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僕を成すもの

帰省

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 空港に迎えにきてくれた両親の姿を遠めから眺めて、僕は緊張と不安を感じながら出口に向かった。こちらから見てた時は僕を見つけられない様子だった両親も、流石に出口の先の仕切りガラスの向こうでは僕を驚きの眼差しで見つめていた。

「…陽太、久しぶりだな。」

 戸惑いを見せながらも、父親が嬉しげに声を掛けてきた。僕は機内で散々シュミレーションしてきた通りに笑顔を浮かべた。

「ただいま、父さん、母さん。迎えにきてくれてありがとね。」


 僕をじっと見つめていた母さんは複雑そうな表情を浮かべて僕に言った。

「おかえり、陽太。大変だったわね。貴方、全然話してくれないで…。身体の方は大丈夫なの?」

「…うん、ごめん。僕もパニックだったけど、専門医に伝手のある友人がいたから何とかなったんだ。遠くの父さんや母さんに余計な心配掛けると思って言えなくて。それに何か言い難かったって言うか…。」

 僕と母さんの間に割り込む形で父さんが声を掛けてきた。

「陽子さん、戻ってゆっくり話そう。陽太、車はこっちなんだ。どうだ、こっちは案外暖かいだろう?」


 父さんに促されて車に乗り込みながら、僕は走り出した車内から見慣れぬ風景を眺めた。旅行でも来たことのないこの遠方の地は観光地でも有名で、帰省にはまだ早い時期だったけれど飛行機も普通に混んでいた。

 両親との話もあったし混雑する前に帰省した方がいいと、冬休みに入る前にこちらに来てしまったせいで、結局先輩とクリスマスを過ごすことは出来なかった。よく考えたらそれもあって先輩の機嫌が悪かったのかもしれない。

「大学生活はどうなんだ。…ほら、その色々環境が変わって大変なんじゃないか。」

 不意に前の運転席から父さんに話しかけられて、僕はもの思いから引っ張り出された。


 「ああ、大学の方も色々配慮があったし、最初は隠してたけどそうもいかなくなって結局最近カミングアウトしちゃったんだ。案外何とかなったよ。」

「あなた、自分で後で話そうって言ったくせに…。狡いんだから。私だって色々聞きたいのよ。」

 前の座席で両親が揉めてるのを思わず笑みを浮かべて眺めながら、僕は相変わらず仲の良さそうな二人にホッとしていた。結局家に帰る間は僕の話は封印された様で、両親はこの場所での生活を色々話してくれた。

 二人だけの生活を楽しんでいる様で良かったけれど、以前よりもイチャイチャしてる気がしないでもない。…まぁ、いいけど。


 転勤先の社宅扱いのマンションは、二人住まいにしては広めで僕用の部屋もあった。僕が興味深げに御宅訪問していると、待ち切れない様子で母さんが僕をせっついた。

「陽太、とにかくどういう事なのか詳しく話してちょうだい。」

 僕はこの青天の霹靂とも言える身体の変容について話せる範囲で説明した。結局のところ誠に随分お世話になった話に終始したけれど、幼馴染の弦太の話をすると二人とも顔を見合わせて喜んだ。


 「そうか、その中川君というアルファの友達が色々手配してくれたんだね。そちらに行った際は御礼の挨拶をした方が良さそうだな。」

「弦太君、良い男になったでしょうね。元々活発な子だったもの。高校時代は引っ越して疎遠になってたけど、大学で縁が戻って良かったわ。…貴方達仲が良かったから。でも一体どうしていきなりオメガに変容したのかしら。…絶対に陽太はベータに間違いなかったのに。」

 顔を曇らせた母さんの様子に違和感を覚えて、僕は思わず尋ねていた。

「…母さんは僕がオメガになってしまった事、あまり良く思えないの?」


 すると母さんと父さんはやっぱり顔を見合わせて、それから僕の方を向いて口を開いた。

「うちが私の実家の方と付き合いをほとんどしていないのは陽太も分かってるわよね?それには理由があるのよ。」

 母さんにそう言われて、僕は確かに本当に小さい時以来母方の親戚とは会っていないことに気づいた。祖父母が早々に亡くなったせいもあるのかもと思っていたけれど、他にも理由があるのだろうか。


