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オメガの日常
機嫌の良い葉月
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鼻歌でも出そうな葉月を見て、桐生省吾は眉を顰めた。悪友である葉月がここまでご機嫌なのは珍しい。
「…いきなり大学に押しかけて来たと思ったら、何なんだそれ。そんなに機嫌が良いと気味悪い。」
「えー、近くまで来たから顔見に来ただけだけど。お茶くらい奢ってよ。ふふ、機嫌が良いのは認めるけどね。久々にヒットするオメガを見つけちゃってさぁ。いやー、でもあのネックガード贈る様な唾つけられたオメガだから横取りするのは難しいかなぁ。」
省吾は呆れて芸能人の様に人目を惹く葉月を眺めて口を開いた。
「お茶くらい飲ませてやるけど、俺まだ講義あるから帰れよ?お前といるとますます目立ってしょうがない。」
肩をすくめた葉月は後ろを振り返る事もなく、さっさとオープンカフェのテーブルを選んで椅子に座っている。省吾は気まぐれな葉月の行動には慣れていたものの、省吾の大学にまで押しかけるのは一年ぶりだと思い返していた。
『省吾の大学ってオメガがイマイチじゃん。婚活オメガみたいのが多過ぎて辟易するな。うちの大学は割り切ったオメガが多いから楽しいぜ?』
首都圏エリアでも葉月の通う大学は、就職先にマスコミ関係に進む派手な学生が多い事で有名だった。それは理系が弱い大学のせいかもしれない。相対的に文系の方が派手になりがちだ。
理系の学生と言えば陽太を思い出して、省吾は無意識に小さくため息をついた。注文のカフェオレを二つ受け取った省吾はトレーにそれを載せて葉月の待つテーブルまで運んだ。
周囲の学生が見掛けない顔の葉月を盗み見るのを感じて苦笑する。やっぱり悪目立ちしてるじゃないか。
「…で?そのヒットしたオメガの話がしたくて来たんじゃないのか?」
省吾の誘い水に葉月はニタリと笑って、トレーから自分のカフェオレを受け取るとひと口飲んだ。
「なんかオメガオメガしてない感じだったんだよな。俺のお気に入りのガッジの店で買い物してたらさ、ショーウインドウからネックガード見てる男が目について一瞬ベータかなぁと思ったんだけど、どっちかなって迷う感じで。
結局そこのネックガードをアルファから贈られたオメガだったんだけど、値段が知りたかったみたいだ。」
「…お前相手がいるオメガには手を出さないルールだろ?」
葉月はニヤリと笑ってカフェオレを持ち上げて見せた。
「ルール変更無しだ。恋人からじゃない高価な贈り物に動揺してたからな。全然オメガっぽくないだろ?俺と話してても自然体でさ。そういう意味でも、めちゃくちゃ可愛かった。
確かこの大学の一年だとかって言ってたんだけど、苗字しか教えて貰えなくてさぁ…。用心深いのもそそるだろ?」
葉月のどうでも良いオメガの話はもう耳に入らなくなっていた。省吾の目の先に見覚えのあるマッチョが歩いているのが見えたからだ。向こうも同時にこちらに気づいたみたいで、視線が絡むのが分かった。
「…おい、聞いてる?ん?あのマッチョ、うちの大学のラグビー部じゃん。何でここにいる訳?なんかこっち見てるけど、お前知り合い?」
省吾は苦々しい気分で唇を歪めた。
「さあな。少なくとも俺はあいつに用がない。」
「ふーん。でもあいつの方はお前に用あるみたいだ。」
陽太の幼馴染のマッチョが省吾のテーブルに近づいてくるのを睨みつけていると、マッチョが一緒に座っている葉月に気づいた様だった。葉月が笑顔で手をひらひら振ると、軽く会釈をしたから葉月の事も認知してるのかもしれない。
「こんにちは、桐生サン。相変わらず顔が冴えないですね。俺は貴方に会ったら礼を言おうと思ってたんですよ。陽太を手放してくれてありがとうって。…後で逃した魚が大きかったって気づいても、もう無理ですからね?
