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壬生side浮かれた気持ち

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 駅前で、はにかんだ様子で別れる悠太を見送ってから、俺は自転車を走らせた。今日は本屋でアルバイトだ。

俺の腕の太さを見て、即採用となったのは、本屋の意外な重労働さにスタッフが辟易としていたせいなのかは分からない。でも俺はこの静かな環境のバイトを案外気に入っていた。

けれども今日は、昨夜の悠太の痴態が頭の中にちらついて、失敗ばかりだ。しかも朝出掛けに触れ合わせた舌の感触まで生々しい。


 「どうした?壬生君、ちょっと心ここに在らずだね。」

そうバイトの先輩の清水さんに言われて、俺は思わず謝った。

「ふふ、ぼんやりしちゃって。切り替えて集中!ね?」

スラリとしたクールビューティーとバイト仲間で評される清水さんは、三年の終わりにさっさと内定を貰って、すっかり余裕の四年生だ。就活の一斉スタートが無くなったせいで、夏のインターンシップという名目の就活が始まる大学三年生の俺たちにとっては羨望の的だ。


 俺らは一緒に新刊を手早く並べながら、チラッと清水さんを見た。清水さんは綺麗に見栄え良く積みながら呟いた。

「何。何か聞きたそう。」

俺は就活の不安を口にしながら、台車を押してバックヤードへと向かった。清水さんに就活のやり方聞いた方がいいかな。全然企業研究もしてないから、何を聞いていいかも分からないな。悠太はどんな企業を選ぶんだろう。

そんな事を考えていると、のんびりと二人で笑って過ごせる時間はあまり無い気がしてくる。はぁ、就活めんど。


 「まだ6月だからさ、就活の事なんて全然考えてないでしょ?私もそうだったから。でも企業研究はやっておいた方がいいよ。私たち大学生ってさ、全然ものを知らないって言うか。

世の中色んな仕事があるんだなって、リアルに理解し始めるって感じだから。皆が知ってる会社だからって良い会社って訳でもないし、知られてないけどめちゃくちゃ良い会社もあるからさ。

私はIT系だから内定も早かったけど、業種で全然決まる時期も違うから。分かる範囲だったら教えてあげるからID交換する?」


 俺は有り難く清水さんと連絡先を交換した。基本あまりIDを教え合う方じゃないが、今回は別だ。悠太にも色々教えてあげたいからな。

そんな事を考えながら、疲れた身体を引き摺って一人暮らしのマンションに戻った。玄関を開けた瞬間、いつもと違う匂いがした。ああ、悠太の匂いか?

俺は口元に笑みを浮かべながら、ひと目で見渡せるワンルームを眺めた。悠太が居ないせいで何か物足りない気がする。


 コンビニで買ってきた時間的に品薄で選びようがない、量だけは美点の弁当をスマホを片手に食べていると、ピコンと悠太からメッセージが届いた。

[バイト終わった?お疲れ様。昨日は色々ありがとう。明日はゼミで会えるね。おやすみ。]

たわいもないメッセージだけど、妙に嬉しい。

[今帰って来たところ。家入ったら、悠太の匂いしてちょっと嬉しかった。]

メッセージを送ってから我に返った。何か俺キモくね?

しばらく経ってからピコンと表示されたのは、溶け出したキャラのスタンプだ。照れてんのか?とは言え、俺も自分の送ったメッセージを改めて読むと、もう完全にバカップルのあれだ。


 その時清水先輩からメッセージが届いた。

[清水です。よろしく。]

何ともシンプルな男気のあるメッセージだ。見た目は綺麗系女子なのにな。俺は清水先輩らしいなと思いながら同じ様なメッセージを送った。

もうすっかり遅くなっていたので、俺は寝支度に忙しくて結局スマホは朝まで見なかった。だから朝アラームで起こされてスマホを手にした時に、清水先輩から就活のやり方のメッセージが送られて来ていたのを見て、有難いけどマメすぎるなと正直思った。

気を遣わせて、かえって迷惑だったかもしれないって。


 大学のカフェテリアに早めに来ていた俺は、側に立った人を見て驚いた。清水先輩だ。四年生はほとんど授業が無いって聞いてたけど、それでも前期は必修があるんだろうか。

「こんにちは。これからゼミ?私はゼミがないから、その分授業受けなくちゃいけなくて。卒業できなかったら洒落にならないからね。」

俺たちが話していると、カフェテリアの入り口に悠太が姿を現した。俺は手を上げて悠太に合図すると、カフェオレを手に立ち上がった。


 「友達?…可愛い子だね。」

清水先輩にそう言われて、すっかり気をよくした俺は、近づいてくる悠太が確かに今日も可愛いと思わず口元を緩めた。

「あいつ、それ気にしてるから本人には言わないでやって下さい。でも実際可愛いですよね。」

悠太は俺の隣に居る清水先輩を見てから、戸惑う様に俺を見た。俺は就活のアドバイスを貰ってるバイト先の先輩なんだと悠太に紹介した。

これで悠太も先輩から直接話が聞けるな。俺は気楽にそんな事を考えてたんだけど、話はそう簡単ではなかったんだ。
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