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エルフの国
不安
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僕は寝支度をしようと鏡の前に立っていた。鏡に映る膝までの寝着を着た、腰までの黒髪と黒い瞳の華奢な少年の姿は、エルフ王の銀の髪と青い瞳の一家とは似ても似つかない風貌をしている。
しかも14歳だと言うのに、同世代と比べても幼く見えるのも悩みの種だ。彼らは僕を可愛いって言うけれど、流石に僕も可愛いと言われて喜ぶ歳ではないよ。
家族と似ていない事は、今では落とし所があるけれど、幼い頃にはそれがどうしても嫌で、なぜ僕だけ違うのかと尋ねて両親や兄達を困らせた。当時の僕にはその最大の疑問は死活問題で、どうしても解決しなければならない問題だった。
あの時の不安な気持ちが時々蘇って来て、未だに僕にため息をつかせる。どうしようもない事だと納得している今でも、もしこんな姿でなければ、僕の人生はまるで違うものだったのではないのかと考えてしまう。
あの日幼い僕が疑問を投げかけると、スラリとした10歳上のカーバル兄様が僕を抱き上げて頬に口づけて言った。
「お前がどんな見掛けだろうが、私達の可愛い弟なのだよ。母上がお腹を痛めて産んだのだし、それにお前の爪の形は父上そっくりじゃないか。」
僕は自分の小さな手を目の前に突き出してマジマジと見つめた。そう言われて見ると、父様に爪の形が似ている気がする。それでも双子の様によく似た兄様二人の顔をじっと見つめて口を尖らせた。
「僕の髪黒いでちょ?お目々も黒いでちょ?兄様は違うでちょ?」
困り顔の兄二人の間を割って入ってきたのは、姉様のベルベットだった。
「この子はまたそんな事を言っているの?お前の黒い印は特別なのよ?このエルフ国の宝物なのに、どうしてそんな事ばかり言って困らせるのかしら。さぁ、姉様とおやつを食べに行きましょう。」
兄弟の中で一番の実力者という雰囲気を醸し出す姉様に逆らうことなど出来ずに、僕は兄様に抱かれたまま前を歩く姉様の後を大人しくついて行った。
「でも急にどうしてマグノリアンがそんな事を言い出したのだろうね。…誰かに何か言われたのかい?」
そう心配そうに僕に尋ねるケル兄様に、僕は思い切って言った。
「僕って取り替えっ子なんでちょ?僕はエルフじゃないの…?」
心にしまっておくには幼過ぎたし、取り替えっ子という響きには僕の長年の悩みが解決できそうな響きがあった。一方で真実を知ることの怖さもあって、思わず小さな声になってしまったのは仕方がないことだったかもしれない。
大きな兄弟達はハッとした様に顔を見合わせた。それから僕を抱っこしていた年嵩のカーバル兄様が僕の背中を撫でながら呟いた。
「この事は一度父上と母上から話してもらった方が良いだろうね。私達じゃうまく説明できないから…。でも何も心配する事などないんだ。お前はエルフ国の皇子で、私達の可愛い弟なのは間違い無いのだからね?」
結局その夜、僕は父様と母様のベッドに一緒に座りながら、取り替えっ子について話を聞いたのだった。
「稀に起きるこの取り替えっ子は、種族の違う子供が生まれるのだよ。マグノリアンはエルフ族の母親から生まれたが、お前は人間だ。」
僕は何となく感じていた事がはっきりしたせいで、どこかホッとした気持ちで呟いた。
「…人間?人間ちってる。エルフと違ってやばんな種族でちょ?ぼくもやばんなるの?」
すると母様が僕を抱き寄せて、ぎゅっと力を込めた。
「ああ、マグノリアンがそんな心配をするなんて!取り替えっ子は種族が違うだけで、マグノリアンは確かに私達の素質を受け継いでいるわ。分からない?」
