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エルフの国
若者
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僕がゆっくり近づくと意味を成さない悲鳴が聞こえて、若者が随分必死になってもがくのが見えた。ああ、あんなに動いたらますます結界が強まってしまう。
僕は慌てて地面に手を押し付けると、結界を少し緩める呪文を呟いた。完全に結界を緩めるわけにいかないので、少しだけだ。
すると若者は騒ぐのをぴたりと止めて、僕に話しかけて来た。
「…もしかして助けてくれてる?さっきより木の蔦が緩んだ気がする…。頼む助けてくれ。嘆きのマダーでも良いから、助けて…。」
死霊に助けを求める、ある意味豪快な若者を面白く思って、僕は顔を覆う髪の間から若者を窺い見た。まだがっちりと脚や胴体に木の蔦が絡みついている。
僕はどうしたものかと考えながら、側の木に手を掛けて頼んだ。
「…彼の拘束を、脚以外離してあげて。」
するとゆっくりと蔦が若者の身体から離れていく。勿論太腿に巻き付いた蔦以外は。
「助かった…!全部って訳にはいかないが。あなたは一体誰だい?嘆きのマダーと言うには、生きてるみたいだし。でも普通では無いのは確かだ。こんな国境の結界に存在して…、その黒い髪も見た事がない。」
僕は余計な事を言わずに、木に頼んで彼を結界の外に放り出して貰った。
乱暴に放り出されたのか、枝の折れる音や衝撃音が響いた。僕は心配になって、結界ギリギリまで近寄って尻餅をついた若者を覗き込んだ。
「…イタタ。ちょっと雑だけど助けて貰ったのは確かだね。ありがとう、マダー。ハハ、君をマダーと呼ぶのは変な感じだ。だって君は随分と顔色も良くて、死霊と言うよりは人間?いや、やっぱり死霊なのかな。
人間が結界の向こうに居る訳無いし、結界を君の様にどうこう出来る訳無いんだから。」
若者に人間らしくないと言われて、僕は顔を顰めた。僕は人間なのに、取り替えっ子のせいで人間から見たら別ものに感じられるんだろう。僕の知ってる満月の君も、僕をやっぱりそんな風に感じていたんだろうか。
僕は彼のことを思い出して胸が痛くなった。知らず耳に無意識に触れたせいで、耳飾りが外れて勢いよく飛んだ。
その耳飾りは僕の目の前から、よりにも寄って結界を超えて若者の足元へ転がり落ちた。ああ、何てことだろう!
結界の向こうに落ちてしまっては、流石の僕も結界を緩めて危険な相手の側へ近寄ることなど出来ない。若者が興味深げに足元に光る僕の耳飾りを拾い上げるのを見つめながら、どうしたらあれを取り戻す事が出来るか焦っていた。
若者は拾い上げた耳飾りをマジマジと見つめて、驚いた様に僕を見上げた。
「マダー、これ一体どうしたんだい?…これは元々君の物ではない筈だ。」
若者がそれを僕に返してくれないのではないかと焦った僕は、思わず言葉を発してしまった。
「返して!それは僕の大切な耳飾りなんだ。」
僕をじっと見返した若者は、何か考え込みながら言った。
「マダーには助けて貰ったからお礼に返しても良いけど、ひとつ条件があるよ。君の顔を見せてくれる?流石に死霊のマダーにこれを渡すのは躊躇うよ。」
若者の言う言葉は言い訳じみていたけれど、かと言って僕に選択肢など無かった。大事な耳飾りを取り戻すことばかりに注意が逸れていたからだ。
僕は迷いながら髪をかきあげて、顔を出した。危険な人間に僕の姿を見られる事が、今後どう言うことになるのか皆目見当が付かなかった。
目の前の若者が目を見開いて、僕を黙って見つめている。ああ、そうか僕の耳を見て人間だと気付いたのか。怪しい嘆きのマダーの様な人間。あるいは結界を操る怪しい人間。
僕はスッと手を出して若者に言った。
「…顔見せたら返すって言った。返して。」
すると若者はハッとしてから、自分の手の中の耳飾りをもう一度見つめて言った。
「これを君が持ってるってことは、この耳飾りの持ち主と君は面識があるってことなのかな。まったく、あの人はいつも私の先手先手をいくんだな。…君も彼のものなのかい?」
僕は首を傾げた。若者の言うことはよく分からない。満月の君の事を知っている様な事を言う目の前の若者は、起き上がると結界の側に寄って来た。
それから耳飾りを摘んだ手をこちらへ伸ばして来た。
「そこで待ってて。」
結界の中に入ったら、若者はまた蔦に自由を奪われるだろう。僕は伸ばした手が触れるギリギリまで近寄った。ああ、もう少しだ。けれどもその時僕が結界を緩めたせいで力の歪みがあったのか、ピシリと嫌な音が聞こえた。
僕達はハッと顔を見合わせて、それから鏡の様に一緒に上を見上げた。幾重にも重なる森の木々や結界を形作るバリアの様な結晶が、正にこちらへと揺れて落ちてこようとしていた。
咄嗟に僕は結界の際に居た若者を突き飛ばすと、目を見開いた若者がバランスを崩して後方へもんどり打って転がるのを、スローモーションを眺めるように見つめながら必死で木々に頼んでいた。
あの若者が怪我などしない様に、そしてエルフの誰かにこの事を伝えてと。
次の瞬間、僕の頭上に落ちて来た折れた枝や、結界を形作るものが降って来て、僕は恐怖と身体に感じる衝撃の中、目まぐるしく考えを巡らせた。
ああ、結界に手を出すからこんな事になったんだ。
