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人間の国
エルフ王の考え
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「マグノリアンを人間の国へ、試しに行かせようと思う。」
家族が揃った夕食時に突然そう言われて、僕は目を見開いた。他の兄弟も同様にポカンとしているから初耳なのかもしれない。僕は父上の本意が分からず、動揺して周囲を見回した。
すると次兄のケル兄が眉を顰めると、語気を強めて父上に問いかけた。
「一体どう言う事ですか。マグノリアンは種族としては人間かもしれませんが、エルフの国でずっと育ってきたのです。エルフは滅多な事ではこの国を出ていきません。マグノリアンも人間の国へなどいく必要はないのではありませんか?」
すると父上が僕らを見回しながら言った。
「私も理由なくそんな事を言ったのではないのだ。マグノリアンが人間だとすると、きっとエルフ族とは寿命も違うだろう。エルフ族は保守的な種族だ。婚姻もエルフ族以外の相手とする者がほとんどいないのも事実だ。
マグノリアンは今やますます人間めいて来た。一度人間の世界でも暮らして、居心地の良さを比べても良いのではないかと思ってね。…マグノリアンを見ていると、私の人間の友人を度々思い出すんだ。
彼ならきっとマグノリアンに新しい世界を見せてくれる様に協力してくれる事だろう。それに18歳になったマグノリアンにとっても、選択肢を広げるのは悪い話ではない。マグノリアン、お前はどう思う?」
僕は突然突きつけられた現実にじわじわと緊張が募った。最近感じていた事を父上に見透かされた気がしたからだ。18歳になった僕は、成長の早いエルフ族の中ではちんちくりんだ。
僕がどの程度人間味があるのかは分からないけれど、エルフの友人達からは何となく一線を引かれている気がしていた。元々エルフ族は感情をあまり出さないせいで、僕がまるでいつまでも子供の様に振る舞っている気になってしまう。
かと言って、僕には感情を抑えることも難しい。
「僕は、この国を出ていく事など考えたこともありませんでした。でも確かに最近、僕と友人達との違いを感じているのも事実です。父上がそうおっしゃるのなら、それが最善なのでしょうね。
父上は間違った事はおっしゃられないですから。…経験として人間の世界を試すのは悪くないと思います。少し怖いですけど。」
そう強張った顔で言うと、ベルベット姉上が息巻いて言った。
「んまぁ、一体誰が可愛いマグノリアンを仲間はずれにすると言うのです!雁首揃えて連れてらっしゃいな!」
相変わらずエルフ族にしては血の気が多い姉上に少し慰められた気がして、僕は首を振った。
「誰がという訳ではないよ。その、彼らの中に居ると、僕が勝手に自分が子供っぽいと思うだけだよ。姉上はともかく、基本皆冷静でしょ?」
眉を顰めて考え込んでいた皇太子のカーバル兄が、ボソリと誰に言うともなく言った。
「誰もお前のことを疎んじる者などいないと思うが。どちらかと言うと反対なんじゃ無いのか?お前は昔から鈍感だから。…でも父上の仰ることもよく分かるんだ。エルフ族でないマグノリアンは、本来の自分の種族の有り様も経験しておいた方が良いだろう。」
さっきから黙りこくっていた母上が僕を見つめて尋ねた。
「私はマグノリアンの考えを尊重したいと思うわ。私の手元を離れては欲しくないけれど、何がお前の幸せかは私には決められないもの。」
僕は優しい眼差しで僕を見つめる母上に微笑み返して、決意を込めて言った。
「父上の言う事も一理あると思います。僕が人間なのは間違いないのですから、一度人間と一緒に過ごしてみたいと思います。父上、手配の方をよろしくお願いします。」
家族の心配そうな表情を見回しながら、そうは言っても僕には不安の方が大きかった。それから父上が人間の国の伝手を辿って色々手配してくれる様だったけれど、直ぐにと言う訳でもない様だった。
結局人間の国で春になったらと言う話が決定したと聞いたのは、一ヶ月後のことだったからだ。
ここ常春のエルフの国と違って、人間の国は四季というものがあるらしい事は学校で習っていた。いきなり雪という冷たい雲のかけらが降る冬に留学しても、流石に順応できそうもないと言う父上の判断があったからだ。
けれども内心僕は、あの三年前の結界付近での事故の後、時々不意に僕の脳裏に浮かぶ、この世界ではない様々な経験や知識を持ってすれば、冬というものを楽しめる気がしていた。
けれどもその事は誰にも言っていないので、僕は黙ってその決定を受け入れたんだ。
僕は人間の国へ留学する日時を聞いた日の夜、何となく動揺して眠れなかった。後二ヶ月ほどで僕は人間の国へ行くことになった。それは僕の中に蘇った記憶は興奮を感じさせたし、この国で育った僕自身は不安を強く感じたからだ。
その日は満月で、いつもより大きな月が空から落ちて来そうな夜だった。
満月の夜が来るたびに月を見上げると、何かが記憶を引っ掻くけれど、霞がかかった様に思い出せないモヤモヤは、あの事故以来僕が感じている事だ。
城の敷地をぶらりと歩きながら、我ながらこの世界の経験と、蘇った別の世界の記憶とを随分上手く捏ね合わせて順応できる様になったとクスリと笑った。