 「私の父親は、つまり陽太のおじいちゃんだけど、アルファなのは知ってるわね?母はベータだったの。今はアルファがベータと結婚する方が珍しくなったけれど、昔はどちらかと言うとベータと結婚する方が多かったのよ。

 ほら、オメガは昔からアルファを狂わすと毛嫌いされてた面もあるから。…今とは全然違ったのよ。

 でも母にとってはアルファの父との結婚生活は困難なものだったわ。夫婦でも力関係が違い過ぎると上手くいかないのよ。そんな気の弱い母を父は気に入らなかったんでしょうね。私が生まれてから父は仕事を理由に家庭を顧みなくなったの。

 相性が悪かったといえばその通りだけど、とは言え父と母は表面的には離婚する事もなかった。」


 僕は一体どんな話が飛び出すのかと息を呑んだ。そもそも母方の親戚とは会う事もほとんど無くて興味も無かった。

「…でも母さんには弟がいるでしょう?確かアルファだったんじゃ無いの?」

 すると母さんは顔を強張らせて一瞬黙り込んだ。


「…啓介ね。私が啓介が自分の異母弟だと知ったのは短大時代だった。ある日突然目の前に高校生のあの子が現れて言ったの。貴女が俺の異母姉ですか、って。びっくりしちゃったわ。寝耳に水だったから。

 結局父はオメガの女性と籍こそ入れなかったものの別の家庭を持ってて、啓介はちゃんと認知もされた隠し子だったわ。でも今考えると隠されていたのは私の家庭の方だった気がするわ。

 後になって色々調べると、啓介の母親は公の場にも顔を出してたみたいだから。母と私は父の仕事とは一切切り離されてたのよ。」


 母は僕の方を気にするように見てから、微笑んだ。

「私は異母弟の啓介を恨んでるわけじゃないの。元々父と母は上手くいく訳がないって子供心に分かってたから。母は父と離婚しない代わりに何不自由のない生活の保障を得て、私を育てた。忙しい父が家に居ない事はそれが普通だったから、たまに顔を見せると妙に緊張したくらいだし。

ただ、母の人生はそれで良かったのかなと思うとちょっと辛いわね。父が心筋梗塞で亡くなって一年も経たないうちに母も肺炎で呆気なく亡くなったのは、そうは言っても父の事を好きだったのかもって思ったりもするから。」


 「…叔父さんとはほとんど交流は無いでしょ?僕も会った事あるのは小さい頃だけだから。」

母方のお家事情を知らされて、しかもアルファやオメガに翻弄された母さんの話を聞いて、僕は戸惑っていた。

「ええ。元々別の家庭で育ったのだから姉弟とは言えほとんど他人みたいなものよ。ただ、うちに子供が産まれると必ずお祝いを持って見に来てくれた。お姉ちゃんの時も陽太の時もね。

でも二人ともベータだってのは、成長と共に分かるから、たまに気が向いた数年に一度顔を見に来る程度で、それも小さい頃だけだったわね。こっちも断ったりしてたし。

でも一度冗談混じりに言ってた事があるの。

『もし姉さんの所の子供がアルファかオメガだったら、私の会社の跡取りにしたかった。』って。啓介には子供が居なかったの。元々アルファには子供が出来にくいし、奥さんはアルファだった気がするけど授からなかったみたいで。」


 そこまで聞いて僕はハッとした。もしかして僕がオメガになってしまった事で面倒な事になると両親が心配しているのかもしれないと。

「…そんなの僕には関係ないよ。」

すると目の前の母さんは顔を顰めて小さくため息をついた。

「陽太はビジネスにシフトしたアルファを知らないから…。と言うか啓介を知ってたら、母さんの心配もわかると思うわ。でも啓介と陽太に血の繋がりがあるのは本当よ。少なくとも疎遠ではあったけど、彼にとって貴方は紛れもなく甥には違いないわ。

…だから心配なのよ。」


























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