だからと言って、僕にあの人間の若者を助けないと言う選択肢など無かった。結局満月の君から貰った耳飾りを受け取れなかったと悲しく思いながら、僕はプツリと意識を手放した。
僕は慌てて地面に手を押し付けると、結界を少し緩める呪文を呟いた。完全に結界を緩めるわけにいかないので、少しだけだ。
すると若者は騒ぐのをぴたりと止めて、僕に話しかけて来た。
「…もしかして助けてくれてる?さっきより木の蔦が緩んだ気がする…。頼む助けてくれ。嘆きのマダーでも良いから、助けて…。」
死霊に助けを求める、ある意味豪快な若者を面白く思って、僕は顔を覆う髪の間から若者を窺い見た。まだがっちりと脚や胴体に木の蔦が絡みついている。
僕はどうしたものかと考えながら、側の木に手を掛けて頼んだ。
「…彼の拘束を、脚以外離してあげて。」
するとゆっくりと蔦が若者の身体から離れていく。勿論太腿に巻き付いた蔦以外は。
「助かった…!全部って訳にはいかないが。あなたは一体誰だい?嘆きのマダーと言うには、生きてるみたいだし。でも普通では無いのは確かだ。こんな国境の結界に存在して…、その黒い髪も見た事がない。」
僕は余計な事を言わずに、木に頼んで彼を結界の外に放り出して貰った。
乱暴に放り出されたのか、枝の折れる音や衝撃音が響いた。僕は心配になって、結界ギリギリまで近寄って尻餅をついた若者を覗き込んだ。
「…イタタ。ちょっと雑だけど助けて貰ったのは確かだね。ありがとう、マダー。ハハ、君をマダーと呼ぶのは変な感じだ。だって君は随分と顔色も良くて、死霊と言うよりは人間?いや、やっぱり死霊なのかな。
人間が結界の向こうに居る訳無いし、結界を君の様にどうこう出来る訳無いんだから。」
若者に人間らしくないと言われて、僕は顔を顰めた。僕は人間なのに、取り替えっ子のせいで人間から見たら別ものに感じられるんだろう。僕の知ってる満月の君も、僕をやっぱりそんな風に感じていたんだろうか。
僕は彼のことを思い出して胸が痛くなった。知らず耳に無意識に触れたせいで、耳飾りが外れて勢いよく飛んだ。
その耳飾りは僕の目の前から、よりにも寄って結界を超えて若者の足元へ転がり落ちた。ああ、何てことだろう!
結界の向こうに落ちてしまっては、流石の僕も結界を緩めて危険な相手の側へ近寄ることなど出来ない。若者が興味深げに足元に光る僕の耳飾りを拾い上げるのを見つめながら、どうしたらあれを取り戻す事が出来るか焦っていた。
若者は拾い上げた耳飾りをマジマジと見つめて、驚いた様に僕を見上げた。
「マダー、これ一体どうしたんだい?…これは元々君の物ではない筈だ。」
若者がそれを僕に返してくれないのではないかと焦った僕は、思わず言葉を発してしまった。
「返して!それは僕の大切な耳飾りなんだ。」
僕をじっと見返した若者は、何か考え込みながら言った。
「マダーには助けて貰ったからお礼に返しても良いけど、ひとつ条件があるよ。君の顔を見せてくれる?流石に死霊のマダーにこれを渡すのは躊躇うよ。」
若者の言う言葉は言い訳じみていたけれど、かと言って僕に選択肢など無かった。大事な耳飾りを取り戻すことばかりに注意が逸れていたからだ。
僕は迷いながら髪をかきあげて、顔を出した。危険な人間に僕の姿を見られる事が、今後どう言うことになるのか皆目見当が付かなかった。
目の前の若者が目を見開いて、僕を黙って見つめている。ああ、そうか僕の耳を見て人間だと気付いたのか。怪しい嘆きのマダーの様な人間。あるいは結界を操る怪しい人間。
僕はスッと手を出して若者に言った。
「…顔見せたら返すって言った。返して。」
すると若者はハッとしてから、自分の手の中の耳飾りをもう一度見つめて言った。
「これを君が持ってるってことは、この耳飾りの持ち主と君は面識があるってことなのかな。まったく、あの人はいつも私の先手先手をいくんだな。…君も彼のものなのかい?」
僕は首を傾げた。若者の言うことはよく分からない。満月の君の事を知っている様な事を言う目の前の若者は、起き上がると結界の側に寄って来た。
それから耳飾りを摘んだ手をこちらへ伸ばして来た。
「そこで待ってて。」
結界の中に入ったら、若者はまた蔦に自由を奪われるだろう。僕は伸ばした手が触れるギリギリまで近寄った。ああ、もう少しだ。けれどもその時僕が結界を緩めたせいで力の歪みがあったのか、ピシリと嫌な音が聞こえた。
僕達はハッと顔を見合わせて、それから鏡の様に一緒に上を見上げた。幾重にも重なる森の木々や結界を形作るバリアの様な結晶が、正にこちらへと揺れて落ちてこようとしていた。
咄嗟に僕は結界の際に居た若者を突き飛ばすと、目を見開いた若者がバランスを崩して後方へもんどり打って転がるのを、スローモーションを眺めるように見つめながら必死で木々に頼んでいた。
あの若者が怪我などしない様に、そしてエルフの誰かにこの事を伝えてと。
次の瞬間、僕の頭上に落ちて来た折れた枝や、結界を形作るものが降って来て、僕は恐怖と身体に感じる衝撃の中、目まぐるしく考えを巡らせた。
ああ、結界に手を出すからこんな事になったんだ。
だからと言って、僕にあの人間の若者を助けないと言う選択肢など無かった。結局満月の君から貰った耳飾りを受け取れなかったと悲しく思いながら、僕はプツリと意識を手放した。
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