僕は首を傾げた。幼い僕には自分のことなど分かるようで分からないものだ。すると父様は僕の手を取って言った。
「お前の手はエルフの緑の手だ。人間であるお前がエルフと同じ事が出来ると言う事実が、お前が私達の子供だという証拠なのだよ。」
僕は自分の手を見つめた。確かに僕には草花を成長させる能力がある。エルフにはニ割ほどその手の素質がある者がいるけれど、僕は王族のせいかその能力が高かった。
「…人間は緑の手を持っちぇないの?」
僕がそう呟いて父様を見上げると、苦笑した父様は頷いた。
「彼らは別の方法で似たような事は出来るかもしれない。それでも根本的に違う方法だね。私達エルフ族は自然と共に生きている。彼らは…、少し考え方が違うのだよ。ただ、太陽の様なお前を見ていると、激しく力を求める彼ら人間を思い浮かべる時もある。
我々エルフには彼らの様な、力を追い求める様な情熱はないからね。それはどちらが良いとかそう言う事ではないのだよ。あるべき姿なだけだ。」
父様の話す難しい話はよく分からなかったけれど、少なくとも僕は見かけが人間という種族にたまたま生まれてしまったという事だけは分かった。僕は母様に抱きついた。
「…今夜は父さまと、母さまといっちょに眠りたいの。」
母様の柔らかな手が僕の頭を撫でるの感じながら、父様の大きな手も僕の背中を撫でるのを嬉しい気持ちで味わった。
僕は人間の取り替えっ子だけれど、エルフの国でちゃんと居場所があって愛されている。その安心感から口元を緩めながら目を閉じた。それは僕が5歳の時だった。
『今夜は特別に月が明るい。私は友人達と夜通し踊ってくるよ。マグノリアンもあと数ヶ月もしたら出掛ける許可が降りるから、そしたら行ける様になるよ。』
そう僕を慰める様に言った19歳のケル兄様が、ウキウキしながら出掛けた事を羨ましく思い出して、寝支度の終わった僕は、窓辺に寄り掛かって世界を明るく照らすいつもより大きな満月を見上げた。
けれど今夜の明るい月が僕に驚くような出来事を用意しているなんて、その時はまったく考えもしなかったんだ。
しかも14歳だと言うのに、同世代と比べても幼く見えるのも悩みの種だ。彼らは僕を可愛いって言うけれど、流石に僕も可愛いと言われて喜ぶ歳ではないよ。
家族と似ていない事は、今では落とし所があるけれど、幼い頃にはそれがどうしても嫌で、なぜ僕だけ違うのかと尋ねて両親や兄達を困らせた。当時の僕にはその最大の疑問は死活問題で、どうしても解決しなければならない問題だった。
あの時の不安な気持ちが時々蘇って来て、未だに僕にため息をつかせる。どうしようもない事だと納得している今でも、もしこんな姿でなければ、僕の人生はまるで違うものだったのではないのかと考えてしまう。
あの日幼い僕が疑問を投げかけると、スラリとした10歳上のカーバル兄様が僕を抱き上げて頬に口づけて言った。
「お前がどんな見掛けだろうが、私達の可愛い弟なのだよ。母上がお腹を痛めて産んだのだし、それにお前の爪の形は父上そっくりじゃないか。」
僕は自分の小さな手を目の前に突き出してマジマジと見つめた。そう言われて見ると、父様に爪の形が似ている気がする。それでも双子の様によく似た兄様二人の顔をじっと見つめて口を尖らせた。
「僕の髪黒いでちょ?お目々も黒いでちょ?兄様は違うでちょ?」
困り顔の兄二人の間を割って入ってきたのは、姉様のベルベットだった。
「この子はまたそんな事を言っているの?お前の黒い印は特別なのよ?このエルフ国の宝物なのに、どうしてそんな事ばかり言って困らせるのかしら。さぁ、姉様とおやつを食べに行きましょう。」
兄弟の中で一番の実力者という雰囲気を醸し出す姉様に逆らうことなど出来ずに、僕は兄様に抱かれたまま前を歩く姉様の後を大人しくついて行った。
