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バース性の先にあるもの

ヒート

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 本来の自分はどんな手段を使っても欲しいものは手に入れるタイプだ。昼間戸惑いながらも自分のリクエストに応えようと頷く陽太を見た時、誠は密かに胸の奥底で決意を固めていた。

 近々陽太はヒートが来るだろう。その好機は、今や確実に手にすることが決定したも同然だった。

 陽太が他のアルファの事を話題に出す度に、最近はますます我慢がならなくなっているのを自覚している誠は、このジレンマのような状況を良しとしなかった。


 自室のデスクチェアを回転させて部屋を見回しながら、この部屋で陽太のヒートを迎えるべきか考える。感覚の鋭い陽太がヒートでどれほど我を失うかと想像すると、期待と心配が入り混じる。

 前回のあの身体を交えた時にすっかり気を飛ばした姿を思い出せば、誠はいつになく興奮してきた。

 どんなバース性の相手でも、夢中になる経験は数えるばかりだ。何処か冷静に相手の様子を観察してしまうせいで、それは実践と結果のデータが積み上がるかの如く、情を感じるようなものとはかけ離れていく。


 だから陽太との関わりと触れ合いで、自分のその冷静さが剥がれ始めたのを感じて、可能性を感じていた。

 自分にもまともな番が持てるのではないかと。

 けれども陽太には関わるアルファが多く、一番の懸念になる桐生省吾は陽太が今だに感情を残している相手だ。あの男を寄せ付けないのは、陽太自身がそうしたがっていないせいで難しいが…。

 誠はパソコンに保管しておいた認証コードをスマホに移動させると、思わず笑みを浮かべて立ち上がった。あとは突発的にヒートが来ない事を祈るばかりだ。



 
 何だか熱っぽい気がする。最近後期の試験やら提出レポートが忙しいせいで寝不足なのは確かだった。とはいえ、明日で全ての試験が終るせいで、何処かのんびりとした空気を大学でも感じる。

「俺はもう今日で終わりだ!」

 嬉しそうに同期の渡辺が叫ぶのを、陽太は長机に肘をついてジト目で見上げた。

「いいなぁ。僕は明日ひとつ残ってる。朝イチで片せば終わりだけど。終わったらお疲れさん会しようよ。明日の夕方皆でパーっとさ。」


 この苦難から解放されたくて自分の目の前にニンジンをぶら下げたけれど、それに食い付きたいクラスメイトは多かった。結局十人ほどで大学の近くの店で試験の打ち上げをしようということになって、試験の残る僕らは明日に備えて早々に散り散りになった。

 自分のマンションへの道すがら、スマホが震えて弦太からメッセージが届いた。

 [試験終わった?俺今日で終わり!会えない?]

 [明日まで。明日の夜は同期と打ち上げだから、それ以降ならいつでも大丈夫。]

 [OK、また連絡する。]


 弦太とはなかなか会えてなかったから、僕が親の家に帰省する前に何度か遊べるかもしれないと思わず笑みを浮かべた。僕がオメガになったものの、弦太とはやっぱり幼馴染で遠慮がないから一緒に居て気が楽なんだ。

 スマホから目を離した僕の前に、マンションの前に立っている人物が飛び込んできた。僕は思わず目を見開いて小走りで近寄った。

「誠!?どうしてここに?もしかしてもう試験終わったの?僕明日もうひとつ残ってるんだ。」

 大学で顔を合わせないときは、誠はこんな風にマンションの前で待っていることが多くなった。連絡くらい寄越せばいいと思うのに、通り道だからとメッセージも残さない。


 「私は二つ残ってるよ。明日の予定を直接聞きたかったんだ。どうなってる?」

「…あー。クラスメイトと試験の打ち上げの予定が入ってるよ。誠も来る?大学近くのお店だから。」

 誠は少し考えてから不意に僕の肩を引き寄せた。道路を自転車が通ったけどそこまで近くはなかったんじゃないかな。

「気をつけて…。そうだね、二次会も行く予定?もし一次会だけなら迎えに行くよ。ほら、私が行くと皆ゆっくりできないんじゃないかなって。」

 確かに天才肌のアルファの誠が一緒だとベータのクラスメイトは萎縮してしまいそうだ。僕は誠に一次会が終わったら連絡すると約束した。そのまま歩き去って行く誠の後ろ姿を見送りながら、僕はぼんやり誠が僕と二人きりになりたがっているのを感じていた。

 明日の夜、二人きりになったら…。


 誠が何を期待してるのか考えるのを放棄して、僕はマンションの部屋に入った。パットを交換したかった。最近分泌が多くなっている気がして、少し神経質になっている。

 身体が馴染んだら次に訪れるのは例のあれだ。

 トイレから出ると、僕はテーブルの上の薬ケースを開けて抑制剤を飲んだ。最近はこれがお守りのようになっている。ヒートになるのは防げないけど、急変して周囲を混乱に陥さない様には出来る。

 僕としても急に発情期が来たら己を保てない予想がして、只々怖い。…ほんとオメガって不便な身体だ。




 試験が終わって盛り上がっているお店のトイレで、僕はお腹が痛い気がして座面にうずくまっていた。下痢してるわけじゃないのに、こんな風に怠くなるなんて初めてかもしれない。籠っていてもしょうがないので、僕はパットを新しく取り替えるとゆっくりと個室を出た。

 お酒を飲んでいる訳でもないのに、足元がふわふわする。深呼吸をして仲間の所に辿りつこうと歩き出すと、目の前に誰かが立ち塞がった。

「あれ?君ってオメガだよね。凄いフェロモン出てるけど、もしかして誘ってる?」


 何を言ってるの…。僕はぼうっとしながら目の前の相手に目を凝らした。知らない相手だし、アルファみたいだ。しかも二人…。フェロモンとか言ってる?もしそうなら、不味い状況なのかな。

 そう思いつつも僕の身体は重くて機敏に彼らを交わせない。ベータのクラスメイト達がアルファ達と対峙出来るかも分からないし。不安になって周囲を見回すと、店員さんも心配そうにこちらを見ている。


 「違います…。通して下さい。」

 僕が辛うじてそう言うと、ニヤニヤした男らが僕に顔を近づけて匂いを吸い込んだ。

「はー、めっちゃ効く。まさかヒートじゃないよなぁ。これからいい所行こうよ。天国見せたげるよ。」

 クラスメイトが数人こちらに気づいて立ち上がったのが見えた時、通路の向こうから心強い相手がやって来た。

「陽太、やっぱり早めに迎えに来て正解だったね。君ら、彼に絡むのは遠慮して貰おう。」

 見たことの無い冷たい表情をした誠がそう言うと、男らは顔を顰めてそそくさと立ち去った。


 「ヒートになり始めていると思う。昨日の時点でだいぶフェロモンを感じたから、一次会まで持たないかもしれないと思ったんだ。」

誠はそう言いながら僕を抱えると、クラスメイトから荷物を受け取って店の外に出た。タクシーが近くに停まっていて、先に僕を乗り込ませると、自分も乗り込みながら自宅の住所を言った。

「…まこと、僕のマンションが良い…。ヒートなら特に。」

「…私の家の方がフォロー出来るから。人手がある方が良いからね。大丈夫、任せて。」


 気怠い身体を持て余しながら、僕は誠の、アルファの匂いをもっと嗅ごうと無意識に身体を寄せていた。ああ、とうとうヒートが…。








 














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