エルフの国の取り替えっ子は、運命に気づかない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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エルフの国

取り替えっ子

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 「…なんて事でしょう!直ぐに王様にお知らせ致しませんと。お妃様、無事にお産まれでございます。しばらくお休みになっていて下さいませ。ええ、大丈夫です…。少しお待ちください。」

慌ただしい動きがその日城内を駆け巡った。それもその筈、千年に一度あるか無いかの現象が起きたからだ。しかもそれがこの国の王の元に現れたのだから。


 エルフの王の末っ子として産まれた可愛らしい赤ん坊は、父にも母にも、それに兄達にもまるで似ていなかった。そしてこの国の住人であるエルフ達とも違った顔つきだった。

父である王は、産婆から手渡された黒髪の可愛い赤ん坊を腕の中に受け取って呟いた。

「なんて事だ。これは取り替えっ子だ。記録によれば以前起きたのは1200年前だったはず。しかもこの子の耳を見れば人間である事は間違いない。しかし隣国メッツァ王国でも、他の国でもこの様な黒髪の人間は見た事が無い。

一体どこの取り替えっ子なのだ?」


 丁度その時、腕の中の赤ん坊が弱々しく泣いて目を開けた。その黒曜石の様な煌めく瞳と目を合わせて、エルフの王は優しく微笑んだ。

「だが、取り替えっ子と言えども、我が息子には変わりない。きさきよ、この子の瞳を見てご覧。この様に見た事もない美しい瞳をしている。取り替えっ子が来たのは我が身の運命。

この子も何か訳あってこの姿でここにやって来たのだろう。」

そう言ってベッドに寄り掛かるお妃様の腕の中へ、産まれたばかりの赤ん坊をそっと手渡した。


 不安気な表情をしていたお妃様は、ひと目赤ん坊を見ると幸せそうに微笑んで美しい声で囁いた。

「まぁ、何て美しい赤ん坊でしょう。この子が取り替えっ子だとしても私のお腹で育って産まれて来たのですもの。私の子供で間違いないですわ。ああ、よしよし。何も心配はいりませんよ。

王よ、私はこの子が人間だとしても、手放すことなど考えられません。この子はこのエルフの国で育てます。」


 エルフの王はお妃様に口づけると、二人で泣き始めた赤ん坊を見つめながら顔を見合わせて微笑みあった。それがこの国に人間の取り替えっ子が産まれた瞬間だった。

記録によれば、稀に起きるこの取り替えっ子は、神のなせる技としか言い様のない現象だった。明らかに種族を超えて産まれてくる赤ん坊は、場合によれば忌み嫌われて、畏れられるだろう。けれど、ここエルフ王の元に生まれ出た黒髪の人間の赤ん坊は、その違いゆえに愛を一身に受ける事となった。




 「マグノリアン、さぁ兄様と手を繋いで?」

地面に生えている真っ赤なキノコを、さっきからしゃがんでじっと見つめて食べたそうにしている男の子は、チラッと煌めく大きな黒い瞳を兄に向けると、渋々立ち上がって手を差し出した。

三番目の一番面倒見の良い兄のケルサは、銀の髪を揺らめかせてマグノリアンの小さな手をぎゅっと握って言った。

「はぁ、良かった。お前も少しは成長したんだね?あの毒キノコを口に入れなくなっただけで、随分成長を感じるよ。」

マグノリアンと呼ばれた男の子は、少し不満気に可愛らしい赤い唇を尖らせた。

「だって、ケル兄さまがいっつも怖い顔でダメって怒るでちょ?あのキノコ、本当に食べられない?」



 ケル兄さまと呼ばれた13歳ほどのエルフの少年は、自分の半分の背丈にも満たない小さな男の子を呆れた様に見下ろして言った。

「まったく、一度口の中に入れてしばらく痺れが取れなかったのを覚えていないのかい?お前のその後先考えずに行動する性格には、ほとほと心配が尽きないよ。さあ、そろそろ城に戻ろう。」

城に戻る道すがら、兄弟皇子は領民のエルフ達から挨拶を受けた。エルフ王の子供は長男、長女、次男、三男の四人の兄弟で、とりわけ歳の離れた末っ子の三男はエルフの国でも珍しい取り替えっ子として有名だ。


 最初は王のところに人間の取り替えっ子が出た事を心配する向きもあったが、王家一族の末っ子への愛情が凄まじく、成長と共にその子のことに眉を顰める者は今ではほとんど居ない。

実際末っ子のマグノリアンは活発で可愛らしい男の子だ。しょっちゅう城を抜け出しては城下をぶらつく姿が見受けられたし、彼はエルフ国には無い黒髪に黒い瞳なので、淡い色を持つエルフ達から浮き上がって目立つ。

あまり感情を見せないエルフの気質的に、表情豊かで明るく笑う人懐っこいこの末っ子の皇子を、皆が愛するようになるのは自然の成り行きだった。


 城に戻るまでに、末っ子の腕の中に沢山の戦利品が押し込まれたのを見下ろしながら、兄のケルサは面白そうに微笑んで言った。

「まったくお前はいつも籠を持って歩いた方が良いみたいだね。まぁ彼らの気持ちも分からなくはないけど。私もお前のぱっちりした黒曜石の瞳を見ていると、何かしてあげたくなってしまうからね。

さぁ、侍女に顔を拭いて貰おう。飴でベタベタになってしまったよ。」



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