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巻き込まれて

従姉妹のミナミ

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 私はハッとして男が差し出したカードを見つめた。そこにはルームシェアしている従姉妹が、ナンパした男に渡していると言っていたカードがあった。

「‥そのカード!…たぶん私の従姉妹、田辺美波ミナミのものです。」

 その男は最初に会った時のように厳しい顔をすると、苦々しい顔をして言った。

「どうやら相手を誤解していたようだ。すまなかった。‥それで、その従姉妹はどこに居るんだ?」

私は、またもや窮地に陥った気がした。従姉妹のミナミは、いつも私に尻拭いさせてばかりだ。私はため息をつくと言った。

「彼女は一昨日、海外旅行へ行ってしまいました。…多分新しい彼氏と。」


 私は目の前の男が、従姉妹をののしっているのを小さくなりながら、眺めていた。何だか随分なとばっちりだったけど、これで私も解放してもらえるだろうと思った。

 あんな蕩けるようなキスをしたのは初めてだったけれど、いくらイケメンでもこんな交通事故のようなキスはノーカウントだ。そうしよう。私が一人そんな事を考えていると、目の前の男はいつの間にか黙って私を見つめていた。

 「なぁ、君と従姉妹って似てるかい?写真とか無いかな?」


 急に猫に餌をやるみたいに、優しい声を出す男を訝しく思いながら、私はスマホで旅行前に撮った写真を見せた。男は写真をまじまじと見つめながら、何かブツブツ呟いた後私を見つめて言った。

「…雰囲気は似てるな。どうしても弟に会ってもらいたいんだ。私の車で一緒に病院へ行ってくれないか。あいつがちょっとパニクってて、もうこれしか手がないんだ。それに私は怪しいものではない。橘 征一だ。」

 そう言って渡された名刺には、日向コーポレーションの課長 橘征一とあった。日向コーポレーションはCMもしているような大きな会社だ。この見た目の若さで課長なら、きっと仕事も出来るんだろう。


 とは言え、言いなりになるのは嫌だったし、初対面の男を信用するほど世間知らずでは無かった。…うっかりキスされたけど。

「…分かりました。弟さんを心配する心に免じて、私が従姉妹の代わりに病院へ伺っても良いです。でも貴方の車で行くのは嫌です。全部嘘かもしれないし、大体見も知らずの相手の車になんて乗れないです。

 病院さえ教えてくれたら、用意でき次第自分で向かいます。それなら良いでしょう?」

 目の前の男は、私を見つめると強情だなとかぶつぶつ言ってたけれど、高級そうな腕時計をチラッと見ると言った。

「わかった、じゃあ、車はそこら辺の駐車場に停めて来るから、一緒にタクシーで行こう。それなら良いだろ?じゃあ、10分後にマンションの下で。」


 勝手に二人でタクシーに乗って病院へ行く事を決めてしまった橘という男は、そう言いたいことだけ言うと、さっさとドアから出て行ってしまった。

 私はまたもや向こうのペースに巻き込まれた事に、半ば愕然としつつも慌てて着替えた。少しだけ従姉妹の美波に雰囲気を寄せて、メイクと髪型を直すとマンションの下へ降りて行った。


 タクシーの前でイライラしながら立っていた橘は、私を見つけると一瞬目を見開いた後、ホッとしたように私をタクシーに誘導すると、有名な大学病院の名前を運転手に伝えた。

 動き出した車中で私の方を見ると、感心したように言った。

「コスプレが趣味で良かった。おかげで、さっき見た写真の従姉妹によく似てる。そんなに雰囲気が変わるなんて驚きだ。まぁ、私はさっきの小悪魔の方が好きだけどね?」


 私は前を向いたまま、ぶっきらぼうに言った。

「人の趣味の事をあれこれ言わないで欲しいです。それより弟さんの名前を教えて下さらないと、美波の代わりは出来ません。」

 私は隣に座る男の張りのある太腿にピッタリ誂えてある、品の良い明るいブラウンのコットンパンツを眺めるともなしに見つめていた。ズボンの上に置かれた大きな手は節張っていて、何かスポーツでもやっているような手だと思った。


 清潔感のある指先から辿って、紺色のピッタリしたVネックの綿ニットに目を移すと、やっぱり予想通り厚めの胸筋を感じさせた。Vネックから伸びるすんなりした首筋は綺麗で、私はそのまま視線をあげた。

「…目の保養になったかい?君のお眼鏡に叶うと良いんだが。ククク。」

 私は目の前で面白そうに口を緩めて、片眉を上げている男の顔をまじまじと見た。面長の一見日本人離れした顔は、よく見ると切長の目元が涼しげだった。


 見れば見るほどイケメンで、私は何だか悪口を言う部分が減っていくような気がしてムカついてきた。

「ふふ。弟の名前は橘 尚弥。26歳だ。…君は、いや、従姉妹のミナミ?は幾つだったんだ?」

 私は橘の方を向かないように努力しながら、極力冷静な声を意識しながら言った。

「美波は24歳です。私とは同い年で、昔から仲が良くて一年前からルームシェアしてるんです。」


 橘は相変わらず私の方を向いて言った。

「…案外見た目と中身は一致しないものかもしれないな。一見、清純そうな君の従姉妹は男にだらしなくて、経験豊富そうな君がウブだとか。まぁ、今の君は、さっきと違って随分お淑やかに見える。流石、コスプレ好きだね。」

 私は決して褒められていないニュアンスを読み取って、顔を顰めて橘を睨みつけた。

「私、もう帰っていいですか?別に行きたくて行くわけじゃないんですけど。」

 橘は参ったなと頭を掻きながら、弟の話をし始めた。

「私と弟は少し歳が離れていてね、そのせいかどうしても弟の我儘に付き合ってしまう。ちなみに私は今32歳で、未婚だ。」

 そう言って、私と目を合わせた。私はなぜかその眼差しから目を逸らせなかった。




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