「でも急にどうしてマグノリアンがそんな事を言い出したのだろうね。…誰かに何か言われたのかい?」
そう心配そうに僕に尋ねるケル兄様に、僕は思い切って言った。
「僕って取り替えっ子なんでちょ?僕はエルフじゃないの…?」
心にしまっておくには幼過ぎたし、取り替えっ子という響きには僕の長年の悩みが解決できそうな響きがあった。一方で真実を知ることの怖さもあって、思わず小さな声になってしまったのは仕方がないことだったかもしれない。
大きな兄弟達はハッとした様に顔を見合わせた。それから僕を抱っこしていた年嵩のカーバル兄様が僕の背中を撫でながら呟いた。
「この事は一度父上と母上から話してもらった方が良いだろうね。私達じゃうまく説明できないから…。でも何も心配する事などないんだ。お前はエルフ国の皇子で、私達の可愛い弟なのは間違い無いのだからね?」
結局その夜、僕は父様と母様のベッドに一緒に座りながら、取り替えっ子について話を聞いたのだった。
「稀に起きるこの取り替えっ子は、種族の違う子供が生まれるのだよ。マグノリアンはエルフ族の母親から生まれたが、お前は人間だ。」
僕は何となく感じていた事がはっきりしたせいで、どこかホッとした気持ちで呟いた。
「…人間?人間ちってる。エルフと違ってやばんな種族でちょ?ぼくもやばんなるの?」
すると母様が僕を抱き寄せて、ぎゅっと力を込めた。
「ああ、マグノリアンがそんな心配をするなんて!取り替えっ子は種族が違うだけで、マグノリアンは確かに私達の素質を受け継いでいるわ。分からない?」
僕は首を傾げた。幼い僕には自分のことなど分かるようで分からないものだ。すると父様は僕の手を取って言った。
「お前の手はエルフの緑の手だ。人間であるお前がエルフと同じ事が出来ると言う事実が、お前が私達の子供だという証拠なのだよ。」
僕は自分の手を見つめた。確かに僕には草花を成長させる能力がある。エルフにはニ割ほどその手の素質がある者がいるけれど、僕は王族のせいかその能力が高かった。
「…人間は緑の手を持っちぇないの?」
僕がそう呟いて父様を見上げると、苦笑した父様は頷いた。
「彼らは別の方法で似たような事は出来るかもしれない。それでも根本的に違う方法だね。私達エルフ族は自然と共に生きている。彼らは…、少し考え方が違うのだよ。ただ、太陽の様なお前を見ていると、激しく力を求める彼ら人間を思い浮かべる時もある。
我々エルフには彼らの様な、力を追い求める様な情熱はないからね。それはどちらが良いとかそう言う事ではないのだよ。あるべき姿なだけだ。」
父様の話す難しい話はよく分からなかったけれど、少なくとも僕は見かけが人間という種族にたまたま生まれてしまったという事だけは分かった。僕は母様に抱きついた。
「…今夜は父さまと、母さまといっちょに眠りたいの。」
母様の柔らかな手が僕の頭を撫でるの感じながら、父様の大きな手も僕の背中を撫でるのを嬉しい気持ちで味わった。
僕は人間の取り替えっ子だけれど、エルフの国でちゃんと居場所があって愛されている。その安心感から口元を緩めながら目を閉じた。それは僕が5歳の時だった。
『今夜は特別に月が明るい。私は友人達と夜通し踊ってくるよ。マグノリアンもあと数ヶ月もしたら出掛ける許可が降りるから、そしたら行ける様になるよ。』
そう僕を慰める様に言った19歳のケル兄様が、ウキウキしながら出掛けた事を羨ましく思い出して、寝支度の終わった僕は、窓辺に寄り掛かって世界を明るく照らすいつもより大きな満月を見上げた。
けれど今夜の明るい月が僕に驚くような出来事を用意しているなんて、その時はまったく考えもしなかったんだ。
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