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バース性の先にあるもの

リクエスト

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 「…そう。先輩とやり直す事にしたんだね。」

 何を考えているのか分からない無表情で誠はそう呟いた。僕は慌てて首を振った。

「やり直すって言うのは違うかも。…もう一度セフレになるとかじゃないから。オメガになった僕と先輩は、知り合いの関係から始めるって事だと思う。少なくとも以前の僕は先輩に歪な勢いで関係したのは事実でしょ?

 それはもうやめたんだ。友達ともいえないし、単なる先輩後輩とも言えないけど。」


 「私には分からないよ。それって付き合うとは違うのかい?陽太は先輩が好きだったろう?その感情はまだ残っているように私には思える。先輩だって陽太には一角ならぬ思いがある気がするし。」

 僕は誠が拗ねている様に感じて、じっと見つめた。

「先輩に感情を掻き乱されるのは正直本当だよ。でも、それだけじゃ僕は苦しいんだ。お互いにもっと分かり合えないと結果的に破綻するのは分かってる。

 誠と僕はいつだって穏やかな関係でいられるのにね。…誠が僕に合わせて無理してるのかもだけど。」


 不意に誠は僕の手を掴むとズンズンと歩き出した。理工学部で僕らが一緒にいる事はもはや馴染みのある光景になりつつある。僕と誠は友人だけれど、最後の一線を超えているから何とも微妙な関係だった。

「私が無理してると言うのはその通りだ。陽太がまだバース性に馴染み切ってないから様子を見てるのは事実だし。」

 そう言われて、僕はハッとして歩き続ける誠の横顔を見上げた。見た事のない険しい顔をしている。

「そんな風にぼやぼやしてるうちに、他のアルファに僕のひよこの陽太を横取りされるのは癪に触るね。」

「誠…。ごめん、僕無神経で…。」


 アルファとオメガでも、友達だったらやっぱり一線は越えない方が良かったんだろうか。誠はそんな事もある様な事を言った気がするけど、それは無理してそう言ったんだろうか。

 ひと気の無い裏庭に連れて行かれた僕は、やっぱり険しい顔をした誠に見下ろされていた。

「ベータの時からアルファを特別視しない陽太と一緒にいるのは心地良かった。それにオメガに変わる時を見てたから庇護欲が増したせいで、私は陽太に強く出られない。

 そんな私に陽太は安心してるのかい?私は単なる友人には手を出さないよ。それがオメガでもね。取り巻きのオメガに手を出さないのは彼らに期待させたく無いからだ。でも陽太には手を出した。…期待したいのは私かもしれない。」


 誠は僕に特別な感情を持っていると言う事なのかな。僕は…。

「…運命の番ってのは何とも仰々しいよね。私は研究者だから、それが一体どんなメカニズムなのか調べたんだ。でも今でもはっきりした事は結局よくわかっていないんだ。

 酷く惹かれる匂いが番に繋がるとすれば、私は後天性オメガの匂いに飛び抜けて心地良さを感じる。だから陽太を番にしたい気持ちがあるんだ。…ただ、後天性オメガだったら誰でも良いのかって思うだろう?

 そこが私にも分からない。陽太のヒートがくればそれがはっきりするんだと思う。」


 後天性オメガを番にしたい?誠が僕にそこまで強い思いを持っているなんて思わなかった。いや、僕の匂いに…?

「どうも言葉足らずだな…。勿論陽太だからこそ、番まで考えるんだ。番というのは生涯の相手だからね。陽太が先輩や他のアルファにちょっかい出されているのを見ると、ジリジリと経験のない苛立ちを感じるし、それが嫉妬とか焦りなら私には経験の無い感情なんだ。

 私は陽太に執着してると思う。そこでだ、ひとつリクエストしても良いかな。

 以前陽太は私に礼をしたいって言ってただろう?ヒートが来たら私を呼んでくれないか。勿論その場で番になるとかそんなつもりはない。…初めのヒートを他の誰にも先に味合わせたくないんだ。どうかな。」


 僕は思わず顔を顰めた。誠にオメガ変容の際のお礼をしたいのは確かだ。ヒートの時にアルファが居ないと死にそうだって本も読んだし、轟さんにも聞いた。

「ヒートの症状を軽くするのにアルファの体液が効果あるって本にも書いてあったけど…。僕、訳が分からなくなって、誠に番になって欲しいって頼んじゃうかもしれないよ。そうしたくなるって聞いた…。」