三年前、ベッドの上で目覚めた僕は、本当に言葉にできないくらい混乱して愕然としたのだから。
家族が揃った夕食時に突然そう言われて、僕は目を見開いた。他の兄弟も同様にポカンとしているから初耳なのかもしれない。僕は父上の本意が分からず、動揺して周囲を見回した。
すると次兄のケル兄が眉を顰めると、語気を強めて父上に問いかけた。
「一体どう言う事ですか。マグノリアンは種族としては人間かもしれませんが、エルフの国でずっと育ってきたのです。エルフは滅多な事ではこの国を出ていきません。マグノリアンも人間の国へなどいく必要はないのではありませんか?」
すると父上が僕らを見回しながら言った。
「私も理由なくそんな事を言ったのではないのだ。マグノリアンが人間だとすると、きっとエルフ族とは寿命も違うだろう。エルフ族は保守的な種族だ。婚姻もエルフ族以外の相手とする者がほとんどいないのも事実だ。
マグノリアンは今やますます人間めいて来た。一度人間の世界でも暮らして、居心地の良さを比べても良いのではないかと思ってね。…マグノリアンを見ていると、私の人間の友人を度々思い出すんだ。
彼ならきっとマグノリアンに新しい世界を見せてくれる様に協力してくれる事だろう。それに18歳になったマグノリアンにとっても、選択肢を広げるのは悪い話ではない。マグノリアン、お前はどう思う?」
僕は突然突きつけられた現実にじわじわと緊張が募った。最近感じていた事を父上に見透かされた気がしたからだ。18歳になった僕は、成長の早いエルフ族の中ではちんちくりんだ。
僕がどの程度人間味があるのかは分からないけれど、エルフの友人達からは何となく一線を引かれている気がしていた。元々エルフ族は感情をあまり出さないせいで、僕がまるでいつまでも子供の様に振る舞っている気になってしまう。
かと言って、僕には感情を抑えることも難しい。
「僕は、この国を出ていく事など考えたこともありませんでした。でも確かに最近、僕と友人達との違いを感じているのも事実です。父上がそうおっしゃるのなら、それが最善なのでしょうね。
父上は間違った事はおっしゃられないですから。…経験として人間の世界を試すのは悪くないと思います。少し怖いですけど。」
そう強張った顔で言うと、ベルベット姉上が息巻いて言った。
「んまぁ、一体誰が可愛いマグノリアンを仲間はずれにすると言うのです!雁首揃えて連れてらっしゃいな!」
相変わらずエルフ族にしては血の気が多い姉上に少し慰められた気がして、僕は首を振った。
「誰がという訳ではないよ。その、彼らの中に居ると、僕が勝手に自分が子供っぽいと思うだけだよ。姉上はともかく、基本皆冷静でしょ?」
眉を顰めて考え込んでいた皇太子のカーバル兄が、ボソリと誰に言うともなく言った。
「誰もお前のことを疎んじる者などいないと思うが。どちらかと言うと反対なんじゃ無いのか?お前は昔から鈍感だから。…でも父上の仰ることもよく分かるんだ。エルフ族でないマグノリアンは、本来の自分の種族の有り様も経験しておいた方が良いだろう。」
さっきから黙りこくっていた母上が僕を見つめて尋ねた。
「私はマグノリアンの考えを尊重したいと思うわ。私の手元を離れては欲しくないけれど、何がお前の幸せかは私には決められないもの。」
僕は優しい眼差しで僕を見つめる母上に微笑み返して、決意を込めて言った。
「父上の言う事も一理あると思います。僕が人間なのは間違いないのですから、一度人間と一緒に過ごしてみたいと思います。父上、手配の方をよろしくお願いします。」
家族の心配そうな表情を見回しながら、そうは言っても僕には不安の方が大きかった。それから父上が人間の国の伝手を辿って色々手配してくれる様だったけれど、直ぐにと言う訳でもない様だった。
結局人間の国で春になったらと言う話が決定したと聞いたのは、一ヶ月後のことだったからだ。
ここ常春のエルフの国と違って、人間の国は四季というものがあるらしい事は学校で習っていた。いきなり雪という冷たい雲のかけらが降る冬に留学しても、流石に順応できそうもないと言う父上の判断があったからだ。
けれども内心僕は、あの三年前の結界付近での事故の後、時々不意に僕の脳裏に浮かぶ、この世界ではない様々な経験や知識を持ってすれば、冬というものを楽しめる気がしていた。
けれどもその事は誰にも言っていないので、僕は黙ってその決定を受け入れたんだ。
僕は人間の国へ留学する日時を聞いた日の夜、何となく動揺して眠れなかった。後二ヶ月ほどで僕は人間の国へ行くことになった。それは僕の中に蘇った記憶は興奮を感じさせたし、この国で育った僕自身は不安を強く感じたからだ。
その日は満月で、いつもより大きな月が空から落ちて来そうな夜だった。
満月の夜が来るたびに月を見上げると、何かが記憶を引っ掻くけれど、霞がかかった様に思い出せないモヤモヤは、あの事故以来僕が感じている事だ。
城の敷地をぶらりと歩きながら、我ながらこの世界の経験と、蘇った別の世界の記憶とを随分上手く捏ね合わせて順応できる様になったとクスリと笑った。
三年前、ベッドの上で目覚めた僕は、本当に言葉にできないくらい混乱して愕然としたのだから。
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