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バース性の先にあるもの
誠と一緒に
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先輩の後ろ姿を見送りながら、僕は小さくため息をついた。
「…先輩が心配してくれてるのは分かったけど、怒ってたよね。」
誠は僕の腕を掴んで広いカフェテリアの中に入りながら、僕を見下ろして呟いた。
「理由は色々想像できるけど、それはあの人の問題であって陽太には関係ない事だ。今はこの生活に慣れるのが先だから、クヨクヨ考えない方がいい。さあ、まずはお腹を満たさないとね。」
誠は時々こうして酷く割り切った様な言い方をする。論理的に物事を捉える方が楽なんだろう。僕はどちらかと言うと感情を優先してしまう方だから、誠のそんな一面はかっこいいし羨ましい。
「…何?」
僕がじっと見つめていたのに気づかれて、誠は片眉を上げた。
「見習いたいなと思って。僕は自分の気持ちが一番になってしまって、客観的に捉えるのが苦手だから。理系男子なら、本当は俯瞰して見れた方が良いのにね。」
「…私は感情が追いつかないんだ。何でも白か黒かと考えがちだよ。そのせいか恋愛面は得意じゃないね。」
思わぬ事を言い出した誠に思わず頬が緩んで、僕はクスッと笑った。
「誠の恋愛遍歴が知りたくなってきたかも…。ふふ。何か誠とこんな話する様になるなんて思いもしなかったな。」
「私もこんな話は他人にした事ないね。ひよこちゃんは私のテリトリーの中にいるから油断してるのかもしれない。」
僕は相当誠の懐に入っているのかな。後天性オメガがきっかけではあるけど、僕にとっても大学生活に誠は無くてはならない存在になってると思った。
トレーにサラダとデミオムライスを乗せて列を進みながら、僕は後ろからついてくる誠のトレーに大盛りのフライドポテトを乗せた。
「僕が唐揚げを買うから、ポテト買って。シェアしようよ。」
頷く誠と会計に並びながら、先輩とこんな風にやり取りが出来たのなら色々違ったのかもしれないと顔を歪めた。とは言え、あの当時僕は先輩が好き過ぎて、対等に並ぶなど考えたことも無かった。
…今なら違うのだろうか。
仲間が居る長テーブルの近くの二人席に座って、僕はガラス越しに構内を歩く学生たちをぼんやり眺めた。彼らの多くはベータで、何の疑問も不安も感じずに学生生活を謳歌している。
僕もかつてはその一人だった筈だ。
「陽太、食べようか。」
僕の顔を窺う様に誠が声を掛けてきた。僕はこれ以上心配掛けさせないようにと微笑んでデミオムライスに取り組んだ。
「大盛りのポテトにして正解だったね。」
「ああ、陽太は見かけに寄らず大喰らいだからね。身体の大きな私と変わらないくらい食べるだろう?」
僕はチラッと誠を見上げた。僕は175cmあるけれど、多分10cmぐらいの身長差だ。身体の方はどうなのかな。いつもジャケットを着てるから身体のラインはよく分からない。
「誠は運動とかしてるの?僕オメガ化して明らかに筋肉が落ちた気がするんだ。元々細マッチョ程度にはあった筈なんだけど。」
「んー、細マッチョ?筋肉そんなにあったかい?私は週二でジムには行ってるよ。出口の見えない難問を抱えている時は特に、運動して血の巡りを良くすると頭の中がさっぱりするからね。」
「ふーん。僕も行こうかな。消えていく筋肉に指を咥えているのは悲しいから。」
「だったら今日行くかい?私と一緒ならゲストで参加出来るよ。私が陽太の筋肉が消え去るかどうかチェックしてあげるよ。」
僕は一気にテンションが上がった。僕がオメガになってもその生活をコントロールするのは自分だ。何もマンションに引き篭もっているばかりが能じゃない。今ならボディガード付きだし。ふふ。
