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エルフの国
若者side嘆きのマダー
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私は身体を拘束する森の蔦が身体にどんどん絡まっていくのを感じながら、焦りと恐怖がじわじわと迫り上がって来ていた。ああ、いつもの様にちょっとしたお遊びの賭けだったのに。
あいつらの結界への妙な畏れを眺めていたら、王子である私が危なくないという事を示してやるべきだなんて、浅はかな考えを持ってしまったんだ。
込み入った枝の向こうに何かが見えた気がして近づいた途端、足を掬われてしまった。それからは逃れようと動くたびに蔦は巻きついてくる。これこそが結界なのか?
王族の家庭教師がエルフの国との結界の森には近寄らない様にと注意していたけれど、まさかここがそうだったとは。何処にエルフの国があるのかも分からないのに、こんなのは不可抗力だ。
とは言え森の奥へ行こうとするもの好きは、私たちの様な刺激を欲しがる若い者達ぐらいだろう。若者といえども、品行方正なルキアスは含まれない気がするが…。
最近のルキアスは少し変だった。15歳の王族の成人を迎えて皇太子になってからもう二年が経つ。ますます感情を面に出さずにそつなく役回りをこなすルキアスが、ここ数ヶ月妙に浮かれた顔つきをする事があった。
どうしたのかと揶揄うと、口元を緩めて機嫌良く何でもないと答える。その顔が何でもないとは思えなかったけれど、ルキアスに王族の面倒な役割を押し付ける立場の私としては、機嫌良くしてくれていた方がこちらものびのびと羽目を外せたんだ。
けれどもここ二、三週間、ルキアスは密かにため息をつきながら元気がない様子だった。流石の私も知らんぷりが出来ずに、いやどちらかと言うと好奇心の方が大きかったが、ルキアスに尋ねた。
「兄上どうしたんですか?何だか気になる事でもあるみたいですね。」
するとぼんやりと私を見たルキアスは、私をじっと見つめて言った。
「…アンディ、自分が酷いことを言ってしまった時は、どうやって仲直りすれば良い?」
私はまさかルキアスの口からそんな色めいた話が聞けるとは思わずに、動揺を隠しながら何気なく尋ねた。
「兄上が酷いことを言うなんて、よっぽどそのお相手に熱をあげているんですね。誰に対しても感情の読み取れない王族らしい振る舞いの兄上が、そこまで感情的になるのがその証拠ですよ。
まぁ、謝るしかないですよね?何かプレゼントをあげるとか。お相手はどんな人なんですか?女性?男性?年齢は?」
思わず深追いしてしまったので、ルキアスは顔を顰めて視線を逸らして呟いた。
「…謝り損ねたんだ。彼が許してくれるかどうか分からない。随分酷いことを言ってしまったから。もう二度と会えないかも…。」
私は俄然興味が湧いた。年子の異母兄弟であっても、兄と慕うルキアスは、王子としても私のお手本だった。そのルキアスがこんなに憔悴している姿を見るのは、本当に覚えがないんだ。
ここまで揺るがないルキアスを惑わす相手とは、一体どんな人物なのだろうか。けれどこれ以上しつこく聞いても、ルキアスの性格上かえって何も言わなくなるだろう。
「兄上、お相手は兄上が皇太子だと言う事はご存知なのですか?もし内密に会っていたとすれば、いっそ皇太子だと打ち明けてみては?あえて王族というカードを切るのも一つの手段ですから。
頑なになったお相手を懐柔するのに、手段を選んでる場合ではありませんからね?」
私が実体験からのアドバイスをすると、テーブルの上のグラスの水滴を指でなぞって呟いた。
「…彼も私の様に見張られている様だった。私たちの様に立場と言うよりは愛情で心配されて…。アンディ、そんな相手に王族だと示した所で響くと思うか?
私とは真逆の伸びやかな彼を怒らせたのだ。…まったく、これがこの国の未来の王だとは笑える。」
そう言って一気にグラスを煽ると、立ち上がって自室に戻って行った。
私はルキアスの後ろ姿を見送りながら、赤い葡萄酒のグラスの中身を揺らした。ルキアスはあんな事を言っていたが、王族の、まして未来の王である皇太子の立場と言うものが周囲の人間に及ぼす影響は計り知れない。
年子の私は第二王子だが、少なくとも皇太子と第二王子の扱いの差は歴然としている。それに比例して人々が向ける眼差しも変わるのだ。私は面倒な皇太子などなりたいとは思わないが、第二妃である母上にとっては、そんな欲のない私を歯痒く思う様だった。
結局私たちは王族というしがらみから逃れる事もできず、ルキアスの様に心惹かれる者に、率直に振る舞う事も出来ずに拗れる羽目になる。それとも、自分たちの不甲斐なさを王族という言い訳で誤魔化しているだけなのだろうか。
私がこんなルキアスとのやり取りを不意に思い出したのは、目の前の死霊のマダーもどきの怪しい青年が落とした耳飾りを拾ったせいだった。
手のひらに転がった貴石のついた耳飾りは、皇太子であるルキアスの物だ。なぜこの青年が持っていた?
