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バース性の先にあるもの

どよめき

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 「え!?あれってどういう事?」

 取り巻きの一人が顔を強張らせて声を詰まらせている目線の先を辿ると、そこには誠があげたネックガードを堂々と晒した田中陽太が少し緊張気味に歩いていた。

 周囲の学部生達が唖然として田中を目で追っているのが見えて、誠ももう一度田中を目で追った。以前とは見た目の印象も着る服も違って、今の中性的な田中によく似合っている。まさに鮮烈なオメガデビューだ。


 思わず取り巻きから離れて田中に近づくと、田中は誠を見上げてホッとした表情を浮かべた。

「おはよう、田中。思い切ったね?どういう心境の変化なのかな。私は田中の心の整理がつくのにはもう少し時間が掛かるかと思ってたんだけど。」

「おはよう。中川君。…いつかは僕がオメガである事は知られる事でしょう?でもこうも注目されるとオメガって大変なんだね。」

 いつもより明るい表情に見えるのは髪色が変わったせいなのか、それとも自分のバース性を受け入れたせいで田中の内面が変化したせいなのかと考えながら、誠は一緒に並んで歩き出した。

 …牽制するなら最初からだ。


 「雰囲気が随分違うけど、イメチェン上手く行ったね。凄くよく似合うよ。」

 白い緩めのニットと黒いストレートパンツが田中の華奢さを引き立てている。それが赤い天然の唇の色味を引き立てて、まるで食べ頃の苺の様だ。

 酷く飢えた気持ちになって、誠は咳払いをすると照れて首に手を触れる田中から目を引き剥がした。どうもいけない。こんな気持ちになるのは高校生の頃以来だ。


 「中川君から貰ったネックガードのせいじゃない?これ凄く良い物でしょ?まだお返し出来てないから心苦しいんだ、僕。」

 流石に田中もこのブランドは知っていた様だった。中川は田中のネックガードを指先でなぞって呟いた。

「田中がこれを付けていてくれるだけで、心が満たされるんだ。私のひよこの証だってね。」

「ひよこだっていつかは成長するのに…。中川君は僕のことを独占したいの?それともひよこの親心?ネックガードってそんな意味があるって弦太が言ったから気になってて。」


 田中の問いに思わず言葉が詰まってしまった。確かに私は田中に関心がある。その身体を暴きたいと言う欲望も感じる。独占?それは番にしたいと思う事だろうか。自分でもそこら辺が曖昧ではっきりとしないのは分かっている。

「…そうだね、両方とも感じるかな。ひよこは可愛いし、絡んでくるアルファが多くて気に入らないし。とは言え田中は私をあてにしてるだろう?頼られるのは悪くないと思ってるよ。」


 前を向いて口元を緩ませながら、田中はチラッと私を見上げた。

「ほら、そう言うところ。過保護でしょ、中川くん。僕をダメにしてるのは中川くんのせいだよ!?」

 二人で吹き出しながら、私はこの気の置けないやり取りが出来る相手が他に思い浮かばないと気がついた。

「そうじゃないよ。私をリラックスさせるのはひよこちゃんありきだからね。まぁ若鶏になるまで猶予があるんじゃないかな。」

 田中は目を白黒させながら、肩をすくませた。

「中川君は頭が良過ぎて、時々何言ってるのか分からない時があるよ。僕が若鶏になったら食べようとかそう言う事なの?」


 返事をする前に田中と仲の良いクラスメイト達がわらわらと周囲に集まって来た。興味津々な彼らに一所懸命に説明する田中を少し離れた場所で見守りながら、私はさっきの質問に何と答えるつもりだったのかとぼんやり考え込んでいた。

 田中が今でもあの男の事が気になっているのは分かっているし、お人好しの田中を手中に収めようと思えばたぶん可能だろう。だけど田中の心の中にあの男がいる限り、そんな事をしても不毛なのではないか?

 それとも関係なく押し切って結果が後からついてくることもあるのだろうか。



 考え過ぎるのが自分の長所でもあり、欠点でもあると誠は小さくため息をつきながら、騒々しく盛り上がっている人混みを掻き分けた。

「陽太、授業始まるぞ。行こう。」

 自分と田中を交互に見て、納得した表情を見せるクラスメイト達に苦笑して、誠は頬を紅潮させた田中を見下ろした。

「ひとまずカミングアウトは成功って感じかな?」

 田中は嬉しげに笑みを見せて、瞳を輝かせた。

「ふふ。皆の驚きっぷりって僕にも負けないくらいだったね。でも何か最後の、僕の名前を呼んだせいで色々勘違いさせちゃった気がするけど。…中川君わざとやったでしょ。」


 「ベータだった田中はオメガオメガしてないせいで取っ付きやすいからね。軽んじられない様に牽制したんだ。オメガは注意しないと危険な目に遭いやすいのは今も変わらないよ。

 少なくとも私の保護下にあると知られたら、面白がってちょっかいは掛けてこないだろう?

 それに少なくとも名前で呼んでも良い頃合いじゃないか?もちろん陽太も私を名前で呼んでも良いんだよ。普段馴れ馴れしいのは好きじゃないけど、ひよこの特権ならアリだ。

 …ほら、呼んでごらんよ。誠って。」


 目を丸くしていた陽太が、急に悪戯っぽい表情を浮かべた。それから誠をじっと見つめてゆっくり唇を動かした。

「ふふ。誠?ちょっと緊張するかも。中川君て大人っぽくて同級生とは思えないから。」

 赤い唇から自分の名前が呼ばれるのは悪くない。何なら少しゾクゾクした。誠は眼鏡の奥の目を細めてもう一度頼んだ。

「もう一回。緊張するなら何度も呼んで慣れた方がいいだろう?」

 陽太はクスクス笑いながら、チラリと誠に流し目を送って唇を動かした。サイレントか?

「聞こえないな?…まぁそのうち慣れるよ。」


 心臓がドキドキし始めているのを感じて、動揺した誠は誤魔化すようにこの話題を切り上げた。何だか妙な感じだ。すると陽太は教室に入りながら誠の手をスルリと触って楽しげに言った。

「…誠、良い名前だね。誠にぴったりだ。」

 先に立って席に向かう陽太の後ろ姿をぼんやり見つめながら、触れられた手の甲がそこだけクローズアップされている感覚になっていた。初心な中学生でもあるまいしと自問自答しながら、誠はネックガードから覗く陽太の首の白さから目を離せないでいた。



 
 決められた席に座りながら、僕は中川君と名前で呼び合うくらい仲良くなった事に嬉しさを感じていた。僕は中川君の研究対象ではあるけれど、それ以上に打ち解けてきているのは感じる。

 ただ、中川君はアルファなのだから、僕らの友情がそのままで居られるのかは予測不能な感じだ。実際中川君は僕に独占欲があるっぽいし。この前のキスも友達同士がするようなものではなかった。

 流されたとしても僕自身、そうしたかったのだからタチが悪いな、自分。


 思わず突っ伏して、その時のことを考えないように頭から振り払った。不味い、思わずフェロモン出しちゃうところだった…。

 ベータの時は何を考えようが平気だったのに、オメガやアルファはエロい事を考えたら筒抜けになっちゃうとすれば、凄く面倒なバースだと思う。

 周囲が何故か咳払いしてる気がしてチラッと横目で眺めると、隣の席の渡辺が顔を赤くしてメモを渡して来た。

 [フェロモンでてるぞ!]


 嘘でしょ!?




 




















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