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親密さとは

状況は悪化している

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 「相変わらずひどい顔をしているわね。 」

 翼の言葉に、私は重たい頭を手で揉み解した。結局 、昨夜の橘弟のメッセージを見てから、私はクヨクヨと思い悩んで寝不足気味だ。

「それより聞いた?新しく部長代理が来るらしいんだけど親会社からの交換人事らしいわ。うちの会社はサクラコーポレーションのグループ会社だからね。サクラコーポレーションから直々に来るんじゃないかって話よ?」

 相変わらず情報が早い翼は私だけに聞こえる様にささやくと、きょろきょろと周囲を見回して更に私に尋ねてきた。

「それで結局、野村さんとはどうなったの?」
 

 出張していた翼と会うのは1週間ぶりで、私は野村さんとの結末についてしっかりした説明ができる気がしなかったので、メッセージでも話を濁していたのだ。

「…あぁ、あのね、本当に何て説明をしていいのか分からないんだけど…。野村さんと付き合うことになったのか、な?」

 私は翼の丸くなった瞳を見つめながら続けた。

「あの!…仮の彼氏になったっていうか?」

 翼の目がますます丸くなって、何ならムンクの叫びのように両手で頬を包んでいる…。私は慌てて言葉を続けた。

「野村さんが私が橘兄弟に振り回されているのを知って、自分が仮にでも彼氏になる方がいいんじゃ無いかって言うから…ね?」


 「なにそれ!えー、じゃあ付き合うってこと?仮に?訳わかんない。」

 実際私にもハッキリしたことはよく分からない。アメリカでは友達以上恋人未満のお試し期間を過ごすのは知ってる。その間は他の人ともデートしてもいいはずだ。

 でも日本にそんな文化は…無いと思うんだけど。それとも私が知らないだけで、あるのかな?

「とにかく、私がはっきりしないのが悪いんだと思うんだけど、友達以上恋人未満って感じで付き合うことになったみたい…。」

 翼は私を呆れた様に見つめて言った。


 「なったみたいって。なんかはっきりしないわね?美那。」

 私は自分の優柔不断さを払拭するように言い募った。

「野村さんいい人だし、どっちかといえば私好きだと思う。だからこれから一緒にデートをしていけば、もっと好きになる可能性もあるでしょ?」

「…まあね。まあ、良いわ。私は美那が男性と会おうって思う気持ちになってくれただけで充分。仮の彼女、頑張ってね。」

 私は翼の笑顔を見つめながら、複雑に絡まり切った本当の状況を話すには迷いがあった。しかも野村さんともキスしたとか言い出すタイミングも失った。

 多分、ずっとからかわれそうだし、私でさえはっきり分かってないことを人に言えるわけもなかった。


 私はこれ以上自分でも分からない状況を考えることに疲れて、さっき翼に耳打ちされた情報に話をそらした。

「その部長代理って、どこの部署なの?」

 翼はベンチから立ち上がりながら、言った。

「あら聞いてない?美那の部署よ。」

 そういえばウチの部長代理って、家族の事情で転勤を希望していたわ。私はその新しい部長代理が、今みたいに物分かりがいい人だといいなと思った。翼に別れを告げてデスクに戻ると、隣の席の中川先輩が仕事の準備をしながらささやいた。


「ねぇ、田辺さん聞いた?部長代理代わるらしいわよ。」

 私は頷きながら翼に聞いたと答えると、中川先輩は目を丸くして少し驚いたように言った。

「まぁ、あの子は本当に耳が早いわね 。全然自分の部署と関係ないのに、ちゃんと情報持ってるんだから。さすがというか。……でもこれは知らなかったんじゃない?

 その今度来る部長代理って、独身で若いらしいのよ。きっと大変なことになるわよ?若くて部長代理なんて前途有望だもの。田辺さんも同じ部署なんだから唾つけちゃえば?あ、田辺さんなら唾つけられちゃうか。ふふ。」


 そう言って私を揶揄った先輩は、ウインクすると仕事に戻った。私はこれ以上のトラブルはごめんだわと、そう思っていたせいか、その部長代理の話は直ぐに忘れてしまった。

 その週は仕事も忙しく、メッセージは時々来たものの、結局誰と会うこともなく平和な毎日を過ごした。私はつくづく、これが本来の私の生活だったんだと、男性と付き合うってなかなかに面倒くさいと干物じみた気持ちで苦笑いして月曜日を迎えた。


 オフィスに入ったとたん、なんとなく浮き足立つ空気に、私はなんだか嫌な予感がしたのは野性の勘だったのだろうか。もの問いたげな私に中川先輩は片眉を上げて、さも特別な情報だとでも言うように勿体ぶって言った。

「今日異動らしいわ。例の独身部長代理。」

 中川先輩はさも面白いことが見れるんじゃないかと、好奇心を滲ませた表情でオフィスを眺めた。これが婚約者のいる余裕ってやつだろうか…。騒ついてるのは明らかに女子社員達だったし、もちろん男性社員も上司になる人がどんな人かは気になるらしくて、ひそひそと落ち着かなげだった。


 10時頃に席を外していた部長と部長代理が部署へ戻って来た。波の様に押し寄せてくる静かな騒めきが、最後を歩いてくる人物と共に大きくなっていった。私は目の前の光景にまさかという気持ちと、心臓の鼓動がどんどん大きく打つのを只々なすすべがなく感じていた。
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