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バース性の先にあるもの

独占欲

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 明らかに今入って来た年上のアルファが陽太に視線を送っているのを見咎めて、誠は神経がピリピリするのを感じた。大学では自分の庇護下に置いているせいで、あからさまなオメガの陽太へのちょっかいを感じる事はない。

 けれどもこのようなパブリックスペースでは、自分の牽制の影響力は低い。

 ゲスト用のウェアを着込んだ男は、多分着替えで陽太と一緒になったのだろう。学校などを除き、普通はバース用に分かれている訳じゃないせいで、大抵のオメガは専用のジムに通う事が多い。


 こんな事に気を払えなかった自分に後悔しながら、誠はスポーツドリンクのボトルを陽太に手渡しながら言った。

「…すまなかった。オメガ専用のジムに行った方が陽太は安心だったね。」

 陽太はキョトンと私と目を合わせてから、一段目を丸くして呟いた。

「ああ!そう言えば高校でもオメガ専用の更衣室ってあったね!すっかり忘れてた。え、じゃあオメガはここには居ないの?」

 そう言って周囲を見回す陽太に私は手を掴んで言った。

「いや、カップルは来てるよ。流石に一人では来ていないみたいだ。私達もカップルとして見せつけたら、他のアルファからちょっかいは掛けられないだろうからそうしようか。」


 そう言い切って、私はなし崩しに陽太とカップルの様に振舞う正当な理由を得た。

 手を繋いであの男の前を通り過ぎた時、男が片眉を上げたのを見て、私は取り敢えずこの作戦が功を奏したと確信した。

「…取り敢えず牽制は上手く行ったね。」

 そう呟く陽太はやはりあの男にちょっかいを掛けられたに違いない。誠がじっと顔を見つめると、陽太は苦笑して微笑んだ。

「別に手を出されたとかじゃないから…。ね、最初は何から?」




 ランニングマシーンで軽く走りながら、僕は自分の体力が酷く劣化しているのを感じた。運動神経は悪くなかったせいで、部活を辞めて帰宅部になった後でも高校時代の体育の授業は適度にこなせた。

 けれど受験期を経て大学に入学してこれまで、僕は運動らしい事は何もしていない。おまけにオメガホルモンのせいで明らかに筋肉が落ちてしまった。

 軽いランニングでここまでバテるとか信じられない。僕はスピードを上げていく誠を横目で見てマシーンを降りると、近くのベンチに腰を下ろして、ガラス越しに夜景に変わり行く景色を息を弾ませながらぼんやり眺めた。


 呼吸を整えながら速いスピードで走り続ける誠は、普段感じさせなかったけれどバランスの良い筋肉を纏っているのが見える。天才はもうちょっとガリガリで宇宙人スタイルじゃないと狡い気がする。

 一瞬誠が宇宙人スタイルなのを思い浮かべて、僕は思わずクスクスと笑ってしまった。

 ふと視線を感じてそちらに目をやると、さっきのアルファの男がマシーンを持ち上げながら僕をじっと見つめている気がする。カミングアウトした大学ではしょうがないとしても、こんな場所でもジロジロ見られる事に辟易として、僕は笑みを引っ込ませると立ち上がった。


 「誠、僕あっちのマシーンやってくるね。」

 誠は残り時間5分のタイマーを見つめながら、手を上げて言った。

「…っああ、了解。スタッフに聞けばやり方を教えて貰えるから。直ぐに追いつくよ。」

 腿筋に効きそうな足用のマシーンの側に行って少し躊躇していると、ベータらしきスタッフがサッと来て僕にやり方を教えてくれた。ここのスタッフはパーソナルジム並みに行き届いている。流石に高級なだけある。

 僕は内腿を鍛えるマシーンに座ると、負荷を掛けながら脚を閉じる動きを繰り返した。


 さっきのアルファがマシーンを降りるのが見えて、僕の隣に立ち止まると声をかけてきた。

「残念、連れがいたのか。でもネックガードしてるから番じゃないでしょ。今度私とデートしないかい?」

「私の恋人に気軽に声を掛けないでくれませんか?マナー悪いですよ。」

 いつの間にか来ていた誠が腕を組んでその男を睨みつけている。男はチラッと誠の方に目をやると笑みを浮かべて言った。

「君たちが恋人?最近のカップルは随分と素っ気ないんだね。そんな印象を受けなかったから、てっきり友人関係だと勘違いしたよ。本当に勘違いなのかな?魅力的なオメガに声を掛けるのはマナーだと思ってたんだけど。」


 誠に釘を刺されても全然効いてない大人のアルファと誠を交互に見た僕は、このピリついた状況にどうしたら良いか困惑していた。すると誠は口元を緩めて笑みを浮かべると、僕に近づいておもむろにキスをして来た。

 甘やかす様でいて、がっつり舌の入ってくる口づけに僕は思わず誠のトップスを握りしめた。ああ、そんなキスはやばい。

「あーあ、見せつけてくれるね。分かった、分かった。邪魔したね。」

 男の言葉と気配が遠ざかっても、誠は僕に屈んだまま唇を押し付ける軽いキスを続けていた。


 誠が無理矢理顔を引き剥がすと、僕は何処か物足りない気持ちでもっと続きが欲しくなっていた。ああ、こんな場所で興奮しちゃダメなのに…。

「…もっと欲しい?そんな顔してる。それに陽太のフェロモンが出始めてるね…。流石にこのままトレーニングは続けられないかな。」

「…ごめんなさい。僕上手くコントロール出来なくて。」

 誠は僕の固定ベルトを外すと僕の手を引いて、足早に移動すると自分のロッカーから荷物を取り出した。それを持って僕と一緒にゲスト用のロッカーに来ると、一緒に着替えると言った。


 「最初からこうすれば良かった。たまにあの手合いが居るんだ。…陽太に声を掛けたくなる気持ちは分からなくはないけどね。シャワー浴びるかい?」

 僕はすっかり身体に熱が籠ってしまっていた。のんびりシャワーを浴びている余裕が無い。早く家に帰ってこの興奮を治めなくちゃ恥をかきそうだった。

「…僕、家に戻りたい…。」

 トップス越しに尖った胸の先端が浮き上がっている気がして、僕は胸の前で思わず腕を組んだ。


 「…キスで興奮しちゃったの?ひよこちゃんは可愛いね。」

 僕が恥ずかしさでますます身を縮めると、誠は僕を抱き寄せて言った。

「…興奮を冷ましてあげようか。そのままタクシーに乗せるのは心配だ。」

 その誠のくぐもった声に僕は思わずホッとして寄り掛かった。それくらい僕は自分の中の熱に切羽詰まって来ていた。

 誠がスマホを操作する音がして、誠は僕に自分のパーカーを着せて靴だけ履き替えさせると自分はそのままに、僕と自分の荷物だけ持ってジムの出口から出てホテルのエレベーターへと向かった。


 エレベーターでスマホをかざすと、客室のある階へ向かって上昇していく。

「ここはうちの会社と提携してるからね。客室もいくつか利用できる様になっているんだ。まさか今日使う事になるとは思わなかったけれど。」

 そう言うと、誠は緊張して来た僕に微笑んで優しく唇を重ねた。さっきとは違う触れるだけのキスだ。

「…熱を冷ますだけのつもりだったけど…。」


 そう呟いた誠と静かな客室のドアが並ぶ廊下を歩き進むと、誠は立ち止まった一つの扉の読み取り機の前にスマホをかざした。解除の電子音と共に扉がゆっくり開くのを見つめながら、僕は肩に回る誠の手のひらの熱さを感じていた。

 そして僕は分かっていた。ジムでキスされた時から、すっかりこのアルファを欲しがっているって認めないわけにいかないって。

「…こうなるのを待ってた気がする。今夜、陽太と最後までしても良いかい?」

 僕は見た事のない誠の瞳を見つめながら、喉を鳴らしてコクリと頷いた。ああ、僕にも止められない…。


















 

 




 




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