私は目の前の不安気な顔をして耳飾りを返して欲しがる死霊のマダーの正体を暴かなくてはならない。ルキアスのために?そう、魅入られている兄上のためだ。…たぶん。
あいつらの結界への妙な畏れを眺めていたら、王子である私が危なくないという事を示してやるべきだなんて、浅はかな考えを持ってしまったんだ。
込み入った枝の向こうに何かが見えた気がして近づいた途端、足を掬われてしまった。それからは逃れようと動くたびに蔦は巻きついてくる。これこそが結界なのか?
王族の家庭教師がエルフの国との結界の森には近寄らない様にと注意していたけれど、まさかここがそうだったとは。何処にエルフの国があるのかも分からないのに、こんなのは不可抗力だ。
とは言え森の奥へ行こうとするもの好きは、私たちの様な刺激を欲しがる若い者達ぐらいだろう。若者といえども、品行方正なルキアスは含まれない気がするが…。
最近のルキアスは少し変だった。15歳の王族の成人を迎えて皇太子になってからもう二年が経つ。ますます感情を面に出さずにそつなく役回りをこなすルキアスが、ここ数ヶ月妙に浮かれた顔つきをする事があった。
どうしたのかと揶揄うと、口元を緩めて機嫌良く何でもないと答える。その顔が何でもないとは思えなかったけれど、ルキアスに王族の面倒な役割を押し付ける立場の私としては、機嫌良くしてくれていた方がこちらものびのびと羽目を外せたんだ。
けれどもここ二、三週間、ルキアスは密かにため息をつきながら元気がない様子だった。流石の私も知らんぷりが出来ずに、いやどちらかと言うと好奇心の方が大きかったが、ルキアスに尋ねた。
「兄上どうしたんですか?何だか気になる事でもあるみたいですね。」
するとぼんやりと私を見たルキアスは、私をじっと見つめて言った。
「…アンディ、自分が酷いことを言ってしまった時は、どうやって仲直りすれば良い?」
私はまさかルキアスの口からそんな色めいた話が聞けるとは思わずに、動揺を隠しながら何気なく尋ねた。
「兄上が酷いことを言うなんて、よっぽどそのお相手に熱をあげているんですね。誰に対しても感情の読み取れない王族らしい振る舞いの兄上が、そこまで感情的になるのがその証拠ですよ。
まぁ、謝るしかないですよね?何かプレゼントをあげるとか。お相手はどんな人なんですか?女性?男性?年齢は?」
思わず深追いしてしまったので、ルキアスは顔を顰めて視線を逸らして呟いた。
「…謝り損ねたんだ。彼が許してくれるかどうか分からない。随分酷いことを言ってしまったから。もう二度と会えないかも…。」
私は俄然興味が湧いた。年子の異母兄弟であっても、兄と慕うルキアスは、王子としても私のお手本だった。そのルキアスがこんなに憔悴している姿を見るのは、本当に覚えがないんだ。
ここまで揺るがないルキアスを惑わす相手とは、一体どんな人物なのだろうか。けれどこれ以上しつこく聞いても、ルキアスの性格上かえって何も言わなくなるだろう。
「兄上、お相手は兄上が皇太子だと言う事はご存知なのですか?もし内密に会っていたとすれば、いっそ皇太子だと打ち明けてみては?あえて王族というカードを切るのも一つの手段ですから。
頑なになったお相手を懐柔するのに、手段を選んでる場合ではありませんからね?」
私が実体験からのアドバイスをすると、テーブルの上のグラスの水滴を指でなぞって呟いた。
「…彼も私の様に見張られている様だった。私たちの様に立場と言うよりは愛情で心配されて…。アンディ、そんな相手に王族だと示した所で響くと思うか?
私とは真逆の伸びやかな彼を怒らせたのだ。…まったく、これがこの国の未来の王だとは笑える。」
そう言って一気にグラスを煽ると、立ち上がって自室に戻って行った。
私はルキアスの後ろ姿を見送りながら、赤い葡萄酒のグラスの中身を揺らした。ルキアスはあんな事を言っていたが、王族の、まして未来の王である皇太子の立場と言うものが周囲の人間に及ぼす影響は計り知れない。
年子の私は第二王子だが、少なくとも皇太子と第二王子の扱いの差は歴然としている。それに比例して人々が向ける眼差しも変わるのだ。私は面倒な皇太子などなりたいとは思わないが、第二妃である母上にとっては、そんな欲のない私を歯痒く思う様だった。
結局私たちは王族というしがらみから逃れる事もできず、ルキアスの様に心惹かれる者に、率直に振る舞う事も出来ずに拗れる羽目になる。それとも、自分たちの不甲斐なさを王族という言い訳で誤魔化しているだけなのだろうか。
私がこんなルキアスとのやり取りを不意に思い出したのは、目の前の死霊のマダーもどきの怪しい青年が落とした耳飾りを拾ったせいだった。
手のひらに転がった貴石のついた耳飾りは、皇太子であるルキアスの物だ。なぜこの青年が持っていた?
私は目の前の不安気な顔をして耳飾りを返して欲しがる死霊のマダーの正体を暴かなくてはならない。ルキアスのために?そう、魅入られている兄上のためだ。…たぶん。
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