陽太の事は俺に任せて下さい。セフレだった桐生サンの分まで幸せにしてやりますよ。」
「…勝手にしろ。俺には関係ない。」
笑みを浮かべて理工学部の方へ立ち去るマッチョの背中を睨みつけながら、省吾は葉月の視線に耐えた。
「うわー、もしかして今の修羅場だった?え、省吾のベータちゃん陽太って言うんだ。まさかあのマッチョまでベータちゃんにメロメロな訳?くー、会いたい!ひと目でも見たい!何なん、そのベータちゃん!
あ、待てよ!!まだ俺の話終わってないけど!?」
一人で盛り上がっている葉月を放り出して省吾はカフェオレを持つと立ち上がった。
「もう時間切れだ。講義あるって言ったろ。じゃあな。」
省吾は苛立つ気持ちを何処かでクールダウンしたかった。葉月の前でこんな醜態は晒せない。あいつに一生この事で揶揄われるのが目に見えている。
ひと気の無い有料駐車場へ足を運ぶと、自分の車から降りて来た中川誠を目にした。今日は散々な日だ。マッチョの次はいけすかない眼鏡だ。顰めっ面になるのを自覚しながら、踵を返すのも悔しくて駐車場の先の公園目指して歩き続けた。
中川もこちらに気づいた様子だったけれど、特に話しかけて来た訳じゃなかった。
けれどすれ違ってから、省吾は思わず振り返って中川に声を掛けていた。
「おい!陽太は、あいつの体調は良くなったのか?」
中川は勿体ぶった態度で振り返ると、眼鏡を指先で直してからこちらの様子を伺う様に口を開いた。
「…正直、貴方がそこまで田中の事を心配しているのは不思議ですね。案外大事に思っていたんですか?」
「あいつの調子が悪かったのは事実だろう?今まで一緒にいた奴の具合がすっかり良くなったのかって気になるのは、人間として当たり前じゃないか。」
「…桐生省吾はそんな人間でしたか?まぁ、田中はひよこみたいに可愛いですから、心配になるのも分かります。もう、ほとんど普通の生活は送れてます。…。」
中川が何か言い掛けて辞めたのが気になったけれど、田中の事を完全に自分の手の内に収めている様な自信を見せる中川に感じる苛立ちの方が強かった。だから思わず余計な事を言って焚き付けたのは己の燻された嫉妬心だったかもしれない。
「…そう言えばさっき陽太の所に、他大学のマッチョの奴が尋ねて来てたぞ。そいつは陽太の特別なアルファだ。…陽太も変なベータだな。俺たちアルファを手玉に取って。お前も陽太の訳わからない吸引力にやられてるんだろ?」
目を細めて考え込む中川に少しはダメージを与えられた気がして、大人げない勝利を感じた省吾はニヤリと口元を歪めると自分からさっさと公園へ歩き出した。
あんな理性的なアルファの中川が陽太にすっかり虜になっているのは妙な感じだ。普通に考えて陽太は平々凡々なベータの男だ。そうだろう?俺は部活で一緒になったからその絡みで関係を持っただけだが、中川は単なるクラスメイトじゃないか。
まだ陽太がオメガだとか言うのなら納得できるものがある。だが、あいつはベータだ。
いつになったら陽太の事をあれこれ考えなくて済むのかと、省吾はすっかり黄色く色づいた公園の銀杏の大木を見上げて冷めたカフェオレを喉に流し込んだ。
「…くそまず。」
その時駐車場に到着した大型車から、サークルの後輩たちがガヤガヤと降りてくるのが目に入った。
「「桐生さん、こんにちわっす!」」
「今日こそ部室に顔出して下さいね!待ってますから!」
そう声を掛けられて手をヒラヒラ振ると、軽く頷いて後輩たちの後ろ姿を見送った。たまにはサークルに顔を出して気分転換するのも良いかもしれない。省吾は空になったテイクアウトのカップをゴミ箱に投げ込むと、笑みを浮かべてゆっくり校舎に歩き出した。