「行きたい!僕筋トレ嫌いじゃないんだ。コツコツやるの結構好き。」
僕が知ってるジムじゃない。僕は目の前の豪華なジムスタジオに目を丸くした。広いスペースにスタッフの方が多いくらいのこのジムは、そもそもホテルの専用ジムだ。
柔らかい絨毯を踏みしめながら、僕はキョロキョロとマシーンやドリンクバーを見回しながら誠の後をついて行く。受付でゲスト用の名簿に必要事項を打ち込むと、一気に不安が押し寄せてきた。
「ねぇ、僕運動用の服持ってきてないんだけど。」
「ああ、そうか。私はロッカーがあるから。大丈夫ゲスト用を用意させるよ。私に任せて。靴のサイズは?」
誠が準備してくれている間に、僕はガラスの向こうに夕暮れの都会がカラフルに染まって行くのに見惚れた。機会を得なければ滅多に見ないこんな景色を、アルファの誠は毎週眺めながら筋トレしている。
オメガになってからの方が、僕はアルファたちの生活のレベルをまざまざと知るようになっている。誠の取り巻き達を思い出して、アルファの誠と一緒にいる事でこんな恩恵を得られるのなら、ああして必死に僕を牽制した気持ちもわかる気がした。
「着替えようか。私も似たコーディネートだから一緒の方が良いかと思ってね。」
誠に連れて行かれてロッカールームへ移動すると、僕は誠とは別のスペースにあるゲスト用のロッカーに荷物を放り込んだ。手渡されたジムウェアは身体に貼り付くタイプの半袖とハーフパンツ、そしてレギンスだった。
文句もない僕は素直にサイズぴったりのそれらを着替え始めた。ゲストロッカースペースに誰か来た気がして顔を上げると、いかにもなアルファが僕をじっと見つめている。知らない相手の前で上半身裸になるのが気になりつつも、気にする方がおかしいかと背中を向けて思い切って脱いだ。
「へぇ、色っぽいね。」
何か言われている…。無視しながら、僕は急いでトップスを着る。柔らかい身体に沿うこのトップスは筋肉あってこそ映えるのだと少し悲しい気持ちになりながら、僕はすっかり見知らぬアルファの事を忘れてズボンを脱いだ。
一瞬何か息を呑む音が聞こえた気がしたけれど、僕は誠を待たせたく無くてレギンスを履き始めた。この手のやつは履いたことがなかったので、僕はたたらを踏んでしまった。
ロッカーの側のベンチに座ってレギンスと格闘していると、存在を忘れていたアルファの男が声を掛けてきた。
「ねぇ、君。レギンスはこうやって履くんだ。」
僕がその声に釣られて振り向くと、明らかに20代半ばのアルファの男が、片足立ちで小さく丸めたレギンスをスルスルと足に通した。筋肉質の脚とその先の、股間しか隠せていないブリーフの中身の存在感を僕に見せつけるようにして、呆気に取られた僕の目の前で男はレギンスを履き終わった。
「もう一回見せてあげようか?」
男は楽しげに自分の股間を手のひらで覆いながら、ニヤリと笑った。僕はハッとして揶揄われたのだと気づいて、黙ってロッカーの方を向くと男がやった通りにレギンスを履いた。確かに履きやすい。…でも揶揄われたのは悔しい。
しかも残像が脳裏に残ってしまった。僕の馬鹿。
「君ってオメガなんだね。君みたいなオメガ、私会ったことがないよ。誰と来てるのか気になるなぁ。」
どこかで聞いたような口調だと感じながら、僕は逃げるようにゲストロッカーから離れた。
「今迎えに行こうと思ってたところだよ。…何かあった?」
「ううん、何も?ちょっと着るのに手間取っただけだから。」
変なアルファが居たとか誠に言うのは憚られて、僕は誠に連れられてバーカウンターへ行った。
「軽く水分取ってからやろう。」
僕らがスポーツドリンクを用意して貰っていると、入り口からあの男が姿を見せた。思わず視線を逸らしたけれど、誠があの男を見咎めた気がする。
…何があった訳じゃないから、何も起きないよね?
