15 / 49
人間の国
エルフ王の考え
しおりを挟む
「マグノリアンを人間の国へ、試しに行かせようと思う。」
家族が揃った夕食時に突然そう言われて、僕は目を見開いた。他の兄弟も同様にポカンとしているから初耳なのかもしれない。僕は父上の本意が分からず、動揺して周囲を見回した。
すると次兄のケル兄が眉を顰めると、語気を強めて父上に問いかけた。
「一体どう言う事ですか。マグノリアンは種族としては人間かもしれませんが、エルフの国でずっと育ってきたのです。エルフは滅多な事ではこの国を出ていきません。マグノリアンも人間の国へなどいく必要はないのではありませんか?」
すると父上が僕らを見回しながら言った。
「私も理由なくそんな事を言ったのではないのだ。マグノリアンが人間だとすると、きっとエルフ族とは寿命も違うだろう。エルフ族は保守的な種族だ。婚姻もエルフ族以外の相手とする者がほとんどいないのも事実だ。
マグノリアンは今やますます人間めいて来た。一度人間の世界でも暮らして、居心地の良さを比べても良いのではないかと思ってね。…マグノリアンを見ていると、私の人間の友人を度々思い出すんだ。
彼ならきっとマグノリアンに新しい世界を見せてくれる様に協力してくれる事だろう。それに18歳になったマグノリアンにとっても、選択肢を広げるのは悪い話ではない。マグノリアン、お前はどう思う?」
僕は突然突きつけられた現実にじわじわと緊張が募った。最近感じていた事を父上に見透かされた気がしたからだ。18歳になった僕は、成長の早いエルフ族の中ではちんちくりんだ。
僕がどの程度人間味があるのかは分からないけれど、エルフの友人達からは何となく一線を引かれている気がしていた。元々エルフ族は感情をあまり出さないせいで、僕がまるでいつまでも子供の様に振る舞っている気になってしまう。
かと言って、僕には感情を抑えることも難しい。
「僕は、この国を出ていく事など考えたこともありませんでした。でも確かに最近、僕と友人達との違いを感じているのも事実です。父上がそうおっしゃるのなら、それが最善なのでしょうね。
父上は間違った事はおっしゃられないですから。…経験として人間の世界を試すのは悪くないと思います。少し怖いですけど。」
そう強張った顔で言うと、ベルベット姉上が息巻いて言った。
「んまぁ、一体誰が可愛いマグノリアンを仲間はずれにすると言うのです!雁首揃えて連れてらっしゃいな!」
相変わらずエルフ族にしては血の気が多い姉上に少し慰められた気がして、僕は首を振った。
「誰がという訳ではないよ。その、彼らの中に居ると、僕が勝手に自分が子供っぽいと思うだけだよ。姉上はともかく、基本皆冷静でしょ?」
眉を顰めて考え込んでいた皇太子のカーバル兄が、ボソリと誰に言うともなく言った。
「誰もお前のことを疎んじる者などいないと思うが。どちらかと言うと反対なんじゃ無いのか?お前は昔から鈍感だから。…でも父上の仰ることもよく分かるんだ。エルフ族でないマグノリアンは、本来の自分の種族の有り様も経験しておいた方が良いだろう。」
さっきから黙りこくっていた母上が僕を見つめて尋ねた。
「私はマグノリアンの考えを尊重したいと思うわ。私の手元を離れては欲しくないけれど、何がお前の幸せかは私には決められないもの。」
僕は優しい眼差しで僕を見つめる母上に微笑み返して、決意を込めて言った。
「父上の言う事も一理あると思います。僕が人間なのは間違いないのですから、一度人間と一緒に過ごしてみたいと思います。父上、手配の方をよろしくお願いします。」
家族の心配そうな表情を見回しながら、そうは言っても僕には不安の方が大きかった。それから父上が人間の国の伝手を辿って色々手配してくれる様だったけれど、直ぐにと言う訳でもない様だった。
結局人間の国で春になったらと言う話が決定したと聞いたのは、一ヶ月後のことだったからだ。
ここ常春のエルフの国と違って、人間の国は四季というものがあるらしい事は学校で習っていた。いきなり雪という冷たい雲のかけらが降る冬に留学しても、流石に順応できそうもないと言う父上の判断があったからだ。
けれども内心僕は、あの三年前の結界付近での事故の後、時々不意に僕の脳裏に浮かぶ、この世界ではない様々な経験や知識を持ってすれば、冬というものを楽しめる気がしていた。
けれどもその事は誰にも言っていないので、僕は黙ってその決定を受け入れたんだ。
僕は人間の国へ留学する日時を聞いた日の夜、何となく動揺して眠れなかった。後二ヶ月ほどで僕は人間の国へ行くことになった。それは僕の中に蘇った記憶は興奮を感じさせたし、この国で育った僕自身は不安を強く感じたからだ。
その日は満月で、いつもより大きな月が空から落ちて来そうな夜だった。
満月の夜が来るたびに月を見上げると、何かが記憶を引っ掻くけれど、霞がかかった様に思い出せないモヤモヤは、あの事故以来僕が感じている事だ。
城の敷地をぶらりと歩きながら、我ながらこの世界の経験と、蘇った別の世界の記憶とを随分上手く捏ね合わせて順応できる様になったとクスリと笑った。
三年前、ベッドの上で目覚めた僕は、本当に言葉にできないくらい混乱して愕然としたのだから。
