エルフの国の取り替えっ子は、運命に気づかない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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エルフの国

誕生日の贈り物

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 僕はいそいそと例の場所に急いだ。すっかり遅れてしまった。満月は頭上に登って、いつもの様に敷地を明るく照らしている。昨日雨が降ったせいで水溜りが大きくなったのか、遠目でも月が映って綺麗な水面がよく見える。

「まったく、いつまでも従者がウロウロしていて抜け出すのに時間掛かっちゃったよ。」

満月の度に僕が部屋を抜け出しているのを怪しんでいる従者に、敷地をほっつき歩いているだけだと弁明したものの、あまり良い顔をされなかった。そうは言っても僕も彼に会いに行かないといけない。


 ようやくいつもの場所に近づくと、予想より水溜りが大きくなっていた。これじゃあ、彼の姿が遠くなってしまうかもしれない。そう思っていると、彼が月を背にこちらを覗き込むのが分かった。

『リアン、来てるのか?』

そう言いながらキョロキョロと僕を探す様子を、僕は少し離れた位置から見つめていた。今夜は水面が広いせいで満月の君の姿がよく見えた。僕は金色の淡い髪色と灰色の瞳、バランスの良い鍛えられた身体に見惚れながら ゆっくりと近づいて顔を出した。


 「こんばんは、満月の君。早かったね?実は抜け出してるのがばれちゃったんだ。でも明日には誕生日が来て次の満月には夜歩きが出来るのに、どうして敷地の中もダメなんだろうね?」

僕がそう言って、急いだせいで汗ばんで乱れた長い髪を掻き上げて背中に流すと、少し黙り込んだ彼が一瞬遅れて口を開いた。

『…誕生日?何歳になるんだ?リアン。そう言えば年齢をはっきり聞いて無かった…。会えたらお祝い出来るのに。」

僕はまるでお祝いしてもらうのを強請った様に思われたかと思って、気まずい気持ちで慌てて答えた。

「15歳だよ。僕の国では15歳になると満月の夜に夜歩き出来るようになるんだ。僕の友人達や兄弟は、朝まで遊び歩いてるんだよ?一体何をしてるのか、いまだに教えてくれないけどね。」


 すると彼は水鏡の向こうでスクッと立ち上がってウロウロと歩き回っている様子だった。時々姿が見えなくなるけれど、考え込む表情や、動く姿が見られるのは少し嬉しい。

『…もしかして来月の満月からもう会えなくなるって事かい?その夜歩きに参加するんだろう?』

そう彼に言われて、僕ははたと首を傾げた。確かにそうだ。彼と夜歩き、どちらを優先するべきなんだろう。それでも僕は良い案を思いついて言った。


 「最初にここに来て、君と会ってから出掛けることにするよ。夜歩きは朝まで時間があるからね?兄上なんて、毎回ヘトヘトになるまで遊んでいるんだ。腰が痛いとか言ってさ。一体何をしているんだか。」

僕がそう言って笑うと、水鏡が揺れて満月の君が水中に手を伸ばしてるのに気がついた。

『…私はリアンに行って欲しくない。きっと…。』

 
 僕は彼が何か言いたげなのに気づいたけれど、よく聞こえなかった。それより彼の指先が随分とこちらに近い気がして、じっとその指先を見つめた。

それから僕は考えるより先にその指先目指して、水中に手を突っ込んだ。やろうと考えた事が無かったのが不思議だった。ダメ元で良いじゃないか。

僕のしようとした事が分かったのか、満月の君もいきなり屈み込んで肩まで腕を水の中に入れてこちらに手を伸ばした。


 もう少し。もう少しで触れられそう。僕と彼の指先が少しだけ触れた気がした。温かい。ひんやりした水の中で体温を感じる。やっぱり彼は幻影ではなく、実在する生身の身体なんだ。

そう思ったのは彼も一緒だったみたいだ。指が触れたことに僕が驚いて手を引っ込めると、彼も同じ様に手を引っ込めた。水面越しでもぐっしょりに濡れているのが分かる。

それから彼はおもむろに自分の耳から銀の飾りを取ると、それを摘んでもう一度水の中へ手を伸ばした。


 『リアン、1日早いけど誕生日のお祝いだよ。15歳おめでとう。私は今17歳なんだ。リアンと会えるのが私にはどんなに楽しい事か分かるかい?私に会おうと思ってくれてありがとう。…君に会いたいよ。」

僕は真剣な表情の彼にそう言われて、何だかドキドキしながらもう一度水鏡になった水溜りに手を入れた。肩まで水中に入らないと受け取れないと思ったので、僕は思い切って顔まで突っ込んで腕を伸ばした。


 彼に手を握られたと思った次の瞬間に、僕の手の中に彼からの贈り物が受け渡された。彼もまた水の中に顔をつけて手を伸ばしていたんだ。満月の光でキラキラと光が踊る中、僕は彼とはっきり目を合わせて見つめ合った。

ああ、彼は美しい星屑の様な灰色の瞳をしている。肩より短い明るい金髪が水中で広がって、輝く様な二つの色合いは神々しかった。僕の手を握る逞しい大きな手は節張っていて、ヴァルの様に剣を握る手だと思った。


 僕たちは目を逸せなくてお互いを貪る様に見つめ合っていたけれど、直ぐに息が苦しくなってゴボゴボと口から息が漏れる頃には、名残惜しさを感じながら手を離した。

水面から顔を出して大きく息を整えていると、彼はいつもの様に顔を顰めて遠くを見ると僕に言った。

『行かなくては…。リアン、私からの贈り物を決して無くさないで。ああ、君に直接会えたら良いのに…!必ず次の満月も会いに来てくれ。必ずだ。』


 そう言うと、慌てた様に立ち上って姿を消してしまった。満月の集会の終わりはいつもこんな感じだけれど、今夜はもう少し僕の言葉を待っていてくれたら良かったのに。

「いつも君に会いたいって、僕も言いたかったな…。」

手のひらに転がる細かい細工で出来た耳飾りは、ドワーフが持ち込む様な繊細な宝飾品だった。彼の瞳と同じ色の貴石が真ん中に埋め込まれていて随分値打ちのあるものだと僕にも分かる。彼は一体何者なんだろう。

僕は貴石が見えない様に逆さまにしてそれを耳の縁に嵌め込むと、指でそっと撫でた。胸がいつもよりドキドキする。彼に握られた手が熱い気がするし、彼の真剣な眼差しもすっかり僕の脳裏に焼きついてしまった。ああ、僕どうかしてしまったのかな!?








 

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