「…先輩が心配してくれてるのは分かったけど、怒ってたよね。」
誠は僕の腕を掴んで広いカフェテリアの中に入りながら、僕を見下ろして呟いた。
「理由は色々想像できるけど、それはあの人の問題であって陽太には関係ない事だ。今はこの生活に慣れるのが先だから、クヨクヨ考えない方がいい。さあ、まずはお腹を満たさないとね。」
誠は時々こうして酷く割り切った様な言い方をする。論理的に物事を捉える方が楽なんだろう。僕はどちらかと言うと感情を優先してしまう方だから、誠のそんな一面はかっこいいし羨ましい。
「…何?」
僕がじっと見つめていたのに気づかれて、誠は片眉を上げた。
「見習いたいなと思って。僕は自分の気持ちが一番になってしまって、客観的に捉えるのが苦手だから。理系男子なら、本当は俯瞰して見れた方が良いのにね。」
「…私は感情が追いつかないんだ。何でも白か黒かと考えがちだよ。そのせいか恋愛面は得意じゃないね。」
思わぬ事を言い出した誠に思わず頬が緩んで、僕はクスッと笑った。
「誠の恋愛遍歴が知りたくなってきたかも…。ふふ。何か誠とこんな話する様になるなんて思いもしなかったな。」
「私もこんな話は他人にした事ないね。ひよこちゃんは私のテリトリーの中にいるから油断してるのかもしれない。」
僕は相当誠の懐に入っているのかな。後天性オメガがきっかけではあるけど、僕にとっても大学生活に誠は無くてはならない存在になってると思った。
トレーにサラダとデミオムライスを乗せて列を進みながら、僕は後ろからついてくる誠のトレーに大盛りのフライドポテトを乗せた。
「僕が唐揚げを買うから、ポテト買って。シェアしようよ。」
頷く誠と会計に並びながら、先輩とこんな風にやり取りが出来たのなら色々違ったのかもしれないと顔を歪めた。とは言え、あの当時僕は先輩が好き過ぎて、対等に並ぶなど考えたことも無かった。
…今なら違うのだろうか。
仲間が居る長テーブルの近くの二人席に座って、僕はガラス越しに構内を歩く学生たちをぼんやり眺めた。彼らの多くはベータで、何の疑問も不安も感じずに学生生活を謳歌している。
僕もかつてはその一人だった筈だ。
「陽太、食べようか。」
僕の顔を窺う様に誠が声を掛けてきた。僕はこれ以上心配掛けさせないようにと微笑んでデミオムライスに取り組んだ。
「大盛りのポテトにして正解だったね。」
「ああ、陽太は見かけに寄らず大喰らいだからね。身体の大きな私と変わらないくらい食べるだろう?」
僕はチラッと誠を見上げた。僕は175cmあるけれど、多分10cmぐらいの身長差だ。身体の方はどうなのかな。いつもジャケットを着てるから身体のラインはよく分からない。
「誠は運動とかしてるの?僕オメガ化して明らかに筋肉が落ちた気がするんだ。元々細マッチョ程度にはあった筈なんだけど。」
「んー、細マッチョ?筋肉そんなにあったかい?私は週二でジムには行ってるよ。出口の見えない難問を抱えている時は特に、運動して血の巡りを良くすると頭の中がさっぱりするからね。」
「ふーん。僕も行こうかな。消えていく筋肉に指を咥えているのは悲しいから。」
「だったら今日行くかい?私と一緒ならゲストで参加出来るよ。私が陽太の筋肉が消え去るかどうかチェックしてあげるよ。」
僕は一気にテンションが上がった。僕がオメガになってもその生活をコントロールするのは自分だ。何もマンションに引き篭もっているばかりが能じゃない。今ならボディガード付きだし。ふふ。
「行きたい!僕筋トレ嫌いじゃないんだ。コツコツやるの結構好き。」
僕が知ってるジムじゃない。僕は目の前の豪華なジムスタジオに目を丸くした。広いスペースにスタッフの方が多いくらいのこのジムは、そもそもホテルの専用ジムだ。