「はは、大丈夫だ。ヒートの相手のアルファは大概抑制剤を飲んでいるし、そもそもネックガードをしてるから間違いは起こらない。ヒート中のオメガのそれは、夫婦でもなければ同意が無いものと同じ扱いだからね。」


 僕は自分に自信がなかったので、そう聞いたとしても安心は出来なかった。何なら自分からネックガードを外したくなる気がする。でも確かあのネックガードはスマホ連動型の上に複雑だったから、冷静じゃない自分には解除出来ない気がする。…だったら大丈夫かな。

「うん、わかった。ヒートが来そうになったら誠に連絡するよ。僕も誠なら安心だし。弦太に頼むことも考えたけど、大学も違うしね。」

 一瞬誠の顔がまた無表情になった気がしたけれど、気のせいかな。

 それから機嫌の良くなった誠と教室へ戻りながら、僕は自分のヒートがまだずっと先だと良いなと何処かぼんやりと考えていた。




 「やっほう!陽太くん。」

 僕は久しぶりに葉月さんと買い物に来ていた。僕の姿を見た葉月さんが満足そうな表情を浮かべたのを見て、僕は自分の選んだこの装いが葉月さんから合格点を貰えたのだと嬉しくなった。

 ファッショニスタの葉月さんのお眼鏡に叶うなら言う事ない。

「良いね、やっぱり柔らかい色が似合うね、陽太くん。そうそう、今日はね俺からプレゼントがあるんだ。ちょっと店まで付き合ってくれるかい?」


 葉月さんに連れて行かれたのは、初めて葉月さんに会ったブランドのお店だった。

「…ここって。」

「そう、俺と初めて知り合った店だよ。今日はね、プレゼントがあるんだ。じゃーん、ほらネックガードだよ!」

 僕は目を見開いた。確かここのネックガードは凄い値段だってもう僕は知ってる。

「え!頂けません!そんな高価なもの!」

 すると葉月さんはニヤリと顔を歪めて僕に耳打ちした。

「これはね、私の省吾へのある意味嫌がらせなんだよ。」

 意味がわからなくて困惑しながら葉月さんを見上げると、葉月さんは僕をソファセットに座らせて目の前で新しいネックガードを手の上に乗せて見せた。


 「だって省吾は狡い。俺が見つけた特別なオメガを半年以上前に知ってたんだ。それだけじゃなくて、色々楽しい事や酷い事もしてた訳だろう?そりゃ振られてもしょうがないって慰めてたのに、一昨日妙に機嫌良いと思ったら一から始めるんだとかまるで中学生みたいな事言ってニヤニヤしてるんだよ?ムカつくでしょ。

 だからあいつより先に陽太くんに俺からネックガード贈って付けてもらえたら、こっちもスカッとするって言うかさ。金額の問題じゃないんだよー。俺の心のケアだと思って協力してよ。

 そのネックガードは必ず付けてないとダメって訳じゃないでしょ?」


 結局僕は折れる形で葉月さんが用意したネックガードを着けることになった。誠が用意したものと似ていたけれど、裏側のデザインが違っていたし、よく見ると小さな金具のデザインも違う。

「これも凄く素敵ですね。」

 店の人に協力して貰ったのに、デジタルキーをスマホから呼び出してネックガードを解除する時に随分手間取っていたのは、さすがハイブランドの商品という感じだ。


 「…やっぱりこれに変えてよかったよ。凄く良いね。このネックガードは二重認証だから、外したかったら店舗に来てもらわないとダメなんだ。でもそれくらいで安心だと思うよ。

 …陽太くんは目立つし、狙われると思うからね。さて、俺の選んだネックガードを着ける陽太くんを見るのは最高に良い気分だ。あいつの悔しがる顔が見えるよ。

 俺の我儘に付き合って貰ったからご飯を奢らせて?何食べたい?」

 相変わらず嵐のような葉月さんに僕は苦笑して、鏡に映り込む新しいネックガードを眺めた。見た感じは今までとほとんど変わらないように見えるけど、それは問題じゃないんだろうな。

 お金持ちの思考はよく分からないよ…。
















 
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