…マッチョと中川が揉めてたら面白いな。
「…いきなり大学に押しかけて来たと思ったら、何なんだそれ。そんなに機嫌が良いと気味悪い。」
「えー、近くまで来たから顔見に来ただけだけど。お茶くらい奢ってよ。ふふ、機嫌が良いのは認めるけどね。久々にヒットするオメガを見つけちゃってさぁ。いやー、でもあのネックガード贈る様な唾つけられたオメガだから横取りするのは難しいかなぁ。」
省吾は呆れて芸能人の様に人目を惹く葉月を眺めて口を開いた。
「お茶くらい飲ませてやるけど、俺まだ講義あるから帰れよ?お前といるとますます目立ってしょうがない。」
肩をすくめた葉月は後ろを振り返る事もなく、さっさとオープンカフェのテーブルを選んで椅子に座っている。省吾は気まぐれな葉月の行動には慣れていたものの、省吾の大学にまで押しかけるのは一年ぶりだと思い返していた。
『省吾の大学ってオメガがイマイチじゃん。婚活オメガみたいのが多過ぎて辟易するな。うちの大学は割り切ったオメガが多いから楽しいぜ?』
首都圏エリアでも葉月の通う大学は、就職先にマスコミ関係に進む派手な学生が多い事で有名だった。それは理系が弱い大学のせいかもしれない。相対的に文系の方が派手になりがちだ。
理系の学生と言えば陽太を思い出して、省吾は無意識に小さくため息をついた。注文のカフェオレを二つ受け取った省吾はトレーにそれを載せて葉月の待つテーブルまで運んだ。
周囲の学生が見掛けない顔の葉月を盗み見るのを感じて苦笑する。やっぱり悪目立ちしてるじゃないか。
「…で?そのヒットしたオメガの話がしたくて来たんじゃないのか?」
省吾の誘い水に葉月はニタリと笑って、トレーから自分のカフェオレを受け取るとひと口飲んだ。
「なんかオメガオメガしてない感じだったんだよな。俺のお気に入りのガッジの店で買い物してたらさ、ショーウインドウからネックガード見てる男が目について一瞬ベータかなぁと思ったんだけど、どっちかなって迷う感じで。
結局そこのネックガードをアルファから贈られたオメガだったんだけど、値段が知りたかったみたいだ。」
「…お前相手がいるオメガには手を出さないルールだろ?」
葉月はニヤリと笑ってカフェオレを持ち上げて見せた。
「ルール変更無しだ。恋人からじゃない高価な贈り物に動揺してたからな。全然オメガっぽくないだろ?俺と話してても自然体でさ。そういう意味でも、めちゃくちゃ可愛かった。
確かこの大学の一年だとかって言ってたんだけど、苗字しか教えて貰えなくてさぁ…。用心深いのもそそるだろ?」
葉月のどうでも良いオメガの話はもう耳に入らなくなっていた。省吾の目の先に見覚えのあるマッチョが歩いているのが見えたからだ。向こうも同時にこちらに気づいたみたいで、視線が絡むのが分かった。
「…おい、聞いてる?ん?あのマッチョ、うちの大学のラグビー部じゃん。何でここにいる訳?なんかこっち見てるけど、お前知り合い?」
省吾は苦々しい気分で唇を歪めた。
「さあな。少なくとも俺はあいつに用がない。」
「ふーん。でもあいつの方はお前に用あるみたいだ。」
陽太の幼馴染のマッチョが省吾のテーブルに近づいてくるのを睨みつけていると、マッチョが一緒に座っている葉月に気づいた様だった。葉月が笑顔で手をひらひら振ると、軽く会釈をしたから葉月の事も認知してるのかもしれない。
「こんにちは、桐生サン。相変わらず顔が冴えないですね。俺は貴方に会ったら礼を言おうと思ってたんですよ。陽太を手放してくれてありがとうって。…後で逃した魚が大きかったって気づいても、もう無理ですからね?
陽太の事は俺に任せて下さい。セフレだった桐生サンの分まで幸せにしてやりますよ。」
「…勝手にしろ。俺には関係ない。」
笑みを浮かべて理工学部の方へ立ち去るマッチョの背中を睨みつけながら、省吾は葉月の視線に耐えた。
「うわー、もしかして今の修羅場だった?え、省吾のベータちゃん陽太って言うんだ。まさかあのマッチョまでベータちゃんにメロメロな訳?くー、会いたい!ひと目でも見たい!何なん、そのベータちゃん!
あ、待てよ!!まだ俺の話終わってないけど!?」
一人で盛り上がっている葉月を放り出して省吾はカフェオレを持つと立ち上がった。
「もう時間切れだ。講義あるって言ったろ。じゃあな。」
省吾は苛立つ気持ちを何処かでクールダウンしたかった。葉月の前でこんな醜態は晒せない。あいつに一生この事で揶揄われるのが目に見えている。
ひと気の無い有料駐車場へ足を運ぶと、自分の車から降りて来た中川誠を目にした。今日は散々な日だ。マッチョの次はいけすかない眼鏡だ。顰めっ面になるのを自覚しながら、踵を返すのも悔しくて駐車場の先の公園目指して歩き続けた。
中川もこちらに気づいた様子だったけれど、特に話しかけて来た訳じゃなかった。
けれどすれ違ってから、省吾は思わず振り返って中川に声を掛けていた。
「おい!陽太は、あいつの体調は良くなったのか?」
中川は勿体ぶった態度で振り返ると、眼鏡を指先で直してからこちらの様子を伺う様に口を開いた。
「…正直、貴方がそこまで田中の事を心配しているのは不思議ですね。案外大事に思っていたんですか?」
「あいつの調子が悪かったのは事実だろう?今まで一緒にいた奴の具合がすっかり良くなったのかって気になるのは、人間として当たり前じゃないか。」
「…桐生省吾はそんな人間でしたか?まぁ、田中はひよこみたいに可愛いですから、心配になるのも分かります。もう、ほとんど普通の生活は送れてます。…。」
中川が何か言い掛けて辞めたのが気になったけれど、田中の事を完全に自分の手の内に収めている様な自信を見せる中川に感じる苛立ちの方が強かった。だから思わず余計な事を言って焚き付けたのは己の燻された嫉妬心だったかもしれない。
「…そう言えばさっき陽太の所に、他大学のマッチョの奴が尋ねて来てたぞ。そいつは陽太の特別なアルファだ。…陽太も変なベータだな。俺たちアルファを手玉に取って。お前も陽太の訳わからない吸引力にやられてるんだろ?」
目を細めて考え込む中川に少しはダメージを与えられた気がして、大人げない勝利を感じた省吾はニヤリと口元を歪めると自分からさっさと公園へ歩き出した。
あんな理性的なアルファの中川が陽太にすっかり虜になっているのは妙な感じだ。普通に考えて陽太は平々凡々なベータの男だ。そうだろう?俺は部活で一緒になったからその絡みで関係を持っただけだが、中川は単なるクラスメイトじゃないか。
まだ陽太がオメガだとか言うのなら納得できるものがある。だが、あいつはベータだ。
いつになったら陽太の事をあれこれ考えなくて済むのかと、省吾はすっかり黄色く色づいた公園の銀杏の大木を見上げて冷めたカフェオレを喉に流し込んだ。
「…くそまず。」
その時駐車場に到着した大型車から、サークルの後輩たちがガヤガヤと降りてくるのが目に入った。
「「桐生さん、こんにちわっす!」」
「今日こそ部室に顔出して下さいね!待ってますから!」
そう声を掛けられて手をヒラヒラ振ると、軽く頷いて後輩たちの後ろ姿を見送った。たまにはサークルに顔を出して気分転換するのも良いかもしれない。省吾は空になったテイクアウトのカップをゴミ箱に投げ込むと、笑みを浮かべてゆっくり校舎に歩き出した。
…マッチョと中川が揉めてたら面白いな。
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