柔らかい絨毯を踏みしめながら、僕はキョロキョロとマシーンやドリンクバーを見回しながら誠の後をついて行く。受付でゲスト用の名簿に必要事項を打ち込むと、一気に不安が押し寄せてきた。
「ねぇ、僕運動用の服持ってきてないんだけど。」
「ああ、そうか。私はロッカーがあるから。大丈夫ゲスト用を用意させるよ。私に任せて。靴のサイズは?」
誠が準備してくれている間に、僕はガラスの向こうに夕暮れの都会がカラフルに染まって行くのに見惚れた。機会を得なければ滅多に見ないこんな景色を、アルファの誠は毎週眺めながら筋トレしている。
オメガになってからの方が、僕はアルファたちの生活のレベルをまざまざと知るようになっている。誠の取り巻き達を思い出して、アルファの誠と一緒にいる事でこんな恩恵を得られるのなら、ああして必死に僕を牽制した気持ちもわかる気がした。
「着替えようか。私も似たコーディネートだから一緒の方が良いかと思ってね。」
誠に連れて行かれてロッカールームへ移動すると、僕は誠とは別のスペースにあるゲスト用のロッカーに荷物を放り込んだ。手渡されたジムウェアは身体に貼り付くタイプの半袖とハーフパンツ、そしてレギンスだった。
文句もない僕は素直にサイズぴったりのそれらを着替え始めた。ゲストロッカースペースに誰か来た気がして顔を上げると、いかにもなアルファが僕をじっと見つめている。知らない相手の前で上半身裸になるのが気になりつつも、気にする方がおかしいかと背中を向けて思い切って脱いだ。
「へぇ、色っぽいね。」
何か言われている…。無視しながら、僕は急いでトップスを着る。柔らかい身体に沿うこのトップスは筋肉あってこそ映えるのだと少し悲しい気持ちになりながら、僕はすっかり見知らぬアルファの事を忘れてズボンを脱いだ。
一瞬何か息を呑む音が聞こえた気がしたけれど、僕は誠を待たせたく無くてレギンスを履き始めた。この手のやつは履いたことがなかったので、僕はたたらを踏んでしまった。
ロッカーの側のベンチに座ってレギンスと格闘していると、存在を忘れていたアルファの男が声を掛けてきた。
「ねぇ、君。レギンスはこうやって履くんだ。」
僕がその声に釣られて振り向くと、明らかに20代半ばのアルファの男が、片足立ちで小さく丸めたレギンスをスルスルと足に通した。筋肉質の脚とその先の、股間しか隠せていないブリーフの中身の存在感を僕に見せつけるようにして、呆気に取られた僕の目の前で男はレギンスを履き終わった。
「もう一回見せてあげようか?」
男は楽しげに自分の股間を手のひらで覆いながら、ニヤリと笑った。僕はハッとして揶揄われたのだと気づいて、黙ってロッカーの方を向くと男がやった通りにレギンスを履いた。確かに履きやすい。…でも揶揄われたのは悔しい。
しかも残像が脳裏に残ってしまった。僕の馬鹿。
「君ってオメガなんだね。君みたいなオメガ、私会ったことがないよ。誰と来てるのか気になるなぁ。」
どこかで聞いたような口調だと感じながら、僕は逃げるようにゲストロッカーから離れた。
「今迎えに行こうと思ってたところだよ。…何かあった?」
「ううん、何も?ちょっと着るのに手間取っただけだから。」
変なアルファが居たとか誠に言うのは憚られて、僕は誠に連れられてバーカウンターへ行った。
「軽く水分取ってからやろう。」
僕らがスポーツドリンクを用意して貰っていると、入り口からあの男が姿を見せた。思わず視線を逸らしたけれど、誠があの男を見咎めた気がする。
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