家族が揃った夕食時に突然そう言われて、僕は目を見開いた。他の兄弟も同様にポカンとしているから初耳なのかもしれない。僕は父上の本意が分からず、動揺して周囲を見回した。
すると次兄のケル兄が眉を顰めると、語気を強めて父上に問いかけた。
「一体どう言う事ですか。マグノリアンは種族としては人間かもしれませんが、エルフの国でずっと育ってきたのです。エルフは滅多な事ではこの国を出ていきません。マグノリアンも人間の国へなどいく必要はないのではありませんか?」
すると父上が僕らを見回しながら言った。
「私も理由なくそんな事を言ったのではないのだ。マグノリアンが人間だとすると、きっとエルフ族とは寿命も違うだろう。エルフ族は保守的な種族だ。婚姻もエルフ族以外の相手とする者がほとんどいないのも事実だ。
マグノリアンは今やますます人間めいて来た。一度人間の世界でも暮らして、居心地の良さを比べても良いのではないかと思ってね。…マグノリアンを見ていると、私の人間の友人を度々思い出すんだ。
彼ならきっとマグノリアンに新しい世界を見せてくれる様に協力してくれる事だろう。それに18歳になったマグノリアンにとっても、選択肢を広げるのは悪い話ではない。マグノリアン、お前はどう思う?」
僕は突然突きつけられた現実にじわじわと緊張が募った。最近感じていた事を父上に見透かされた気がしたからだ。18歳になった僕は、成長の早いエルフ族の中ではちんちくりんだ。
僕がどの程度人間味があるのかは分からないけれど、エルフの友人達からは何となく一線を引かれている気がしていた。元々エルフ族は感情をあまり出さないせいで、僕がまるでいつまでも子供の様に振る舞っている気になってしまう。
かと言って、僕には感情を抑えることも難しい。
「僕は、この国を出ていく事など考えたこともありませんでした。でも確かに最近、僕と友人達との違いを感じているのも事実です。父上がそうおっしゃるのなら、それが最善なのでしょうね。
父上は間違った事はおっしゃられないですから。…経験として人間の世界を試すのは悪くないと思います。少し怖いですけど。」
そう強張った顔で言うと、ベルベット姉上が息巻いて言った。
「んまぁ、一体誰が可愛いマグノリアンを仲間はずれにすると言うのです!雁首揃えて連れてらっしゃいな!」
相変わらずエルフ族にしては血の気が多い姉上に少し慰められた気がして、僕は首を振った。
「誰がという訳ではないよ。その、彼らの中に居ると、僕が勝手に自分が子供っぽいと思うだけだよ。姉上はともかく、基本皆冷静でしょ?」
眉を顰めて考え込んでいた皇太子のカーバル兄が、ボソリと誰に言うともなく言った。
「誰もお前のことを疎んじる者などいないと思うが。どちらかと言うと反対なんじゃ無いのか?お前は昔から鈍感だから。…でも父上の仰ることもよく分かるんだ。エルフ族でないマグノリアンは、本来の自分の種族の有り様も経験しておいた方が良いだろう。」
さっきから黙りこくっていた母上が僕を見つめて尋ねた。
「私はマグノリアンの考えを尊重したいと思うわ。私の手元を離れては欲しくないけれど、何がお前の幸せかは私には決められないもの。」
僕は優しい眼差しで僕を見つめる母上に微笑み返して、決意を込めて言った。
「父上の言う事も一理あると思います。僕が人間なのは間違いないのですから、一度人間と一緒に過ごしてみたいと思います。父上、手配の方をよろしくお願いします。」
家族の心配そうな表情を見回しながら、そうは言っても僕には不安の方が大きかった。それから父上が人間の国の伝手を辿って色々手配してくれる様だったけれど、直ぐにと言う訳でもない様だった。
結局人間の国で春になったらと言う話が決定したと聞いたのは、一ヶ月後のことだったからだ。
ここ常春のエルフの国と違って、人間の国は四季というものがあるらしい事は学校で習っていた。いきなり雪という冷たい雲のかけらが降る冬に留学しても、流石に順応できそうもないと言う父上の判断があったからだ。
けれども内心僕は、あの三年前の結界付近での事故の後、時々不意に僕の脳裏に浮かぶ、この世界ではない様々な経験や知識を持ってすれば、冬というものを楽しめる気がしていた。
けれどもその事は誰にも言っていないので、僕は黙ってその決定を受け入れたんだ。
僕は人間の国へ留学する日時を聞いた日の夜、何となく動揺して眠れなかった。後二ヶ月ほどで僕は人間の国へ行くことになった。それは僕の中に蘇った記憶は興奮を感じさせたし、この国で育った僕自身は不安を強く感じたからだ。
その日は満月で、いつもより大きな月が空から落ちて来そうな夜だった。
満月の夜が来るたびに月を見上げると、何かが記憶を引っ掻くけれど、霞がかかった様に思い出せないモヤモヤは、あの事故以来僕が感じている事だ。
城の敷地をぶらりと歩きながら、我ながらこの世界の経験と、蘇った別の世界の記憶とを随分上手く捏ね合わせて順応できる様になったとクスリと笑った。
三年前、ベッドの上で目覚めた僕は、本当に言葉にできないくらい混乱して愕然としたのだから。
32
お気に入りに追加
315
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる