度だけルキアスに尋ねた。


『兄上、例の喧嘩した彼とは仲直り出来ましたか?』

それは私にとっては祈る様な気持ちを含めたものだったけれど、強張った顔をしたルキアスは私を睨む様に見た。

『いいや。彼はあれから二度と姿を現さない。もう私の事などどうでも良いのだろう。もう二度と彼の事を私に聞くな、アンディ。』

そう呟くと自分の空っぽな耳に指を這わせて顔を顰めると、踵を返して立ち去ってしまった。私はそんなルキアスの後ろ姿を見つめながらため息をつくと、部屋に戻ってマダーが落としたルキアスの耳飾りを小箱に入れると、引き出しの奥の隠し扉の中へそっと隠した。


 二度とこれをマダーに返す事など出来ないかもしれないと思いながら。








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